『緑と紫の混合 4』
  
 

「え……なんで、あいつらがここに? そんな予定なんか、なかっただろ?」

 意外すぎる言葉に、ポップは素のままで問い返してしまう。
 勇者一行と呼ばれるメンバーは、アバンの使徒だけではない。最後の戦いに参加した者全てがそう呼ばれているが、残念なことに彼らがパプニカにやってくる機会はめったにない。

 大戦時と違って、平和になった今は誰もが復興のためや新しい生活のために尽力している。誰もがなかなかに忙しいだけに、そうそう集まる機会はないのだ。

 賑やかなことが好きなレオナがたまに全員を集めて、パーティだのお茶会だのを開くことがあるが、少なくともここのところはそんな予定も聞いた覚えがない。

 それに、一行の中でもっとも機動力があるのは移動呪文の使い手であるポップだ。それだけに、個人的な用事だろうと公務だろうと急な用事で彼らがパプニカに来る用事がある時はポップに声がかけられるのが普通だ。

 なのに、今回はそんな話など微塵も聞いてはいない。
 戸惑うポップだったが、副長は強引に背中を押す。

「なんでもなにも、いつものことでしょうが。さっ、それよりも早く彼らにも大魔道士様の無事を教えて安心させてあげてくださいや」

「いやいやっ、ちょい待てって! 彼らって、いったい何人来てるんだよっ!?」

 と、抗議はしてみたものの、副長は聞く耳なんぞもっちゃいない。

「なんせ、さすがは英雄様と言うべきか、ただ訓練しているだけでも迫力がありすぎて侍女やら新米兵士が怯えちゃってね。客室で持てなそうとしても身体を動かしていた方が心配が紛れると言って、休んでもくれませんしね」

 コツを飲み込んでいるというのか、副長の背中の押し方は絶妙で逆らいにくい。その上、副長の苦笑交じりの言葉が気になったせいで、気が削がれたポップはついつい押されるがままになってしまう。

「心配って、何の?」

 ポップの知る限り今のパプニカには特に問題などないはずだし、世界情勢だって今のところは安定している。仲間達だって、それぞれ多少のトラブルを抱えつつも予想以上にうまくやっているし、思い当たるような心配事などない。
 だが、副長は呆れ果てたように言ってのける。

「何を言ってるんすか、大魔道士様の心配に決まっているじゃないですか。 じゃ、後はよろしくお願いしますよ、隊長。ああ、兵士達の訓練ならオレが代わりに見ときます。何、心配はいりやせん、あんたが数日ハードにやってくれた分、ほどほどに抑えときやすから」

(おれの心配……!?)

 その言葉に驚いたせいで、ポップは無防備に中庭に通じるドアの外に追い出されていた。しかもご丁寧なことにポップを押し出すなり、パタンと扉を閉めてしまった。まさに、面倒ごとを押しつけるような追い出され方だ。

 ハッとしたところで、もう遅い。
 ポップが戻ろうとノブに手をかけるよりも早く、中庭に響いていた唸るような音が一斉にぴたりと止んだ。

 音が止んでから、ポップはその音が武器が風を切る音だったのだと気がついた。武器を手に訓練をしていたはずの勇者一行の面々の視線が、揃ってポップへと向けられる。

 その視線の鋭さにギョッとしつつ、ポップは真っ先にその中にマァムやメルルの姿がないことに安堵した。が、女の子達に心配をかけていないという事実は喜ばしいとして、その代わりに中庭の漢率ときたら非常に高かったのだが。

(なんだよ、おっさんにヒムに……ラーハルトの奴まで来てやがるのかよ)

 全員勢揃いというポップ的には最悪の事態ではなかったことにはホッとしたが、勇者一行きっての武闘派揃いの面々が揃っているのでは、例え訓練とは言え実戦さながらの迫力を醸し出すのも頷ける。

(こりゃあ、兵士や侍女が怖がるのも無理ねえよなぁ)

 と、しみじみとポップが納得した時、全身銀色の人影が大きく手を上げた。

「いよぉっ、ヒュンケルじゃねえか!」

「え、……あ、ああ」

 一瞬戸惑ってから、ポップは自分が兄弟子の姿のままなのを思い出す。

「で、ポップの具合はどうなんだ?
 しっかし、あいつの奴もホントに貧弱だよなぁ。しょっちゅう調子を崩して倒れているじゃねえかよ。鍛え方が足りねえんじゃねえの?」

(ほっとけ、余計なお世話だっ!!)

