『もう一つの出会い 前編』

 

「こらっ、ポップッ! 遊んでばっかりいねえで、ちったぁ店を手伝いやがれっ!!」

 朝も早くから響き渡ったその怒鳴り声は、もはやランカークス村では鶏の鳴き声よりも聞き慣れたものだった。

 ランカークス村で唯一の武器屋の主人であるジャンクは、武器を売るばかりではなく自ら鍛冶仕事をすることもあって、いかにも職人風のがっちりとした厳つい男だ。その怒声はなかなかの迫力があり、近所の子供にまで恐れられているぐらいだ。

 だが、ジャンクの一人息子であるポップは、さすがに慣れているせいか元気いっぱいに怒鳴り返す。

「やだねっ。だいたい手伝いも何も、うちには客なんかほとんど来ないじゃねえか! 最後に客が来たのなんか一昨日だったし、それも武器じゃなくってクワを買ってたんだ、武器屋の意味なんかねーじゃん!」

 負けん気が強いばかりではなく、ポップは口が達者で記憶力もいい。……が、こんなことでそれを発揮したところで、褒められるわけがない。むしろ、この正論は相手の怒りを煽るばかりである。

「え……、ええいっ、いちいちやかましいんだよ、このクソガキが! 屁理屈ばっかこねてねえで、たまには素直に親の言うことを聞きやがれーっ!!」

 一際大きな怒号と共に、拳骨が振り下ろされた――。






「ちぇっ、あの暴力親父め……ッ!」

 それからしばらく経った頃、頭に見事なたんこぶを貼り付けて、不機嫌そうに店内を掃除するポップの姿があった。

 なんだかんだ言ってまだ13歳のポップは、親の言いつけには従わざるを得ないのである。しかも逆らった罰として、店番だけでなく掃除まで押しつけられたポップは、ひどく面倒くさそうにはたきを振るっていた。

 今、店兼自宅にいるのは、ポップだけだった。
 珍しいことに、ジャンクとスティーヌは、そろって隣町にまで買い出しに行くことになっていた。

 夕方には帰ってくる予定とは言え、半日以上、ポップ一人で留守番することになる。もし、父親か母親のどちらかがいるのなら店番など放り出して遊びに行くところだが、さすがに店に誰もいないのにそうするのは、無責任すぎる。

 その時点で外に遊びに行くのは諦めたとはいえ、正直、掃除などサボりたいところだが、帰ってきたらチェックするからしっかりとやっておけと脅された。

 もし、サボっていたのがバレたら、今度はさっき程度では済まされないほど叱られるのは目に見えている。
 だからこそポップは、いやいやながらも割ときっちりと掃除をする。

 武器というのは、案外埃がたまりやすい物だ。出っ張りや特殊な形状を持つものが多いせいで埃もたまれば、放置しておけば金属のツヤが鈍ったり、時には錆びたりもする。だから、ジャンクなどは暇さえあれば埃を取るだけでなく、こまめな武器の手入れに余念がない。

 が、そこまで武器に対する情熱などないポップは、単に埃さえ取ればいいとばかりに、はたきをパタパタとかけるだけですませている。

 武器には見る目が厳しくても、床や机の汚れなど気にもとめないジャンクならば、こんな手抜きの掃除でも分かるまいと高をくくって、ポップは極力手抜きに掃除を終わらせるつもりだった。

 店番も、とりあえずカウンターに座っていれば問題はないはずだ。どうせ、客など来るはずもないし、さっさと掃除を終わらせて本でも読もう――そう思っていたポップだったが、思いがけずドアが開く音が聞こえてきた。

「え……っ?」

 と、思わず店番の人間がその音に驚く辺りに、ジャンクの店の集客率が現れているのだが、それはこの際どうでもいい。
 とっさに、ポップの脳裏に浮かんだのは、二つの可能性だった。

(親父の奴、なんか忘れ物でもしたのかな? それとも、ジン辺りが遊びにきてくれたとか?)

