『記憶に残る装束 ー後編ー』 |
――午前0時。タイムリミットまで後8時間。 「なんか、腹が減ってきたよなぁ〜」 「交代するから、さっさと食事を取ってこい! 急げよ!!」 「ああ、ねみぃ……」 「寝るなぁあっ」 「おい、夜食を食べている者、食べ過ぎないように注意しろ!! 腹が膨れれば眠気が増すからな!」 夜中にも拘わらず、侍従室は人が満杯だった。寝るどころか、休む時間すら無いとばかりに誰もが作業に打ち込んでいる。 服に数人がかりではりついて、あちこちに修正をかけている者。 深夜なのに無理を言って城下の靴屋も捜索した挙げ句、なんとか全員の足のサイズに合った靴は見つかった。が、服とのデザインを合わせるため、微調整をかけているところだった。 「やっぱり、魔法使い用のブーツは手袋と揃えた方がいいでしょうね。このままじゃ、白のブーツだけ浮きそうですし」 白はあまり旅人のブーツに向く色では無いが、ポップのサイズにピッタリだったのがそれしか無かっただけに、選択の余地は無かった。 「って、手袋の方は調整だけで手一杯だから、染めるのはそっちにしてくれよ! 時間が足りないぐらいなんだから!」 手袋係が、殺気立った目つきでブーツ係を睨みつける。 「でも、手袋に合わせると、ブーツも緑になっちゃいませんかぁ? それだと、ますます前と代わり映え無い色合いだし、全身緑でカエルみたいになっちゃうんじゃ……」 「余計なこと言うなっ! い、いいんだよっ、元々の色合いだってそうだったんだから、きっとご本人の好みなんだよっ!!」 自分の色彩センスを棚上げし、手袋係はせっせと手袋の仕上げだけに専念する。その横で、叫んでいる侍従もいた。 「おい、誰だっ、ピンクのブーツなんて持ってきたのは!?」 「だって、女の子っぽくて可愛いじゃないですか! きっとあの娘に似合いますよ!」 「またおまえかぁああっ! ビキニアーマーと言い、レアなものばかりもってくるなぁあっ」 「でも、これ、サイズもピッタリですし♪」 「くっ、それもそうだが……。あ、でも、これだと手袋の方もピンクに染めないとおかしくないか? ああ、もう、時間が無いのにっ」
室内は、妙に静まりかえっていた。 誰もが血走った目で黙々と作業としているが、その手つきは最初の頃に比べればいささか鈍くなっている。 「ふ、ふわぁ〜、眠い……、まじ眠い……」 「この時間って……一番眠いよな……」 「ちょっと……仮眠とってきていいっすか?」 泣き言を抜かす若い連中を、侍従長が叱責する。 「休みたければ、作業を終わらせることだな。進捗状況はどうだ?」 「は、はい……勇者様の装備は、とりあえず用意できました……。一番小さな盾とセットになった鋼の剣を用意して、肩当てと胸当てを揃えました」 「ふむ」 と、頷いた侍従長は、それっきり言葉が途絶えたのを聞いて顔をしかめる。 「……ま、待て。それだけか?」 戦士系の武装としては、あまりにも少なすぎる装備に侍従長は動揺したように聞きかえす。それに対し、部下はヤケクソ気味に怒鳴り返した。 「だって、他の装備じゃ大きすぎるんですよっ、身体に合う装備はこれで精一杯なんすよ! これでさえ、倉庫の片隅からやっと探してきた代物で、曇ってしまっているから、今、必死になって磨いているところなんですよ!」 磨き粉でせっせと肩当てを磨く男の隣では、同じく胸当てを必死に磨いている者がいた。カタツムリのように渦を巻いた盾を、泣きながら磨いている者もいる。 本来、装備品は磨く必要などないのだが、勇者達のお披露目という晴れの舞台で装備品が汚れていたら興ざめだ。 そう思って磨くことにしたようだが、金属磨きは地道なのに力と根気が必要な作業だ。頑張って磨いているだろうに、大半がまだ曇ってしまっている。 中途半端に磨いた鎧は、全体的に曇った鎧以上にみっともない見た目になるのだから。 「とにかく、時間までにはなんとか磨きあげないと……っ! くそ、暗いから磨きにくい……っ」 必死になって磨き込む彼らに、侍従長もこれ以上装備を増やせとは言えなくなった。 「が、頑張ってくれ。今、新しいランプを用意させるから部屋の明るさは解決するだろう」 室内には当然のようにランプを設置しているが、それでも夜と昼の明るさは段違いだ。光量を増やすため、ランプを増やすように部下に言いつけてから、侍従長は別のグループへ声をかける。 「どうだ、服の方は目処はついたか?」 