『密室からの脱出 後編』
 

「わぁ……」

 次の部屋を見た途端、ダイの目が輝いた。
 今度の部屋には、大きなテーブルが設置されてあった。そして、その中央に置いてあるのは、大きな天秤秤。だが、ダイの目を惹きつけたのは、天秤の近くに転がっている幾つものリンゴやオレンジ、パイナップルの数々だった。

 よく熟しているのを示す良い香りが立ちこめる中、思わずゴクリと喉を鳴らしたダイが動くよりも早く、謎の声が叫ぶ。

『食べてはだめだぞ!!』

 真っ先に投げつけられた声に、ダイはこの上なくがっかりした顔になる。

「ええぇえええ〜」

『ええ〜、じゃなぁいっ、謎を解いてからなら、食べてもいいからっ! だからまずは、問題文を読めっ、と言うか読んで下さい、頼むからっ!!』

 そこまで言われてからやっと、ダイはまたも壁に貼ってある紙切れに目をやった。それはずいぶんと分かりやすく、簡単な文字で大きめに書かれてあった。

「んーと……『ぱいなっぷる一つは、りんご五つと同じ重さです。りんごとおれんじは、同じ重さです。ここにある果物を全部使って、てんびんをつりあわせましょう』
 え? え? え〜?」

 混乱しきった顔で、ダイはその文章を果物の数々を見比べる。それはさながら、古代の伝承歌のよう。人に謎をふっかけて、答えられなければ食べてしまうスフィンクスにとてつもない難問を突きつけられ、困惑の極みを味わった旅人のごとく、ダイは呆然とその文章を見つめていた。
 と、そこに高らかな声が轟く。

『ふふふふ、どうかね、この謎が解けるか!? 
 なぁに、君ならこれぐらい解けるだろう、解けないわけがないなっ!? そうだろう、そうだといってくれっ、と言うか何か言ってみたまえっ、勇者君っ』

 なにやらどんどんと引きつり、畳みかけるような勢いがついてくる謎の声に返事をする余裕など、ダイにはない。
 問題文を何度となく読み返しながら、ダイはひっきりなしに頭を掻きむしる。

「う、うぅううううう〜〜っ!?」

 勇者は今や、混乱の最中にあった。
 メダパニにかかってもここまでは混乱しないだろうというぐらいの、混乱の極地にのたうっている。

(ど、どうしよう、全然分からないよっ!? これを全部食べなさいって書いてあるなら、簡単だったのにっ。あ、でも、りんごはポップにも残しておいてあげたいよね、ポップ、りんご、好きだもん。オレンジは、レオナにお土産にしたら喜ぶかな……って、そうじゃなくてっ!
 え、えーと、オレンジとパイナップルが同じ重さだから……っ)

 真剣に考え込んでいたダイだったが、絶叫がその考えを妨げる。

『いやっ、違うでしょうがっ!! だいたいオレンジとパイナップルが同じ重さのわけないでしょう、常識的にっ!! ちゃんと、真面目に考えてくださぁ〜いっ!』

「え!? なんで、おれの考えてたこと分かったの!?」

 もしや心を読む力を持った怪物が相手なのかと驚いたダイだったが、返答はごく単純かつ明快なものだった。

『分かるも何も、口にでていましたよっ、口にっ!!』

 どうやら、考えに夢中になりすぎて無意識に口にしてしまっていたらしい。

『どうせ考えるのなら、ちゃんと謎解きの方を考えて下さぁいぃっ』

 もはや悲鳴じみた絶叫をあげる謎の声の正体など、ダイはほとんど気になどしていなかった。
 もちろん、ダイはこれ以上ない程真剣に考えている。ただし、謎解きなどではなく、ポップを助けることに関してだが。

(ううっ、こーゆーのって苦手だけど、頑張らないとっ。ポップを助けるためにもっ!)

