『五色の光 ー後編ー』

  
 

「あれは……っ!?」

 驚愕のあまり、アバンは棒立ちになってそれを見上げていた。
 これほどの距離を置いても、その光の柱は鮮明だった。どこまでも白く、汚れのない眩い光は柱となって地上から空へと一直線に立ち昇った。
 その光の柱は、巨大な鳥の中心部まで到達していた。

 そして、すぐに続いたのは青い光だった。青空にも似た色合いはひどく澄み切っていた。しかし、空と紛れることなく一直線に立ち昇り、やはり鳥の中心部へと届く。

 間を置かずに輝いた光の柱の色は、今度は赤だった。どこか柔らかみを帯びた赤い光の柱もまた、一直線に鳥の中心部を捕らえる。

 続いて上がった光の柱は、紫色だった。高貴さ、というよりは孤高じみた輝きを持った光も、やはり鳥の中心部へと立ち昇る。まるで、絶対に逃がさないとでも言わんばかりに――。

 続け様に一色ずつ上がっていく光の柱は、ここからでも感じ取れるほどの神聖さに満ちあふれていた。

(高位の僧侶……? いや、最低でも賢者級か……!)

 この瞬間、アバンは地上にいる者達が人間――もしくは、人間に味方をする者達だと確信した。

 魔族は高度な魔法力を持ち、人間では使用不可能な高位魔法も容易くこなせる者も多いが、その代償のように神聖系の魔法を苦手とする。時に、あんな風に大がかりな儀式めいた神聖魔法を使える魔族など、まず、いない。

 そして、四色まで色が揃ったことで、アバンはようやくこの呪文の正体に思い至った。

(これは……間違いない、大破邪呪文だ)

 破邪系の呪文の中でもとりわけ有名な伝説の秘呪文、ミナカトール。
 名前こそは知っていたが、アバン自身は習得しようとは思わなかった魔法の一つだ。

 マニアと呼べるぐらいに呪文に対する関心が高く、本来なら習得出来ないほど取得条件の厳しい呪文も熱心に研究するアバンでさえ、諦めてしまった呪文はいくつかある。

 破邪の呪文を得意とするアバンだが、ミナカトールは使いどころが極端に限られる呪文なだけに、進んで覚える気にはなれなかった。

 それは、ミナカトールが単体呪文ではなく集団呪文だったからだ。なにしろ複数の人間で使うことが前提となるため、協力者が揃わなければ無意味な上、効力もハッキリとはしていない。邪悪なる者の動きや封印を弱めるとされているが、どの程度効き目があるのか明記された資料は見つからなかった。

 それに、共に呪文を唱える仲間を揃える気にもならなかった。
 その呪文のことを知ったのが若い頃――魔王ハドラーと戦う前だったのなら試したかも知れない。

 しかし、アバンがミナカトールのことを知ったのは、戦いが終わってから何年も経った後……更に言うのであれば、親友で、最高の仲間でもあったロカ――彼が亡くなった後でのことだった。

 もう、自分には使えないだろうなと思い、研究する気さえ無くした。破邪の洞窟の25階にあるという確実な情報はあったし、アバン自身も破邪の洞窟探索中にミナカトールの魔法陣を発見したが、敢えてそのままにして通り過ぎた。

 なのに、まさか、その秘呪文を発動させる者がいようとは――。
 誰が、あれを施行しているのか……真っ先に頭に浮かんだのは、マトリフの姿だった。

 だが、すぐに彼の体調を思い出して、それはないだろうと打ち消す。いかに才能に溢れている彼でも、年ばかりには勝てないだろう。それにアバンと同じ理由で、マトリフもまた、ミナカトールを唱える仲間を集められないはずだ。

 それに、魔法にはマトリフらしさが全く感じられなかった。
 同じ魔法を使っても、術者により微妙な個性が発生する。

 どんな魔法でもなんなく使いこなすマトリフの腕では、文句なしに一級品だ。施行に時間のかかる儀式呪文でも、安定して組み上げていく。その魔法技術は絶品で、まさに芸術と言っていい効果を発揮する。

 しかし――今、構築されているミナカトールは、どうにも未熟さが感じられた。たどたどしいと言うか、使い慣れていない雰囲気がここからでも感じ取れる。
 現に、四色まで立ち昇った光の柱は、そこで動きを止めてしまった。