 ランカークス村は小さな村なだけに、村から出入りする者は村人、旅人を問わずに目につく。

 当然、ジャンクとスティーヌがそろって出かけたのなら、村人の大半はすでにそれを知っていると言っていい。ならば、消去法でポップが留守番に残されたと知った友達が、様子を見に来る可能性は決して低くはない。

 むしろ、それを大いに期待して扉に注目したポップだったが、現れたのは予想外の人物だった。

「へ?」

 もう一度、ポップは驚きの声を上げてしまう。
 入ってきたのは、見知らぬ二人組の男だった。

 村人ならば、当然のように知らない人などいないので、彼らは旅人なのだろう。旅人などめったに来ない小さな村なだけに、それだけでも珍しいと言えば珍しいのだが、それだけなら声を上げる程のものではない。

 驚いたのは、あまりにも目立つ彼らの格好のせいだった。
 まず、真っ先に目につくのは、年配の方の男の奇妙な髪型だった。丁寧に二つに別けられた髪は、見事なまでのカールで巻かれている。まるで絵本に出てくる昔の王様のような髪型だが、こんな格好をしている人などポップは生まれて初めて見た。

 それだけでも人目を引くのに、さらには真っ赤な服を着ているせいでやけに目立つ。それでいてめがねをかけた顔は柔和そうで、にこにこと笑顔を浮かべていた。

 多分、ポップの両親よりは年下だろうが、それにしたって立派な大人がするような格好とは思えない。

 そして、連れの男の方もまた、非凡だった。
 まず、目を引くのは鮮やかなまでの銀の髪――そして、その髪さえ霞むほどに整った端正な顔だった。

 お芝居に登場する主役でも、ここまでの美形はちょっと見たことがないくらいの美形だ。はっきり言って、化粧や衣装でごまかしている旅の役者などよりも断然に美形である。

 背の高さは、眼鏡をかけた男と大差は無い。だが、彼の方が若いのは一目で見て取れた。

(旅芸人なのかな?)

 とっさにそう思ったポップだったが、普通、旅芸人というものはもっと賑々しくやってくるものだ。まず、村の広場に音楽を鳴らしながら参上し、ある程度人目を集めてから芸をする――少なくとも、ポップが見たことのある数少ない旅芸人達はみんなそうだった。

 ランカークス村は小さな村なだけに、旅芸人でも来たのならすでに村中で大騒ぎになっているはずだ。なのに、まったくそれが無かったところをみると、彼らは広場に行かずに直接ここに来たらしい。

 護身用の武器が欲しいとか、お芝居に使うため安物の武器が欲しいとか言って武器屋にやってきた旅芸人もいなかったわけではないが、それでも村に来ていきなり武器屋に来るような旅芸人には会ったことはない。

 びっくりしたあまり、ぽかんと棒立ちになっているだけのポップに話しかけてきたのは、眼鏡をかけた男の方だった。

「こんにちは。すみませんが、こちらの武器屋では刀研ぎはお願いできますか? もしかすると、打ち直しが必要かもしれませんが」

 愛想良く声をかけられ、ポップはようやく目の前にいるのが『客』だと気がついた。
 奇抜さや美形っぷりについ目が行ってしまったが、よくよく見れば二人とも腰に剣を帯びている――どうやら、彼らは剣士系の職業のようだ。

「う、うん、それは両方ともやってるけど……でも、今は親父が出かけてるから無理かな」
 
 刀研ぎや打ち直しができるかどうかは、武器屋によって違う。
 単に商品として武器を売っているだけの店では、そもそも刀研ぎ自体行っていない場合がある。それに、新品の剣を売るのに比べると手間がかかる割に利幅が薄いので、嫌がられることも多い。

 鍛冶屋でもあるジャンクは刀研ぎを得意としているが、さすがにどんな剣や刀でも修繕できるというわけでもない。剣を実際に見て、どの程度の修繕が必要かを判断し、時には別の剣を買うのを勧めることもある。

 だが、武器屋の息子とは言え、ポップにはそこまでの目利きはない。
 ポップの勝手な判断で武器を引き受けたりすれば大目玉を食らうのは目に見えているので、迂闊に引き受けるわけにはいかない。

「親父は夕方にならないと帰ってこないし、それに剣によっては時間やお金がかかるかもしれないぜ?」

 一応、ポップは念を押してそう言っておく。
 刀研ぎや修繕は、そうすぐに出来る作業ではない。場合によっては、数日かかることもある。特に、打ち直しの場合は手間がかかる分、代金だって跳ね上がる。

 今回の客は旅人なだけに、その辺は言っておいた方が親切というものだろう。

「急ぐってんなら、ぶっちゃけ、ベンガーナまで足を伸ばした方がいいと思うけど」

 ポップ自身は一度も行ったことはないが、ランカークス村からベンガーナまではそれほど離れていない。成人男性の足なら、半日ほどの距離だ。旅慣れた者ならば、今から行けば日が落ちるまでに辿り着けることだろう。