 そう思いながら、ダイは水晶球に目を落とす。
 どんな苦しい戦いの時でも、ダイに力を与えてくれたのはいつだってあの魔法使いの少年だった。ポップと一緒ならば、どんな困難にも立ち向かえる。

 ポップの姿を見れば、この難関にでも挑む勇気が湧くだろう……そう思ったのだ。だが、水晶球を覗きこんだ途端、ダイはギョッとして目を見開いた。

「ポップ!? ポップ、どこにいったんだよっ!?」

 ついさっきまで床に倒れていたはずのポップの姿は、なかった。
 水晶球はただの石の床を映し出しているだけで、肝心のポップの姿はどこにも見られない。それを見た途端、ダイは怒りのあまり怒号をあげる。

「おいっ、おまえっ!! ポップに、何をしたんだっ!?」

 姿の見えない謎の敵に向かって、ダイは怒りも露わに吠え立てる。その両の手には、無意識のうちに竜の紋章が浮き上がっていた。早くも漂い始めた竜闘気のせいで、周囲の空気がピリピリと震え、見えざる脈動が天秤を揺らす。

『ま、待てっ、待ってくれっ!! お、落ち着きたまえっ、大魔道士様には何もしていないッ、本当だっ!』

 焦ったような声がどこからか叫んでくるが、ダイは気を緩めなかった。むしろ一層気迫を高めながら、声の主の居場所を探ろうとする。

「なら、どうしてポップがいないんだよっ!? もし……おまえがポップに何かをしたのなら……絶対に、許さない……!」

 怒りに震えるダイから放たれる竜闘気は、確実に周辺に影響を及ぼしだしていた。天秤ばかりではなく部屋全体を揺らしかけているし、闘気の影響かぱらぱらと壁や天井から細かな破片が零れ落ちかけている。嫌な感じの軋み音が響き始めたのから見ても、部屋が壊れ始めているのは明白だ。

『ひ、ひぃいいいっ、お、お助けぇええっ』

 謎の声の主が情けのない悲鳴を上げ始めたが、ダイは気にもしない。一旦、相手を敵と見定めてしまえば、ダイには容赦する気はない。とことんまで戦い抜くだけだ。

 しかし、ダイが本格的に力を解き放とうとした時に、聞き慣れた声が響き渡った。

『やめんかっ、ダイッ!! おれまで殺す気かよっ!?』

 その声と同時に、パッと水晶球にポップの姿が映し出される。

「あっ、ポップ!」

 途端に、ダイの闘気は嘘のように霧散した。

「よかった、大丈夫? なんか、ひどいことされなかった!?」

 心の底から心配してそう尋ねたのだが、ポップはひどく不機嫌に怒鳴り返す。

「つーか、今揺らしたのはおまえだろうっ、分かってるんだぞっ! おかげで字が歪んだじゃねえか、どうしてくれるんだっ!!」

「ご、ごめん」

 怒りまくっているポップの勢いに押されてつい謝ってしまってから、ダイはようやくちょっと首を傾げた。

 ダイ的には、ポップは元気な方が嬉しい。
 いきなり怒られるのだって、八つ当たり的に文句を言われるのだって、ダイにとっては日常茶飯事だ、それをいちいち気にすることはない。だが、今の状況でポップがあまりにもいつも通りなのに、さすがのダイも不思議に思う。

「……でも、ポップ、もう目が覚めたんだよね。なら、そこから逃げられないの?」

 ついさっきまでは、気絶か、そうでなければ眠らされていたように見えたが、今のポップは全くの自由の身だ。手足も自由だし、特に囚われの身と言うようには見えない。

 ならば、ダイが謎解きに頑張るよりも、ポップが自力で脱出してくれた方が、よっぽど早く合流できる。ダイとしてはそう思ったのだが、それを聞いてポップの顔に『やべえ』と言わんばかりの表情が浮かぶ。

(あ、マァムに覗きがバレた時と同じ顔だ)

 と、ダイは思ったが、そんなことさえ吹き飛ばすような衝撃的な言葉がポップの口から出てきた。

「え、あー、それはだな、あー……実は、魔法が封じられちまってよ〜」

「えええっ!?」

「いや、そんな驚くようなことじゃないだろ」

「何言ってるんだよ、ポップッ! すっごくすっごく大変じゃないか、それって!!」

 心の底からの驚愕を込めて、ダイは叫ぶ。

 ダイの知っている限り、ポップは最高の魔法使いだ。今のポップの魔法を封じようと思ったのならば、マトリフやアバンでさえ苦労させられるだろう。なのにそれを易々とやってのけるような敵にポップが捕らえられているかと思うと、それだけでダイは恐れを感じずにはいられない。

