『そして、彼は賢者になった ー後編ー』
  

「お願いです、ぼくをあなたの弟子にしてくださいっ!」

 あれは、マトリフに救われてから一週間ほど経った頃のことだっただろうか。

 そう頼み込んだ時には、アポロには輝かしい未来しか見えていなかった。
 焦がれる程に憧れた大魔道士に弟子入りして、いずれは彼そっくりの魔法使いになるという道。

 それは、孤児院でなんの当て処もなく、それでもいつか誰かの養子になれることを期待しながら平凡に生きるよりも、もっと素晴らしく、もっと価値のある人生に思えた。

 マトリフに教えてもらいさえすれば、憧れの魔法使いへの道を一気に駆け上がれると、そう思ったのだ。
 その思いでいっぱいだったせいか、アポロはそう言われた際のマトリフの見せた呆れたような表情に気づかなかった。

「はぁ? おまえ……この前の時の子か? いったい、なんだってこんな所まで来たんだ?」

 ボリボリと頭を掻きながらそう言うマトリフの表情には、戸惑いしか無かった。
 それもそうだろう、あの時、アポロはパプニカ城に預けられていた。

 大魔道士マトリフは、世間の人が思っているほどの偏屈ではなかった。少なくとも、アポロの知っている限りでは彼は義理堅い人だった。あの時に誘拐された子供達を助けたばかりでなく、その後、全員を王城まで連れていってくれた。

 そこで治療が必要な子は手当を受けられるよう頼み、マトリフは子供達が家に帰れるようにと手配してくれた。そのおかげか、アポロを初めとする子供達は丁重に扱われた。

 温かい食事や寝具を与えられ、ゆっくりと休むようにと言われた。
 それと並行して、子供達を引き取りに親達が次々と城にやってきた。あるいは、兵士が子供を連れて行くこともあった。

 日が経つにつれ、あれほど大勢いたと思った子供達はアポロただ一人だけになった。

 だが、アポロはいくら聞かれても、自分の名前も家の場所も答えなかった。そして、逆にマトリフのことを聞きまくり、彼の家があるというパプニカ海岸を目指して飛び出したのだ。

「お城の人に聞きましたっ。マトリフさんは、ここに住んでいるって」

 胸を張って、アポロはそう言った。
 実際、マトリフの家を尋ねるのはアポロにとってはちょっとした冒険だった。子供の足で海岸前行くのはそこそこ大変だったし、教えてくれた人も大体の場所しか知らなかった。

 たまたま、マトリフが海釣りをしていたから見つけられたようなものだ。
 朝早く飛び出して、実際に彼に会ったのが夕暮れ近くなっていた。くたくたに疲れていたが、その時のアポロはやっとマトリフに会えた喜びでいっぱいだった。

「ふん、そりゃご苦労なこった。けどよ、ガキはさっさと家に帰りな。なんなら、オレが送ってやってもいい」

 面倒くさそうにながらも、マトリフは確かにそう言ってくれた。
 これは成長してから知ったことだが、マトリフは助けた後もちょくちょく城に顔を出しては、子供らのその後を気に懸けてくれていたようだ。

 家が比較的近い子達は王城の役人や兵士達に任せたが、遠方から誘拐されてきた子を魔法で家まで連れて行ってやったのは彼だったと言う。衰弱がひどくてすぐに移動させられない子の場合は親元に先に連絡だけ送り、体調が良くなった頃を見計らって改めて親元に帰したりもしたという。

 それを成人後知った際、アポロはマトリフの意外なまでの律儀さと思慮深さに深く感じ入った。
 だが、当時のアポロはそんなマトリフの思いやりなど見えていなかった。見えていたのは自分の望む未来だけであり、それに夢中だった。

「それなら、心配ないです! ぼくには、家も親もないですから!」

 むしろ得意げに、アポロは自分が孤児だと伝えた。孤児だという事実はそれまでは常にアポロの夢を妨げるものであり、コンプレックスの元だったのだが、その瞬間だけは都合がよかったと心から思えた。

 もし、親がいたのならば止められるかもしれなかったが、孤児には引き留める親などいない。親代わりに育ててくれた孤児院はあったが、孤児は所詮は孤児だ。いずれは出なければならない場所なら、別に帰る必要もないと思えた。

 むしろ、このままマトリフについて行くのには好都合だと胸が躍る思いだった。

「だから、ぼくをあなたの弟子にしてください! ぼくはあなたのような魔法使いになりたいんです!!」

 何の躊躇いもなく、アポロはそうマトリフに頼み込んだ。それこそが正しいと思っていたし、マトリフがそれを断ったとしても熱意が伝わるまで、何度でも頼み込むつもりだった。