 正直、こんな田舎の武器屋の偏屈主人の帰りを無駄に待つよりも、その方がずっと手っ取り早いし、満足いく結果になると思える。
 だが、見慣れぬ旅人は店内をぐるりと見回してから、首を振った。

「いえいえ、ここまでいい武器を揃えている武器屋は、そうそうありませんし、出来るなら是非、ここでお願いしたいと思います。ですが、夕方までここでじっと待つというのも、芸が無い話ですよねー」

 そう言ってから、旅人は芝居がかった手つきでポンと手を打った。その仕草を見ていると、やっぱり旅芸人では無いのかと疑いたくなってしまう。

「他にも色々と旅支度を調えたいですし、夕方頃にまた出直しましょう。お尋ねしますが、近くに道具屋はありませんか?」

「道具屋なら、表の道を道なりにまっすぐ行って、教会を左へ曲がった先にあるよ。えーと、今の時間なら、多分、女の子が店番していると思う」

 答えながら、ポップは幼馴染みである道具屋の娘を思い浮かべる。
 店屋の子に生まれた宿命として、男女問わず、店の手伝いは当然のようにやらされるものだ。ポップの両親同様、道具屋の両親も買い出しに出かけた今日は、きっと彼女も一日、店番していることだろう。

「おれからの……ポップの紹介だって言えば、ほんのちょっぴりだけはおまけしてくれる……と、思うぜ。後、ついでに言えば宿屋は、道具屋よりもうちょっと先だね」

 ポップがそう答えると、旅人は少しばかり目を丸くし、それから満面の笑みを浮かべた。

「おやおや、これはご親切に。サンキューベリーマッチ、詳しく教えてくれて感謝しますよ! では、ヒュンケル、行きましょうか」

 大仰に礼を言ったかと思うと、旅人は連れの男――ヒュンケルを振り返る。
 その時、ポップもようやく気がついた。

(そういや、こいつ、全然しゃべらなかったな)

 珍妙な髪型の旅人があまりに賑やかに喋り続けていたので目立たなかったが、このヒュンケルという男は店に入って以来、一言も口を開いていない。

「ヒュンケル? どうかしましたか?」

 いぶかしげに旅人が尋ねると、ヒュンケルは小さく首を横に振る。

「……オレは、いい」

「え? いいと言われても、そろそろ色々と補充しておく物があるのですが? それにヒュンケル、あなたのそのマントも替え時ですし」

 困ったように言う旅人に対し、ヒュンケルはぶっきらぼうに首を横に振り、拒否の意志を示す。

「必要ない。オレはここにいる」

「はあっ?」

 と、思わずポップは素っ頓狂な声を上げてしまった。
 仮にも客商売の端くれとして、ポップも普段なら客同士のもめ事や相談に口を挟んだりしない。と言うか、お客さんに失礼なことを言うなと、ジャンクに普段から厳しく言われているのである。

 しかし、いい年をした男が幼児よろしく、店先から離れないと宣言するところなど初めて見た。
 呆れを隠しきれず、思わず目を見張ってしまう。

 驚いているのは口達者な旅人の方も同じらしく、困ったような顔をしてなんとか説得しようとしている。

「いやいや、そうは言っても、夕方まで長居してしまってはお店側の迷惑になりかねませんしねえ」

 やんわりとたしなめる言葉にも、銀髪の戦士は涼しい顔のままだ。

「大丈夫だ」

(いやっ、それを決めるのはてめえじゃねえだろっ!)

 とっさに叫びたい気持ちを抑えるのに、ポップはずいぶんと苦労する。

「しかし……」

「オレは、ここがいい。オレに構わず、道具屋でゆっくり買い物でもして来ればいい」

 そう言った後、ヒュンケルはじっと旅人を見やる。
 何か言いたげな、だが、口をギュッと引き結んだその眼差しに、眼鏡の旅人は少し間を置いてから苦笑した。

「仕方が無い子ですねえ……。あのー、すみませんが、この子にしばらく武器でも見させてもらえないでしょうか? あー、別にお構いなく、ほっておけばじっとしていますから、お邪魔にはならないと思います。それに、夕方頃には引き取りに来ますので」

 挙げ句、そう言ってくる眼鏡の旅人とヒュンケルにポップは呆れずにはいられなかった。

(なんなんだ、こいつら……)

 正直言ってしまえば、なんだか面倒くさそうな客だという空気をぷんぷん感じてしまう。呆れた余り黙り込んでしまったポップの沈黙をどう誤解したのか、眼鏡の旅人は慌てたように言い訳し始めた。

