『お姫様と物言う花 ー前編ー』
  

「え……サロンですか?」

 少しばかり戸惑った口調で、メルルは思わず聞き返す。それに対し、メルルの義父は鷹揚に頷いた。

「うむ、サロンだ。知らないかな? 最近、若い娘の間で大流行だと聞いているのだが」

「申しわけありません、私は世間には疎いので……」

 控えめに答えながらメルルは慎重にフォークとナイフを使い、食事を口にする。幼い頃から躾の厳しい祖母に育てられたため、一通りの食事のマナーは心得ているつもりだが、やはり王族の前だと思えば緊張を拭いきれない。

 なにせ、今、メルルのついているテーブルに並んでいるのはれっきとした王族揃いだ。

 テラン国王であるフォルケン。その実の兄であるメルルの義父もいれば、フォルケンの養子である第一王子アインと、第二王子ツヴァイもいる。さらにはめったに顔を見せない第三王子ドライまで揃っているのだから、まさにテラン王家全員集合だ。

 養子縁組みで成り立っており、血のつながりなどほぼないに等しい疑似的な家族だが、それでも家族は家族だ。家族の絆を強めようと月に一、二度は顔を合わせるために会食を行うのが、テラン王家の習慣だった。

 庶民育ちのメルルにしてみれば、まずこの習慣からして馴染みにくい。メルルにとって、家族とは毎日顔を合わせるものであり、食事の度に顔を合わせる方が普通だ。

 だが、実際に王宮に来てから知ったが、王侯貴族はたとえ家族であっても毎日会うと決まっているわけではない。むしろ、同じ城に住んでいたとしても数日に一度顔を合わせれば多い方だと言う。

 テラン城は王城にしては小規模な方だが、それでも庶民の家とは比べものにならない広さだ。王族はそれぞれの自室のある棟で侍女や侍従に囲まれながら生活をするのが普通だと知った時、メルルは軽いカルチャーショックを味わったものだ。

 現在においてテラン唯一の王女と言うこともあり、メルルには本来は王妃が住まうはずの城の離れ――所謂、後宮で生活している。
 これも、最初は驚かされたものだ。

 本来ならば、後宮に住まうのは王妃、もしくは王太子妃のみだ。だが、フォルケンの王妃はすでに亡くなって久しい上、三人の王子はまだ誰も正式な王太子とはなっていない上に、未婚だ。

 誰も使うことなく数十年もの間閉ざされていた後宮を、フォルケンは王女になるメルルのために惜しげもなく開けてくれた。それは、この国の第一位の女性がメルルであると国内外に知らせる意味合いもある。

 後宮は女主人が支配する空間であり、たとえ王であったとしても許可なく踏み込めない聖域だ。その決まりのおかげで、メルルは普段は王や王子達と顔を合わせることはない。

 使用者不在のまま閉ざされていたとは言え、それは飽くまで女主人がいなかっただけの話であり、手入れのために侍女は頻繁に出入りしていたので、離れは非常に美しいまま保たれていた。

 代々の正妃達が暮らしていた部屋の数々は気後れしたくなるぐらい立派だが、湖に面した静かな佇まいをメルルは好んでいた。
 ごく少数の侍女に傅かれ、離宮で静かに暮らしているメルルにとって、城の中は些か居心地が悪いのだが、王が定めた会食の日を自分のわがままで欠席するなんてできやしない。

 ちょっぴり緊張しながら、メルルは行儀に気をつけて当たり障りのない話題に努めるのが常だった。幸いにもと言うべきか、話題の中心となるのは大抵は二人の王子達だ。

 特にツヴァイは自分が話題の中心になっていないと気が済まない性格でもあり、よくしゃべる。今も、彼は元気よく話に割り込んできた。

「サロンならば、私も知っていますよ。主にベンガーナ王国で大流行だそうですね。確か、女性が主催となって開く茶話会でしょう。哲学だの芸術だの、気の利いた話を楽しむ会だと聞いておりますが……詩だの音楽はともかくとして、女性に政治だの哲学だのが分かるでしょうかね?」

