『お兄ちゃんと呼ばないで ー前編ー』

「ふふっ、あたしの一人勝ちね!」

 と、勝ち誇ったように胸を反らした麗しの姫君は、得意げに長い髪を払いのける。手入れの行き届いたしなやかな髪が、音もなく彼女の背で揺れた。

 少人数用のテーブルには、赤と黒の数字や絵柄が華やかなトランプが何枚も散っている。
 そのテーブルを囲んでいるのは、三人の少年少女だった。

「くっそぉ……っ、あの時、このカードさえ出せていれば……っ!」

 ぷるぷると小刻みに震えながら、未だに諦め悪く手持ちのトランプを睨みつけているのはポップだった。彼はまだ、この決着に納得がいっていないらしい。
 そして、それとは対照的にダイは無邪気なものだった。
 
「わあ、レオナすごいね! とらんぷでポップに勝つなんて!」

 ダイの手持ちのカードはポップ以上に多く、彼こそが最下位なのだが、そんなことはお構いなしにレオナの勝利を喜んでいる様子だ。

「セブンスは昔っから得意なの♪ これなら、さすがのポップ君にも勝てると思ったのよね〜」

 謙遜する気配すらなく、レオナは得意げに胸を張る。
 が、そんな余裕の態度とは裏腹に、実は内心は冷や汗ものだったりするのだが。

(あー、それにしても危なかったわ! 割とギリギリだったわよ、今のって)

 大戦が終わり、ダイが戻ってきてから知った事実だが――ポップはカードゲームは全般的に得意な方だ。

 アバンの教えにはどうやらトランプも含まれていたらしく、シャッフルなどのカードの扱いも玄人裸足だし、ポーカーや神経衰弱などは特に得意だ。カードに限らずチェスなども得意にしているところを見ると、どうやらアバンは彼に二人で遊ぶゲームなどは一通り仕込んだのだろう。

 修行の旅をしていたんじゃなかったのかとツッコみたくなるが、ダイも交えて試しに遊んでみたところ、ポップのずば抜けた強さには何度となく驚かされたものだ。
 
『へっへーん、こればっかりは姫さんにだって負けねえぜ!』

 などと、ドヤ顔で調子に乗っているポップが癪に障った――というよりは、ダイが手放しにポップの勝利にはしゃいでいるのにモヤッとしたと言った方がいいかもしれない。

 最初はダイに人間界の常識や遊びを教えるために、暇な時に三人でトランプをしていたのだが、その時以来レオナの目的が変わった。
 なんとしてもポップに勝って、ダイの目を自分に引きつけて見せる! ……そう決意したレオナが散々考え、狙い澄まして挑んだのが今日のゲームだ。

 セブンス――庶民には七並べと呼ばれるトランプ遊びは、多人数でプレイしてこそ盛り上がるカードゲームだ。

 ポップに聞いたところ、彼は故郷の村にいた頃はほとんどトランプをしたことがなかったらしい。まあ、今でこそ大分庶民階級にまで広がってきたとは言え、元々トランプは貴族などの上流階級の遊びだったのだから無理もない。

 酒場などでは人気の遊戯だが、一般庶民なら、割と裕福な家庭でも無ければ子供に気軽に遊ばせるような遊具ではない。それを考えれば、アバンと旅をしている間にこれだけトランプに馴染み、ゲームのコツや遊び方までマスターしたポップの頭脳に恐れ入るが、そここそが付け目だ。

 いかにアバンという名人が弟子にトランプ遊びを仕込んだとしても、二人っきりの旅だったのなら、多人数プレイに対する対策までは教えきれないだろうと言うレオナの読みは、見事に的中したようだ。

 幼い頃からエイミやマリン、時にバダックまで巻き込んでセブンスで遊んできたレオナにとって、セブンズ特有のライバルへの妨害工作はお手の物だ。

 更に言うのなら、対ポップ戦のためにわざわざ三賢者にヒュンケルまで呼びつけ、密かにセブンスの特訓をしていたりもする。その際、気づいた事実だが、ヒュンケルのトランプの腕前はダイとどっこいだったので、アバンも弟子達全員にゲームを仕込んだ訳ではなかったようだ。

 数日に亘る特訓の末、ようやく挑んだセブンスでポップを集中的に邪魔をしまくった甲斐があったというものである。

「こんなん、納得できねーっ。もっかいやろうぜ!」

 意外と負けず嫌いのポップが、再戦を申し出てくる。
 だが、そこもレオナには計算済みだった。
 軽そうに見えてもポップの学習能力は、恐ろしく高い。

 そろそろ、複数相手のゲームのコツも飲み込んだ頃合いだろう。これ以上続けると、返り討ちにされかねない。
 それよりは、ここで勝ち逃げさせて貰おうとレオナはにっこりと微笑んでカードをテーブルに置いた。

