『バカンスは命がけ♪ 2』
 

(……ちょっと、大胆すぎたかしら?)

 鏡の中に映る白いビキニ姿の少女の姿を、レオナは丹念に見返していた。彼女が今着ているのは、悩みに悩み抜き、何度もベンガーナデパートに足を運んだ末にやっと選んだ勝負水着だ。

 清楚な色合いとデザインの割には、実は表面積が非常に少ないその水着は、レオナにはよく似合っていた。大胆でいながら品の良さを感じさせるのは、レオナの持ち前の気品のなせる技か。

 普段は長く自然のまま垂らしている髪を邪魔にならないように編んで結い上げているので、いつもよりもちょっとばかり大人びた魅力を醸し出している。

 レオナがその水着を買う際には、店員もお世辞抜きで褒め称えていたし、試着に付き合わされたポップも、文句を言いつつも赤面し、ちょっぴり見とれていたのだから、この水着が自分に似合うのはレオナも自覚している。
 が、問題なのはそこではなかった。

(ふふっ、ダイ君、気に入ってくれるかしら……?)

 名前も知らない店員やポップがいくら似合うといってくれようが、見とれてくれようが、たいして意味はない。レオナがこの水着を見てもらいたいと思う相手は、ただ一人。

 ダイが似合うと言ってくれなければ、レオナにとっては意味はないのである。
 胸をドキドキさせながら髪の毛を弄ってみたり、ポーズを変えたりしていると、ドアをノックする音が聞こえた。

「レオナ、まだ着替えが終わらないの? もう、みんな、下船しちゃったわよ」

 そう呼びかけてきたのは、マァムだった。

「あら、もうそんな時間だったの? ごめんなさい、今行くわ」

 もうじき島に着くと聞いて、その前に水着に着替えておこうと思っていたのに、どうやら思っていたよりも時間がかかってしまったらしい。ドアを開けると、そこにはすでにマァムとメルルしかいなかった。
 その姿を見て、レオナは心から満足する。

「まあ、二人ともよく似合うじゃない!」

 マァムが着ているのは、赤みがかったピンク色をベースにしたスポーティなビキニだ。飾り気のないさっぱりとしたデザインは、彼女の豊満なボディラインをかえって引き立てている。
 髪が泳ぎの邪魔になることを見越してか、いつものように武闘家風にまとめ上げた髪型のマァムにはキリッとした魅力があった。

 そして、マァムの後ろに半ば隠れるようにしてもじもじしているのは、メルルだった。

 メルルの水着は、柔らかな朱色のワンピース姿だ。グラデーションの入った朱色は、夕焼けのように美しく彼女の黒髪によく似合っている。腰の辺りにスカートのようにひらひらとした飾りのついたその水着は泳ぎには少しばかり不向きかも知れないが、非常に愛らしく彼女の初々しさを引き立てている。

 いつもはレオナと同じく、ロングヘアーをそのまま自然に流しているメルルは、今日は珍しくポニーテールにしているのが新鮮だった。

 この二人の水着は、レオナが選んで贈った物だ。必ず二人に似合うと確信していたが、実際にこうして着ている姿を見ると自分の見る目はやはり正しかったという満足感がむくむくとこみ上げてくる。

「ありがとうございます、姫様。でも、姫様の方がよくお似合いですよ」

 恥じらいながら、メルルがそう褒めてくれるのが嬉しい。もちろん、マァムも褒め言葉を惜しまない。

「ええ、素敵よ、レオナ。レオナって、本当にセンスがいいのね」

 友達からの手放しの称賛は、もちろん誇らしい。だが、レオナが一番に聞きたい褒め言葉は、たった一人からの言葉だ。

「ありがとう、待たせちゃってごめんね。じゃ、行きましょう」

 期待に胸を弾ませながら、レオナはマァム達と連れだって船を下りた。





「おお、みなさん、良く来てくださったのう」

 船から下りてきた女性陣を、満面の笑みを浮かべたブラスを初めとした怪物達が、出迎えてくれる。普段はこの島にいることが多い獣王遊撃隊のメンバーやチウやヒムも並んでいるせいか、一際賑やかだった。