 悪気は全くないのだが、基本的に男尊女卑の考えが染みついているツヴァイは己の疑問をそのまま口にする。そんな軽はずみさが、政治の場では致命傷になりかねないと分かっていないのが、彼の最大の欠点だった。

「いや、サロンを主催する女性は高い教育を受けた貴婦人揃いだと聞くよ。芸術ばかりではなく政治にも一家言を持っているご婦人も多いのだとか……。いずれにせよ、女性主導で知的な話題を楽しむ場のようですね」

 血のつながらない弟をフォローするかのように、やんわりと口を差し挟んだのはアインは、失礼と言って顔を背け、口元にハンカチを当てながら咳き込んだ。

 おっとりとして人柄のよい第一王子アインは、残念なことに病弱だ。今日はせっかくの会食の日だからと参加してくれたようだが、女の子であるメルルよりも食が進んでいないし、顔色もあまり良くはない。
 心配ではあるが、彼の体調が優れないのはよくあることなので、本人も含め誰もがそれを黙認して会食を続ける。

「はは、まあ、概ねその通りだな。まあ、女性を中心とした華やかな遊びとでも思っておけば間違いあるまい。
 それでだな……メルローズよ、そなたをサロンに招きたいという話があるのだが」

 少し言いにくそうに義父が言うのを聞いて、メルルは思わず目を見張った。驚きのせいでうっかり取り落としそうになったフォークを、慌てて持ち直す。

「え……私を、ですか?」

 メルルにしてみれば、そんなのは想定外だった。
 今でこそテラン王女として遇されているとは言え、本来彼女はただの占い師にすぎない。貴婦人が揃うような場所に行くと考えただけで、身が竦む。
 そんなことはとても無理だと思ったのだが、それを口にする前にテラン王が先んじた。

「いや、そう身構えずともよい。今回のサロンの誘いは、些か特別でな。普通ならばサロンはその家の女主人が開くものだし男女問わずに集まるものだが、今回は未婚の若い娘限定のごく小規模な、気軽な集まりだそうだ。
 参加者の身元もしっかりしているし、場所もごく近い。一週間後の午後と準備期間が短いかもしれんが、まあ、別荘への簡易的な誘いだからな。
 どうかな? そなたが嫌だと言うのなら、この話はなかったことにするが」

 そう前置きしてから、テラン王は主催者の女性……と言うよりも、彼女の実家の名前を挙げる。ベンガーナでも一、二を争う大貴族で、メルルでさえ聞き覚えのある名家だった。
 続けてあげられた参加者達の家も、同様の名家揃いだ。

 大貴族と言うものは、王であっても軽視出来る存在ではない。だからこそ、義父も王も断り切れなかったのだろう。

 並の姫君と違って結婚の自由が認められているメルルは、男性が出席するパーティには無理に参加しなくても良いと言う特権を有しているが、その代わりのようにと持ちかけられてきた女性のみの茶話会を断る口実はなかった。

 年若い娘ばかりを集めた気の置けない会だとさえ言われてしまえば、尚更だ。そこまでメルルのために気を遣って招待しているのに、それを無碍に断れば相手のメンツを潰すことになる。

 だからこそ、義父だけでなくテラン王も口添えする形でサロンを薦めているのだろう。だが、命令ではなく飽くまで薦める程度に抑えてくれている点に、彼等の誠実さが現れている。
 それが分かるからこそ、メルルもどうしても嫌だとは言えなかった。

「私などでよろしければ……」

 控えめながらメルルが参加の意思を告げると、義父はホッとしたような表情を見せる。断ってもいいと言いながらも、やはり受けてもらった方が助かるようだ。

「そうか、それはよかった。では、当日の送り迎えはドライに任せたいのだが」

「なるほど、それで珍しくもボクにまで会食に参加せよとお呼びがかかったわけですね」

 笑いながらそう言ったのは、テラン王国第三王子ドライだった。
 メルルよりも数年早くテラン王実兄の養子となった彼は、彼女にとっては義兄に当たる。

 普段は城を離れて別荘で暮らしているドライは、公式行事か王の呼び出しでもない限りでもない限りテラン城には戻ってこない。月に一度の会食も、やってこないことが多い。

 そのためメルルとは顔を合わせる機会も少ないのだが、なぜか珍しく二日前から城に留まっていた。
 最初からこの話を知っていたのか、それとも今聞いたのかは分からないが、ドライは表情一つ変えずに快諾した。

