『もう一つのクリスマス ー中編ー』

  
 

 ポップの実家は、さして広い家ではない。
 柔らかい陽光の差し込む台所と、食堂も兼ねた居間は半ば繋がっているし、さらにその居間から武器屋に繋がる扉を開け放てば、店のカウンター内からでも台所の様子が伺える。


 ポップとスティーヌは、並んでせっせと何やら料理をしているところだった。
 甘い匂いが台所中だけでなく一階全てに広がり、武骨な武器屋をいつになく優しく包んでいる。

 頭に三角巾、服を汚さないようにエプロン、というそろいの格好をしているせいで、一見、母娘にも見えてしまう微笑ましい光景だった。

「ふふふ、嬉しいわ、まさかポップとこうやって料理をする日が来るなんてね。母さん、娘がいたらこうやって一緒にお料理を作ってみたかったのよ」

 上機嫌の母親に比べ、ポップはいささかご機嫌ななめだ。

「ちぇっ、おれは作るより食べる方が好きなのによー」

「あら、こんなに上手いのに、食べるだけなんて勿体ないわ。ね、今度一度、母さんにもポップの料理を食べさせてちょうだい」

「ええ〜っ?! せっかく帰ってきた時ぐらい、母さんの料理が食べてえよ!」

「いいじゃないの、アバン様から教わった料理を母さんにも教えてよ。ね? いいでしょう?」

 声の高さに差はあるが、ポップとスティーヌは声質さえもどこか似ていた。
 絶え間のないおしゃべりは、どこか鳥のさえずりを思わせる。

 嬉しそうに料理に励んでいる親子のやりとりを邪魔したくなくて、ヒュンケルは居間ではなく店の方へとやってきていた。
 別に、見ているのが苦痛だとか退屈だったわけじゃない。

 どちらかというと、物珍しくもあるし、見ていて心が和む光景だと思った。が、自分が近くにいれば、ポップが妙な意地を張ってせっかくの親孝行の機会を無駄にするかもしれないと思ったからこそ、席を外したのだ。

 その考えは、実はジャンクも同じなのではないかと、ヒュンケルは密かに思っている。 見るからに偏屈そうなこの頑固親父は、ポップとスティーヌが料理を始めた頃から店に出たものの、何をするでもなくカウンターにボーッと座り込んでいるだけだ。

 苦虫を噛み殺したようなその表情からは、料理風景を歓迎している様子は伺えまい。
 しかし、時折、後ろを振り返っては、楽しそうな妻と子の姿を見やる――その回数の多さに、彼の心境がはっきりと現れている。
 だが、ジャンクはヒュンケルと目が合うと、バツが悪そうにくさしてみせた。

「あ、ああ、お客人すまねえな、騒がしくてよ。ったく、あいつが家にいると、うるさくてしかたがねえぜ」

 その口の悪さや、バレバレの悪態のつきかたにヒュンケルは内心、苦笑してしまう。
 ――やはり、親子というべきか。

(変なところが似てるものだな)

 ポップとスティーヌを見ていると外見上の類似点が目につくが、性格的はポップとジャンクの方が近い気がする。

「あいつ、あんな調子でちゃんと働いてんのかね? どうせ、迷惑ばっかりかけてるんだろうが……」

「いや、ポップはよくやっています」

 近衛隊で働くヒュンケルとは全く違う分野だが、ポップの勤務がパプニカにとって大切なのは疑いようがない。

 レオナ姫の片腕として、ほぼ宰相として活躍しているポップの仕事ぶりを表現するのに、これだけの言葉では足りないと分かっている。
 実際、ポップがいなければ、パプニカ王国は立ち行かないといってもいいぐらいだ。