(失敗……? いえ、まだ術は続いてはいますね……)

 複数人で行う儀式呪文の鉄則は、出来る限り短時間に連続して唱えることだ。たとえ大半が成功させたとしても、誰か一人でも途中でつまずけば、呪文は本来の威力を発揮しない。

 失敗すると分かったのなら、即座に術を中断するのも、この手の儀式呪文の定石だ。

 そもそも儀式魔法自体、戦場で使うような代物ではない。
 神殿のように、安全を確保出来る上に呪文の増幅作用のある場所で行うのが一般的だ。

 しかし、あの魔法の使い手達は、そうはしなかった。
 おそらくは危険を承知の上で、大魔王との決戦を挑むつもりなのだろう。全部で五色の光が上がるはずの彼らが何者なのか……アバンは改めて光の柱を見つめ直す。

(確か……、ミナカトールの根源となる魂の力で判明しているのは、勇気、正義、闘志、愛――でしたか)

 ミナカトールの古文書には、詳細な図式も一緒に添えられていた。しかし、残念なことに劣化が激しく、読み取れない部分も多かった。
 五つの魂の力の内、一つだけは読み取ることができなかったが、残り四つはきちんと記録に残っていた。

 しかし、どの魂の力がどの色を宿すのかの部分はかすれて、読み取れなかった。辛うじて、勇気の色は緑色だとは分かったが、分かったのはそれだけだ。
 だが、アバンしか知らないこともあった。

(あの赤い色は……もしかして――)

 脳裏をよぎったのは、ずいぶん長い間、顔も見ていない弟子……マァムの姿だった。
 母親のレイラによく似た可愛い顔なのに、髪の色や気性はロカにそっくりで、生真面目で心優しい少女だった。

 彼女に与えた輝聖石が何色に光るか、アバンはすでに知っていた。輝聖石もまた、魂に呼応して色づく宝玉だ。心のあり方により色が決まり、その心を強く持つことで清濁が変化する。

 心に迷いや悪意が強まれば色が濁り、逆に正義の心が強まれば色は澄み切った鮮やかさに満ちる。

 マァムの場合、幼いながらも、卒業の際にマァムの輝聖石はかすかにだが光っていた。本人も気づかないぐらいの淡く、かすかな輝きだったが、それはマァムの髪の色を思わせるような淡い色だった。

 薄紅色とでも言うべきか、澄んで綺麗ではあったが、ぼんやりとした淡い色合いなのは、あの当時のマァムの心そのものだった。

 それも、無理もない話だろう。正義感も優しさも持っていたが、あの頃のマァムには覚悟が足りていなかった。人を傷つけるかもしれない武器が怖いと、泣き出してしまった少女の優しさをアバンは思い出す。

 両親から恵まれた資質を受け継いだあの少女は、すでにあの年齢で兵士並みの実力を有していた。回復魔法においても、初級僧侶としての実力もあった。なのに、その力にまったくおごることなく、むしろ戦いを厭う心を持っていた。

 普通の村娘として一生を送るのであれば、その気質に何の問題も無い。
 だが、アバンにはマァムがそうするのは難しいだろうと分かっていた。なぜなら――あの娘は、優しすぎたから。

 かつてのロカがそうだったように、マァムは困っている人を見捨てては置けないお節介さがあった。優しすぎて、人の苦境を見過ごせないのだ。その結果、自分の身も省みずに他人を助けるために飛び出してしまう気質も父親ゆずりだった。

 なまじ、そこそこは戦えるだけの能力を持っているだけに、マァムが先々、人助けしようとして苦労するのは目に見えていた。

 だからこそアバンは、マァムに自らを守り、他人にも手を差し伸べることのできるよう、武術の基礎を教え、魔弾銃を授けたのだ。その後、マァムと会う機会は無かったが、親友の娘である彼女の成長を、アバンは心から願っていた。

 持ち前の優しさを、失って欲しくはない。
 その上で、戦う力と覚悟を身に着けて欲しいと願った。

 いざという時は、他者を傷つけたとしても戦いぬく覚悟――その決意こそが、魂の色を深くする。
 あの、真っ直ぐで優しい子がその心を持ったまま成長すれば、その色はもっと鮮やかに、赤く光るだろうと思ったものだ。