 魔法が使えなければ、ポップはただの人間だ。一番の強みであり、武器でもある魔法を失ったポップが危険に晒されているかと思うと、じっとしていられないほどの焦りがこみ上げてくる。

「そ、それでポップ、本当に大丈夫なの!? ひどいこととかされてない!?」

 もし、ポップが何かされているようなら、今すぐにでもこの部屋ごと周囲をぶち壊してやろうとばかりの気迫を込めて叫ぶダイに対して、答えたのは謎の声の方だった。 

『いやいやいやっ、そんな滅相もないっ、大魔道士様はちゃんと安全無事に、大切にお預かりして……うっ、うわわっ!?』

 慌てたような声と共に、水晶球の画像の中に転がり込むように黒ずくめの男が飛び込んで来た。黒いローブに、さらに顔もすっぽりと覆い隠す黒い袋をかぶった珍妙な格好の男は、ポップに向かって倒れかかるようにもたれる。

 普通の状態なら、転びかけたつまずいた男がポップにたまたま寄り掛かったのだと、思えるような光景だった。実際、ダイも最初はそうだと思ったぐらいだ。

(? なんか今、この人を誰かに突き飛ばされたような……気のせいかな?)

 しかし、次の瞬間、そんな疑問はダイの脳裏から吹っ飛んでしまう。

「わー、たすけてくれえ、ころされるー」

「えっ!?」

『えぇええっ!?』

 なぜかダイだけでなく黒ずくめの男も驚いたりしていたが、心底仰天したダイはそんなことは気づかなかった。ついでに言うのなら、あまりにも衝撃的な言葉に驚くあまり、ポップの声が全くの棒読みで実感のないものだとも気づいちゃいない。

「おまえっ、ポップを今すぐ離せっ!! さもないと……っ」

『わーっ、わわわっ、違うッ、違いますっ、わ、私はけっしてそんなことは――』

 何やら慌てふためいている黒ずくめの男の声の途中で、ポップが声を張り上げる。

「でも、おまえがその謎をといたら助けてくれるってよ。な、そうだよな、あんた?」

 そう言われて、黒ずくめの男はなぜか躊躇いを見せる。

『え、え……、そ、そんな……』

「そうだよな!?」

 強くポップに念を押され、黒ずくめの男がこくこくと大きく頷いた。

『そ、そうですっ……じゃ、なくって、そうだっっ!! だ、だから、一刻も早く、謎をとくんだっ、いいなっ!? そうすれば、無事に大魔道士様を離すから!! ですから、出来るだけ早急にお願いするっ!! ええ、今すぐにでもっ!!』

「と、ゆーわけだ。だから、早くその謎を解けよ、待ってるからさ」

 黒ずくめの男の声がやけに引きつっているのに比べ、ポップの声音は不思議なぐらいあっけらかんとしている。
 が、ダイはそれ程疑問には思わなかった。というよりも、疑問を覚える余裕すらなかった。

「うん、分かったよ! 必ず助けるからね、ポップ!!」

 熱意を込めて叫ぶダイに、ポップはいつも通り気楽な調子で手を振った。

「おー、がんばれよ〜。あ、そうだ、あんまり水晶球を覗くんじゃねえぞ、こっちだって忙しいんだから」

 ポップの様子は人質の言動としてはかなり標準からズレているのだが、常識に疎いダイはたいしてそれは気にしならなかった。とりあえずポップが元気な様子なのに安堵する気持ちがあまりにも大きくて、些細な疑問など消し飛んでしまう。
 何より、目の前に立ちはだかる難問こそが大問題だった。

(ポップの無事がかかってるんだ、うんとがんばらないと……!)