 ヒムの口の悪さは知っていても、正面切ってそう言われるとムカつくのは抑えきれない。何か言い返してやりたかったが、それよりも早く辛辣な口調がぴしゃりとヒムをやり込める。

「フン。その程度のこと、いちいち尋ねなければ分からないとは、おまえの目もとんだ節穴だな」

「なんだとぉっ!?」

 いきり立つヒムを、どこまでも高慢な態度で下から見下しあげているのは、ラーハルトだった。身長ではラーハルトの方が低いのだが、どこまでも上から目線の態度のでかさのせいか、物理的にはヒムを見上げているにもかかわらず、相手を見下している雰囲気がひしひしと漂う。

「いい加減に、おまえも学習したらどうだ。
 もし、あの魔法使いに何かあったら、こいつがこんなに落ち着いているはずもないだろう」

「はは、違いないな」

 ラーハルトの嫌味も軽く笑い飛ばしたのは、クロコダインだった。いつものことだが、豪快な獣王が笑うと細かいことなど気にするだけバカバカしいような気にさせられてしまう。

 さすがのヒムも毒気を抜かれたのか、それ以上ラーハルトに突っかかるのをやめる。しかし、憎まれ口を一つ叩くのは忘れなかった。

「しっかし、今回も大騒ぎした割にはただの無駄足かよぉ。ま、その方がよかったっていやぁ、いいんだけどよ」

「うむ、無駄に終わってオレはホッとしたぞ」

 なにやら和やかな雰囲気で談笑する二人に、無言のままだがそれを肯定しているかのような態度のラーハルト……彼らがなぜパプニカに来たのか――喉元まででかかった問いを、ポップは辛うじて押し殺す。

 よく考えれば、それこそ聞くまでもない話だ。
 アバンが来ていると言うことは、ポップが倒れたという連絡をカール王国へ送ったということだ。カール王国の客分として、居候をやっているラーハルトの耳に入らないはずがない。

 瞬間移動呪文を使えるラーハルトなら、デルムリン島かロモス王国にいることの多いクロコダインに声をかけるのも容易いはずだ。

 クロコダインがどうやってここまで来たのか……それは、一目瞭然だった。
 なにしろ、修練場の隅の方には巨大な鳥の怪物、ガルーダがバテきった様子でひっくり返っているのだから。

 巨体のクロコダインをも軽々と運ぶ力を持つガルーダではあるが、ヒムは全身が超金属で出来た金属生命体だ。体重を聞いたことはないが、どう見たって殺人的に重たいのは目に見えている。

 クロコダインのみならずヒムまでも運んだのならば、それはさぞや大変だっただろうとポップはガルーダに同情の視線を送る。
 が、ガルーダの受難はこれからだった。

「まあ、大事に至らなかったのなら、よかった。なら、オレ達は引き上げるか」

 主君のその言葉に、ガルーダが哀れにも悲鳴のような声を上げる。

「え、もう? なにも、そんなに急がなくっても」

 思わず引き留めてしまったポップに、クロコダインは静かに苦笑する。

「だが……、オレ達が見舞いに来ていると知ったら、ポップが気にするだろう?」

「…………」

 束の間、ポップは絶句していた。
 それは、いかにもクロコダインらしい気遣いと言えた。見た目の割に人のいい獣王は、いつも縁の下の力持ちとしてダイ達一行を支えてくれた。その心遣いは、平和になった今も変わってはいない。