「心得ました。それでは、サロンの日には必ず役目を果たすと約束しましょう」

 ドライの言葉に、メルルはホッとした様な、それでいて申し訳ないような思いを味わう。

 城が苦手なのか、ドライはいつも必要最小限しか王宮にはいない。たまに王宮にやってきても、用事が済むとさっさと別荘に戻るのが常だ。そんな自由な気質の義兄の行動を制限させてしまうのは申し訳ないが、エスコートしてもらうのならば彼が一番気が楽だ。
 だが、それを聞いてツヴァイは少しばかり不満そうに言った。

「なんだい、メルローズの送り迎えならば私でも喜んで引き受けるのに。義理とは言え従兄弟なんだ、遠慮は要らないのに」

「だけど、そうするともっと大事な用事ができた時に困るんじゃないですか、従兄弟殿。一週間後に何があるのか、まさかお忘れで? 言っておくけれど、公式の場での王太子代行なんてボクには絶対無理だし、遠慮したいね」

 と、軽く肩をすくめて見せるドライの言葉に、苦笑したのはアインの方だった。 

「そうだね、一週間後の狩りには賓客をお招きすることになっている。さすがに、主催国なのに王も王太子も不在では礼を欠くね。……申し訳ないけれど、ツヴァイには城にいてもらわないと」

 本当に申し訳なさそうに、アインが口を差し挟む。
 狩りは壮年の王侯貴族の男性にとっては、持って来いの遊びだ。
 女性が夜会や茶話会で社交を深めるのならば、男性は狩りの場にてそれを行う。

 しかし、テラン王は老齢の上に病気を患っており、とても狩りに参加できる体調ではない。その場合、王に代わって王太子が参加するのが普通だが、アインもまた病弱な体質だ。
 そのため体力を使う行事がある時は、ツヴァイが代行を引き受けることが多い。

 それを思いだしたのか、ツヴァイはばつが悪い顔を見せ、首を横に振って見せた。

「いや、義兄上、これは私が失念していました、どうぞお気になさらず。あー、なんですな、それならば来週は気候がよければいいですな」

 そう答えるツヴァイが少しばかりギクシャクしているように感じるのは、メルルの邪推とばかりは言えないだろう。

 思えば、ツヴァイも厄介な立場と言える。
 王太子であるアインが不調の際は、代わりを行うのが次男であるツヴァイの役目だが、それは飽くまで『いざという時』だけだ。

 アインの体調が良ければ彼が行事に参加するのは当然であり、その場合ツヴァイの出番は無い。そのため、ツヴァイは本来ならばただの王子として参加できる行事であっても、不参加のまま待機していなければならない。

 メルルやドライのように、庶民出身で王族の暮らしに窮屈さを感じ、公式行事を面倒と考えているのならともかく、ツヴァイは元々が貴族の生まれで、人前に出るのが好きな性格だ。そんな彼が常に裏方に回るために自粛し続けるというのも、辛い物があるだろう。

 そして、辛いのはアインも同じだ。
 気が優しく穏やかなこの王子は、義弟に迷惑をかけているのを心苦しく思っている。なまじ血がつながっていないため、どうしても気遣いや遠慮が先に立つのだ。

