『無責任な嘘 ー前編ー』
  

 それは、かつてごく当たり前のように行われていた光景だった。
 ほっそりとした手が、至極丁寧にパンを二等分する。当然の話だが、どんなに精密にそうしようと思ったところで、きちんと配分することは難しい。必ず、僅かばかりの偏りが出来てしまう。

 公平を極めようと思ってもそうなるのに、彼女が分けたパンはなぜかいつだって不公平だった。
 だいたい二等分ではなく、いつだって少し大きめのパンと少し小さめのパンへと分けられる。

 そして、いつだって彼女は大きい方のパンを差し出して、微笑みながら言うのだ。

「お食べなさい。私はお腹が空いていないから」 







 その村は、嘆きに満ちていた。もう少しで許容量を超え、あふれかえってしまいそうな領域で。

「…………」

 ヒュンケルとラーハルトは、無言のままその村を見やる。
 そこは、険しい山の峠にぽつんとある小さな村だった。

 山間部という場所にあるせいか、山に棚田を作って耕作している村だ。立地条件から見て、本来ならば貧しくても平和な村だっただろうが、今は通りすがっただけの旅人でもはっきりと分かる程、村は混乱していた。

「おいっ、見つかったか!?」

「だめだっ、あっちにはいなかった!」

「川の方も望み薄だ、一応、川下の村の方に声はかけてきたんだが……」

 重い表情で言葉を交わす村の男達には、はっきりとした焦燥と疲れが見て取れた。女子供達は不安げな様子で寄り集まっているだけだが、あちこちからすすり泣きが漏れ聞こえてくる。

 この村に、何かが起こったのは一目瞭然だった。
 それも、事件は現在進行形なのだろう。すでに決定的な惨劇が起こってしまい、もう取り返しもつかない状態になったのならば、人は全ての気力を失い打ちのめされる物だ。

 こんな風にあがこうとするのは、まだなんらか手を打つ余力があるからこそだ。しかし、ざっと見たところ状況はかなり悪いらしい。

 今のところは、まだ僅かな希望にすがりついているようだが、それが絶望へと取って代わるのは時間の問題のように思えた。
 その時こそ、村は嘆きで満ちあふれることだろう。

 その様子を瞬時に見て取ったものの――ラーハルトには、特に何もする気は無かった。

 見知らぬ村人に声をかけてまで詳しい事情を聞きたいとは思わないし、そもそも他人の事件に首を突っ込む気もない。
 自分のことは、自分でやればいい。
 それが、ラーハルトの人生哲学だ。他人の助けを期待しない代わり、他人の助けになるつもりはない。

 ましてや、今は別に目的がある。
 主君であるダイを探すという目的がある以上、見も知らぬ他人のために力を貸すつもりなど微塵もなかった。

(……運が悪かったな)

 単に、そう思っただけだった。
 この村人達だけでなく、ラーハルト達にとっても、だ。村人の不運に比べるべくもないだろうが、ラーハルト達は今夜はこの村に泊まる予定だった。野宿が多い二人には珍しく、たまには宿屋でゆっくりと眠るつもりだった。

 だが、こんな騒動が起こった以上、こんな小さな村では宿屋も商売どころではないだろうし、事件と無縁でいたいのなら足を止めない方がいい。
 そう思い、ラーハルトは無言のままヒュンケルを振り返って、顎だけで先を指し示す。ここで止まらず、先に進もうと言う合図だ。

 はっきりと聞きはしなかったが、ヒュンケルも似たり寄ったりの考えを持っているのか、ラーハルトの決断に異議を唱えなかった。わずかに眉を寄せた辺りが、彼の人の良さというべきか。

 だが、それでもヒュンケルも基本的にラーハルトと同意見なのか、足を緩めることなく無言のまま歩き続ける。
 そのまま、二人してこの村を通り過ぎるつもりだった。
 が、思いがけない声が二人を引き留める。

「なーに、そんなに思い詰めるのはまだ早いって! 大丈夫、まだ、探すところはあるんだからさ」

 元気のいい少年の声が、強く響く。
 落ち込んでいる男達や女子供のすすり泣きを吹き飛ばしてしまいそうな明るさのあるその声に、思わずそちらを見てしまう。無意識にそうしてしまった後で、ラーハルトは自分の失敗に気がついた。