 そんなアバンの想像そのままに、五色の柱の一色は鮮やかな赤い光を放っていた。
 強く、濃く、それでいてどこか柔らかみのある赤い色合いは、アバンが理想とした愛の象徴の色だ。

「マァム……あなた、なのですか?」 

 思わず口をついて出た言葉に、返事などない。
 だが、四色の光の柱の一つに思い当たった結果、連想できた思い出があった。

「まさか、ヒュンケル……」

 忘れようにも忘れられない、目の前で失ってしまった弟子だった。
 アバンにとっては一番弟子であり、別れたあの日から一日たりとも彼の存在を忘れたことなどない。生死不明のままだが、せめて生きていて欲しいと心の底から何度願ったことか。

 すがるような思いで、アバンは紫の光の柱を見上げた。ちょうど、青と赤の柱に挟まれた紫の柱は、澄み切った光を発していた。
 その色合いはアバンの思い出の色と、似ているようで似ていなかった。

 ずっと昔……ヒュンケルが夢でうなされていた時にこっそりとかけて確かめて見た輝聖石は、もっと濃い……正直に言えば、どす黒いほどに深みのある紫だった。

 あまり知られていない事実だが、輝聖石を光らせるのは無意識状態の方がやりやすい。悪夢にうなされた半覚醒状態だったヒュンケルは、アバンの予想以上に強い魂の光を発した。

 だが、強さとは裏腹に、その色の濁りが問題だった。
 マァムとは逆に、ヒュンケルは戦いへの覚悟だけが突出した子だった。ヒュンケルが自分に対して強い復讐の念を抱いていることは承知していたが、その恨みが彼の色を濁らせていた。

 だからこそ、アバンはずっと願っていた。
 マァムとは逆に、色の深さはそのままに、澄んだ透明感を取り戻して欲しい、と。

 戦士として生きるのなら、戦いへの執着や渇望を持つのはある意味で当然だ。純粋なる戦いへの思い――言わば、闘志は戦士にとってなによりの武器となるだろう。

 しかし、強すぎる復讐の思いは、決してヒュンケルを幸せにはすまい。
 闘志はそのままに、だが、他者への思いやりや自らの幸せを思う気持ちを思いだして欲しい――あの頃からずっと、アバンはそう思っていた。

 そうすれば、黒に近いほど濃く染まっていた紫色は、本来の澄み切った色合いを取り戻してくれるだろう、とも。

 今、アバンの目に映っている紫色は、まさに思い描いた理想の闘志の色合いだった。

 凜とした美しさには、どこか人を突き放すような冷たさが見え隠れする。だが、その孤高の美こそが、かえって人の目を惹かずにはいられない色だった。
 じっと光の柱を見つめていたアバンだが、その色がわずかにぼやけるのを感じて、慌てて目を擦った。

(いけない、今は私情にかまけていられる時ではありませんでしたね……!)

 遠い昔に見た、弟子を思わせる二色に気を取られすぎてしまった。弟子の成長や再会につい思いを馳せてしまい、感情的になってしまった。

 冷静にならねばならないと、アバンは自分に言い聞かせる。現段階では、まだ、ミナカトールの施行者の中にマァムとヒュンケルがいるかもしれないという、可能性があるだけだ。
 残り三人の正体は、見当すらもつかない。

 しかし、アバンは自分の弟子達への期待を込めて、白と青の光の柱を見つける。

(どちらかが、ダイ君……だと良いのですが……)

 その色合いのどちらがダイだと言い切れるほど、アバンはダイを知らない。
 なにせ、わずか三日しか教えを授けることができなかったのだ。明るくて元気いっぱいの性格だとは承知しているが、その本質を見切ったと言えるほどの時間は、残念ながらアバンには無かった。

 しかし、アバンが教えを授けた中で一番の資質を感じさせた弟子が、ダイだった。

 伸び代が凄まじく、いずれ自分を超えるだろうと弟子入り初日に既に確信できたものだ。しかも、真面目で修業熱心で、アバンの教えを素直に受け入れるだけでなく、積極的に剣の修業に打ち込んでいた。

