『バカンスは命がけ♪ 1』
 

 絶海の孤島、デルムリン島。
 怪物ばかりが棲まう怪物島として名高いその島は、南の海のど真ん中に位置する小さな島だ。どんな航路からも外れており、また、わざわざ怪物島を訪ねるような物好きもいないため、人々から忘れられて怪物達がひっそりと暮らしているだけの平和な島でもある。

 実際、この島に船が訪れたことなど過去を遡っても数えるほどしかない。
 が、ひどく珍しいことに、この平和な小さな島に一隻の船が近づいてきていた。そう大きくはないが優美な船体の帆には、パプニカ王家の紋章がはっきりと描かれていた――。






「見て、見て、ポップ! 島が見えてきたよ! わぁっ、早く着かないかなぁ?」

 と、ひどく興奮して舳先ではしゃいでいるのは、かつて世界を救った勇者だった。まだ少年だったにも関わらず見事に大魔王バーンを打ち倒し、真の勇者ダイと賞賛された世界的英雄――が、無邪気に喜ぶ姿は、そんなご大層な肩書きとはほど遠い。元気のいいただの少年にしか、見えなかった。

「んな早く、着くわきゃねえだろ。なんせ今回は船なんだからさ」

 二代目大魔道士といういかめしい肩書きを持っているとは言え、ダイの頭を軽く小突いて冷やかすポップの方もやっぱりただの少年にすぎない。船旅が楽しくてたまらないとばかりにじゃれ合っている、ごく普通の少年同士がそこにはいた。

「しっかし、おまえもつくづく欲がねえよなぁ」

「どうして?」

 きょとんと目を見張るダイに、ポップはからかうように言ってのける。

「だってよ、おまえ、デルムリン島にならいつでも帰れるじゃねえか。わざわざ誕生日祝いにねだらなくってもさ」

 魔法があまり得意とはいえないダイだが、それでも彼は移動呪文の使い手だ。そして、幼い頃から一番慣れ親しんだ地ほど印象が強く、イメージしやすい場所はない。ダイがデルムリン島に帰りたいと望むのならば、それこそ毎日帰ることだって簡単だ。

 というより、実際にちょくちょく帰っている。まだ仕事もないダイは、授業の終わった自由時間を活かしてデルムリン島にしょっちゅう移動呪文でとんでいる。
 さすがに毎日というわけではないものの、週に1、2度ほどの頻度でダイはブラスに会いに戻っている。早ければ数十分、長くても数時間でパプニカに戻ってくるので帰郷というほど大袈裟な印象はないが、ダイが頻繁に島に帰っているのは確かだ。ダイにとっては島への帰郷はごくありきたりの日常であり、珍しくも何ともあるまい。

 だが、今回彼が魔法ではなく船で、しかも仲間達の大半を伴って帰郷するのにはちょっとしたわけがあった――。




 
「ねえ、ダイ君、何かほしい物はない? あたしにできることなら、どんな願いでも叶えてあげるわ!」

 そうレオナが言いだしたのは、先月のことだった。

「ほしい物?」

「ええ、ずっと前から思っていたの。
 もうすぐ、ダイ君のお誕生日でしょう?」

 レオナに言われ、ダイは一瞬きょとんとした顔をしてから頷いた。

「あ、そうだったね」

 南の孤島育ちのダイは、誕生日の概念が薄い。と言うよりも、そもそも知らなかったというべきか。
 だいたい、デルムリン島には暦すらないのである。

 島に流れ着いたダイを拾って育ててくれたブラスは、赤ん坊を拾った季節は覚えていてくれたが、正確な日付まではさすがに覚えてはいなかった。そのため、ダイの年齢を数える目安としてだいたい春頃が誕生日だと大雑把に考え、育ててきた。

「そっか、今度の春で、ひのふの……おれ、15になるのかー。あ、それだと戦いの時のポップと同じ年になるんだ!
 でも、まだポップやレオナに追いつかないんだね」

「あのな、追いつくわきゃねえだろ」

 本気でがっかりしているダイに、ポップは小声でツッコまずにはいられない。が、ダイはもちろんのこと、うきうきとはしゃいでいるレオナもそんな言葉など聞いちゃいなかった。

