『思いがけないラスボス ー前編ー』 |
「えっと、本日はお日柄も良く……いや、これだとなんか変だよなー、今日、曇りだし。こ、こんにちは、お久しぶり……って、これだと普通すぎだよな、改まった感じが全然無いし! いっそズバッと言うべきなのか? お宅のお嬢さんをください……っ! 一生、お嬢さんを守りますから! ――って、マァムの方がずっと力が強いのに、そう言うのもなんか変か? うわぁああっ、いったいなんて言えばいいんだよっ!?」 頭をガシガシ掻きむしりながら一人で大騒ぎしている恋人を、マァムは至って冷静な……というか、生ぬるさを伴った目で見守っていた。見守るだけでなく、自分の足下なんか全く見ていないせいで危なっかしい恋人が木の根っこに躓いて転びかけたのを、しっかりと支える。 「ちょっとポップ、危ないじゃない。どうでもいいから、せめて足下ぐらい見て歩きなさいよ」 「いやっ、どうでもいいわけないだろっ!? なんたって、これからおまえのお袋さんに『お嬢さんをください』って言いに行くんだからッ!」 やたらめったら緊張しまくっているポップは、歩き出そうとしてまたコケかけている。 (……いっそ、担ぎ上げて運んじゃった方が早いかしら?) 内心ため息をつきつつ、マァムはポップを支えるついでに手を繋ぐ。指と指を絡める恋人繋ぎ――なんて甘さなど欠片もない、手首をガッチリと掴むそれは、要救助者の腕を取るそれに近い。 「お、おいっ、マァム、いきなり何すんだよ!?」 「何って、ただ手を繋いだだけじゃない」 あっさりと答えるマァムには、なぜポップが騒いでいるのかなど分からない。 なにしろ、二人の関係は恋人……しかも、結婚も約束しあった関係だ。付き合いも長いし人前で言えることではないのだが、すでにアレコレと致してしまった仲でもある。それを思えば、手を繋ぐ程度で何を騒ぐ必要があるというのか。 さらに言うのならば、ここは人前でも何でもない。 そして、魔の森育ちのマァムにしてみれば、森を歩く際、年下の同行者と手を繋ぎ合うのはある意味で当たり前だった。 「いい? 手を放しちゃダメよ、森で迷子になったりしたら危ないんだから」 森では、迷子になるのはほんの一瞬で事足りる。 「なんだよ、ガキ扱いすんなっていっつも言ってんだろっ!」 と、むくれるポップを見て、マァムは笑いを噛み殺すのに苦労する。 (ホント、子供みたいなんだから……) 今年で18歳になるポップは、パッと見たところとてもそうは見えない。大戦時とほとんど印象の変わらないその姿は、知らない人がみたとすればせいぜい15、6歳程度だろうか。 年から言えば、とっくに青年だろう。 ポップの成長が遅い理由を、マァムは知っていた。 その事に関しては、本人よりもマトリフやアバンの方が心配していたようだが、一年ほど前から徐々に成長が再開しはじめたらしいので、その心配はどうやら杞憂で終わったらしい。 今のポップはまだ年相応とは言えないが、これぐらいなら個人差の範疇と言える。元々自分の方が年上なこともあり、マァムはそれを特に気にしたことは無かった。 が、ポップの方はそれをやたらめったら気にしているのだが。 (そんなに、気にすることなんかないのに) その本音と一緒に、マァムは笑いを噛み殺す。 だが、この先、10年、20年が経てば、そんなのは誤差の範囲内だろう。この先もずっと一緒にいるのだから、問題など無い――少なくとも、マァムはそう思っている。 「とにかく、もっと気楽にしてよ。家には母さんしかいないんだから」 マァムとポップが付き合っていたことだって、前々からレイラは知っているし、むしろ早くくっついちゃいなさいよと何度も笑いながらけしかけられていたぐらいだ。 マァム的には、何一つ問題など無い。 