 体格のいい村の男達に囲まれるような場所にいたせいで気がつかなかったが、よく見れば人々の中心部に一人の少年が立っていた。

 以前着ていた服に比べれば格段に立派な、だが、やっぱり緑色のその衣装を見た時点で嫌な予感がしたが、その時にはもう手遅れだった。
 たまたまこちらを見た少年と、バッチリと目が合ってしまう。

 人好きのする笑顔で、周囲の人達を元気よく力づけていたその魔法使いの少年は、ラーハルト達と目が合った途端、露骨に顔をしかめた。

「あっ、おいっ、そこの唐変木二人組っ! てめえら、なんでこんなところにいるんだよ!?」

 と、まるで咎めるように言ったすぐ後で、その顔はコロッと明るく変化する。山の天気よりもめまぐるしく変わるその表情の変化に、ラーハルトはとてもついていけなかった。

「でも、いいところで会ったよな。よかった、ちょうど人手が欲しいところだったんだ。――さ、これで捜索人員も増えたし、もう一踏ん張りしようぜ、村長さん!」

 後半の言葉は、ラーハルト達ではなくポップの目の前にいる年配の男……おそらくは村長に言っているらしい。

 すでに、こちらが協力することを前提にしているポップは、村長や村の男らと共に地図を眺めながら、何やら熱心に話している。ラーハルト達が助けを断るなど、最初っから考えてもいないらしい。

 その一方的な決めつけに思うことがないでもなかったが、ラーハルトはため息をついて、足を止める。

(仕方がないな)

 見知らぬ村の悲劇ならば通り過ぎることも出来るだろうが、このやかましい魔法使いを見て見ぬふりをして通り過ぎるなど、出来ようはずもない。……そんなことをすれば、後でどれほど文句を言われることか。

 それに見知らぬ村人ならまだしも、知り合いを見捨てて通り過ぎる程には、ラーハルトも非情ではない。ましてや、ポップと兄弟弟子の関係にあるヒュンケルなら、なおさらだろう。

 先ほどのように目を見交わすまでもなく、ヒュンケルは無言のままポップの方へ歩いてく。彼もまた、弟弟子同様にラーハルトが協力するつもりだと、信じて疑っていないのだろう。
 軽く肩をすくめ、ラーハルトもその後を追った。








 それは、ありふれた事故と言えばその通りだった。
 事の発端は、山に行った男が帰ってこなかったことに始まった。聞くところによれば彼は働き盛りの猟師で、村で一番の腕前だったようだ。

 彼は獲物を求めて朝早くに出発し、日暮れ頃には戻ってくるのが習慣だった。並の猟師ならば、獲物を追い詰めるために山に泊まることもあるかもしれないが、愛妻家であり子煩悩でも知られたその男は、判を押したように夜明けそこそこに出かけては、その日のうちに戻ってきたという。
 しかし、そんな彼が三日前から戻ってこないらしい。

 だが、そんなことは珍しくもないに違いない。
 どんな熟練の猟師だろうと、木こりだろうと、必ず帰山できる保証などない。極論を言ってしまえば、人間はいつ、どこで死んでもおかしくはない。
 山に行ったっきり帰ってこない猟師がいたのならば、言っては悪いが諦めた方がいいだろう。

 事実、村長や村の大人達の大半は、内心ではそう思っていたらしい。一応、捜索隊をだそうかという話をしながらも、諦めムードなのは拭えなかった。
 だが、それを聞いて諦めきれなかったのが、当の猟師の子供だった。

『父ちゃんが死んだりなんか、するもんかっ! 絶対、生きているに決まっている!』

 そう叫んだ子供がいなくなっていることに周囲の人間が気づいたのは、日も大分傾いてからのことだった。
 山に入った捜索隊が、山中で子供の靴を発見したのだ――。







「……つまり、現在はその無謀な子供が、二次遭難しているわけだな?」

 淡々とそう言ったラーハルトに、悪気などない。ついでに言うのなら、悪意もない。ただ、単に現状を確認したまでの話だ。

 だが、大抵そうなのだが、ラーハルトの言葉は人間の神経を逆なでするものらしい。なぜか、村長以下の村人達がムッとしたような表情を見せる。別に、怒らせる気などなかったのだが。