 ――それはなんと傲慢で、筋違いな頼み事だったことか。
 言い訳を許してもらえるのならば、当時のアポロはまだ、幼かった。
 まだほんの子供で、自分のことしか考えられなかったのだ。今になって思えば、当時の自分がいかに迷惑で一方的なことを頼み込んだのか、理解できる。

 現在のアポロは、城の雑務の総責任者の地位にある。それなりに部下もいるが、新しい部下に仕事を教えるのはいつだって苦労させられるものだ。ただの部下でさえそうなのに、自分の知識を伝授する弟子を取るともなれば、なおさらだ。

 実際、現在のアポロは一人前の賢者と認められてはいるが、それでも自分ではまだまだ勉強不足だと痛感することがしばしばだ。とても、他人に己の知識を分け与え、育てられる自信など無い。

 今のところそんな経験は無いが、もし自分に弟子入り志願してくる者がいたとしても、アポロは容易に首を縦には降れないだろう。

 ましてやその相手がまだ子供で、仕事を教えるだけでなく身元まで引き受けなければならないとなれば、大変なんて生やさしいものではない。
 子供を引き取ると言うことは、その子だけではなく、引き取った側のその後の人生をも大きく変える出来事だ。

 単に、教えを授けるだけで済む問題ではない。その子供の親代わりとなって育てるぐらいの覚悟がないのなら、孤児の子を引き取るべきではないだろうし、そんなことを全く無関係の他人に要求すること自体が無茶な話だ。

 大勇者アバンは、世界を救った直後に孤児だった幼いヒュンケルを引き取ったと聞くが、アポロ自身にそれが出来るとは思えない。だが、優柔不断さから、目の前に孤児の子供がいてすがりつかれたのなら、すぐに断ることも出来ずに持て余すのが関の山だろう。

 が、マトリフは違った。
 彼はため息を一つつくと、きっぱりと言い放った。

「断るぜ。んな面倒なこと、してやる義理もねえしな」

 そう言われた時の、ショックを未だに覚えている。
 断られるとは夢にも思っていなかっただけに、突き放された言葉は衝撃だった。あまりにショックが強すぎたせいか、アポロは再度マトリフに尋ねられたことも頭に入ってこなかった。

「で、おめえの家は? 孤児だって、孤児院かどこかにはいたんだろうが。そういや、名前はなんて言うんだ?」

 それは、紛れもない親切から出た言葉に違いなかった。だが、当時は突き放されたショックが大きすぎて、なんと答えたかなど覚えてもいない。

 もう一度、城に連れ戻されたアポロは、呆然とするばかりだった。城に戻ったアポロは、周囲の大人達に勝手に城を出たことを怒られたり、またも名前や家を聞かれたが、それに答えることも出来なかった。

 だが、結論から言えばアポロは元の孤児院に戻ることになった。
 孤児院の職員が行方不明になったアポロを心配して届けをあちこちにだしてくれたおかげで、アポロ自身が何も言わないままだったのに身元が判明したのである。

 大人達が、泣きながらアポロの無事を喜んでくれた姿を見て、初めて自分が悪いことをしたなと思い大泣きしたのも、今となってはいい思い出だ。
 大げさに言うのであれば、その時にアポロの夢は破れ、平凡な日常に戻ったのだ。

 それがアポロにとってどんなにガッカリとするものだったかは、言うまでも無い。だが、それも仕方が無いことなのだと、アポロは成長と共に自分を慰めた。

 それから、何年か孤児院で過ごし――人生の転機と言える出来事が起こったのは、ちょうど、今のダイとポップの中間ほどの年齢になった頃だろうか。

 ある時、偶然孤児院にやってきた男に、養子にと望まれた。
 パプニカの下級貴族だと名乗った男は、若い頃に一度結婚したが子供が居ないまま妻を早く亡くし、跡継ぎがいないのだという。これは、名家としてはゆゆしき問題だ。

 そのため跡継ぎとなる養子を探しているのだが、譲れない条件があるためなかなか見つからなかったそうだ。いずれ賢者になるか、それに値する程の知性を持った子でなければ養子にするつもりはないと言い切った男は、学力こそが至上と考えるタイプだった。

 当時のパプニカ国内で学力が最も高い孤児と言うことで、アポロに声をかけてくれたのだと聞いた。
 その話をアポロは、特に疑問に思ったことはなかった。
 だが、今、マトリフと話して、浮かんだ疑惑があった。

「養父が私のいた孤児院に来たのは……もしかして、あれはマトリフ師がお口添えしてくださったのですか?」

「さぁね。そんなの、覚えてねえな」

 ニヤリと笑うその顔を見て、アポロはそれが愚問だったと悟る。
 ――もちろん、あれは偶然ではなかったのだ。
 あの時、突き放された衝撃が大きかっただけに、実は密かに見守られていたようで、喜びがわき上がる。