 問題文をもう一度見返すのに夢中になったダイは、水晶球の中から再びポップと黒ずくめの男の姿が消えたのに気がついていなかった――。






 人質と黒ずくめの男の目の前にあるのは、ダイが持っているのとほぼ同じ水晶球だった。大きさも形も似通っているそれは、半分だけ黒い布で覆われて隠されている。他にも、違いはもう一つあった。

 ダイの持つ水晶球がポップの姿を映していたのに対し、犯人の持つ水晶球はダイの姿を映し出している。
 その水晶球から、黒ずくめの男が手を離すのを待っていたかのように、その場に仁王立ちになった姫君から、思いっきり不機嫌そうな声でクレームが入った。

「ちょっとぉ、あなた達、もっと真面目に演技してよね! 特に、ポップ君! 人をだまくらかすのは、得意でしょ?」

「人聞きの悪いこと言うなよな、姫さん。おれがいつ、そんなのを得意にし
たっつーんだよ?」

 ポップもポップで、ふて腐れきった様な顔でレオナに言い返す。が、黒ずくめの男にはそこまでの図々しさはなかった。

「は、はあ、しかし、私は根っからの不調法者でして、こんなことはどうも、昔から苦手でして……」

 暑くもないはずなのにしきりに汗を拭おうとした男は、自分が覆面をしたままだとようやく気がついたらしい。黒い袋をすっぽりを脱いだ下から現れたのは、くたびれた中年男だった。

 もし、ダイがここにいたのならば、彼の顔を見て驚いたに違いない。なにしろ、知った顔なのだから。

 怪しげな黒いローブが似合わないこの男は、本業は学者だ。複数の学位を持ち、知識も豊富で経験豊かなこの学者は、本来ならば知性豊かで物静かな風貌の男に見えたはずだ。

 だが今はひどく疲れきったかのようにげっそりと窶れ、さらにはここ一年ほどの間でずいぶんと乏しくなった頭頂部が何とも言えない哀愁を醸し出している。

(……気の毒に)

 と、思わずポップが同情してしまうのは、まだ髪がふさふさだった頃の彼の姿を覚えているからだ。

 勇者ダイの教育係の主任責任者として抜擢され、この世を救った勇者に勉強を教えられるとは光栄だと、心の底から嬉しそうに言った勇者の家庭教師は、今や眉間にくっきりと苦悩を示す皺を刻み込んでいた。

 果ての見えない長い旅路をどこまでも歩く殉教者の面持ちで、家庭教師はおもむろに口を開く。

「ですが姫様、せっかくご協力いただけたのにこんなことを言うのはなんですが、この度の試験は、やはり……些かやり過ぎなのではないでしょうか?」

 どこかビクビクと、それでいてはっきりとした反対の意思を込めてレオナにそう訴える家庭教師の勇気に、勇気の使徒であるポップは感嘆せずにはいられない。

(すげえな、おれにはとても言えないぜ、あんなこと)

 正直な話、ポップもこれはやり過ぎだと思っているし、ついでにいうなら自分が人質という立場も不本意極まりないし、この作戦自体に賛成してはいない。――だが、ポップは決して反対せず、唯々諾々と従っていた。

 この作戦の首謀者に逆らう勇気など、ポップには微塵ない。
 なにしろ、元はと言えばこの作戦のアイデアの出所はレオナなのだから。

 ダイの勉強の進歩が非常にはかばかしくないのは、レオナもそうだろうが、家庭教師にとっては最大の悩みの種だ。少しでも勉強意欲を掻き立てて欲しいと彼は心の底から願っているし、現在の学力を正確に測定するためのテストも行いたいと考えていた。

 しかし、非常に残念なことに、ダイには試験というものの重要性がまるっきり分かっちゃいなかった。普段の授業ならば、まだ教師が喋っているから聞こうとする意欲が見られたが、テスト中はダメだった。

 書いてある文章を読んで答えを書く――ただそれだけのことが、ダイにとっては難しすぎたらしい。深く考えもせずに諦めるか、眠くなって寝てしまうと言う自由奔放ぶりでは、試験もへったくれもない。

 せめて、こちらの出した質問を真面目に考えてくれるような手はないものだろうか……そう愚痴った家庭教師に対して、レオナが名案とばかりに目を輝かせた。

『そうだわっ! 机の上のテストでダメなら、実技でやってもらえばいいじゃないっ』

 家庭教師とポップの名誉のために言うのなら、彼らは一応は反対したのである。
 が、ノリノリになったレオナを押しとどめられる者など、このパプニカ王国国には存在しない。