 彼らが集まってくれた理由を、ポップは今こそ思い当たった。
 ヒムはともかくとして、ラーハルトは移動呪文の使い手だし、クロコダインはガルーダで飛翔呪文並の速度で飛ぶことができる。

 緊急時に移動呪文がどんなに役に立つか、ポップは誰よりもよく知っている。
 例えば病人の容態が急変した時、知り合いを短時間で呼び集めたいと思うのなら、移動呪文の使い手がいれば容易いことだ。

 いざという時には、機動力のある者がいた方がいいだろうと踏んでわざわざ集まってくれているのだろう。それも、彼らや副長の言い方からして、今回だけのこととは思えない。

 ポップが知らないところで、いつも彼らが心配して集まってくれていたのだと――そう思い至るのは、難しいことではなかった。

「…………」
 
 申し訳ないような、それでいてなんだか気恥ずかしくなるような暖かさが、ポップの胸に静かに広がっていく。

 なんと言ったらいいのか分からない感動を持てあまし、無言のまま呆然としていたポップだったが……それを一気に現実へと引き戻してくれたのは、戦い最優先主義の金属生命体だった。

「だけどよ、帰る前にちょっとぐらい手合わせするぐらいの時間は、いいんじゃねえの? なあ、ヒュンケル、久しぶりにいっちょやらねえか」

「いっ!?」

 ヒュンケルの身体――言い換えるならば、戦士として最高級の身体を手に入れた以上、ちょっとばかり戦ってみたいという気持ちは、ポップにもあった。だが、それはあくまで普通の兵士か誰かが相手の場合だ。

 間違っても、人間として規格外の体力と強さを持つ仲間達と一戦を交えたいとは思わない。……例え思ったところで惨敗は目に見えているし、そもそも自分から望んで痛い目になどあいたくなどない。

「い、いやっ、その、それは〜」

 どう言って断ろうかと一人あたふたしているポップだったが、それを見てラーハルトが目を眇める。

「……さっきからどうも、様子が変だな。おまえらしくもない」

 疑うような目で、そう言われて心臓がぎくんと跳ね上がる。

(ま、まずいっ、まずいっ、まずいっ、なんかめちゃくちゃまずくないか、これって!?)

 クロコダインはまだいいとして、やる気満々で拳を打ち鳴らしているヒムや、疑わしげに自分を見つめているラーハルトになんと言えばいいのやら、ポップは追い詰められた気分で思わず空を仰ぐ。

 と、その時だった。
 空にキラリと光る物が見えたかと思った時、それが急に方角を変えて少し離れた場所へと落下してくる。

 それが移動魔法の光だと気がついた時は、すでに黒髪の少年が着地していた。足音も立てない見事な着地を決めたダイの目の前に、これまた足音も立てない素早い動きで真っ先に駆け寄ったのはラーハルトだった。

 ヒュンケルへの疑惑などもうどうでもいいとばかりに、ラーハルトは恭しく終生の主君へと頭を下げる。

「お帰りなさいませ、ダイ様」

「うん、ただいまーっ。って、ラーハルト、いつパプニカに来てたの? あ、なら、いらっしゃいって言った方がよかったのかな?」

 などと、しょうもないことに悩んで頭を捻っているのは、紛れもなくダイだ。

(な、なんでダイの奴がもう帰ってきやがるんだよっ!? あいつ、あと数日は帰らないはずじゃなかったのか!?)

 ここ数日不在だった親友の思わぬ早い帰還に、ポップは内心動揺せずにはいられない。

 ダイは、ベンガーナ王の個人的な招きによりベンガーナ王国に行っていた。公式訪問ではなく、あくまで私的な客人として招きたいというベンガーナ王の意向により、堅苦しくない気楽な滞在だと言うことでレオナも許可をだしたのだ。

 本来なら、ダイの帰還予定は早くても明日のはずだった。勇者贔屓のベンガーナ王はダイを心待ちにしていたはずだし、引き留められて遅くなることはあり得ても、早く帰ってくることは絶対にないと思っていただけに驚きだ。