「ああ、申し遅れましたが、我々は決して怪しい者ではありません。私は、アバン……アバン=デ=ジニュアール三世と言います」

「アバン……? 初めて聞いたけど、お貴族様とかなの?」

 初めて耳にした長ったらしい名前に、ポップは思わずそう聞き返してしまう。ポップ自身は一度も会ったことはないが、王様だとか貴族だとかは普通の村人と違って姓を持っているし、名前も格式張っていると聞いたことはあった。

 ……その割には、貴族に対しては礼儀正しくしなければいけないと言われた注意の方は、すっぽりと抜け落ちているようだが。
 が、アバンは気を悪くする様子も無く、笑ってポップの心配を打ち消した。

「いえいえ、ご心配なく。私はですね、こう見えても勇者の家庭教師をやっております」

 たとえ、アバンが貴族では無く王様だと名乗ったとしても、これ以上驚くことは無かっただろう。予想もしなかった素っ頓狂な職業を聞いて、ポップは目を丸くせずにはいられない。

「はぁ? 勇者って、魔王とかを倒すあの勇者?」
  
「Oh Yes! はい、その通りですよ、まさにその通り、魔王を倒すべき勇者です! この道10年の教育実績を持って、立派な勇者に育て上げて見せましょう! スペシャルハードコースを選択した場合は、なんと、最短七日間で勇者になれちゃうんですよ! どうですか、あなたも一つ、挑戦してみませんか? 今なら特別サービスで割引しておきますよ」

 熱を込め、そう語るアバンの宣伝にポップは呆れるを通り越して、呆然としてしまう。ポップも人並みというか、標準以上に勇者の出てくる物語などを好む方だが、こんなにも胡散臭くも突拍子もない話は初めて聞いた。

(これって、あれかな……ツボツボ詐欺って奴……)

 聞くところによると、町の方ではこれを買えば幸せになれるとか言って人を騙し、安物のツボをとんでもない高値で売り飛ばす詐欺師がいると言う。

 両親から、不審な旅人が何かを売ろうとしてきたら気をつけろと口を酸っぱくして言われているポップは、アバンには胡散臭い者を見る目を、すぐ隣にいるヒュンケルに対しては憐憫の目を向ける。

「あのさー、そっちの人も勇者の修行とかをしてるわけ?」

 やたら美形ではあるが、こんな胡散臭い勧誘に乗って勇者の修行を受けているのだとしたら、詐欺に騙された被害者なのではないか……思わず、同情の視線を送ってしまうが、ヒュンケルははっきりと首を横に振った。

「いや、オレは勇者など目指さない」

 つっけんどんなその言葉には、愛想もクソもない。
 と言うか、仮にも勇者の家庭教師を名乗った男を前に、勇者を全否定しているような言い方には呆れてしまう。

「じゃあ、なんでこの人と一緒にいるんだよ?」

 ますます疑問を感じてそう尋ねると、ヒュンケルはわずかに目をそらし、黙り込む。その無愛想さを補ってあまりある笑顔で、アバンは声を立てて笑った。

「相変わらず素っ気ないですねえ、ヒュンケル。遠慮せず、父さんと呼んでくれていいんですよ?」

「えっ!? あんた達って、親子だったのかよっ?」

 まだ13才のポップは、大人の年齢を見図るのはそう得意ではない。だが、それでもアバンとヒュンケルの年齢差は、どう見ても親子と言えるほど離れているようには見えなかった。

 せいぜい、10才かそこらぐらいか……兄弟ならまだしも、親子として見るのには相当に無理がある。
 だが、アバンは笑顔で言い切った。

「ええ、そうです。この子は私の自慢の弟子でもありますが、息子でもあるんですよ」

 そう言われても、年齢という不自然さを一旦除外するにしても、彼らの顔立ちや目や髪の色は全く似ていない。思わず、まじまじと二人を見比べてしまったポップの疑問を感じ取ったのか、ヒュンケルがポソリと言った。

「……養子だがな」

(あ、それなら納得)

 何やら複雑な事情はありそうだが一番の疑問点が解消されたため、ポップはとりあえず頷いた。
 意味不明で珍妙な客なのは確かだが、それでも悪い人ではなさそうだ――そう思ったからだ。

「まあ、いいよ。剣なら、その辺にあるから」

 そう言いながら、ポップは剣を置いている一角を指さした。

《続く》  

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