「ま、言っちゃえばその通りなんだけどさ。でもよぉ、もうちょっと、言い方ってもんがあるだろ?」

 呆れたように言うポップも、割と怒っているっぽい。だが、この魔法使いが案外短気なことを知っているラーハルトは、特に気にしなかった。

「捜索状況は、どうなんだ?」

 淡々と要点だけを尋ねると、ポップは不機嫌そうながらも地図を指さしながら教えてくれた。

「んー、この辺は探したけれど、どうもいないっぽいな。でも、さっき言った通り、この子って大人の言いつけを破って単独行動をとっているわけだし、捜索隊の呼びかけを無視して隠れている可能性ってのも捨てきれねえけどよ」

 誰が塗ったのか、捜索済みだという場所にはざっと色が塗ってあり、一目で区別がつくようになっていた。

 だが、ポップの言葉を聞いて、ラーハルトは眉間に皺を目一杯寄せる。
 つまり、それは子供が捜索隊から逃げ隠れしてやり過ごした可能性もあるということ――となれば、捜索済みの場所も当てには出来ない。そう高くはないとはいえ、捜索範囲が山一つ分と知ってはあまりにも広すぎる。

(……いっそ、山を吹き飛ばせと言われた方が楽だな)

 内心で物騒極まりないことを考えつつも、それを口に出さない程度にはラーハルトも常識はあった。まるっきりやる気など湧かないラーハルトに比べれば、ヒュンケルの方がまだしも協力的だった。

「それで、オレ達はどこを探せばいい?」

 ほとんど表情も変えない上、素っ気ないにも程のある口調は、傍目から見れば乗り気ではないように見える。
 だが、ヒュンケルをよく知っている者ならば、それが彼にとっての最大限の助力の表明だと分かるだろう。この男は不器用なだけで、情の厚い男だ。

 力を貸すという言葉を口にする時間すら惜しみ、また、相手の指示に全面的に従う意思を示すために余分な言葉を一切削り、必要なことだけを口にしているのだ。それは、弟弟子であるポップの判断を信じているからこそ言える言葉だ。

 ――が、ラーハルトには自明の理と見えたヒュンケルのその行動は、残念なことにポップには今一歩伝わっていないらしかった。

「ったく、てめえはどこまで無愛想なんだよ? ――まあ、いいや……おまえは、北から。ラーハルトは東から探してくれ。南はマァムが、西はおれとメルルが探すから」

 文句を付け加えつつも、ポップは地図を指し示す。四方から狭める形で捜索するつもりらしい。

 ヒュンケルとラーハルトにはまだ未捜索で険しい場所をあてがい、マァムには一般人にはやや難しい場所を、そして、自分とメルルには比較的村に近い場所を割り振っている。

 村人達が主に西から南にかけて人海戦術で探していることを考えれば、ポップとメルルは彼らの探し損ねた場所をチェックするつもりらしい。捜索に不慣れで、焦りを隠せない村人達をフォローする意図があるのだろう。

 そして、並の村人では捜索しにくい場所には、ヒュンケルとラーハルトに任せている。

「結果がどうだろうと完全に日が落ちる前に一度、この中心部に集合してくれ。その時点で猟師さんや子供が見つからないようなら、灯りも必要だし作戦を変えるから」

 ポップのその判断に不満などなかった。むしろ、さすがだと感心したぐらいだ。魔王軍との戦いで参謀役として活躍していたのは、伊達ではない。

「分かった」

 答(いら)えもそこそこに、ヒュンケルとラーハルトはそれぞれの方向へと向かう。山間の村の日が落ちるのは、早い。グズグズしてはいられなかった。
 







(ハズレだったな……)

 日が沈むよりずっと早い時間に、ラーハルトはそう判断した。
 ラーハルトの分担の東の山には、子供も猟師もいなかった。それは、自信を持って断言できる。

 気配に敏感なラーハルトにとって、初めて来る山で獲物を探すのは簡単なことだ。人を徹底して避け、気配を殺すことに長けた野生動物を追うことに比べれば、人間はよっぽど探しやすい獲物だ。

 しかし、どんなに熱心に探しても東の山には人がいた痕跡は無かった。
 想定していたよりも早い時間で捜索を終えたラーハルトが、南の方も少しばかり探ってみたのは、それがもっとも効率的だと判断したからだ。