「え、ええ……なんとか……」 城下町から駆り出されてきた洋裁屋Aは、凝った肩をほぐすように動かしながら答える。彼が縫っているのは、緑色の旅人の服だ。 「これなら、後2、3時間で仕上がると思います……」 「手袋は、後4、5時間ほどですかね」 「靴は三人とも仕上がりました……現在、染色後の乾燥待ちです。日が昇ることまでには、乾くといいんですが……」 ボソボソとした覇気のない声ながらも、作業が順調に進んでいる事を知った侍従長はわずかに顔をほころばせる。 (よしよし、これなら予定より早く済むかもしれないな……) 予定が前倒しになる分には、何の問題も無い。むしろ、喜ばしいことだ。ほんの少しでも休む時間があれば、誰もが大いに助かる。年齢的にそろそろ徹夜がキツい侍従長は、こっそりとあくびを噛み殺す。
「あ……あぁあああああああーーっ!!」 いきなり素っ頓狂な悲鳴を上げたのは、薄いピンク色の布地を縫っていた洋裁屋Bだった。 「ど、どうかしたのか?」 「わ……私としたことが、なんというミスを……っ!」 手に服をしっかと握りしめ、洋裁屋Bは嘆きまくる。だが、侍従長はなんのミスがあるのか分からなかった。 彼が手にしているのは、僧侶が法衣の下に着るアンダーシャツとズボンだ。色がピンクというのが少々珍しいが、すでにほとんどできあがっているように見える。 「何か、問題があるのか?」 「おおありですよ! ああっ、素材選択を間違えた……っ、色なんかを優先したばっかりに!」 新しく増やしたランプのすぐ側に居る洋裁屋は、絶望の表情でわめき立てる。 「だが、僧侶戦士の服は女の子らしくピンクで統一しようと決めたはずだろう? 別に問題は無いのでは?」 「これを見ても、同じ事が言えますかっ!?」 そう言いながら、洋裁屋は仕上がったばかりの服をトルソーに素早く着せ、ランプの前にどんっと置いた。 「げっ……!」 こうなれば、一目でその『ミス』が分かった。 このトルソーはサイズを分かりやすくするため、あちこちに目盛りやら数字が書き込まれていたが、なんと、布越しにその文字が透けていた。そりゃあ、もう、数字が読み取れるほどはっきりと。 つまり――これが人体模型では無く人間が着た場合はどうなることか……。 「ヒュ〜っ、これって超セクシーっスね♪ イケてますよっ」 若い男がお気楽な声を上げるのを、侍従長は目一杯怒鳴りつけた。 「そんな問題で済むかぁああっ! こ、こんな服を国を救った勇者様らに進呈できるわけがなかろうっ。セクハラどころじゃすまんぞっ!?」 予定では、マァムのためには身体にぴったりと合ったピンクのシャツとズボンに同色に手袋と靴、そして、ラーミアの模様が刺繍された裾長の黒の上着を用意するつもりだった。 だが、いくら上着を羽織るにせよ、ここまで超透け透けな服を着せて、若い娘を人前に出すなど……すでに犯罪レベルだ。 「な、なんでこんなことに……っ!?」 わなわなと震えながら、侍従らはトルソーを睨みつける。 これが昼間から作り始めたのなら、洋裁屋Bもその問題に早い段階で気づいただろうが、夜、しかも突貫作業だったのが災いして、仕上げ段階の確認で初めて問題に気づいたらしい。 「……色と生地の良さだけで決めるんじゃなかった……っ!」 がっくりと膝をついた洋裁屋Bだったが、そのまま落ち込ませるわけにもいかなかった。 「立てっ、立ち上がれっ。気持ちは分からんでもないが、ここで放置できる問題じゃ無いっ! 作り直しを頼むっ!」 「……今からじゃ、到底間に合いませんよ……」 真っ青な顔で、洋裁屋Bは力なく首を横に振る。 だが、なんとか間に合わせないと――。 「それって、シャツとズボンで作ろうとするから、時間がかかるんでしょ? なら、女の子っぽくワンピースにしちゃえばいいんじゃないスか? できれば、ミニでっ!」 冷静に聞けば、それが下心満載の軽い意見だと一蹴できただろう。 「「「それだっ」」」 もう、それしかないとばかりに、洋裁屋Bが新しい布地を手に取った。 「色は黒にしますよっ、もう失敗できませんからっ!!」 一番無難で、僧侶の服によく使われる伸縮性の強い生地を手にして、洋裁屋Bはもはや一秒も無駄に出来ないとばかりに作業を開始する。 「いかんっ、上着と合わんっ」 このままでは、黒のワンピースに黒の上着、手袋と靴がピンクという、どことなく闇の雰囲気を漂わせた僧侶戦士が誕生することになる。