 だが、それを説明するにはヒュンケルは口下手だったし、ジャンクもまた、息子を過小評価するタチだった。

「はん、到底そうとは思えんがねえ。あいつがお城で行儀よく振る舞ってる図なんて、想像もつかねえぜ」

 公式の場ならともかく、普段のポップを見ている限りヒュンケルも同じ感想を抱くだけに、それには意義は唱えなかった。

「それにしても、あんたも大変だな、あんな馬鹿息子のお守りなんぞにつきあって、こんなド田舎に来るなんてよ。退屈してんじゃねえのか?」

 その問いに、ヒュンケルは首を横に振ったものか、縦に降ろうか悩む。
 退屈などはしてはいない。

 が、いささか時間を持て余しているのは、事実だった。朝食後から、ずっと母親の料理の手助けをしているポップと違い、ヒュンケルにはすることもない。

 泊めてもらった礼として、できるならヒュンケルも何かを手伝いたいのだが……なにぶん、客が一人も来やしない。
 これでは、手を貸そうにも、何も出来はしない。

 まあ、客が来たところで、ジャンク以上にぶっきらぼうで無愛想なヒュンケルに接客が勤まるかというと、また別問題なのだが。

「そうでもないが……何か、オレにも手伝えることでもないだろうか?」

「あー、いいって、いいって。客人を働かせるほどは、うちは困っちゃいないんでな。あんたも休暇中なんだろうが、ゆっくりしていりゃいいだろうに」

 気さくにジャンクはそう言ってくれたが、ヒュンケルにしてみれば落ち着かない。かえって居心地が悪そうにしているその貧乏性を見抜いてくれたのか、ジャンクは苦笑しつつ提案してくれた。

「……まあ、そんなに退屈だってんなら、用事がないでもないな。後でいいから、一つお使いを頼まれてくれないか?」

 

 

「ポップ?! なんで君がここに?」

「って、それはおれの台詞だってえの! おまえこそなんでここにいるんだよ、ノヴァ?」
 

 ほとんど掘っ立て小屋に近い山小屋のドアを開けて、二人は互いに目をまん丸くして向かい合う。
 片や、この掘っ立て小屋の持ち主であるロン・ベルクの弟子である、ノヴァ。

 片や、村外れの武器屋の息子であるポップ。
 その意味では、この二人がここで出会っても、なんの不思議もなさそうに思える。が、この二人には公的な役職を持っている。

「リンガイア名物の大降誕祭はどーしたんだ、おい」

 いささか非難がましく、ポップはラフな格好のノヴァを眺めやる。
 リンガイア王国、現宰相の一人息子にして去年、正式に将軍の地位に就任したノヴァは、実は王位継承権すら持つリンガイアの重臣の一人だ。

 公式行事には国民の前に顔を出すことを要求される重要な役職であり、本来ならリンガイア城で行われる大降誕祭の準備に奔走してしかるべきだろう。
 が、ノヴァはノヴァで、ポップにだけは言われたくないとばかりに半眼を向けてくる。


「ポップこそ、パプニカで賢者の祝福を授ける役目はどうしたんだよ? …っていうか、世界各国からその役割、期待されているだろうに、何やっているのさ?」

 ポップの正式役職名は、パプニカ王国宮廷魔道士見習い。が、見習いと名乗っているのが皮肉かと思える程に、ポップの知名度はずば抜けている。
 なにせ、世界を救った勇者一行の魔法使いだ。

 大魔道士ポップに期待を寄せる人々の数は、一国の将軍であるノヴァの比ではない。
 公式行事の際、ポップが祝福を授ける儀式を行う時には、誇張抜きに山ほどに人が集まる。

 その大魔道士様が、ただの村人と見間違えそうなありふれた旅人の服姿でこんな所にいるかと思えば、真相を知っているノヴァからすれば溜め息の一つもつきたくなる。

「こんな忙しい時期に里帰りするぐらい余裕があるんだったら、たまにはリンガイア王国の招待を受け入れてくれないかな? いっつもなんだかんだ言って、断ってばかりじゃないか。パプニカはベンガーナやカールばかりを優遇して、リンガイアをないがしろにしていると不満の声も上がってきているんだ。リンガイアとしては、パプニカと友好関係を築きたいと最大譲歩しているつもりなんだけどな」

 ちらっと将軍の顔を覗かせて文句をいうノヴァに、ポップは露骨に嫌な顔をして負けじと文句を言い返した。

「冗談じゃないぜ、なんでわざわざ休暇中に仕事の話なんかしなきゃいけねえんだよ?! だいたい、おれ、本気で忙しいんだよ、週末ごとに押しかけ弟子やってるおまえと一緒にすんなよな!」