 この前、見た本にヒントを得たなどと言って使っていない別荘に手を加えるように命じ、三賢者やヒュンケルまで巻き込んであれよあれよという間に準備を整えてしまったレオナの手際の良さに、二人は結局逆らえなかった。押し切られる形で巻き込まれてしまったのだが、真面目で人の好い家庭教師は勇者の弱みにつけ込むようなこの作戦に苦悩を感じているらしい。

「いくら勇者様を本気にさせるためとは言え、大魔道士様を誘拐したと思わせるだなんて……」

 しかし、年は若くとも一国の王女は見た目とは裏腹に図太く、逞しかった。

「あら、あたしはこれでも手緩いと思っているだけど? 本当ならもっとダイ君を信用させて切迫感を煽るために、ポップ君には人質らしく振る舞ってもらいたいところなんだけど」

 と、わざとらしくため息をつきつつレオナが目をやった先には、壁に取り付けるようになっている鎖つきの枷だの、鞭だの、三角木馬だのと見るからに怪しげな拷問道具がゴロゴロと転がっている。

 実は本物というわけではなく、それっぽく見せかけただけの芝居用の小道具にすぎないのだが、それでもそんなものを使われるかと思うとゾッとしない。

「じょ、冗談じゃねえよ! そんな真似されたら、仕事もできないじゃねえかよ! ただでさえ遅れぎみなのによー」

 ぶつくさぼやきつつ、ポップは水晶球から数歩歩いた先にあるテーブルに着席した。

 水晶球に黒い布がかけられた方に面する部分は、同じ部屋とも思えない程に立派な作りになっている。と言うよりも、本来は立派な客室に無理矢理に手を加えて牢屋っぽい作りの部分を設置した、なんとも珍妙な部屋だったりする。

 まあ、部屋の作りがどうであろうと、ポップには関係のないことではあるのだが。

 テーブルに着席したポップは、そこに山と積まれている書類にうんざりした目つきを向けつつも、猛烈な速度でペンを走らせ出す。非常に残念ながらと言うべきか、人質になったからと言って仕事から逃れられるわけではないのである。

 いや、どちらかと言えば余計な作戦のせいで時間を取られて、仕事は押し詰まってさえいた。それはレオナも同様で、全ての黒幕を気取りながらも、彼女もポップと同じテーブルでせっせと書類にサインを書き込み続けている。

「それにこれ以上信じさせるも何も、あいつ、バカすぎるんだろ。
 だいたいさ、ダイとおれをまとめて誘拐できるような奴がこの世にいるとでも本気で思ってんのかね、あいつ」

 聞きようによっては傲慢極まりない発言とも聞こえるが、レオナはポップのその言葉には異議を唱えなかった。なにしろ、それは自惚れなど欠片も含まれない純然たる事実なのだから。

(そりゃそうよね。なんといっても、勇者と大魔道士の無敵コンビですものね)

 互いに互いの弱点を補い合い、息のあった攻撃をしかけることのできるダイとポップは、二人揃った時こそが最強だ。どちらか片方だけと言うならまだしも、両者をまとめて誘拐しようとすれば確実に難度は跳ね上がるだろう。

 今となってはたとえ大魔王バーンであったとしても、そんなことが出来るかどうか怪しいものである。

「だいたい、あのバカときたら、まだ自分がどうやって眠らされたかも分からないのかよ?」

 呆れ果てたように、ポップが肩をすくめる。
 普段はあまりにも普通の少年なので忘れてしまいそうになるが、あれでもダイはれっきとした竜の騎士だ。

 突出した攻撃力だけでなく高い防御力も持ち合わせた竜の騎士の防御は、実は精神的な魔法や薬物に対しても大きく作用している。竜の騎士の血をほんの数滴与えられたポップでさえ、標準以上の薬物耐性を取得しているのだ。本家本元であるダイが、耐性を持っていないはずもない。