 ダイが早く帰ってくる自体は構わないし、どちらかと言えば嬉しいが、今日のように寝込んでいる日だけは別だ。
 自分が寝込んでいたことは、ダイにはバレて欲しくない。

 禁呪のせいで身体を壊した事実を、ポップは未だに仲間達には打ち明けてはいない。

 ポップの治療に当たっている侍医やアバン、マトリフにも知られ切っているし、不本意ながらレオナやヒュンケル、ラーハルトにもバレてはいるし、この様子ではクロコダインやヒムも薄々感づいているような気もするのだが、これ以上話が広がって欲しくないと思っている。

 中でも、一番知られたくない相手というのが、ダイだ。
 あのお人好しで責任感の強い勇者は、いなくなった自分を探すために仲間が危険を冒したと知ればきっと、気に病むだろう。
 それだけは避けたい。

 が、ラーハルトはダイ至上主義だ。主君の命令なら笑って死ぬと言いきった男だ、ポップがいくら頼み込んだところで、ダイに聞かれればなにもかも包み隠さずバラしかねない。

「あ、クロコダインやヒムも来てたんだ。わあ、ひさしぶりだねー、今日はなにかあったの?」

(うわっ、おっさんもヒムも余計なことは言わないでくれよっ)

 危機感を感じて、ポップはとりあえずダイの方へと近づきかけた。
 と、その動きで気がついたのかダイがこちらに顔を向けて笑いかける。

「ただいま、ヒュンケ――」

 そこまで言いかけてから、ダイがふと不思議そうな顔をする。

「あれ? ……ポッ……プ?」

 そう呼びかけられた途端、胸に下げているアバンのしるしが一瞬、カッと光を放った――。





「――じゃないや、やっぱヒュンケルだよね」

 のんびりとした調子でそう言われて、ヒュンケルは大いに戸惑った。なぜ、いきなりダイが幽閉室に出現したのか聞こうとして……その後で、気がついた。

 ダイがいきなり部屋にやってきたのではなく、自分がいきなり外に出ている事実に。

 ヒュンケル的には今の今まで横たわっていたはずなのに、何の前触れもなく立っている姿勢に切り替わったことに一番戸惑いを感じていた。ハッとして手元を見下ろすと、その手はもうやけに細く見えたポップのそれではなかった。

 見慣れた自分の手が、自分の意思通りに動いている。自分の身体に戻ったのだと実感した時、ダイが不思議そうに呟く。

「変なの。なんか、今……一瞬、ポップがそこにいたような気がしたんだけど。なんで見間違えたんだろ?」

 全然、似てなんかいないのにと不思議がっているダイには教えなかったが、ヒュンケルは知っていた。
 間違っていないどころか、ダイは正しい。まさに、今さっきまでここにいたのは自分ではなくポップだったのだから。

 肉体こそはヒュンケルの物だったが、中身はポップだった。目を閉じていても相手の核を感じ取れるダイが、ポップの気配を感じ取ったとしても何の不思議もない。見た目に惑わされることなく、しっかりと本質を見抜く目を持っている辺りがさすがは勇者と言うべきか。