 ノヴァは、瞬間移動呪文の使い手だ。
 それをいいことに、故郷リンガイアとここロン・ベルクの家を自由に行き来しつつ、将軍の役割と押しかけ弟子生活を両立させている。

 まあ、ポップとしては、普段はそれにケチをつける気はない。
 だが、同じように瞬間移動呪文を使えても、ポップには自由に出歩くだけの時間もなければ、やたら厳重な監視つきの身の上である。

 今となっては、押しかけ弟子をしたくとも、先生と呼んだ人もいまや一国の国王……そうそう会える相手でもない。

 八つ当たりと分かっていても、つい自由気ままな立場のノヴァに文句の一つも言いたくもなる。
 が、ノヴァもまた、文句を寛容に受け入れるとは程遠い性格の持ち主だった。

「君ね、そんな言い方って――」

 一触即発の空気を寸断したのは、睨みあうそれぞれの背後にいた、各自の保護者からの一言だった。

「おい、ノヴァ。いつまで、立ち話をしている気だ?」

「ポップ。荷物を、渡さなくていいのか?」

「「あ」」

 気が殺がれたような声でそれぞれが後ろを振り返り、本来の役目を思い出したらしい。 意外な出会いからつい言い争いに発展してしまったが、ポップはヒュンケルと一緒に、ジャンクに頼まれた荷物をロン・ベルクに届けにきただけだ。

 面倒見のいいスティーヌは、森の奥で暮らし始めた、家事に不慣れな上に男所帯のこの家を心配して、時折食料品をなどの差し入れをかかさない。普段はジャンクが届けるところを、今回は二人がやってきたのだ。

 ノヴァも、普段だったらそれをありがたく思っているし、仮にも師匠の客に応対するからには、もっと丁寧な態度を取る。ただ、思いがけずにポップに会った驚きと気安さから、ちょっとケンカっぽくなってしまっただけだ。

「ああ、悪かったよ。確かに、客人にいきなりケンカを売ったりしたのは失礼だったね。まあ、君から言い始めたとは言え」

「……おまえって、その一言の多さは、全然治ってねーよな」

 呆れたようにポップが言うが――それこそ五十歩百歩というものだろう。

「それにしても、本当に君、ランカークスにのんびり里帰りなんてしていて、大丈夫なのかい?」

 とりあえずは二人を家の中に招き入れ、ノヴァは不慣れな手つきでお茶を差し出しながら、探るように聞いてきた。

「大丈夫って、何がだよ? おれはただ、休暇中に実家に帰ってきただけだぜ? それのどこに問題があるんだよ」

「でも、ここってベンガーナ王国の領域じゃないか。高名な大魔道士が里帰りしているなんてバレたら、何かとうるさいんじゃないのかい?」

 ランカークス村は、テラン王国とベンガーナ王国のちょうど境目付近に位置する小さな村だ。国家間の駆け引きや都合により、所有権が譲渡されることも珍しくないこの辺境の村は、3年前からベンガーナ王国の領土になった。

 国王の強い要望により、一つの村の譲渡にしては破格の条件で、強引にベンガーナ領土へとなったその裏には、ポップを自国へ招聘するための布石がある。

 まあ、そんな思惑や駆け引きを駆使した割には、ポップは結局パプニカ王国に腰を落ち着けたわけだが、ベンガーナ側はまだ彼の勧誘を完全に諦めたわけではない。

 曲がりなりにも、ポップが自国領域内に滞在しているとベンガーナ王国が知れば、なんらかのアプローチを仕掛けてくることは充分に考えられる。
 それはポップも承知しているが、答えは気軽なものだった。

「なぁーに、数日ぐらいなら平気だって。たとえおれがここにいるってバレても、王宮から使いが届く前にトンズラするし。せっかくの休暇を、妙な接待や勧誘で邪魔されたくないもんよ」

 ベンガーナ王の名誉のために言えば、彼は決してポップに無理強いもしていないし、強引な勧誘をしているわけではない。ポップが村の住民には自分の正体を隠しているのを考慮して、使者を送る際には必ず密使を送るなど細かい気遣いもしてくれてはいる。