「それでね、今年は一つ盛大にダイ君の誕生日のお祝いをしようと思うの!」

「ええ〜!?」

 盛り上がるレオナとは対照的に、ダイが途端に盛り下がるのも無理はない。
 ダイが誕生日をお祝いするという習慣を身につけたのは、去年からのことである。二年間を魔界で過ごしたダイがようやく地上に戻ってきたのは、ちょうど春先のことだった。

 その時はダイの誕生祝いだけでなく、勇者帰還を全世界に知らしめるためにと気合いを入れたパーティが何度も行われた。――が、残念ながらと言うべきか王族達まで出席したゴージャスかつ世界的なパーティは、ダイにとってはあまり嬉しいものではなかったらしい。

 苦手な盛装を着飾らなければいけないだけでなく踊りや礼儀に気をつけなければならないパーティは、自由奔放な野生児には窮屈なだけであり、面白くも何ともないのである。

 そのせいもあって、誕生日のお祝いと聞いてそれだけで尻込みするダイに、レオナが励ますように言葉を重ねる。

「なによ、そんな顔しちゃって、失礼ね−。別に、パーティやパレードをやろうっていうわけじゃないわよ。そんなことしたって、ダイ君は喜ばないって分かっているもの」

 いささか残念そうながらもしっかりと現実を見据えたレオナのその言い分に、ダイだけでなくポップも胸をなで下ろす。

 ダイだけでなく、庶民であるポップにとっても王族主催のパーティなんて物は肩が凝るだけで楽しいとはほど遠いし、準備にも手間取らされるものだ。できることなら、関わりたくなんかない。
 だが幸いにも、レオナの関心は別方向に向いているらしかった。

「今年は何か、とびっきりのプレゼントを用意したいの。前々から思っていたのよ。
 誕生祝いってだけでなく、ダイ君がパプニカを……ううん、世界を救ってくれたお礼を、きちんとしたいなって。ねえ、何か願いとか欲しいものはない?」

 そう言われても、まるっきり思いつかないのかきょとんとしているダイに対して、レオナはひどく熱心に勧める。可愛らしいお姫様にそこまで言われるとは、勇者としてもなかなかあることではない。

 それはある意味で、おとぎ話の定番シーンとも言える光景だった。良くある話では、勇者は一度は姫の提案を断る。
 正義感が強く、無欲な勇者は現実的な損得を目当てに姫を助けたわけではないからだ。その辺は、ダイもおとぎ話の勇者と同じだった。

「そんなの、いらないよ。だって、おれ一人でやったわけじゃないし」

 ごく当たり前の顔であっさりとそう言うダイは、本気でそう思っているのだろう。

 勇者ダイの活躍こそが世界を救ったというのに、ダイときたら仲間達のおかげで勝てたのだと心の底から信じている。そのせいもあるだろうが、基本的に無欲なダイは魔王を倒したご褒美に何かをもらうと言う発想が全くないらしい。
 だが、レオナは諦め悪く食い下がった。

「去年はダイ君が戻ってきてから間もなかったし、たいしたお祝いもできなかったじゃない? 今年はうんとお祝いしてあげたいのよ、ね、何でも言っていいのよ!!」

 やたら必死になるレオナは、むしろ彼女の方が頼み込んでいるように見えるぐらいだ。
 傍目からそれを見ていたポップは、やけに張り切っているレオナに同情を禁じ得ない。

 15才ともなれば、普通は思春期真っ盛りのお年頃だ。
 そろそろ女の子に興味がでてくるというか、意味もなくドキドキそわそわしてしまう年齢だろう。
 
 もし、これが大戦当時にポップがマァムに言われたりした日には、とても落ち着いてはいられなかったに違いない。あんなこととか、そんなこととか、あるいは人前で口にするのはちょっぴり憚られてしまう願い事とか、色々と浮かびまくったことだろう。
 が――もうじき15才になろうというのに、ダイはやっぱりダイだった。
 