 ただ、惜しむらくは魔法は不得手なようだったし、座学も今一歩飲み込みが悪かったが……その点は、アバンはあまり心配していなかった。
 ポップがいれば、その点は補えると思ったからだ。

 修業嫌いの上に勉強もあまり熱心とは言えなかったポップだが、魔法の素質に加え、学習能力と記憶力の高さは大したものだった。適当なようでいて、アバンが教えたことや、それまで見聞きしたことは驚くほどにきっちりと覚えている。

 その知識は、修業途中だった未熟な勇者をサポートしてくれるだろう。
 そして、アバンはポップの性格も熟知している。お調子者で、逃げ癖のある困った子だが、根はお人好しで面倒見もよい。マァムと違った意味でお節介なところのあるポップは、親しみを持った相手には甘くなる傾向がある。

 それを見越して、アバンはポップに、兄弟子として弟弟子の面倒を見てあげなさいと諭した。まあ、理想に反して、ダイとポップはどう見ても友達としか言いようのない感じだったが、そのまま仲良くなってくれれば良いと思い、口を出さなかった。

(ポップは……あそこにいるのでしょうかねえ?)

 せめて、ポップがあの場にいるのなら。
 それなら、ダイもあそこにいると思えるだろう。そして、二人の弟子が居るのなら、奇跡的にもアバンの四人の弟子達が勢揃いした可能性を信じることも出来る。

(まぁ、それは……さすがに、都合が良すぎるかも知れませんね)

 脳裏に思い浮かべたあまりにも理想的な可能性に、アバンは思わず苦笑する。

 世界の危機を目前にしているというのに、夢物語に等しい可能性を思い浮かべてしまった自分の甘さに、ほろ苦い思いが込み上げてくる。
 ――それは、あまりにも理想的な可能性だ。

 感情や希望的観測を捨てて、理性的に判断するのなら……弟子達の辿った別の未来も予測できてしまう。

 まず、ヒュンケル。
 ヒュンケルの強襲を受けたアバンは、反射的に反撃してしまった。彼の攻撃があまりにも鋭すぎたため、手加減する余裕もなかった。自分の攻撃が致命傷とまで言わなくとも、相当なダメージを与えてしまったという自覚はある。

 重傷を負った状態で、ヒュンケルは激流の川に落ち、そのまま流されてしまった。

 後に、さんざん川沿いを捜索したが――あの状況で一番考えられるのは、ヒュンケルがそのまま死亡してしまった可能性だ。死体が川のどこにも打ち上げられず、海まで流されてしまった……それは、アバンを長年苦しめつつも否定出来なかったヒュンケルに関する可能性だった。

 そして、マァム。
 マァムの母、レイラは、娘に戦いを望まなかった。

 本来、レイラになら軽い回復魔法の教え以上に、娘にもっと実践的な教育を受けさせることができたはずだ。しかし、自分の本業も秘めたまま、レイラはマァムの母親であり続けた。

 レイラには、積極的にマァムを魔王軍との戦いに送り出す意志は無かったのだろう。

 マァム自身も、戦いを好まない性格だった。
 あの頃はロカの血を強く感じていたが、成長するにつれて性格が変化するのはよくあることだ。

 ロカが鬼籍に入ったため、マァムは母親のレイラと二人暮らしをしていた。母のレイラ譲りの冷静さ、判断力が身についたのなら、ロカ譲りの無謀さも身を潜めるかもしれない。

 それにあの頃から、マァムはネイルの村を守りたいだけだと言っていた。その願い通り、今も村を守りながら静かに暮らしている可能性もある。

 それは、ダイにも言える可能性だ。
 ダイは最初に会った時、自分の生まれ育った島の仲間や育ての親であるブラスを見捨てるなんて嫌だ、と言っていた。

 彼にとって一番大事なのは、紛れもなく故郷の島と家族だろう。
 だが、パプニカ王女レオナ姫の友達だからこそ、彼は友達を助けるために力を付け、島の外へ旅立とうとしていた。

 考えるのも嫌な話だが……その目的が無くなれば、ダイが島を出る理由もなくなる。カールやベンガーナで軽く情報収集した中で、パプニカ王国が滅亡したという噂は、少なからずあった。

 もし、その噂が本当で……最大の目的を失ったダイが、変わらぬ熱意で打倒魔王を果たそうと思うかは、定かではない。

 それに加えて、マホカトールの結界の張られたデルムリン島でなら、仲間も家族も無事にすごせるのだ。ダイが戦いを諦め、生まれ育った島を大切に守っている可能性――それがどのくらいの比率なのかは、アバンには判断できない。

 ダイの性格をはっきりと断言できるほど、深く関われなかったことが悔やまれる。
 それとは逆に、深く知っているからこそ、悪い可能性を否定出来ないのがポップだった。

(あの子は……あと一歩を、踏み出せたでしょうか?)