 心から感心したもののヒュンケルはそれはとりあえずは口には出さず、まずは無難な疑問を投げかける。

「それより、ずいぶんと早く戻ってきたんだな」

「うん! 王様はもっとゆっくりしていけって言ってくれたんだけど、なんだか早く帰りたくなっちゃったんだ。
 胸が変にドキドキして、落ち着かない感じがしちゃって」

 ダイの言うその状態を、ヒュンケルなら『胸騒ぎがした』と表現することだろう。
 その状態が始まった日を聞いて、ヒュンケルは得心する。

 ちょうど、ポップが階段で倒れていた夜からダイの胸騒ぎは始まっていた――。

 ダイが余りに気もそぞろで、上の空な状態だったためにさすがのベンガーナ王も気を遣って予定を前倒しにして早く帰還させてくれたらしい。

「ところで、ポップとレオナは? お土産持ってきたんだけど、二人とも今、忙しいかな? あ、ヒュンケルのもあるよ!」

 得意そうにいくつもの歪な形をした大きな荷物を見せびらかす勇者に、ヒュンケルは苦笑しつつ教えてやった。

「ああ、ポップなら――」






「……っ!?」

 目を開けた途端、ポップを襲ったのは戸惑いだった。
 それは、転んだ夢を見た直後の戸惑いに似ていた。夢の中であまりにもリアルに転んだ場合、目を覚ました時に転んだはずの自分が仰向けに横たわっているのに戸惑うことがある。

 今の状況も、それに近い。
 外にいたはずの自分が、自室のベッドに横たわっている――戸惑いはあったが、幸いにもと言うべきか不幸なことにと言うべきか、ポップはそんな状況には慣れている。

 とりあえず起き上がろうとしたが、その身体がひどく重たかった。何とも忌々しいけだるさを実感してから、ポップはまじまじと自分の手を見つめた。
 ついさっきまでは自分の物だった、節張っていて大きな逞しい腕ではない。自分でも嫌になるほど生白く細い腕は、紛れもなく自分の本来の腕だ。

 その腕を見つめながら、ポップはふと、古い記憶を思い出す。ほとんど……と言うか、今朝の夢を見るまではすっかりと忘れきっていた古い思い出は、自分でもビックリするぐらい鮮明に思い出すことが出来た――。






「いいですか、ポップ。このアバンのしるしにはね、いくつかのおまじないを込めてあるんです。
 もし、あなたが心から望み、相手も同じことを望むのなら……このアバンのしるしをかけた者同士の精神を入れ替えることができますよ」

「ええ〜、ホントですかぁ、それ?」

 秘密めかせてそう言ったアバンの言葉は、当時のポップでさえすぐには信用できる物ではなかった。

 だいたいアバンという人は、真顔のままでふざけ半分のおとぎ話をさも正規の歴史であるかのように、大真面目に語ることの出来る教師だった。うっかりすると、嘘っぱちに騙されかねないだけにポップは半信半疑で聞いていたものだ。

「おや、疑われるとは心外ですね。
 もちろん、本当ですとも! ただしごく短い時間、それも一度しか使えませんけどね。それにこれはごく弱い魔法ですので、どちらかが第三者に入れ替わった事実を悟られてしまえば、効き目がなくなります」

「……それじゃ、使い道がないんじゃないんですか?」

 アバンの説明を聞いて、ポップは即座にその魔法に興味をなくしてしまう。
 アバンの言う通りの効力ならば、とても戦闘中には使えない魔法である。強い魔法と言えば、高い攻撃力を持つ呪文だと認識していた当時のポップにとっては、戦闘の役に立たない魔法など意味がない魔法にしか思えなかった。

 だが、そんな魔法使いにはあるまじき短慮な弟子に対して、アバンは優しく笑った。

「そりゃあ、これは戦いのために考えた魔法道具ではありませんでしたからね。でもね、この魔法が発動する時はあなたに信頼の出来る仲間……いえ、兄弟弟子ができた証ですよ。
 身体を入れ替えると言うことは、お互いに自分の命を相手に預けてもいいと思っているってことですからね」







「ちぇっ、誰があんな奴のことなんか……ッ!!」

 懐かしい思い出は、ちょっとした苛立ちと照れくささを運んできた。
 思わず舌打ちをした瞬間、いきなりドカンと大きな音と共にドアが勢いよく開く。

 と言うか、勢いがありすぎてドアが壁に叩きつけられて粉砕されていたりするが、ドアをぶっ壊してくれた破壊神はそんな些細なことには目もくれやしない。

(っていうか、いくらなんでも早くねえか!?)