 睡眠薬など多少のませてもダイには全く効かないし、かといってあまり多量に入れすぎれば五感の優れた彼は臭いや味で変だと気がついてしまう。

 魔法で眠らせるにしても、普通の人間なら即座に眠ってしまうであろう催眠呪文も、ダイには効果はほとんど望めない。だいたい戦闘に特化した竜の騎士は、戦いに関することに関しては恐ろしい程に長けている。

 戦いの予兆を思わせるもの……ほんのわずかでも自分に害が及びそうな気配を感じれば、熟睡していたって跳ね起きる体質なのである。皮肉な話だが、並の使い手がダイに催眠呪文を使おうとすれば、かえって目を覚まさせるだけの効果しかあるまい。

 ダイに魔法をかけて眠らせることのできる者など、そうそういるわけがない。竜の騎士がよほど気を許している相手で、なおかつ竜の騎士よりも高い魔法力でも持っていない限り、不可能だ。

 が、ポップはその両方を兼ね備えている。
 ダイが眠そうにしている隙を見計らってこっそり催眠呪文をかけるなど、ポップにとってはそれこそお茶の子さいさいだ。実際に、ポップはそうやって昨夜、ダイを眠らせた。

 別に望んだわけでもないのに、犯人にして人質という複雑な立場に立つ羽目になったポップは、愚痴混じりにぼやく。

「だいたい、ダイへの人質ってんなら姫さんがやればよかったのによー。そうすりゃおれだって、こんな面倒に巻き込まれないで済んだし、その方があいつだってもっとやる気もだしたろうにさ」

 その言葉に、レオナは少しばかり目を丸く見開いてポップを見つめ――それから、くすりと笑った。

「……あら。ポップ君は、そう思っていたの?」

 どこか思わせぶりに笑うレオナに、ポップは書類から目を離さないまま即答する。

「そんなの当然だろ」

 その答えに、レオナは我慢できないとばかりに、声をあげて楽しそうにころころと笑う。

「あははっ、本気でそう思えちゃう辺りが、あなたのすごいところよね〜」

 ひとしきり笑ってから、レオナは真顔で首を横に振る。

「でも、ダメよ。今回のテストの目的は、あくまで学力テストなんですもの。フェアじゃないやり方なんて、できないわ」

「ふーん、そんなもんかねえ?」

 その答えに、ポップは多少首を傾げないでもない。
 何せ、ポップ的にはすでにこのテストはフェアとかそんなレベルじゃない。騙しうちに近いような形の上に、強制的なのだ。もし、ポップがダイの立場ならば、真相を知った日には怒りまくるどころではないだろう。
 それを思えば、今回の人質の人選には一点だけ賛成できる点があった。

「まあ、考えようによっちゃそうかもな。姫さんを人質にして、ダイが本気で怒ったりしちゃ厄介だし」

 めったに怒らないダイだが、それだけに激怒した時には手がつけられないような感情の爆発を見せる時がある。

 魔王軍との戦いの中で、レオナを人質に取ったフレイザードへのダイの怒りようを覚えているポップは、思ったままのことを口にする。
 それに対するレオナの返答は、より一層の忍び笑いだった――。






(本当に、ポップ君って変なところだけ鈍い人よね)

 これじゃあマァムもメルルも苦労するわけよねと同情を感じつつ、レオナはまだ、一人、くすくすと笑う。
 大魔王にも認められた頭脳を持っている癖に、ポップは自分の価値を見定めるという点においては人並み以下だ。ついでに、恋愛感情への疎さに関しては呆れるしかない。

(ホント、女心を分かってないわよね〜)

 正直、人質をポップではなく自分にすることは、レオナは考えなかったわけではない。
 と言うよりも、むしろ真っ先に思いついた。お姫様として、勇者に格好良く助けられる……それは、ある意味で夢の光景だ。

 いや、助けると言うだけならばダイは魔王軍との戦いの最中、何度となくレオナを助けてくれたし、レオナもそれに心から感謝をしている。……たとえ、それがロマンに欠けたものだとしても。