 いつもいつも、あと一歩を踏み出せずにオタオタしてしまう――それが、教師としてのポップへの評価だ。

 素質はあるのに、ポップは性格的にどうしても詰めの甘さが出てしまう。やれば出来る子なのに、徹底的にやろうとしないのだ。少し難しい課題からさえ逃げまくる困った子だ。

 課題でさえそうなのに、戦いならば尚更だ。
 アバンがついていた時でさえ、ポップが実戦を嫌って逃げることはちょいちょいあった。正直に言ってしまえば、ポップがあの後、逃げ出してしまった可能性は否定しきれない。

 それに、ポップは人の好き嫌いが激しい。
 一度、心を許した相手に対しては情の深い性格ではあるが、口が悪くてそそっかしいだけに初対面の子といきなりケンカするなんて、日常茶飯事だった。

 少なくとも修業中の三日間はダイとは仲良くやっているようだったが、アバンが望んだように兄弟弟子として強い絆を結ぶまで至ったとは言い切れない。

 兄弟弟子に対する深い思い入れが無ければ、ポップにとってはダイやマァム以上に、魔王軍と戦う理由などない。逃げ癖を発揮して、そのまま逃げ出したと否定出来ないのが悲しいところだった。

 それに、元々が家出少年だったポップには、ちゃんと実家がある。
 魔王軍の復活を知って、家族を心配して故郷に戻ったとしても、責めることはできない。

 師としては、いつだって踏ん切りのつかない手のかかる弟子の背を、押しやってでも先へ進ませてやりたかったのだが――。
 アバンが最悪の可能性を噛みしめていた時、最後の光が強く輝いた。

「――――!?」

 最後の最後に、強い光を放って立ち昇った光の柱の色は、緑色だった。
 鮮やかで、澄み切った色合いの、若葉を思わせる深緑――それも、アバンの記憶の色と似ているようで似ていない色だった。
 しかし、それを見た瞬間、アバンは確信していた。

(ポップ……!)

 勇気の資質を持った、魔法使いの少年。
 ポップが弟子入りした初日のことだった。試しに、魔法契約をやらせた時に、お守りだと騙して輝聖石を首に提げさせてみた。淡くて濁った緑色の輝聖石の輝きを見た時の驚きを、アバンは忘れたことはない。

 勇者が持つに相応しい魂の輝きを持った魔法使いだからこそ、アバンは気長に育てようと決めたのだ。残念ながら、アバンの期待に反してポップの成長は至って遅く、やきもきさせられることばかりだったが。

 それでも、ポップの素質はずば抜けていた。
 長い間、もだもだと悩んでためらった挙げ句、思い切った途端に目を疑うような成果を見せることも少なくなかった。その踏ん切りの振れ幅の大きさには教師としてずいぶん悩まされたものだが、今となってはそれさえ懐かしい。

 なぜなら――その踏ん切りの悪さがあったからこそ、あの緑の柱がポップのものだと確信できたのだから。

「相変わらず、困った子ですねぇ……」

 アバンが知らず知らずのうちに浮かべる微笑みは、どこか柔らかいものだった。

 光を立ち昇らせるのに一番手間取ったのに、いざ、五色の光が揃ってみれば、緑色の光こそが一番、魔法力が高かった。おまけに、その魔法力には神聖系の力も感じられる。

 だが、その事実にはアバンは驚かなかった。
 ポップは魔法使いだが、以前、勝手にアバンの持っていた書物を見て、僧侶系の魔法契約を実行したことがある。

 ろくに古文を読めなかったせいで、一番強そうだと思った呪文にした結果……メガンテの呪文だったのには呆れたが、ポップに賢者の資質があるのはその時から分かっていた。

 それ以降、回復呪文などの安全な呪文契約も勧めたのだが、嫌がって魔法契約もあまりしたがらなかったのだが――どうやら、ポップは吹っ切れたらしい。

 うだうだ悩むくせに、一度、思い切って飛び出せば、あと一歩どころか一気に一〇歩も百歩もジャンプしてみせる困った弟子の姿を、アバンは思い浮かべる。その隣には、当然のようにダイの姿もあった。