「いや、だからこそお袋さんからたった一人の家族を奪っちゃうみたいで、気になるし……まあ、マァムの親父さんがいないってのはある意味でラスボスがいないダンジョンみたいなもんだし、そこは気楽っちゃあ気楽なのかもしんないけどさ」 そう言ってから、ポップは大慌てで付け足した。 「あっ、悪い、別におまえの親父さんがいないのがいいって言ってるわけじゃねえんだ!」 その慌て振りを見つめながら、マァムは気にしていないとの意味合いを込めて微笑んだ。 確かにマァムの父親であるロカは、若くして亡くなった。 家族としての愛着や思い出を残したまま、ロカの存在は暖かくも遠い記憶となっている。 マァムの記憶の中にいるロカの姿は……悲しいことに、もううっすらとした思い出に過ぎない。小さな頃にはひどく大きな存在と思えたものだが、実際に彼が残した衣装やレイラの話から聞けば、アバンとほぼ同じぐらいの体格だったようだから、そう大男だったわけではないようだ。 声が大きくて、いつも元気な人だった……ような気がする。 「もし、父さんが生きていたら……ポップとのこと、祝福してくれたかしら?」 少しセンチな気分に浸るマァムだったが、ポップの返事は予想外の物だった。 「どーかなぁ? マァムの親父さんって、戦士だったんだろ? 『娘は絶対にやらん!』とか、言われそーな気がするんだよなぁ〜。『娘が欲しかったら、オレを倒してみせろ!』ってな感じにさ」 大袈裟な口調で身震いしてみせるポップに、マァムはつい吹き出してしまう。 「もう、ポップったら!」 口では責めるようなことを言いつつも、マァムは笑顔を浮かべていた。 会ったばかりの頃はただのお調子者としか思えなくて、そんなポップに腹立たしい思いをさせられることが多かった。 ……が、随分経ってからようやく気づいた。 それに気づいてしまった後は、もう、手放せないと思った。 最後の戦いでダイがいなくなってしまった後、笑顔と明るさを振りまきながら誰よりも熱心に親友を探すポップが、夜に泣きながらうなされているのを見て、とても放っておけなかった。 その後、ポップとそんな関係になるのには……まあ、なんやかんやとあったものだ。 こうやってレイラに結婚の挨拶を申し込むのに、三年もかかってしまった辺りに、ポップとマァムの恋愛の生半可ではない起伏っぷりが現れている。だが、色々あったとは言え、とにかく、ポップもマァムもようやく覚悟を固めた。 ……正確に言うなら、マァムの方はとっくに覚悟を決めていたのに、ポップの踏ん切りが遅かっただけなのだが。 今日は、その第一歩だ。 正直、ポップの瞬間移動呪文で飛べば一瞬で着くのだが、まだ心の準備が着かないだの何だのとゴチャゴチャ言うポップに付き合って、歩きで移動しているところだった。 (まったく勇気の使徒の癖して、ほんっと往生際が悪いんだから……) 半ば呆れつつ、マァムは声を殺してくすくす笑う。 「さ、行きましょう、ポップ」 繋いだ手に少しばかり力を込めて、マァムはポップと並んで歩き出した。
引きつりまくった表情で、ポップは小さく呟く。 あの頃は隙さえあれば、恥も外聞も無く逃げ出していたものだが……さすがに、今はあの頃よりは成長したらしい。 しかし、そのノックのせいで戸は呆気なく開いた。 まして、マァムの家の扉は直す人もいないせいで、かなり劣化していた。一応は閉めておいたつもりでも、ちょっとした衝撃で自動的に開いてしまう。 「おっ、おじゃましますっ、おばさんっ! 本日は大切なお話が……っ」 マァム宅の扉事情を知らないポップが、扉を開けたのがレイラと決めつけたのは無理もないだろう。 しかし、開いた扉の先に人影は無かった。 料理用のオーブンがそのまま周囲を温めるストーブ代わりになり、一家団欒を過ごす場所になる作りだ。 しかし、今、ポップとマァムの目に飛び込んできたのは予想を裏切る光景と、人物だった。 