 ただ、勧誘するチャンスがあれば、自慢の財力を生かしてド派手なパーティに招いては大歓迎したがるのが、大問題だった。ベンガーナ王にしてみれば、勧誘のために最高級の歓待をしているのだろうが――ポップにとっては、実にいい迷惑だ。

 パプニカ王国から異動する意志がない以上、失礼のないように勧誘を断るのは、結構頭も使うし、疲れるものなのだから。

「それより、おまえの方こそいいのかよ? リンガイアの将軍が頻繁にベンガーナ領土の村に来ているなんて噂も、あんまりよくねえんじゃないの?」

「ああ、それなら大丈夫だよ。移動にはいつも気を使っているし、ボクもほとんど村にはいかないようにしているからね」

 あの大戦から、早三年。
 国の中枢に近い位置に立ったポップやノヴァには、否応なく責任と立場を背負っている。不用意な発言や行動が、国際的な問題になり兼ねない重要な地位にいるのだ。

 いくら休暇中とはいえ、気軽に他国に行くのが憚られる地位――一介の戦士という立場にいるヒュンケルから見ると、気の毒にすら思える。
 が、本人達はさして重くも思っていないのか、軽口を叩き合っているが。

「だから、今日来てもらって良かったよ。これ……、ジャンクさんやスティーヌさんに渡してもらえるかな?」

 と、ノヴァが大切そうに引っ張りだしてきたのは、綺麗な紙に覆われリボンをかけた小さな包みと、やはり丁寧に紙で包まれた酒瓶の形をした包みだった。

「こっちは、オレからだ」

 ロン・ベルクもまた、包みが雑とは言え似たような物を机の上に投げ出す。

「へえ? ノヴァはともかく、あんたがわざわざクリスマスプレゼントを用意したなんて、意外だね〜」

 からかうようなポップに、ムッとするのはノヴァの方で、ロン・ベルクは動じた様子も見せない。

「別に、魔族だからってクリスマスを祝って悪いってものでもないだろう。なあ?」

 相槌を求められ、ヒュンケルは少しばかり戸惑った。
 ただの世間話など、単に頷いておけばよさそうなものだが、この朴念仁な戦士は問われたことをいちいち真剣に受け止めてしまう生真面目さがあった。

「いや、魔族がクリスマスを祝う習慣があるかどうか、オレは知らないが」

 少なくとも、ヒュンケルの知っている限り、魔王軍の連中は誰一人としてクリスマスを祝うなんて真似はしなかった。
 それに、プレゼントについても疑問が残る。

「ところで……クリスマスプレゼントとは、サンタクロースとやらが用意するものじゃないのか?」

 ヒュンケルにしてみれば、それは素朴な疑問だった。分からないことをただ聞いたまでの、ごく当たり前の質問。
 だが、それを聞いた全員が一斉に絶句し、沈黙してしまった。

 ぴきいっ。
 その場の空気が、音を立ててひび割れたかのような錯覚すら覚える。

 信じられないセリフを聞いたとばかりに、ポップやノヴァだけならともかく、ロン・ベルクまでもが呆気に取られた顔をしているのが、ヒュンケルには意外だった。
 そして、その沈黙を破ったのは、ポップの絶叫だった。

「……サ、サンタクロースって…っ、てめえっ、その年までンなこと信じてんじゃねえよーーっ!!」

 

 

「そうか。要するに、あれはアバン独特の嘘だったんだな」

「いや、嘘っていうか、なんてゆーか……いーよ、もう。とにかく、サンタってのはそーゆーもんなんだよ!」

 と、ポップはいささか疲れたように、投げやりに説明を締めくくる。
 大騒動の末、ロン・ベルクの家を辞去して、ポップとヒュンケルは徒歩で村に向かっていた。

 ポップの魔法を使えば一瞬だが、ランカークスにいる間はポップは極力魔法は使わないと明言している。ヒュンケルは別にそれに不満もないが、ポップは獣道にも等しい道を歩くのに苦労しているせいか、やたらと機嫌が悪かった。