 今なら、理想の可能性を信じることができる。
 ポップが居るのなら、ダイもきっとあそこに居る。そして、自分の教えのままに兄弟弟子達が集い、今こそ大魔王に挑もうとしているのと。

 五色の光が揃った光の柱は、一際強い光を放つのが見えた。ミナカトールの完成だ。

 伝説では、大破邪呪文は効果範囲内のありとあらゆる邪悪を滅したと言うが、実際にはさすがにそこまでの威力はなかったようだ。しかし、それでもその輝きは巨大な鳥型の浮遊城全体を包み込む。
 次の瞬間、五つの小さなきらめきが空へと昇っていったのが見えた。

(あれは、ルーラか……!)

 アバン自身、あの浮遊城に何度となくルーラを試したが、全て、結界に弾かれてしまった。しかし、ミナカトールの効果により、その結界は消滅したらしい。

 と、なれば、今が最大のチャンスだ。
 地上で戦っている者達の存在や正体も気になるが、最優先は大魔王との決戦だ。全員がそうではないかもしれない可能性もあるとは言え、弟子達が先陣を切った今、師匠としてそれに後れを取るわけにはいかない。

 じっと、鳥状の浮遊場を見据え、アバンは右翼部分に目をつけた。
 ルーラの軌跡を見た限りでは、彼らは鳥の頭部分へと向かったようだ。気持ち的には自分もそこに飛んで合流したいところだが、これは願ってもない陽動のチャンスだ。

 敵も、今のミナカトールやルーラに気がつかないはずがない。当然、なんらかの手を打ってくるだろう。

 だが、その隙が最大のチャンスとなる。
 敵の目が薄く、尚且つ、合流しやすい場所へ飛び、少しでも浮遊場の構造や内部侵入が可能かどうかを確かめておきたい。弟子達を劣り代わりに使うようで心苦しいが、調査に関してはアバンもそれなりの自信がある。

 戦闘力では魔王ハドラーにさえ及ばなかったアバンは、戦力としてでは無く、情報調査やサポートに徹する方が役に立つはずだ。

(まずは、自分に出来る最善を尽くさなければなりませんからね――)

 あれが本当に弟子達か確かめたい、一刻も早く会いたいと逸る気持ちを抑え、アバンは浮遊城を見据えながらルーラの呪文を唱えた――。  END


《後書き》

 アバン先生は、いつからダイ達がバーンパレスにいることを知っていたのか?
 と言うのは、連載時から悩んでいた疑問でした。

 瀕死のポップとハドラーを助けて颯爽と登場! には心が痺れるほどに感動しましたけど、アバン先生が実はダイ達の苦境を知りつつ、フローラ様とこっそり連絡を取りつつ狙っていたのなら、やだな〜と、ずっと思っていたものです。

 幸いにも、最終回でアバン先生とフローラ様がグルだった説がなくなってホッとしましたが、それならそれで、アバンがどう動いた結果、バーンパレスにダイ達が居ると知り、あのタイミングで合流したのかという疑問が残ります。

 その隙間を自己流に埋めたのが『夢であるように』と、この『五色の光』です♪

 レオナの破邪の洞窟でのミナカトールで決戦の時が近いと知り、バーンパレスとミナカトールを遠くから実際に見て、そのタイミングでバーンパレスにルーラしたと踏みました。

 合流するより先に、バーンパレス内部に侵入する方法や、大体の構造を調べてるのに手間取ったせいでタイミングが遅れた、という解釈です。

 そして、ダイとハドラーの決闘の最後の一撃の余波を遠くで見て、慌てて駆けつけたものの、すでにキルバーンのキルトラップ発動中だった……と言う流れだったと考えています。

 ええ、これならアバン先生は狙って出てきたわけじゃない! ……はずです(笑)


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