「だーめ♪ 最初に決めたこと、忘れちゃったの? 今日はこれが最後の勝負だって言ったじゃない? ふっふっふー、罰ゲームはしーっかりと受けてもらうわよ?」

「げっ……マジかよ? まさかとは思うけど、仕事をこれ以上押しつけるとかじゃねえよなっ!?」

 悲鳴じみた叫びを上げるポップに対して、レオナはコロコロと笑って見せた。

「いやぁねー、人のことをなんだと思ってるの? いくらなんでも、お遊びと仕事を一緒にしたりしないわよー? 安心して、すぐにでもできるような超簡単な、まさにお遊びレベルの罰ゲームなんだから」

「……どうだか」

 心底嫌そうな顔をするポップの隣では、ダイがちょっと心配そうな顔をしている。

「罰ゲームかぁ……勉強とかだったら……やだな」

 小さな声でぼそっと呟くダイが可愛くて胸がキュンとするが、レオナは敢えて乙女心を抑え込み、ポップへと向き直る。

(こーゆー時にこそ、仕返しはきっちりさせてもらわないとね!)

 基本的に、レオナはポップを仲間と思っている。
 最初こそは頼りなさそうだとは思っていたが、今では公私ともに頼りになる存在だと認識しているし、なによりパプニカ王国としてもかかしたくない相手でもある。

 ――が、それはそれ、これはこれ、だ。

 いつもいつもダイと一緒にいて羨ましいだとか、ダイと自分はろくすっぽデートも出来ないのにポップとダイはしょっちゅうどこかにいっているのが妬ましいだとか、そもそも未だに一緒のベッドでよく寝ているのってどういうことなのかとか、恨み辛みは山とある。 

 100%八つ当たりな嫉妬心を、レオナはここぞとばかりに晴らすつもりだった。

「命令よ! ポップ君への罰ゲームはね……ヒュンケルを『お兄ちゃん』って呼ぶことよ!」








「はぁあああああああーーーーッ!?」

 途端に素っ頓狂な叫びをあげるポップに、レオナは顔をしかめた。

「ちょっと、そんなに叫ばないでよ。耳が痛くなっちゃうじゃない」

「いやっ、叫ぶだろ!? なんなんだよ、その罰ゲーム!? 無理ゲーレベルじゃんっ!」

 血相を変えてそう言い張るポップに、レオナは呆れずにはいられない。

「無理ゲーどころか、すっごく優しいでしょ? だって、たった一言ですむんだから」

「そーゆー問題じゃねぇええっ! だいたいっ、なんであいつをおにい……いやっ、その、兄呼ばわりなんかしなきゃなんねんだよっ!? 血縁でもねえし、全然かんけーねえじゃんっ!」

「やぁねー、あなた達って兄弟弟子でしょ? 血なんか繋がって無くても、アバンの使徒という繋がりがあるじゃないの。兄弟子を兄と呼ぶなんて、むしろ自然じゃない?」

 すました顔で、レオナはそう言ってのける。
 その伝で言えば、レオナ自身もダイやポップを兄と呼ぶ必然性が発生するのだが、頭に血が上ったポップはそこまでは気づいていないらしい。

「い、いやっ、でもそれとこれとは――」

 諦め悪く、まだ何か言おうとするポップだが、その時、機械のように正確なノックが響き渡った。

「失礼します」

 そう言って部屋に入ってきた人物を見て、ポップのアゴが最大限に開かれる。
 入室してきたのは、ヒュンケルその人だった。

「な、なななななななな……ッ」

 壊れたオルゴールのように同じ言葉を繰り返すポップに、ダイは不思議そうに首を傾げた。

「ナナナ? ババナ食べたいの、ポップ?」

 全く明後日の方向を向いた勇者の推理に、レオナは微笑ましく耳を傾けてから言った。

「んー、違うと思うわ。『なんでここに?』とでも言いたいんじゃないかしら」

 そう言った途端、ポップが恨めしそうな目でレオナを睨んでくる。ヒュンケルがこのタイミングでこの部屋に来たのが、レオナが予め命じたせいだと気づいたらしい。

 これが吠え面というやつなのかしら、とレオナが内心思った時、ダイがととっとヒュンケルの方へ歩み寄った。

「ねえねえ、ヒュンケル!」

 と、元気よく呼びかけてから、ダイは、あ、違ったと無邪気に笑う。

「じゃなくて、おにいちゃん!」

 その呼びかけに、一瞬、部屋の中が静まりかえる。

「…………?」

 ヒュンケルはわけが分からないとばかりに、わずかに目を見開く。
 ポップとレオナも、予想外すぎるダイの反応に戸惑っていた。

「ちょ、ちょっと、ダイ君、なんであなたが言うの?」

 些か焦ってそう聞くと、ダイはこてん、と首を傾げる。

「あれ? これが罰ゲームじゃないの?」

 きょとんと目を見張るダイが、心臓に突き刺さるぐらいに可愛すぎて、レオナはつい頷きたくなってしまう。良く出来ましたと褒め称え、頭をかいぐりかいぐりしたくなるような可愛さだ。