「そ、その水着、いいですね! すごく似合います!」

 彼女達の姿を見るなり、パッと顔を赤らめ、目を輝かせながらの褒め言葉がかけられる。
 ――が、レオナはそれを聞いたからと言って、少しも嬉しくなどなかった。

 第一に、彼の目はレオナやメルルを通り越してマァムだけに注がれていたし、第二に彼が大ネズミ……チウだったからだ。
 以前からマァムにぞっこんの、自称二代目獣王は他の女性になど目もくれない一途さを持っている。

「あっ、マァムさん、お荷物はぼくが運びますよ! はっはっはっ、ご遠慮なく女性に手を貸すのは、紳士の当然の義務ですから!! う……ぐぅうっ?」

 マァムがいかにも軽々と持っていたスーツケースを奪うように受け取ったチウが、今にも潰れそうになりながらも必死に荷運びをする。必死すぎるその態度を見ていると、実はその荷物がマァムの物ではなくて大半はレオナの物だという事実は伏せておいた方が親切という物だろう。

 しかも、レオナはチウの親切になど目もくれず、船から下りるやいなやキョロキョロとダイの姿を探す。

「やれやれ、やっと装備しおわったのかぁ? まったく、女って者はずいぶんと着替えに時間がかかるもんだなぁ、そんなほとんど着る生地もない格好なのによ」

「同感だ」

 などと、呆れたような顔をして言い合っている金属生命体やら青い半魔などは、当然無視だ。デリカシーの欠片もない人外連中に対して、最初から褒め言葉など期待もしていない。
 ……が、その無礼な言葉を忘れてやる気もなかった。

(後で覚えてらっしゃいよ!)

 心の片隅の『いつか仕返ししてやるリスト』の項目に細やかに記憶するにとどめ、レオナの目はいつになく賑わうデルムリン島の浜辺に向けられる。

「よくお似合いですよ、姫様」

「おお、やっときれいどころが揃ったな」

  いたって常識的な三賢者らの褒め言葉や、クロコダインの軽口に気もそぞろと言う様子で返事をしながら浜辺を彷徨っていた姫君は、ようやく目的の人物を見つけて目を輝かせた。
 スイカ模様の大きなビーチボールを抱えて、人待ち顔でキョロキョロとしている勇者の姿を見て、レオナは大きく手を振って彼に駆け寄った。

「ダイくぅ〜ん!」

「あ、レオナ!!」

 レオナを認めて、ダイがパッと笑顔を見せる。

(ダイ君、なんて言ってくれるかしらっ?)

『やぁ、レオナ、今日は一段と魅力的だね。南の島の眩しい太陽の光でも、君の輝きにはかなわないな。
 その水着、とても似合っているよ』

 白い歯をきらめかせつつ、手放しに褒めてくれる……などと、贅沢までは望みはしない。だが、いつもと違うレオナの姿を見て、ちょっぴり顔を赤らめるとか、そんな細やかな反応でも構わない。ダイのどんな反応でも見逃すまいと、目をキラキラと輝かせて胸に期待を膨らませるレオナだったが、ダイの第一声は彼女の予想外のものだった。

「ね、ポップを見なかった?」

(……水着姿の女の子に会って、真っ先に言うのがそれなのっ!?) 

 ムカッと腹が立つ気持ちと共に、レオナの心の中の『いつか仕返ししてやるリスト』の中でのポップの名前がぐぐんと急上昇するが、彼女は内心など全く気取らせない笑顔のままでダイに話しかけた。

「さぁ、あたしは見かけてないわ。でも、もう船には誰もいないはずだし、もう島に降りたんじゃないの?」

 着替えに手間取ったせいで、船から下りたのはレオナ達が最後だった。船を動かすための船員達を除けば、船にはもう誰も残っていないはずだ。

「それが、さっきから探しているんだけど見当たらないんだ。島に着いたら一緒に遊ぼうって、約束したのに〜」 

 不満そうにそうぼやくダイの言葉を、この時のレオナは深刻には受け止めていなかった。

「ポップ君のことだから、その辺にいるんじゃない? みんなで遊んでいれば、そのうち出てくるわよ」

 確信を込めて、レオナはそう断言する。
 なんと言っても、ここには水着姿のマァムがいるのだ。彼が今どこにいるにせよ、蝶が花に誘われてくるがごとく、鼻の下を伸ばした大魔道士が彼女に釣られてノコノコやってくるのは時間の問題だろう。 