 さっきまでダイが中庭にいたことを考えれば、そこから王宮の最奥にあるポップの部屋まで来るのにはどう考えたって早すぎだ。

 魔法も魔法道具も使わずに全力疾走してきたダイの脚力には恐れ入るが、その勢いのままに部屋のドアを壊されても困る。
 レオナに文句を言われるのは、壊したダイ本人以上になぜかポップなのだ。

(あぁああ、だからダイには知られたくなかったつーのにっ!!)

 だが、ポップの内心の嘆きなどお構いなしに、ダイは一直線に飛びついてきた。

「ポップーっ、大丈夫!?」

「うわっ!?」

 あまりにも勢いよく抱きつかれた拍子に、せっかく起き上がったのにダイごと倒れ込んでしまったのたが、それを見てダイは血相を変えて大騒ぎする。

「わわっ、ポップ!? ポップが倒れたーっ!?」

「倒れてねえっ! だいたい、今のはおまえがやったんだろうがっ!!」

 心の底からの抗議をこめ、ポップは叫ばずにはいられない。ダイが不意に抱きついてくるなんて真似をしなければ、ポップだってこんな風に倒れたりなどしない。
 が、ダイはひどく心配そうな顔でポップを覗きこんでくる。

「でも、ヒュンケルが言ってたよ。ポップ、熱を出して倒れたって……ねえ、大丈夫なの?」

(あんの野郎、よくもチクりやがったな!)

 心の中で根暗な兄弟子の密かな嫌がらせを罵りつつ、ポップはダイを宥めるように言ってみる。

「熱で倒れたんじゃねえっつーの、そりゃああいつの誤解だよ。
 それに、へーき、へーき。もう、熱なんてとっくに下がったしさ、起きたっていいぐらいだよ」

 そう言いながら起き上がろうとして――ポップは、それが紛れもない事実だと気がついた。
 さっきはついヒュンケルの身体と比べてしまったからけだるさを強く感じたが、よくよく考えて見ると今のポップの体調は驚く程回復している。

 いつもだったら、寝込んだ後にはだるさや倦怠感が残っているものだが、今はそうでもない。
 その理由に、ポップはすぐに気がついた。

(そっか、ヒュンケルの奴か……)

 ポップが部屋を抜け出した後も、ヒュンケルは追っては来なかった。それをいぶかしく思いつつも好都合なので放っておいたが、どうやらあの律儀な兄弟子は入れ替わっている間はずっと安静を貫いていたらしい。

 そのおかげで、至って体調は良かった。
 だが、ダイはまだ心配そうな様子だった。

「ホント? なんか痩せたみたいだけど、ポップ、おれがいない間、朝ごはんとか昼ごはんとか抜かさなかった?」

(うっ、どうしてこいつ、無駄なとこだけ鋭いんだよっ!?)

 ――実は、その通りだった。
 毎日、毎日、律儀なまでにポップを起こしに来て朝食に誘いに来たり、昼休みには欠かさずやってきて一緒にお昼を食べようと誘いに来るダイがいないのをいいことに、ポップはその辺は多少手を抜いていた。

 ついでに言うのなら、ダイが来ない分仕事に熱を入れすぎて無理を重ねて過労気味だったことこそが今回熱を出した一番の原因だったのだが、本人にその自覚はない。

 図星を突かれて、ギクッとする心を押さえ込みつつポップはわざとらしく首を振って見せる。

「まさかぁ! そ、そんなこと、あるわけないだろ、ちゃんと食ってたって!」

 その声音がうわずっている点や、微妙に視線が泳いでいる点を訝しがってか、ダイはじいーっとポップを見つめている。

 戦いの場や政治の場では卓越した心理戦や駆け引きをこなす癖に、二代目大魔道士はこんなところでは嘘がてんでヘタだった。さらにジト目でポップを見つめるダイの気を逸らそうと、ポップは慌てて話を逸らす。