 家族と呼ぶにはあまりにも遠い、薄皮一枚を挟んだかのような少し距離を置いた付き合い……それが、テラン王家の家族団欒の図だった――。






「やあ、メルローズ、久しぶり。いい天気だというのに、面倒な外出があるんだから、全く嫌になってしまうね」

 一週間後、約束の時間前にはすでに馬車の前に立っていたドライは、メルルと顔を合わせるなりそう挨拶してきた。

 あの日、会食が終わるか終わらないかのうちにいつの間にかいなくなってしまったドライは、そのままテラン城からも消えていた。ツヴァイはドライのことを無責任だとカンカンに怒っていたが、フォルケンやアインはそれ程心配はしてはいなかった。

 聞けば、ドライが常駐している別荘は城から馬車なら三日、早馬でも二日はかかる場所にあるらしい。移動にそんなに時間をかけるぐらいならば城にいた方が楽だろうにと、ツヴァイは文句を言っていたがフォルケンやアインは寛大だった。

 気まぐれではあるが、ドライは約束は必ず守る性質だ。
 城に留まるのが苦手なドライは、一週間後のために城に滞在し続けるよりも、帰宅して出直した方が楽だと考えたのだろうと、鷹揚に構えていた。どちらかと言えばメルルもフォルケン達の意見に賛成だったが、少しばかり不安がないでもなかった。

 ドライを信用しないわけではないが、何らかの事情で来るのが遅れたのならどうしようと気を揉んでいたのだが、どうやらそれは取り越し苦労だったらしい。
 一週間の不在などなかったかのように振る舞う義兄に対して、メルルは苦笑しながらも同意した。

「ええ、ご迷惑をおかけして申しわけありませんが、今日はよろしくお願い致します」

 貴族の礼法に則りドレスを摘まんで一礼しようとしたが、ドライは大袈裟だとばかりに軽く手を振って止めてくれた。

「ああ、別にそう言う堅苦しいのはいいよ、一応は兄妹なんだしね。じゃ、そろそろいこうか。……と」

 そこで、初めてドライはまじまじとメルルを見て、とってつけたように言った。

「ああ……そう言えば素敵なドレスだね、メルローズ」

 あまりにも適当なその褒め言葉がかえっておかしくて、メルルはまたも苦笑してしまう。

「ありがとうございます、お義兄様」

 確かに、今日のメルルはいつもよりもおめかしをしていた。普段の彼女は上質ではあるが、いたってシンプルでおとなしめのデザインの服を好む。
 だが、メルルが今着ている服は、侍女達が苦労に苦労を重ねた末にやっと決めたものだった。

 いつもは自然に流している黒髪も、今日ばかりは丁寧にまとめ上げられて真珠の飾りが散らされている。無造作に着けていると見せかけて、実は計算され尽くした星座を象っているのは熟練の侍女ならではの技だった。

 濃い紫色の上に薄紫色の薄絹をふわりとかけたドレスにも、まるで星のように真珠が縫い付けられている。いつもよりも裾が短めで、肩や背中を大きく出したデザインではあるが、その上に薄絹が広がっているので大胆でありながら上品さを強く感じさせる服となっている。
 この服を選び、落ち着くまでに相当の時間がかかった。
 
 王族にとって、服装を整えるのは公務に等しい。
 一目で王族だと分かる衣装や宝飾品を身につけてこそ、王は王たり得る。王であってもそうなのだから、美に拘りをもつ女性である王妃や王女は、さらに衣装に拘り抜かなければならない。

 王族に相応しい豪華さはもちろん必要だが、華美すぎて他の貴族の反感を買ってはいけない。また、伝統を重んじなければいけないのは当然として、流行遅れとなって他の貴族の失笑を買うのもアウトだ。

 伝統美と最新モードという、矛盾した要素を併せ持つ衣装を身につけなければならない。また、同じ服ばかりを着ているのを周囲に気づかれるようでは、王族以前に貴婦人失格だ。

 実際、王女になって以来、メルルはこれまでの一生で着た服以上の数を誂えて貰って、目が回りそうな思いをした。ただでさえ旅暮らしをしていたメルルは、ごく普通の一般庶民の少女に比べてでさえ、服を持っている枚数が少なかったのだ。