「さっ、せっかくこれだけの人数が集まっているんだし、遊びましょうよ。そのボールでビーチバレーでもやらない?」

 レオナの提案に、ダイが頷くよりも早くマァムが賛成した。

「いいわね、それ! さっそくやりましょうよ。さっ、あなた達も入って、入って!」

 マァムの声かけに、チウやクロコダインだけでなくラーハルトやヒムまでも引っ張り出される。そこにヒュンケルや三賢者達も加わって、賑やかな声が響き渡るようになるまで時間はかからなかった――。





「……あっちの方は、賑やかですね」

 そう言いながら、ノヴァは浜辺で賑やかに騒ぎ出した勇者一行らを眺めやる。

「そうか」

 相槌にしては気がなさ過ぎる一言を返し、グビリと酒を一口呷ったのはロン・ベルクだった。

 ここは、みんながビーチバレーに興じている浜辺から少し離れた場所だった。ちょうど岩場を挟んだ形になっているので、岩の影からみんなの姿を見るのは可能でも、向こうからは岩が邪魔をしてノヴァ達の存在に気づかれない……そんな場所だ。

 女の子達の甲高い声が一際華やいだ雰囲気を振りまく勇者一行を、ノヴァは物陰からそっと見ている。それを見て、ロン・ベルクはやはり気がなさそうに薦めた。

「おまえも遊んでくればいい」

「いえ、そう言うわけにはいきませんよ! 弟子として、師を差し置いて遊びに行くだなんて」

 些か気負った様子で答えながら、ノヴァはビーチパラソルをロン・ベルクのすぐ近くに立てて、荷物をその下へと運ぶ。

 真面目なノヴァにとって、師匠の身の回りの世話は弟子ならば当然の作業だ。それをこなさずに遊ぶなど、とんでもないサボりとしか思えない。しかし、ロン・ベルクはこまめな弟子の気遣いを鼻先で笑い飛ばす。

「オレのことは、いい。甲羅干しでもして、のんびり過ごすからな。別に用もないし、好きに過ごせ」

 ――暑さなど物ともせず、直射日光がさんさんと照りつけるビーチに直に座り込み、一人、酒を飲むのが甲羅干しと呼べるかどうかはなはだ疑問ではあるが。

 彼なりには楽しんでいるようだし、くつろいでいる様子なのは間違いなさそうだが、それにしたって海辺の爽やかさなど微塵も感じられない過ごし方である。

 まあ、それはさておくとして、師匠から正式に自由時間の許可を貰ったノヴァだが、それでも彼には多少の躊躇いがあった。

「ですが……」

 自分にはそんな資格はないのではないか――喉元までついてでそうになったその言葉を、ノヴァは辛うじて噛み殺す。
 それを口に出すのは、ノヴァのプライドが許さない。だが、それは、ずっと前からノヴァの心の奥にずっと居座り続けている疑問だった。

 世間的には、勇者一行と言えばアバンの使徒達5人だけだと思われがちだが、王族や実際に最後の戦いに参加した者達の意見は少し違う。ダイ達5人だけでなくクロコダインやメルル、フローラや三賢者だけでなくヒムやラーハルトなど戦いに手を貸した者達も勇者一行と見なしている。

 その意味では、ノヴァも勇者一行と呼ばれてもおかしいわけではない。最後の戦いで彼が活躍したのは事実なのだし、特に地上に残された待機組は北の勇者であるノヴァの戦いぶりを高く評価している。

 だが、本人が自信を持って勇者一行だと自称する気になれないのは、ノヴァ自身が当時の自分の力不足を痛感しているせいだ。
 今となっては、当時の自分の痛さは思い出すだけで恥ずかしくていたたまれない。黒歴史とでも言いたいぐらい、恥ずかしすぎる過去だ。