「そ、それよりよー、おまえ、もう姫さんのとこには行ったのか?」

「ううん、まだ」

「バッカだなー、それ、まずいだろ。おれなんかよりも先に、姫さんのとこに行かねえと! 姫さん、おまえの帰りを待ってたんだからよー」

「そっかぁ。あ、そう言えばおれ、レオナにお土産持ってきたんだっけ」

「へえ、どんなのだよ?」

「あのね、あのね! レオナってきらきらしたのが好きだから、ゴールドマンのお人形を選んできたんだ!」

 単純な勇者様はあっさりと話を逸らされたことにも気づかず、嬉しそうにそう言ってのける。

(うわ、こいつ、相変わらず土産のセンスねえよなぁ)

 そんなものはレオナの趣味とは思いっきりかけ離れた代物だとか、よくもそんなレアな土産がベンガーナにあったものだとか、いろいろとツッコみどころは満載な土産ではあったが、この際、そんなことはどうでもいい。

「へえ、姫さんも喜ぶだろうぜ。じゃ、これから渡しに行けばいい……いや、おれも一緒に行くよ。この時間なら、少しぐらい余裕もあるだろうし」

 品物がどうであれ、ダイが直々にレオナのために選んだという理由さえあれば、彼女が喜ぶのは間違いない。勇猛さでは他国にさえその名を届かせたレオナだが、彼女も基本は恋する乙女と言うべきか、ダイには割と甘い。

 ダイが戻ってきただけでレオナは喜ぶだろうし、そこにつけ込めばレオナのご機嫌も取り結びやすいだろうとポップはセコくも計算する。

 ポップが体調を崩した時は、レオナはやたらと厳しく絶対安静を言いつけてくるのだが、ダイの帰還のどさくさに紛れ込んで部屋からこっそりと抜け出せば、その辺もうやむやに出来るかもしれない。

 そう思って早速実行しようとベッドから起き上がりかけたポップだったが――。

「いや、もうしばらくは休んでいた方がいいぞ、ポップ」

 と、余計な一言はドアの方から聞こえてきた。ギョッとして振り向くと、そこには大きな荷物を抱えたヒュンケルがいた。

「な、なんだよっ、いきなり!! ノックぐらいしろよなっ!」 

 つい反射的に憎まれ口を叩くポップに対して、ヒュンケルは済ました顔で答える。 

「そのつもりだったが、ドアが壊れていたからな」

「ぐ……っ」

 事実その通りなので、言い返しも出来ない。絶句しているポップの目の前で、ヒュンケルは何やら歪な形の大きな包みをダイに渡す。

「ダイ、忘れ物だ」

 どうやったら忘れるのか、不思議なぐらいの大きさだ。

「それから、姫にご挨拶に行くには及ばない。すぐにここに来るはずだからな」

 その言葉が終わりきらないうちに、三賢者を引き連れたレオナが部屋に上がってきた。
 部屋に入った途端、ダイがいるのが意外だったのか彼女は少しばかり目を見張る。が、レオナが先に話しかけてきたのはポップの方だった。

「ポ、ポップ君……? どう、少しは気分は落ち着いたかしら?」

 なにやら、腫れ物に触れるような口調で問いかけるレオナに、ポップはさっきのことを思い出してげんなりとする。

(あー、そういや、さっきの台詞っておれが言ったと思われてんのか)

 自分のせいでもないのに理不尽だと言う不満感がこみあげてくるが、ある意味で自業自得と言うものだろう。しかし、ポップが言い訳をしようと口を開くよりも早く、ヒュンケルがぬけぬけと言い切った。

「ええ、ダイが戻ってきたのがよかったのか、だいぶ落ち着いたようです。
 しかし先程の言動を考えれば、大事を取ってしばらくの間、安静にしていた方がいいと思います」

「あーっ、きったねえぞ、ヒュンケルッ!! あれはおれじゃなくって、てめえが言ったんだろうがっ!」

 と、思わず言い返してしまったポップだが、またも驚いたように目を見張り、不安そうに目を見交すレオナ達を見て自分の失言に気がついた。

(し、しまった……!)