「でも、おれ、別にほしい物とかないよ。今、ご飯食べたところだし」

 本気でそう言っている辺りが、ダイの恐ろしいところと言うべきか。無欲な勇者様は、女の子から差し出してきた精一杯の据え膳に、全く気がついちゃいなかった。

「ケーキとかごちそうがいっぱい食べれればそれでいいよ」

「そ、そお……、ケーキとか、ごちそう、ね」

 見るからにしょんぼりとした調子で、レオナが呟く。
 テンションだだ下がりのその様子を見れば、レオナが何を期待していたのか想像はつくというものだ。その場を逃げ出しそびれて、見物していたポップはレオナへの同情混じりに、密かに思う。

(やっぱ、あれだろうな。勇者のお話の定番――)

『姫よ、私は富や名誉などは最初から求めておりません。ですがどんな望みでも構わないと言うのであれば、たった一つ……あなたを望んでもよろしいでしょうか?
 どんな富や名誉でさえ、姫の美しさにはかなわない。私にとってはどんな宝よりも姫の方が尊く、得がたい宝物なのです』

 勇者の物語ではひどく有名な台詞――当然ながら、レオナもその話は知っていることだろう。……が、ダイにそれを期待するだけ無駄だと言うものだ。
 無人島育ちのダイは普通の子供なら成長過程で聞く様なおとぎ話など、ろくすっぽ知らない上に、まだまだお子様の域から脱していないのだから。

(だいたい、ダイに限って気の利いた褒美なんか欲しがるわきゃねえんだよな〜。ほんっと、姫さんも諦めが悪いぜ)

 レオナがもしポップの心の中の独り言を聞いていたのならば、ポップにだけは言われたくないと言うに違いない台詞である。
 が、親友と、戦友意識を抱いている少女の恋の進展のために、ちょっぴり手助けをしてやりたいと思う気持ちからポップはさりげなく口を出してみた。

「欲しい物がないってんなら、どこかに出かけるってのはどうだよ?」

「どこか?」

 ぴんとこないのかまだきょとんとしているダイに、ポップは気軽に話しかける。

「そ、どこか遠くに行くってのもいいもんだぜ。たまには城から出て、のんびりと過ごすなんてのもアリなんじゃねえの?」

「えー、そうかな? おれ、結構、城から外に出ていると思うけど。だって、ポップとよくお昼食べに城下町に行ってるし、アバン先生のとことか、ベンガーナの王様のとことか、他の王様の所にだって出かけてるじゃないか」

「バカか、おまえ!? 昼飯やら外交の用事なんて、外出に入るかよ! おれが言ってるのはなぁ、純粋に遊ぶためにどこか遠くに出かけるってことだよ!! 
 最近、姫さんも仕事が忙しくてストレスがたまっているみたいだから、一緒にどこかへ行けばいいじゃないか」

 魔界から戻ってきてから、丸一年ほど経ったせいかダイもだいぶ城での生活に慣れてきたようではあるが、やはり時々窮屈そうに見える時がある。たまには城から遠くまで行って、のんびりとした時間の過ごすのは悪くはあるまい。

 それに場所が変われば、気分も変わるという物だ。
 どうにもこうにも天然で恋愛にドライなダイも、いつもと違う場所で好きな女の子と二人っきりで過ごせば、また違うかもしれない。

「それ、いいわねっ♪ 一緒にベンガーナデパートでショッピング――じゃ、いつもとあまり代わり映えがしないから、うんと遠くに行きたいわ!
 そうそう、お母様がお好きだった湖畔の近くに素敵な別荘があるのよ! とびっきりの薔薇園のある所で、季節ごとに違う薔薇を楽しめるのよ。あ、それともいっそ南のリゾート地かどこかに行くのもいいかもしれないわ! 海で過ごすバカンスなんて素敵じゃない?」

 目を輝かせてポップの提案に飛びついたレオナは、うっとりと目を輝かせる。恋人同士が過ごすには絶好の場所を想像しているのか、夢見る様な眼差しをしている彼女の心は、一気にロマンスに傾いているようだ。
 だが、そんな乙女のドリームに気がついているのかいないのか、ダイは無邪気に提案する。