「どうした。遠慮などしなくていいぞ」

 と、ロン・ベルクは気楽に促すが、ノヴァは遠慮せずにはいられない。
 あれだけ自信たっぷりにダイを貶しておいて、実際にはノヴァは最後の戦いでは戦力とさえなれず、とうとうバーンパレスには行かずじまいだった。そんな自分が、戦後、勇者一行の一員だと大きな顔をしてのうのうと各国に顔を出しているのは、僭越すぎるとノヴァは猛省している。

 だからこそノヴァは、王族などに勇者一行の一員として招かれるのはともかくとして、レオナやアバンが時折個人的に開く勇者一行を招いてのパーティやらイベントには参加した試しはない。

 招かれても、残念ながら忙しいのでと理由をつけて断るのが常だった。
 今回の勇者一行全員を招いての南の島ツアーにだって、本来、ノヴァは参加する気などなかった。ダイへの誕生プレゼントだけを贈って義理を果たすつもりだったのだが、今回に限って参加する羽目になったのは――。

(まったく、これもそれもポップのせいだっ)

 ノヴァに招待状を届けに来たのは、ポップ本人だった。
 いつもならばこの手の招待状は、国同士の貿易や外交便のついでに運ばれてくるのだが、今回は例外だった。移動呪文が得意な上に、各国への出入り自由の身分を獲得しているポップは、ひょいっと軽く早便を届けることがある。

 国際的なVIPでありながら軽々しく使いっ走りをするなど、それはそれで問題だとは思うが、それだけなら今更文句を言う気にもならない。その招待状が城か自宅に届けられていたのなら、ノヴァは今回のツアーに参加しなかっただろう。

 だが、なぜか今回はポップはノヴァの自宅に一度行っておきながら、わざわざロン・ベルクの家まで招待状を届け直しに来たのである。

 そのせいで、どんな気まぐれかロン・ベルクが興味を持ち、自分も島に行きたいと言い出した。普通だったら一国の王女のプライベートな旅行に、招待状を出されたわけでもないロン・ベルクの参加など認められないだろうし、招待状を運ぶだけのただの使いっ走りならばそんな権限もないだろうが、ポップはあっさりと快諾した。

『いいぜ、姫さんにはおれから言っとくよ』

 師が参加をするのなら、弟子として参加しないわけにはいかないだろうと渋々ついてきたものの、未だにノヴァには迷いや躊躇いがある。その気持ちが枷になって、騒ぐ一同の中に紛れ込めなかった。

 そして、一度タイミングを外してしまうと、なかなかみんなの輪に入り込むのは難しい物だ。
 結果、遊びに入りたいのになかなかそれを言い出せない子供のように、ぽつんと離れた所から一行の賑やかさを眺めているだけのノヴァは、師に背を押されても踏ん切り悪くその場に佇んでいるだけだった。

 ――が、意外な人物を意外なところで見つけて、ノヴァは目が点になる。
 ついさっきのノヴァと同様に、岩陰に隠れるようにして勇者一行の様子を見つめている少年……彼こそ、こんな所にいるべき人物ではない。

「……こんなところで何をやっているんだよ、ポップ」

 その呼びかけに、ポップはあからさまにギクッとした様子を見せて振り返った。一瞬だけ引きつったように見えた顔は、ノヴァと目が合うとホッとしたように緩められた。

「な、なーんだ、ノヴァか。おまえら、こんな所でなにやってんだよ? っていうか、……海に何しに来たんだよ、あの人」

 振り返ったついでに、ロン・ベルクを見たポップが呆れたような声を出す。
 それはノヴァも内心思っていたことだが、尊敬すべき師に貶し文句じみたことを言われると、無条件に腹が立つ。ノヴァはムッとして言い返さずにはいられなかった。

「そんなの、キミには言われたくないね。キミこそ、なんだって海でそんな格好をしているのさ? 水着に着替えればいいのに」

 ノヴァが些か胡散臭げな目をポップに向けるのも、無理もない。
 なにしろ、ポップときたら未だに普段着のままでいるのだから。長袖長ズボンの格好は南の島の浜辺には、不似合いもいいところだ。

 楽しげに遊んでいるみんなはもちろんのこと、ノヴァや浜辺で酒をかっくらっているロン・ベルクでさえ水着姿だというのに。
 ノヴァの当然の質問に対して、ポップはさっき以上の動揺を見せた。