 と、思っても、もう遅い。

「そ、そうね……もう少し休んでいた方がいいかもしれないわね。ダイ君、ポップ君をお願いね」

 やけにしっかりとダイに念を押し、まだ仕事が残っているからとレオナ達はそそくさと去っていく。その素早さと言ったら、ポップが言い訳のために呼び止める隙すら無かった。しかも、ヒュンケルはすかさずちゃっかりと退路を断ってくれる。

「ダイ、しばらくの間、ポップの側についていてくれないか。こいつが部屋から出ないように、気をつけてくれればいい。
 まあ、階下の兵士達もしっかりと見張ってるがな」

 そう言えば、無駄に盛り上がっていた兵士達の気迫を思い出し、ポップはますます逃げ道が断たれたことを自覚する。怒りの余り口もきけないポップだったが、ダイは至って上機嫌だった。

「うん、分かったよ! おれ、ずっとポップの側にいるから大丈夫だよ!!」

 こう言ったからには、ダイがそれを実行するのは疑いようもない。なにも気がついていない癖に、一番タチが悪くて最強最悪の見張り番が自分に張り付いた様な気がするポップに向かって、ダイはニコニコしながら話しかけてくる。

「はい、ポップのお土産はこれだよ!」

 と、ダイが得意そうにつきだしてきたのは、見るからに不気味な怪物を模した人形だった。両手を前に突き出した姿勢で、全身を薄汚れた包帯で覆われた人型怪物はチャチな作りの割には妙にリアルで、ポップは思わず身を引いてしまう。

「な、なんなんだよっ、このミイラ男は!?」

「ちがうよー、これ、マミーだよ。ほら、包帯の色が違うじゃないか」

「マミーもミイラ男も似たようなもんだろっ!? つーか、だいたいなんでマミーなんだよっ!?」

「だって、おれ、ベンガーナで聞いたんだ。マミーが風邪とかの……えっと、『よぼう』によく効くんだって。
 だから、うんと探してようやく見つけたんだよ! 苦労しちゃった」

「アホかーっ、そりゃあマミー違いだっ!! そりゃあ、ベンガーナで最近人気の乳酸飲料の名前だっつーのっ!」

「え、そうだったの? でも、これもマミーだし、なんかに効くかも知んないし、ポップにあげるね!」

 善意は思いっきりこもっている物の、全然嬉しくない土産物を押しつけてくるダイにポップが思わず顔を引きつらせているのを、ヒュンケルが眺めているのがまた、癪に障る。

 その顔に、かすかな笑みが浮かんでいるように見えるのは、きっとポップの僻みではあるまい。
 銀の髪の戦士はその整った顔に微かな笑みを浮かべ、嫌味なことに聞き覚えのある台詞を口にする。

「じゃあ、ゆっくりと休んでいろよ――ポップ」

 その言葉を残して、ヒュンケルは部屋の外に出る。律儀にも、壊れきって原形をとどめていない扉が辛うじて閉められた――。                      END


《後書き》

 580000hit その2の記念リクエスト、『ポップとヒュンケルの入れ替わり話』でした♪ 『身体能力そのままに、心だけ入れ替わる。周囲の反応』というテーマだったのですが、せっかく身体能力が変わったのに双方とも特に活用していないような気もします(笑)

 ついでにいうのなら、フルメンバーではなく脳味噌筋肉隊しかでていませんし(笑) こ、これはやっぱり、スライディング土下座もの!?

 ところで、精神が入れ替わった後、第三者からそれを看破されると威力が弱まるという設定は、裏道場の恋愛以前の『誓いのキスを』と似せてあります。

 と言うより、この魔法は元々アバンとマトリフが共同開発しようとしたものなんですね。だから作者が違っていても、魔法の効力も魔法の解き方も似通っているという裏設定があります。いや、本編にはほとんど関係ない設定ですが。

 最後になりますが、ラスト近くのダイとポップの会話は以前、拍手コメントで頂いた『乳酸菌が花粉症に効く』という情報に添えられていた小ネタを元にさせていただきました。この場を借りまして、ネタを下さった方にお礼を申し上げます♪


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