 一人、早く中央部に行くよりは、他の人間の捜索範囲も探った方がいい。それで目的が見つかれば文句はないし、仮に見つからなかったとしても二重にチェックしたのならば捜索をやり直す場合、その候補から外せる。
 その際、北ではなく南を選んだのは捜索者の力量の差だった。

 正直、ラーハルトはマァムの腕前を軽んじている。
 人間、それも女としてはかなりのレベルなのは認めるが、ヒュンケルの技量と比べれば劣ると思っている。感情的な面でも、戦士としては未熟だと判断していた。

 それゆえに、マァムとヒュンケルならば彼女の方が捜索に見落としが多そうだと考えたに過ぎない。決して、南側に子供なり猟師がいるかもしれないと考えたからでは無かったのだ。

 だからこそ――南側の崖でその光景を見た際、ラーハルトは意外さに目を見張った。

「そこは危ないわよ? ねえ、お願いだから、こっちに来てちょうだい」

 懇願するような、それでいて穏やかな声を響かせているのは確かにマァムだった。

 崖にかかった古びた吊り橋の前に立ち、マァムは熱心にそう呼びかけている。熱心すぎるせいか、背後から近寄ったラーハルトに気づいていないのはどうかと思うのだが、問題はそこではない。

 吊り橋の中央付近に、見慣れぬ子供がいることの方が問題だ。
 まだ10歳そこそこ辺りの、簡素な服装の男の子――あれが人騒がせな猟師の子供なのだろう。

「いやだっ! おれは村になんか、帰らないっ。父ちゃんを探すまで……ッ、絶対に帰るもんかっ!!」

 勝ち気に言い放つ子供に、ラーハルトは呆れずにはいられなかった。
 言っていることは勇ましいものだが、その手は怖くてたまらないとばかりに縄製の手摺りにしがみついているし、その足はガクガク震えっぱなしだ。

 吊り橋にさえ怯える有様で、野生動物や怪物が徘徊する山をどううろつくつもりだというのか。
 それに、呆れるというのならばマァムに対してもそうだ。

「あなたのお父さんは、村の人みんなが探しているわ。だから安心して」

「うそだっ。だって、お隣のおじさんも、村長さんも、もう諦めた方がいいって言ってた……っ、だから、おれが探すんだっ」

「そんなことないわ、本当よ。みんなが探してくれているのよ、信じて」

 彼女がいつからそうしているのか知らないが、男の子とマァムの意見は平行線だ。村人不信に陥っている少年と、無条件に村人を信じるマァムのやり取りは、全く会話になっていない。

 信じられない根拠を挙げている少年に対し、マァムはただ信じてと言っているだけなのだから。これがポップかアバンなら、嘘を交えてでも少年を納得させ、口車で引き寄せようとするかもしれないが、彼女はどこまでも誠実だった。

 ただ、信じてと繰り返すだけのマァムは正直かもしれないが、あれはむしろ愚直と言うべきではないだろうか。

 口下手なら口下手なりに、さっさとあの子を連れ戻せばいいと思うのに、マァムはそれもしない。たとえ子供が嫌がろうが、無理矢理連れ戻した方が早いと思い、ラーハルトはわざと足音を立てて吊り橋に近づいた。

「おい、いつまでそうやっているつもりだ?」

 ラーハルト的には足音で十分に登場予告をしていたつもりだったのだが、二人とも不意打ちでもされたような驚きの表情を見せる。ことに、少年の驚きは大きかった。

「だっ、誰だよっ、おまえっ!?」

「オレは、ラーハルトと言う。おまえと父親の捜索を依頼されたものだ」

 淡々と、ラーハルトは自己紹介する。

「安心して、この人は私達の仲間なの。さっき、話したでしょう? 私達の仲間も、村の人達と一緒に協力しているのよ」

 マァムが脇から言葉を添えるが、それは助太刀になったとは言い難い様子だった。マァムの説明を聞いても、少年の警戒心は少しも減っていなかったのだから。

「おっ、おれは帰らないっ。父ちゃんを探す――」

「おまえの行動は、捜索の邪魔になる」

 少年の言葉をぶった切って、ラーハルトはそう言った。
 それに対し、少年がショックを受けたような顔になるのは分かるが、なぜかマァムが怒りの表情を浮かべてくってかかってきた。