「いっ、いやっ、そのっ、おれは、その、泳ぐよりも……あっ、そうだ、魚釣りとかしようかな〜って思ってさ」

「――釣り竿もなしで?」

 ノヴァの的確なツッコミに、ポップが一瞬怯む。が、そこで黙っていないで言い返す辺りが、いかにも彼らしかった。

「え、ええいっ、うるさいなっ、そんなの、どうでもいいだろ!? それより、おまえこそせっかく来たんだから、こんな所でグダグダやってないであっちに行けばいいだろっ」

 そう言いながら、ポップはノヴァを乱暴に突き飛ばす。たいして力が入っていないように見えたその手を、ノヴァは避けなかった。が、ポップの手がノヴァに触れた途端、思いがけない力ですっ飛ばされる。

「っ!?」

 あっと思った時は、ノヴァは空中を吹っ飛んで砂浜へと投げ出されていた。ポップの腕力では到底無理なその離れ業に呆気にとられてから、ようやく魔法を使われたのだと気がつく。

 が、その時はすでに手遅れだった。
 派手に岩陰から飛び出てきたノヴァを、他のメンバーが見逃すわけがない。みんなの目が自分に集まったのを感じて、なんとも気まずい感覚を味わう。だが、それを一蹴したのは勇者だった。

「あっ、ノヴァ! そんなとこにいたの? ね、ノヴァも一緒に遊ぼうよ! 今ね、みんなでびーちばれーやってるんだよっ」

 今まで悩んでいた屈託や躊躇いを吹き飛ばす、ストレートすぎる程ストレートな誘いに、ノヴァは一瞬気をのまれる。

 話しかけられた時には、すでにこちらに駆け寄ってきたダイは、強引にノヴァの手を引っ張った。そのまま釣られてみんなの方へと向かうノヴァに、みんなの声がかけられた。

「お、また一人増えやがったな。おーし、こうなったらいくらでもやってやるぜ!」

「早く、いらっしゃいよ!」

 明るい声に口々に迎えられているうち、ノヴァの中の戸惑いや気まずさは嘘のように消えていく。あれ程悩んでいたのが馬鹿馬鹿しくなるぐらいに、みんなが自分を歓待してくれたことに、感謝の念がこみ上げてくる。
 特に、きっかけを与えてくれた勇者に対して。

「……やっぱり、キミは大きいね」

 心からの呟きだったが、ダイはそれをストレートに受け止めたらしかった。

「そう? 前よりは大きくなったけど、まだノヴァの方が大きいと思うけど」

(そう言う意味じゃ、ないんだけどな)

 苦笑しつつも、ノヴァはダイのとんちんかんな思い違いを敢えて訂正しようとは思わなかった。
 代わりに、ノヴァは思い出したように振り向く。

 あのお節介な魔法使いが、こうなることを予想して魔法を使ったことに、ノヴァは今更のように気がついたのだ。
 そのお節介に感謝すべきか、それとも余計なお世話だと一言文句を言ってやろうかと思いながら振り向いたノヴァだったが、結局の所、決断する必要など無かった。

 振り返った時には、さっきまでいたはずの場所にポップはすでにいなかったのだから。

「おい、なにやってんだよ、おまえら? 早く戻ってこいって」

 金属生命体に急かされ、ノヴァはそちらに気を取られた。
 ダイが抜けた間も、ゲームをやめるという考えなど微塵もないらしい脳味噌筋肉隊らが、やけに派手なビーチバレーを繰り広げているのが見えた。

「うんっ、今、戻るねっ」

 元気よく走り出したダイに釣られて、ノヴァもまた後を追う。その時には、ノヴァはポップへの文句などほぼ忘れかけていた――。





「あー、楽しかったっ。ねえっ、もう一回やろうよ!」

 元気いっぱいにそう叫ぶダイに、レオナは軽く片手をあげた。

「ちょ、ちょっと、待って。あたしは、少し休ませてもらうわね」

 遊ぶのはいいが、体力的にダイや他の戦士メンバーに付き合うのはレオナにはきつすぎる。メルルはもちろん、三賢者やチウまでとっくの昔にダウンしてパラソルの下で休んでいるぐらいなのだ。
 密かに回復魔法をかけつつ頑張っていたレオナも、もう限界だった。