 多量の服からその日に着たいと思う服を選ぶだけでも大変なのに、その日の用事に会わせた服を選ぶ知識もセンスもメルルにはなかった。おしゃれに関心の強いレオナは侍女任せっきりにせず自分で選び、逆に侍女達を感心させると聞いたことがあるが、メルルにはそんな真似は到底できっこない。

 そのため、メルルは公式行事のある日は侍女に服の選出を一任してしまう。
 普段はそれでいいと思っていたが、今回ばかりはさすがのメルルも自分の優柔不断さを後悔した。

 通常の公務ならば服装にはだいたいの決まりがあるからそれに沿った服を選べばいいが、今回のような個人的な集まりには決まりなどないに等しい。

 同年代の少女達が集まるサロンとなれば、なによりも優先されるのは流行だ。
 礼儀に沿った服や格式のある服装よりも、若い娘が好む流行に沿った服こそがもてはやされるものだ。だが、残念なことにと言うべきか、テランは流行とは無縁の国だ。

 物静かで昔ながらの者を大切にする気風は、最新流行を追いたがる精神とは正反対のものだ。そのため、おしゃれに関しては一歩遅れた後進国と見なされている傾向がある。

 侍女達にしてみればそんな風潮に悔しさを感じ、自国の姫君を飾り立てて見返してやりたいと思うのも無理はない。自分達の主人の美貌を誇るのも侍女の役目であり、特権だ。

 ましてや本人は控えめすぎて意識していないが、メルルは文句なしの美少女だ。なのに、自分達の選んだ服のことで自国の王女が他国の貴族に軽んじられるなど、我慢の出来ることではない。
 無駄に気合いの入った侍女達は通常業務を差し置いてまで燃え上がり、メルルの服装選びに全力を注いだ。

 瞬間移動呪文の使い手が国にいるのをいいことに、侍女達は彼を利用して文字通り世界を飛び回った。本来ならば、瞬間移動呪文の使い手は数も少なくて貴重なだけに、国王命令がない限り任務を強要されることはない。

 ……が、テラン城中の侍女達が全員一致で要求する願いを撥ねのけるのは、さすがに無理だったようだ。すぐに音を上げ、自分から王に願い出る形で侍女達の手助けをする羽目になった。

 最新流行を探るためにベンガーナデパートに偵察を送り込み、布地の品質と縫製では世界一を誇るパプニカ王国の洋品店へも偵察を送り、宝飾品の細工で他国に抜きんでているカール王国の宝石店も偵察してみたりなど、控えめなテラン国民とは思えないアグレッシブさを見せたのは驚きだった。

 挙げ句、センスに自信を持つ若手の侍女らと経験豊富な古参の侍女らに分かれて、どんな服装にすべきか紛争まで巻き起こした始末である。
 侍女達を諫めるような才覚を持たないメルルにしてみれば、とにかく周囲に振り回され、オロオロと落ち着かない一週間だった。

 大騒動の結果、ようやく決まったこのドレスに異議を唱える気などメルルには全くなかったが、未だに気後れがしているのは事実だ。

 この服が美しいのは認めるのだが、自分がそれに似合っているかと自問すると、考え込んでしまう。服だけが悪目立ちして、地味な自分では着こなせずにちぐはぐな印象を与えるだけではないかと、少なからず心配していた。

 もちろん侍女だけではなく、義父や国王、義兄に当たるアインやツヴァイまでもがメルルを褒めてくれたのだが、それでも不安は消しきれなかった。
 もしかしたら似合ってもいないのに、お義理で褒めてくれたのではないかと……だが、皮肉な話だが、ドライの気のない褒め言葉こそがかえってメルルに安心感を与えてくれた。

(よかった……どうやら、おかしくは見えないみたいだわ)

 侍女達が耳にしたのなら、なぜそうも自己評価が低いのかと嘆きそうなことをメルルは本気で思っていた。
 と、そんなメルルに対して、ドライはスッと手を差し伸べる。

「では、サロンへと出発するとしようか。エスコートさせてもらいますよ、メルローズ姫」 


《続く》

 

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