ストーブの近くに屈み込んでいたのは、明らかに男性だった。 ポップの声に応じて振り返った男の表情にはかすかな驚きが浮かんでいたが、ポップやマァムの驚きっぷりはその比ではなかっただろう。特にポップなどは口をあんぐりと開け、それこそ目玉が飛び出しそうな表情で驚愕していた。 まあ、マァムの方も驚きっぷりに置いては似たり寄ったりだったかもしれないが。 「え……な、なんで――」 驚きのまま問いかけたその言葉が、ポップの詰問と重なる。 「なんでっ、てめえがここにいやがるんだよっ、ヒュンケルッ!?」 そう、そこに居たのは紛れもなくヒュンケルだった。 (あれは、父さんの……!) ロカが昔着ていた服を、レイラは手放すこともなくそのまま大事にしていた。何枚かはマァムの普段着へと手直ししたが、それ以外の服は箪笥にしまい込んで大切にしまい込んだままにしていたはずだ。 その服を、ヒュンケルはごく当たり前のように着ていた。当惑したような表情でマァム達を見やるヒュンケルは、逆に質問してくる。 「それに答える前に……お前達こそ、今までどこに行っていたんだ?」 口調は静かだが、その声音にはやんわりと咎める様な声色が感じられた。 「そんなの、おまえには関係ないだろっ!? いいから答えろよ、なんだっておまえこそ勝手に人の家に入り込んでるんだよっ!?」 「……それは、おまえの方だと思うのだがな」 困ったように、ヒュンケルが苦笑する。その表情を見て、マァムは意外に思った。 (なんだか……いつもと、違……う?) どこがどう、と言えるほどの変化ではない。 「いやね、何を騒いでいるの、ヒュンケル?」 扉を開けて入ってきたのは、レイラだった。 (えっ……!?) 若返ったような――真っ先に、そう思った。 だが、今、目の前にいるレイラは――驚くほど若く見える。 しかし、生き生きとした表情が、わずかに小首を傾げたその仕草がやけに可愛らしく、レイラを若返らせている。それに、ヒュンケルへの呼びかけも驚きだった。 とっさにマァムが思いだしたのは、エイミの声だった。 仲間達がヒュンケルと呼び捨てるのは何も気にならなかったのに、エイミが彼の名を呼ぶのを聞いた時は、妙に胸の奥がざわめいて落ち着かない気持ちにさせられた。 時間が経つにつれその気持ちは落ち着き、今ではすっかりと忘れてしまっていたが――他ならぬ自分の母親からのヒュンケルへの呼びかけに、その時の記憶を思い起こさせられる。 「え……、あら、マァム? まあまあ、ポップ君も来ていたの?」 部屋に入ってきたレイラがマァム達を認めて、ちょっと焦ったようにそう言った。 「いやだ、まだ何も話していなかったのに……、まさか、こんな急に、ええっと、なんて説明すればいいの……!?」 顔をわずかに赤らめ、いつになく焦ったように見える母を、マァムは可愛いと思ってしまう。と、そんなレイラの側にヒュンケルがスッと寄り添った。 レイラのその距離感は、マァムにとって初めて見るものだった。 そんなレイラが、今、逃げる素振りも見せずにヒュンケルの腕の中にすっぽりと収まっている。それは、一対の絵の様に様になる光景だった。 「説明なら、オレがしよう」 そう母に話しかけるヒュンケルの微笑みを見て、マァムはさっき感じた違和感の正体を知った。 今のヒュンケルは、表情がずいぶんと和らいでみえる。 強いのに、悲しそうで……寂しそうで、目の離せない人――マァムにとって、ヒュンケルはそんな男性だった。 だが、今のヒュンケルはどこかが違って見える。 「マァム」 改まって名前を呼ばれ、どきんと心臓が跳ねる。その鼓動が収まらぬうちに、ヒュンケルは静かな声で爆弾発言をかます。 「聞いて欲しい。オレはおまえの母、レイラと……結婚したんだ」 《続く》 |