 だが、感謝と乙女心は別物だ。
 ただ、単純に助けられるだけでは満足できない欲張りな気持ちが、レオナの中にはある。

 出来るなら物語の中のお姫様のように、ロマンチックに助けられてみたいだとか……誰よりも、自分を助けたいと思ってくれるかどうか、試してみたいだとか。

 例えば、親友と恋人のどちらを先に助けるか――その二つの選択肢を与えられたのなら、彼がどう反応するのか。

 少しばかり悪趣味だが、それを全く気にしない女性はいないだろう。
 今回、それを試したいと思うのなら、レオナには実行できた。だが、彼女はそうはしなかった。

 悪戯好きな彼女だが、人の心を試すようなテストをするのはルール違反だとは分かっている。だからこそ、今回のテストは単純な頭脳テストに限られている。

 自分を助けるため、そのためだけに必死で頑張るダイの姿を見たくなかったと言えばウソになるが、これはこれで悪くはない。

 仕事の手を休め、レオナは水晶球へと目をやった。
 一生懸命に頭を働かせようとしているダイを、レオナは可愛くてたまらないものを見つめる瞳で見つめていた。

『ち〜が〜うぅうっ! なぜ、そこで真っ先にバナナを乗せるぅうっ!? それでは、いつまでも正解にたどりつくわけないでしょうがぁああっ!! バナナのことは一旦、忘れてくださぁああああいっ!』

 水晶球に自分の姿が映り込まない位置に隠れ、熱心にダイの様子を観察していた家庭教師が、水晶球に手を触れて絶叫する。同じ部屋にいるポップやレオナには彼の声はそのまま聞こえるが、水晶球越しに聞いているダイにとっては、謎の声として聞こえていることだろう。

「でも、このバナナはポップにあげるやつだし」

『ですからっ、この問題にはバナナも大魔道士様も関係ないんですっ! と言うか、大魔道士様はちゃんと大切にお預かりしていますから、バナナの心配は要らないんですよっ!!』

 ダイの無邪気な声と家庭教師の絶叫が、部屋の中に空しく響き渡る。
 ……どうやら、勇者が見事に7つの謎を解き明かすまでは、まだまだ相当に時間がかかりそうであった――。

                            END 

 
 


《後書き》

 555555hit その2『ダイとポップの脱出話』でした♪ ……と言うよりも、おバカ勇者様のお猿さん実験教室になっているような気もしないですが(笑) しかも、7つの謎とか言いつつ、2つしか書いていなかったりしますが(爆笑) さらに、脱出してないし!(大爆笑)

 この先、ダイがちゃんと無事に謎を解き明かして、ポップやレオナから真相を聞いてハッピーエンドに辿り着けるか、それとも謎の難しさに混乱しまくって暴走し、館を全壊させてポップやレオナの激怒を買うアンハッピーエンドになるか――それは、読んだ方のご想像にお任せします♪

 ところで、このキリリクはシリアスでもギャグでもどちらでもOKという非常に寛大な趣旨のリクエストだったのですが、実は最初に頭に浮かんだのはドシリアスな展開の方でした。

『ある日突然、ポップが行方不明になる。心配したダイ、彼を探して怪しい洋館を発見。そこで罠にかかり閉じ込められるダイ。ダイ、檻を挟んでポップと隣り合った部屋で目を覚ます。
 手を伸ばせば触れあえる。

 だが、どちらかが脱出するためには、どちらかを犠牲にしなければならない仕掛け。

 時間をかけて仲間達の救助を待ちたいところだが、ポップの具合が悪くなっていく。魔法力を吸収され続けているせいで、大魔法を連発したのこと同じ状態になっているせい。

 ダイは具合の悪いポップを優先して助けたいと望むが、ポップは逆に戦闘力を失った自分よりもダイが脱出すべきだと考えている。どちらが助かべきかで揉めるダイとポップ。
 そして――』

 ……とゆー感じのスリリングでシリアスなサバイバルな脱出ゲームにしようかなと思ったんですが、ヘタすると長期連載になってすっごく時間がかかりそうなので止めておきました(←根性無し(笑))

 しかも、この粗筋だと犯人、考えていないし! 誰のつもりでメモを書いていたんでしょうね、自分。
 ま、まあ、ギャグでもよいと言って下さったリク主様のご寛大さにすがって、心の赴くままにお笑いに走らせていただきました!


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