それはそれでまずいと、侍従長は上着を用意している者に声をかけた。 「すまん、作業はどこまで進んでいる!? 今から、上着を変更して貰うことは出来るかっ!?」 「え……!?」 せっせと縫い物をしていた洋裁屋Cは、それを聞いて硬直する。 「な、なんで今更ッ!? べ、別にこれでもいいじゃないですか!?」 「いや、そこが致命的にまずくなって……すまんが、違う色合い……そう、このピンク色に変えてはもらえないか!?」 刺繍された布地の中で、一番明るくて女の子っぽい色を選んだ侍従長に、洋裁屋Cは露骨に顔をしかめた。 「……正気ですか? これ、刺繍が半分しか入っていませんよ? しかも、下半身部分ですね、これ」 「え?」 言われてみれば、その刺繍は明らかに変だった。そもそもラーミアの色は白なので、ピンク色の布に黒い刺繍で施されているのもちょっと、色彩としては変わっている。 「あー……多分、これ、初心者の練習……と言うよりも失敗作ですね。ピンク色の生地を選んだ物の、それでは白い糸が目立たないので、黒で練習したんでしょう。で、下から縫い始めたもののサイズ計算を間違えて、布の面積が足りなくなって半分で終わらせたんでしょうね」 どうやら初心者ならではの、グダグダな成り行きだったようだ。 「……まあ、刺繍自体は丁寧ですから一概に失敗作と言い切れませんが……」 呆れる以上に疲れの感じられる声音でそう言いながら、洋裁屋Cはジト目で侍従長を見上げる。 果たして、そんなものを使っていいのか――目だけでそう問うてくる洋裁屋に、つい言葉が詰まった。 「たっ、大変ですっ、魔法使い用の上着がっ! 上着がないのですがっ!?」 「なんだって!?」 この時点になってから知らされたこのニュースに、侍従長は徹夜のせいもあってその場に卒倒しそうになった。さが、それでもなんとか踏みとどまり、周囲に素早く目を走らせる。 「だ、誰か作っていたんじゃなかったのか!?」 「い、いや、こっちは服だけで手一杯で……」 「と言うより、魔法使い用の上着の話なんかしたっけ?」 「っていうか、まだデザインさえ決まってなかったんじゃ……?」 あまりも頼りない、やる気の無い返事がボソボソと戻ってくる。 それを、非難する気力も図太さも、侍従長には残っていなかった。侍従長自体、魔法使い用の上着の存在などころっと忘れていたのだから。 「な、なんてことだ……今から考えていたんじゃ、到底間に合わない……」 絶望から俯いた侍従長の目に、僧侶戦士のための用意したはずの途中まで出来た黒い上着が目に入る。 「こ……っ、これしかない! よしっ、この作りかけの上半身部分を魔法使い用に回せ! で、僧侶戦士の服は鳥の下半身で仕上げれば、そう不自然でもないだろうっ!」 起死回生の一手とばかりに叫ぶ侍従長に、一番の若手侍従が首をひねる。 「えー、それだとペアルックみたいじゃないっスか? 見たところ、全然そんな風じゃなかった気がするんスけど」 「そんなことはどーでもいいんだっ、この際っ! どうせロカ様とレイラ様だって勇者様との旅の途中でくっついていたんだっ、男女の仲なんかどこでどうなるか分かったもんじゃないだろう!? 今はそんなことより、時間までに仕上げることだけを考えるんだっ!」 悲鳴じみた侍従長の叱咤激励に、トラブル続きでくたびれていた一同はなんとか気力を振り絞り、作業を再開した。 ――午前5時。タイムリミットまで後3時間。 「ああ……夜が明けてきたなぁ……」 「徹夜明けの太陽って、どうしてこんなに目に眩しいんだろう……」 「眩しい……目を閉じていいかな……いいよね?」 「寝るなっ! 目を開けろ! それより、作業は終わったのか!?」 「あぁあああっ、縫っても縫っても終わらないーっ!」 「そのスカート、長過ぎるんじゃないのか!? もっと短くしとけよっ!」 「えー、でも僧侶ならスカートが短すぎるのってまずいんじゃ……」 「僧侶戦士だから! 純粋僧侶じゃないからセーフだっ、セーフッ!」 「魔法使い用の上着、アバン様のものだとテール使用になってますけど、これやってたら確実に間に合いませんよっ。ばっさりカットしちゃっていいですよね!?」 「僧侶戦士の法衣も、思いっきり短くしときますよっ」 「それだと防御力が……」 「そんなもん気にしている場合じゃないです!」 ……忙しさの余り、本末転倒してきたようである。 ――午前6時。タイムリミットまで後2時間。 