「そう? じゃ、今度は、おれとノヴァとラーハルト対マァムとクロコダインとヒムでやろう!」

(……なにかが違うわよね、これって)

 ビーチバレーと言えば、若い男女がキャッキャうふふと、楽しげに、緩やかにボールで遊ぶのが一般的ではないだろうか。
 だが、今や――浜辺は戦場と化していた。

 砂煙がもうもうと立ち上がり、地響きすら響いている。
 遊びとはとても思えない、鋭い角度で凄まじい速度でボールが飛び交い、砂を蹴散らしながら真剣に打ち込むダイ達の姿を眺めやりながら、レオナは自分の理想としていたリゾート風景と遠く離れてしまった事実に、愕然とせずにはいられない。

 柔らかなボールはとうの昔に壊れ、椰子の実で代用しているビーチバレーは、レオナの知っているそれとは似て比なるものだった。

 ゲームの合間に手の空いている者が泳ぐのだって、水辺でパシャパシャと遊ぶといういかにも海水浴らしい遊びとはほど遠い。ざぶんと海に飛び込んだら5分近く上がってこないで遠泳しまくるダイやその他のメンバーの泳ぎに、レオナはとてもついていけない。彼らと競泳する気なら、イルカにでも載らない限り不可能だろう。

 これではとても、レオナが内心夢見ていたロマンチックな南国リゾートとはほど遠い。
 パラソルの下で冷たいジュースを飲んで身体を休めつつ、レオナは挫けそうな自分を必死に励ました。

(ううんっ、い、いいのよ、これで! 今回はダイ君に楽しんでもらうのが、何よりの目的なんだからっ。そうよ、ダイ君が喜んでくれれば、それでいいのよっ!! それに――夜になれば、また違うかもしれないし!)

 昼間はみんなでわいわい騒ぐのに夢中でも、夜ともなればまた雰囲気が違ってくる。例えば、ダイを誘って二人っきりで散歩なんてするのもいいかもしれない。

『素敵……! 星が綺麗ね、ダイ君』

『いや、素敵なのは君だよ、レオナ……。君の瞳は、星よりもずっと美しいよ……』

 まあ、そこまでうまくいくとはさすがにレオナも思ってはいないが、今回のパラダイスツアーは島で三泊する予定なので時間は十分にある。
 不屈の闘志を持つ姫君は、早くも夜に期待して夢を馳せる。だが、いかにも乙女がかったロマンチックドリームを、無骨な声が遮った。

「姫。お休みのところ、もうしわけありません。ポップを見ませんでしたか?」

 質問してきたのは、ついさっきまでビーチバレー(もどき)に参加していたはずなのに、息すら切らさずにいる不死身戦士だった。

「いいえ、見てないけれど」

 せっかくのドリームをぶちこわされて些か気を悪くしながらも、レオナはそう言えば今までポップの姿を見なかったなと、今更のように気がついた。
 考えれば、それは不自然な話だった。

 ポップの存在は、勇者一行の中では非常に大きい。ムードメーカーとも言えるポップは、特にこんな時にはそのお調子者っぷりを発揮して場を盛り上げるのが常だ。
 しかし、よくよく考えればレオナは今日は一度もポップの姿を見てはいなかった。

「ポップ君なら、今日は全然ここにも姿を見せていませんね。こんな場所では、こまめに水分補給をする方がいいと知っているでしょうに」

 わずかに困ったような顔を見せるのは、マリンとメルルだ。
 二人はパラソルの下で、交代で水分補給や軽食を配るという役目を引き受けてくれている。昼間はそうやって、各自が好きなタイミングで栄養や水分補給できるようにと考えて設置したのだが、そのせいで全員が揃う機会がなく、ポップの不在は目立たなかった。

 しかし、一度意識してしまうと、彼の不在はいかにも不自然に思える。
 今回のパラダイスツアーは、特に観光メニューがあるわけではない。
 島に着いたら、各自が好きなように過ごせるようにと、夕食の時間以外の集合時間は特に決めてはいない。そのため、みんなが自由に楽しんでいる。