 が、せっかくのこの機会を逃すわけにはいかないと、レオナは心を鬼にする。

 罰ゲームは、ダイにも有効だ。
 ダイがなんでも言う事を一つ聞いてくれるだなんて滅多にないこのチャンスを、ポップに向けた嫌がらせのついでで流すわけにはいかない。

「それはポップ君への罰ゲームだから、ダイ君のは別なのよ」

 そう言い聞かせると、ダイは素直に納得する。

「あ、そうだったんだ」

「ええ、そうなのよ。ダイ君の罰ゲームは、後でね♪ と言うわけで、ポップ君、どうぞ!」

 そう促すと、ポップは傍目から見てもはっきりと分かる程に顔を引きつらせた。

「っっっっっ!?」

(ああっ、それよっ! その顔が見たかったのよっ♪)

 笑いを必死で噛み殺しつつ、レオナはダメ押しとばかりに小声で唆す。

「ほらほら、早く言っちゃいなさいよ〜? それとも、罰ゲームを変えるのがお望み? それなら好きな人への告白、なーんて罰ゲームはど〜お?」

 そう囁いたのは、意地悪な気持ちばかりではなかった。
 実際、ポップがマァムを好きなのは大戦中から敵にまで知れ渡っていた事実だし、今だって二人の距離感はそれなりに近い。

 ただの仲間と呼ぶには少しばかり近すぎるのに、さりとて恋人と呼ぶには距離を感じる微妙な距離感――ちょっとお節介して、その距離を近づけてあげたいと思うのは、レオナの親切心だ。……まあ、興味本位が混じっていないとは言えないが。

 レオナ的には、ポップがそちらの罰ゲームを望むならそれでもいい。なんなら、マァムを呼んで二人が良い雰囲気になるようにデートのセッティングをしてあげても良いと思えるぐらいには、乗り気だ。

 だが、ポップにとってはそれは最悪以上の罰ゲームだったらしい。
 先程までの顔色が怒りで赤くなっていたとすれば、サッと青ざめた後、ポップはキッとヒュンケルを睨みつける。まるで敵に向けるような殺気だった目を向けられたヒュンケルは……特に反応は見せなかった。

 普通の人間なら怯みそうなものだが、元魔王軍不死騎団長にとっては殺気をぶつけられるなど日常茶飯事なのだろう。それとも、単にポップから睨まれているのに慣れているだけなのか、ヒュンケルは全く動じた気配すら見せない。

「なにか用か、ポップ?」

 平坦なその問いかけに、ポップはヤケクソのように怒鳴る。

「ああっ!! いいかっ、耳の穴かっぽじってよく聞いとけよっ!」

 そう言ってから一度、大きく息を吸い込み……ポップは声を張り上げた。

「『お』たんこなすっ
 『に』やけヅラが気にくわねえっ、
 『い』ちゃついてんじゃねえぞっ、
 『ち』、痴漢野郎っ、
 『や』……っ、闇戦士っ、
 『ん』ーーーっ」

 冒頭部分だけヤケに大きくはっきりと、そしてやたらと早口にそう言い捨てたかと思うと、ポップはひらりと身を翻して窓から外へ飛び出してしまった。

「あ、待ってよ、ポップ!?」

 その後を、ダイが追って飛んでいく。トベルーラが得意な二人は、あっと言う間にいなくなってしまう。
 部屋に取り残されたのは、レオナとヒュンケルだけだった。

(ポップ君ったら……!)

 あまりにも往生際の悪いポップの言い捨てっぷりに、レオナは呆れ果ててしまう。が、ヒュンケルは特に反応を見せなかった。2、3度瞬きをして、飛んでいった二人を見送り……それから、レオナに向き直って問いかけた。

「ところで、何の御用ですか? エイミから、この時間ぴったりにくるようにと言われたのですが」

 心底不思議そうにそう聞いてくるヒュンケルに、レオナはさっきとは違う意味で呆れたくなってきた。

(この人もこの人よね〜。ほんっと変なとこでトコトンにぶいっていうか、なんていうか……エイミが気の毒になってくるわ)

 こっそりと、レオナはため息をついた――。   《続く》 

  
 

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