「マトリフ師……本当に、ありがとうござい――」

「よせやい、なんのことか分からねえって言ってんだろ?」

 感謝の言葉を遮られたが、アポロとしてはいくら礼を言ってもいい足りない気分だった。だが、マトリフはそれさえも照れくさいとばかりに、そっぽを向いて深々と頭を下げたアポロを見てもくれない。
 そのくせ、独り言のように言ってのけた。

「まっ、おめえさんは賢い道を選んだじゃねえか。見知らぬ野郎にいきなり弟子入りしようなんて無茶をする奴より、一人でもじっくり勉強する奴の方が結局は効率がいいってもんだ。学問に、王道なんかはねえんだからな」

 その言葉を、アポロは深く心に刻み込む。そして、感謝を込めてもう一度深く頭を下げた――。







 幼い頃、アポロが憧れたのは、魔法使いだった。
 マトリフが大魔道士と名乗っていることも、彼こそが魔法使いの頂点に立つ男だということさえ知らないまま、幼いアポロは彼の魔法の凄さに魅せられ、彼に憧れて魔法を学んだ。

 その選択が間違っていたとは思えないし、思わない。
 だが、望んで進んだはずの道だったのに、いつの間にか全く違う道を歩いているとは思ってしまう。

 望んだのは、魔法使い――だが、現在のアポロは賢者だ。
 そもそも、アポロは本来ならば三賢者に選ばれるはずもなかった。

 元々、出世欲のないアポロは賢者としての修行の一環として宮廷魔道士見習いの扱いで城に上がったものの、積極的に宮仕えをする気などなかった。それにアポロが出しゃばるまでもなく、その頃のパプニカにはすでに、天才的な賢者として名高いバロンがいた。

 並み居る魔法使いや僧侶、賢者から一つ頭抜けた才能を発揮する彼は、次代の三賢者の筆頭と見込まれて将来を属望されていた。実際、そのまま何事もなければアポロは単に城に出入りを許されるだけの賢者で終わっただろうし、バロンはいずれ三賢者に就任し、パプニカ王国を支える重鎮となっただろう。

 だが、バロンはとんでもない陰謀を企んでいた。
 パプニカ王国の第一王位継承者であり、現国王の唯一の息女であるレオナを暗殺しようとした事実が発覚し、バロンは失脚した。同時に、バロンと関わりのあると目された賢者達も三賢者候補から外されることになった。

 その結果、初めてアポロは三賢者候補として注目されるようになったのだ。
 正直、アポロにしてみれば自分が三賢者に、それもよりによってリーダー格とされる太陽のシンボルを与えられることになるなど、夢にも思わなかった。さらに言うのならば、いざ三賢者になった後のこともそうだ。

 まさか国が滅びかけて、国王や重臣達が一気にいなくなり、自分が王女レオナに次ぐ地位になるなどと、誰が予想できただろう?

 未だに、アポロは自分が賢者に相応しいとは思っていない。
 戦況とレオナの命令により諦めたが、アポロは一時は三賢者の地位を辞して勇者一行に加わりたいとさえ思った。

 だが――おそらくは、それは自分が歩むべき道ではなかったのだろうと今なら思う。
 憧れる道と、進むべき道が同じとは限らないが、人は今歩いている道を進むしかない。

 きっと、それこそが自分に出来ることであり、最終的にはみんなの助けになる方法だとアポロは信じている。
 これまでも、これからも、アポロは賢者として生きていくつもりだった――。  END  

 

《後書き》

 原作捏造話、160話『つかめ!! 最強の力』と161話『決戦の地へ……!!』の間の隙間埋め話です。

 うちのサイトではアポロさんが貧乏くじを引く話が多いのですが(笑)、たまには不幸とは関係のない主役話です(……地味できつい仕事はやってもらってはいますが♪)

 旧コミックス版の設定でアポロさんは家族が「養父」となっているのを見た時から、彼のドラマや生い立ちには興味津々だったりします♪ 才能を見込まれて養子になったのかな、とか、養子ってことは元々は孤児だったのかなと、あれこれ妄想しては捏造しまくっています。

 アポロがマトリフに憧れて弟子入りしようとしたなんてのは、捏造にもほどのあるエピソードですね(笑)

 細かくは書いていませんが、実はこの話は原作以前の「いつかつながる物語」と微妙にリンクしています。15年前にザボエラが魔法の才能のある子供達を誘拐しようとし、マトリフがそれを助けた話を簡単に書いていますが、実はその中にアポロが混ざっていたという設定だったりします。

 いや、別にこんな地味な裏設定など気がつかなくても、両方の話を読むのには何の支障もないのですが(笑)

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