「南の海なら……おれ、デルムリン島がいいな!」

「デルムリン島?」

 その提案に、レオナが虚を突かれたような表情を見せたのはほんの一瞬だけだった。すぐに笑顔で、ダイの意見を全面肯定する。

「そうね、いいかもしれないわね。あそこならダイ君だってリラックスできるでしょうし、デルムリン島なら今の季節でも海水浴が楽しめるものね。
 なにより……あそこは、あたしとダイ君が初めて会った場所だもの」

 うっとりと目を潤ませながらレオナが大切な人との思い出を語る中、ダイも負けず劣らず目を輝かせて頷く。

「うんっ、ポップやアバン先生と会ったのもあそこだし! みんなで行ったら、きっと楽しいよ!!」

 その瞬間、レオナのみならずポップも一瞬凍りつく。

(このバカが……っ)

 声にならない声で、ポップは罵らずにはいられない。
 言うまでもなくポップとしては今の提案は、ダイとレオナが二人っきりでデートするための心づもりだったのだが。レオナとて、すでに半分以上そのつもりだっただろう。
 だが、仲間達の思惑など全く気がつかないダイは、どこまでも天然だった。

「そういえば、世界が平和になってからみんなででかけるなんてなかったもんね! デルムリン島なら、おれが案内できるよ!!」

「お、おい、ダイ、おまえなぁ……」

 根本的に間違ったままはしゃぎまくっているダイを、なんとか方向修正しようと声をかけようとしたポップだが、それよりも早くレオナの決然とした声が響き渡った。

「――そうね、それもいいわね。うん、ダイ君の望みだもの……あたしに任せて! マァムとかアバン先生とか、知り合いをみんな呼んでぱぁーっとお祝いしちゃうわ!!」

「わぁ、それ、ホント!?」

「ええ、本当よ。こうなったらもう、都合のつく人を全員呼び集めてしまいましょう! ここは思いきって、南の島へのパラダイスツアー決行よ!!」

 二人っきりのデートどころか団体様ご旅行の計画をぶち上げるレオナの声音には、どこかしらやけっぱちな響きがあったりもしたのが、はしゃぐダイは気がついた様子もない。
 かくして、勇者様のお誕生日記念南の島ツアーは決定したのであった。





(……ま、あれからが大変だったけどな)

 急遽決まった旅行計画のため仕事を大車輪で片付けたり、世界を飛び回っては仲間達の休みの都合を合わせて旅行の日程をすりあわせるのに、ポップは非常に苦労を強いられたものである。

 それだけでも大変だったというのに、水着という物を恐ろしいほど勘違いしたある意味で世間知らずな兄弟子のせいで、さらに世界を無駄に巡り歩いてみたり、可愛い水着が見つからないと悲鳴を上げるレオナに脅迫されて何度もベンガーナの店へと魔法で飛んだりと、ポップ的にはいろいろと気が休まらない一ヶ月ではあった。

 だが、あれこれと苦労はしたものの、その甲斐はあったというものか。
 レオナ企画の南の島ツアーは、メンバーも多数集まったため船で移動する5泊6日という豪華日程での旅となったし、ダイはひどくご機嫌だった。

「あー、楽しみだなぁ、みんなで島に行くなんて初めてだもん! ポップやレオナは島に来たことあるけど、あんまり遊べなかったし」

「いや、あんな時にそれは無理だろ」

 ポップが直接立ち会ったわけではないが、レオナが以前デルムリン島を訪れたのは、パプニカ王家に伝わる王家の儀式を受けるためだったと聞く。それだけでも大変そうなのに、よりによって当時の司教やおつきの賢者の陰謀で暗殺未遂の事件が発生したりもしたというのだから、とてものんきに遊べる状況ではなかっただろう。

 ポップの場合にしてみても、魔王復活への対抗策のため、未来の勇者候補の修行を任されたアバンに連れられてデルムリン島を訪れたのだ。ダイがスペシャルハードコースを選んだ上に途中で魔王ハドラーが襲来してきたため、遊ぶどころかろくすっぽ島を散歩する時間さえなかったものである。