「ラーハルト!? そんな言い方って、ないでしょう! あの子はお父さんを心配して、一人でこんな危険なところまで来たのよ!? あの子の気持ちも考えてあげて!」

 非難がましく訴えかけるマァムに、ラーハルトは眉を寄せる。
 ――面倒くさい、の一言に尽きる。

 幼くして身寄りを失った……あるいは、これから失うかもしれない子供を、哀れだと思わなくもない。だが、だからといってその子のために何かをしてやるつもりなどラーハルトには毛頭なかったし、その心情を汲んでやるつもりはもっとない。

 生き延びることは、それだけで戦いだ。
 たとえ子供であろうと、自分の道は自分で切り開くべきだ――そんな思想が、ラーハルトの根幹にある。
 だからこそ、ラーハルトは手加減しなかった。

「事実は事実だ。捜索対象が二人なのと、一人なのでは手間は倍も違う。捜索対象が減れば、その分、打てる手は増える」

「でっ、でもっ、おれは父ちゃんを自分で探――」

「おまえはたった一人で、俺の仲間と村人全員を上回れると言うのか?」

 その一言で、少年は黙り込んだ。
 悔しそうに震え、俯いてはいるが、事実を事実として納得できる程度の判断力はあるようだ。

 つまり、それは彼がラーハルトの言い分が正しいと認めたも同然だ。
 が――、意外にも反撃は思ってもいないところから振ってきた。

「ラーハルト! あんまりじゃない……もっと言い方があるでしょう!?」

 敵を睨む目が、ラーハルトを射貫く。
 気迫のこもったその目は悪くない、とラーハルトは思った。実力的には今一歩だとは思うが、さすがは勇者一行の一員と言うべきか。

 魔王や大魔王にさえ反論したというこの女武闘家は、確かに並の女ではない。
 ――まあ、ひたすら面倒くさい、と思いもしたが。

「事実は変わらない」

「だからといって――!」

 猛り狂う雌虎のごとき彼女を止めたのは、しょんぼりとした子供の声だった。

「……もう、いいよ。お姉ちゃん。そっちの、怖い顔した兄ちゃんの言う通りだ……山では、一人で勝手な行動を取っちゃいけないって……おれ、父ちゃんから教わっていたのに……ごめん……」

「謝罪はいらん。それより、捜索を手助けする気があるなら、さっさとこっちに来い。捜索隊と合流して、情報交換をする」

 そう促すと、しおらしくなった少年は素直にこちらに向かって歩いてくる。相変わらず手摺りにしがみつくへっぴり腰だが、それでも構わない。

(手間が省けたな)

 と、ラーハルトは思う。
 これ以上、少年が駄々をこねるようならば引っさらって無理矢理連れて行くつもりだったが、この吊り橋は少しばかり厄介だった。

 近づいてみると、思っていた以上にボロボロで落ちる寸前という有様だった。これでは子供一人の体重には耐えても、それ以上に耐えられるかどうかは怪しいものだ。

 吊り橋の下は、断崖絶壁と呼ぶに相応しい険しさだ。遙か下に見える川が頼りなく見えるぐらい、崖は高い。落ちたらただでは済まない崖上で、冒険はしたくはない。

 しかし、そう思っていたのに現実は非情だった。
 ボロボロの橋は、どうやら子供一人の体重さえ支えきれなかったらしい。吊り橋がピシピシと音を立てて、弱り切った蔓があちこちで弾け出すのが見える。崩落は、目前だった。

「急げっ!」

 致命的な崩壊は始まったが、まだ少しばかりの猶予はある。子供が全力疾走でこちらに戻れば、間に合う可能性が高い。そう思ったのだが、子供は吊り橋にしがみついてしまって動かなくなった。
 揺れる橋を恐れて、竦んでしまったのだ。

 それを舌打ちするより素早く、一瞬の風がラーハルトのすぐ横をすり抜けた。

「つかまって!」

 吊り橋へと駆け込んだマァムが、少年に向かって手を伸ばす。その無謀な行動に、ラーハルトは思わず目を剥いた。   《続く》

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