「ああああああっ、まだ靴が乾かないなんてっ! 風よ吹けっ、吹いてくれぇええっ」 「うっ、まだ縫い終わらない……ッ! スカート……も、もうちょい短くいってもいいですよね!? いいですよねぇええ!?」 「た、大変ですっ、魔法使い用の杖がまだ決まってませんよっ!?」 「な、ナにぃッ、杖なら最初の頃集めたはずだろう!?」 「だから、安心しきって放置しちゃったんスねー、よくある話っすね」 「って言うか、魔法使い用装備についてみんな、忘れすぎじゃないですかー?」 「そ、そんな反省は後でいいっ。とにかく、急げっ」 「お知らせします! 勇者様一行がお目覚めしました!」 「は、早いなっ!? もっとゆっくりお休みしていていいのに……ッ!」 「ええ、それが……勇者様と僧侶戦士殿はもっと早い時間に目覚められたのですが、魔法使いが寝ぼけてなかなか起きないので、支度が遅れている模様です」
「勇者様の鎧と盾、磨き終わりましたぁあああっ!」 「靴と手袋、完全に乾きましたぁああっ!」 「マントのサイズ合わせ、終わりましたァあっ!」 「上着もなんとか!」 「ふ、服は……もう……ちょいっ。もう少し……短くすれば、なんとか……ッ」 「魔法使い用の杖はこれでっ! この金属製の頑丈な杖なら、何を殴ったって壊れません!」 「なんか間違っている気がしないでもないが、この際それでよしッ! そう言えば、勇者様達はどうなさっている?」 「お食事の支度が出来たところですが……。と言うか、魔法使いがなかなか起きないので、食堂に行くのが遅れている模様です」 「まだ寝ぼけていたのかッ!?」 ――午前7時半。タイムリミットまで後30分。 「で、出来たぁあああっ、服がやっと完成したぁああっ!!」 「では、さっそくそれらを宝箱へ……って、誰も宝箱を用意していないのか!?」 「すみません、忘れてましたっ!」 「素直だなッ!? とにかく宝箱を早く持ってこい、急げっ!」 「あ、多分、急がなくても大丈夫っスよ? 魔法使いが好き嫌いを言って騒いでいるのと、寝ぼけて皿をひっくり返したせいで、食事が長引いているみたいっすから」 「またあの魔法使いか!? いや、今回は助かるからいいがッ!」 ――苦難の10時間は、こうやって過ぎた。 そして、その宝箱は無事に彼らに渡され、新しい衣装を身につけての国民の前でのお披露目となったわけだが――。 「…………やっぱ、スカート……短すぎたんじゃ……?」 洋裁屋Bが真っ青な顔で、譫言のように呟く。 膝丈や膝上10センチどころか、思いっきり大胆に太股を露出するスカート丈は明らかにミニ……それも、超ミニだった。僧侶どころか、戦士でもまずやらないような露出の高さである。 しかもストッキングも身につけない若い素足はどこまでも眩く、ある意味で目のやり場に困ると言うか、異性の目を惹きつけまくる衣装とさえ言える。実際、魔法使いの少年などは彼女の服が気になって仕方が無いのか、チラチラ目で追っているぐらいだ。 唯一の救いは、本人のマァムが大胆すぎるスカート丈を全く気にしていない様子なことだろうか。特に恥ずかしがる様子も無く、ごく普通に振る舞っているマァムはどこまでも伸びやかだった。 「いいじゃないっスか、すっごく似合ってるっす! いやぁ〜、オレら、いい仕事したっスね!!」 ひどく満足そうな若手侍従はさておき、良識を持った侍従達にとってはちょっぴりの後悔と罪悪感じみた思いを残す衣装製作となったのである――。 END
《後書き》 ダイ大のスマホゲームをやっているといつも思うのですが、ロモス王に貰ったダイ、ポップ、マァムの衣装ってすごくバランスがいいなと思うんですよ! だけど、公式パーフェクトブックによると、クロコダイン戦が16日目、ダイ達のお披露目が17日目なので、そのわずかな時間ではダイ達の服を一から仕立てるのは無理だろうな……と、思ったことから生まれたお話です。 マァムの話は多く書いているつもりでしたが、ふと気がついたら僧侶戦士衣装の話が少ないなと思ったのも、きっかけの一つでした。 締め切り前のテンパった感じや、台詞ばかりのやり取りは書いてて結構楽しかったです。 そして、一番手を抜いて作られたポップの装備……これが、一番長持ちして最後の最後まで使われていますが、これも結構ありがちな話かと。
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