「でも、今回は時間もたっぷりあるし、みんなもいるし、うんと遊べるね! わー、楽しみだなぁ、あのね、あのね、島に着いたらとっておきの場所とか、いっぱい教えてあげるよ! 美味しい果物がある所とか、すごく珍しいスライムがいる所とか! あっ、そうだっ、すごく魚がいっぱい捕れる入り江とかもあるんだよ! 島に着いたら、一緒に泳ごうね!!」

 心の底から楽しそうに、はしゃいでいるダイは気がつかなかった。ダイのはしゃぎっぷりを満足げに眺めていたポップが、最後の部分を聞いた時にだけわずかに顔をしかめたことに。

 嬉しい予定で頭がいっぱいになっているダイは、ポップに話しかけるだけでは足りないとばかりに、後ろを振り返ってヒュンケルにも話しかける。

「ヒュンケルはデルムリン島は、初めてだっけ?」

 はしゃいだダイの質問に、ヒュンケルはわずかに苦笑するような表情を見せた。
 ダイやポップのようにはしゃぐこともない寡黙な兄弟子は、一人、船縁に佇んで海を眺めていた。ただそうしているだけで絵になる銀髪の戦士は、海風になびく髪を軽く掻き上げながら返事をした。

「そのようなものだな」

 正確に言うのならば、ヒュンケルはデルムリン島に行った経験はある。ダイが行方不明中、ポップやラーハルト達と一緒に島へ行ったのだ。だが、その時の事情をダイに詳しく話す気など、ヒュンケルは最初からなかった。

 ヒュンケルの治療をするためにポップが危うく死にかけた話など、今となってはダイに無駄な心配をかけるだけだし、ポップも余計なことをばらすなと怒るだけの話だ。

 それに実質的には数時間も島には滞在しなかったのだ、今回の訪問が初めてと言っても過言ではないだろう。

「それなら、ヒュンケルにもとっておきの場所を教えてあげるね! 島には不死系怪物とかはいないけれど、ドロルやメーダならいっぱいいるんだよ! 人懐っこいやつばっかりだから、きっとすぐ仲良くなれるよ!」

(……なにか、勘違いされている気がするな)

 確かにヒュンケルは元不死騎団長であり、不死系怪物には慣れてはいる。が、ヒュンケルは不死系怪物だろうがなんだろうが怪物には特に親しみをいだいているわけでもないし、特別な興味もない。だが、どうやら善意でそう話してくれているダイに冷たく突っぱねるのも気が引けるし、かといって怪物達と遊びたがっていると思われるのも困る。

 しかし、幸いにもヒュンケルが悩んでいる内にたまたま甲板に出てきたラーハルトをめざとく見つけたダイは、彼の方に駆け寄っていく。

「あっ、ラーハルトーッ、ねえ、ラーハルトはバナナ好きかな?」
 
 はしゃいでいるダイは、南国フルーツが全く似合いそうもない半魔族にまでそんなことを聞きたいらしい。他の人間がそんな間の抜けた話題で話しかけた日には冷たく黙殺しそうなものだが、ラーハルトにとってダイは唯一無二の主君だ。

「そうですね。今まで、考えたこともなかったですが――」

 ラーハルトが真面目腐った顔で真剣にダイとバナナについて話している姿が、妙におかしくてヒュンケルでさえ笑いを誘われる。だが、その笑みはポップの様子を見た途端にあっさりと消えた。

「……気分でも悪いのか、ポップ?」

 ダイと一緒になってじゃれ合っている時は気がつかなかったが、一人になってみるとポップは少し顔色が悪いように見えた。だからつい問いかけたものの、その途端にポップはむくれた顔で突っかかってくる。

「そりゃ、てめえのスカした面なんか見てたら気分も悪くなるってえの!」

 ひどい言い草だが、反抗的な弟弟子の態度に慣れきっているヒュンケルはポップの口の悪さなど大して気にならない。だが、ポップの顔色の悪さに関しては、大いに気になった。

「な、なんでもねえよっ」

 不機嫌そうにそう言い捨て、ポップは逃げるように船室へと戻ってしまう。何となく引っかかるものを感じながら、ヒュンケルはその背中を見送った――。


                                                                                                                                        《続く》

 

2に進む
  ◇小説道場に戻る
トップに戻る

inserted by FC2 system