 バダックなどは、ブラスや以前デルムリン島に勤務していたロモスの兵士達と一緒に魚釣りに行くと言っていたし、意外にも参加してきたロン・ベルクなども勝手に自由行動を取っているようだ。

 だが、一行の主力メンバーは当然のように、ダイの近くでバカンスを楽しんでいる。ポップがそれに加わらないのは、変と言えば変だ。

「ねえ……誰か、ポップ君を見かけた人はいる?」

 少し気になって聞いてみると、休憩組のほとんどが首を振る。だが、ちょうど、激しいゲームに音を上げたのか一時休憩として抜けてきたマァムとノヴァのうち、ノヴァが軽く手を上げて答えた。

「あ、彼ならさっき、岩場の方にいましたよ。でも、すぐにどこかに行っちゃったみたいだけど」

 その答えを聞いても、ヒュンケルは一応は確かめてみようと思ったのか岩場の方へと向かう。その後ろ姿を見送りながら、レオナはいささか過保護すぎるのではないかと思ってしまう。

 このデルムリン島は、ごく小さくて平和な島だ。
 この島の怪物達はみんながダイの友達で、争いを嫌う穏やか気質のものばかりだ。それにこの島は小さすぎて、迷子になる心配も要らない。万が一道に迷ったとしても、ポップは瞬間移動呪文の使い手だ。

 その気になれば、いつでもすぐに集合場所であるダイの家に戻ってこられる。放っておいても、そのうち戻ってくるだろう……その時、レオナはそう考えた。

(全く、せっかくのダイ君の誕生日祝いなのに勝手なことばかりして。困った人よね〜)

 そんな風に思い、心の中の仕返しリストのポップの順位が、ほんのちょっぴり上がった程度だった。
 この時は、まだ――。





「はて? ポップ君? いいや、わしらは会わなかったぞ」

 夕方近く、釣りから戻ってきたバダック達は揃って首を横に振る。

「釣りをするなら、わしらがいた岩場が一番の場所なんじゃが、彼なら来なかったよ」

 この中で一番島に詳しいブラスの否定に、わずかに眉をひそめたのはヒュンケルだった。あれから、ポップを探していたらしい兄弟子の密かな努力は、どうやら徒労に終わったらしい。

 岩場にいたロン・ベルクも、ポップはすぐにいなくなってしまったきりだと言っていた。
 結局、ポップが姿を見せたのは夕日もほぼ沈んでバーベキューの用意がすっかりと調ってからのことだった。まるで匂いに釣られたように、ポップはひょっこりと顔を出してきた。

「へー、いい匂いじゃん。いっただきー!」

 と、さっそくつまみ食いをするポップを見とがめて、マァムが文句をつける。

「あっ、ちょっと、ポップ! もう、手伝いもしないで何やっているのよ?」

「ごめん、ごめん。でも、昼、食べ損なって腹ぺこなんだって」

「もうっ、しょうがないわね」

 ポップとマァムのやりとりを聞きつけたのか、ダイがポップの側によってくる。

「もーっ、ポップ、どこ行ってたんだよ? せっかく、一緒に泳ごうと思ってまってたのにさー」

「悪ぃ、悪ぃ、甲羅干しがてら昼寝してたらすっかり寝過ごしちまってさ〜」

「えー? せっかく遊びに来たのに?」

「だから、悪かったっていってるじゃん」

「ホントだよ、明日こそ一緒に遊ぼうね、ポップ!」

 ポップの側にまとわりつくダイに、それを軽くあしらうポップの姿は、勇者一行にとっては見慣れた姿だ。いつもの二人のやりとりを見て、レオナは苦笑する。

(やっぱり、別に何ともなかったみたいね)

 ヒュンケルの心配が取り越し苦労だったのかと思えば多少気の毒な気もするし拍子抜けした気分もあるが、その方がいいに決まっている。
 だが、安堵は長くは続かなかった。
 ポップに抱きついたダイが、不思議そうな顔をして鼻をひくひくさせる。

「……ポップ? なんか、お薬みたいな臭いがするけど、どうしたの?」

 その言葉を、レオナは聞き逃さなかった――。

                           《続く》

 
 

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