「ったく、なんで今まで気がつかなかったのかねー? 普通は途中で不思議に思って、子供の内に気がつくもんだぜ」

 ぼやくポップに、ヒュンケルは苦笑するしかない。
 こんな折に、自分は『普通』ではないのだと、しみじみ思い知らされる。
 ヒュンケルがクリスマスの知識を知ったのは、アバンと暮らしていた間のことだ。

 その後、魔王軍に入ったヒュンケルは、自ら望んで子供時代など手放した。
 アバンといる時はサンタクロースがプレゼントをくれたのに、魔王軍入り以降は皆無だった事実に、疑問を抱くことすらなかった。

「サンタクロースは、『いい子』にしかプレゼントを渡さないと聞かされたからな。オレが貰えなくても、別に不思議にも思えなかった」

 ミストバーンの元での修行の日々は、命懸けだった。クリスマスなど特別な日を、意識する暇もなかった。

 初めてミストバーンの元でクリスマスを迎えた年は、クリスマスをずいぶんと過ぎてからそれに気がついたくらいだ。
 それ以降は、ずっとその存在すらも忘れていた。

 平和になった後でも、ダイを捜すためにラーハルトと一緒に旅をしていたヒュンケルは、去年もクリスマスとは無縁だった。

 ラーハルトも何も言わなかったところを見ると、多分、彼も知らないか興味が無いかのどちらかだろう。
 クリスマスを祝うなどとは、実質、今年が初めてだ。

「しかし、そうだとすると、オレもクリスマスプレゼントの用意ぐらいはした方がいいんだろうな」

 ロン・ベルクやノヴァでさえ、ジャンクやスティーヌにプレゼントを用意しているのに、泊まり込んでいる自分が何もしないのはいささか気が引ける。

「ポップ。どこか、クリスマスプレゼントを買えるような店を知らないか?」

 

 

「あれっ?! ポップ……ッ?! うそっ、ポップなの? 久しぶりじゃない、いつ帰ってきたの?」

 訪れたのは、ランカークス村で唯一の雑貨屋だった。
 買い物がしたいのなら、魔法でベンガーナのデパートで送ってやろうかとポップが言ってくれたが、ヒュンケルはこの村でいいと答えた。

 確かにプレゼントを買うのなら、ベンガーナの方が品揃えの方がいいだろう。
 だが、ポップがベンガーナをあまり好んでいないのは知っているし、せっかくの里帰りを邪魔したくない気持ちの方が強かった。

 ヒュンケルの答えを聞いて、ポップが案内してくれたのが、村の中心部にある小さな店だった。

 客がいないにも関わらず、忙しそうに店の中をせっせとこまめに掃除をしていた娘は、ポップを見た途端にそう言って嬉しそうにかけよってきた。
 ポップに出会う度に、そんな反応を見せる村人は珍しくない。

 最初は近衛兵の習慣上、つい不審者でも相手にするように警戒してしまったが、後でポップにこっぴどく文句を言われたせいで、それ以降は黙って見ているだけにとどめている。


「おう、ラミー、おひさーっ。ははっ、相変わらず元気そうじゃん」

 ラミーと呼ばれた娘は、ポップとほぼ同じか、少しばかり上ぐらいの年頃か。
 楽しそうにしばらくはしゃぎ合ってから、ラミーはやっと商売を思い出したらしい。

「それでポップ、何か買い物?」

「まあな。おれじゃなくって、こいつのだけど」

 と、ポップが後ろを指し示して初めて、ラミーは彼が一人じゃないと気がついたらしい。 ヒュンケルを認めた彼女の目が、大きく見開かれる。

「初めまして。なにか、クリスマスプレゼントに向く物があったら、見せてもらいたいのだが」

 丁寧に一礼したのは、ヒュンケルにしてみればポップの知り合いに対する礼儀のつもりだった。

「そ、そう、ポップの、お知り合いなの? 初めまして、村ではお見掛けしない方だけど……あの、あなたのお名前は? あた…いえ、わたしはラミーっていいます」

 なぜか顔を赤らめ、こちらの名前を知りたがる店員に、ヒュンケルは多少の疑問を感じないでもなかった。

 あまり店屋に行く習慣のないヒュンケルだが、店員は普通はこういう態度はとらない気がする。
 が、ランカークス村では違うのかも知れないと、ヒュンケルは好意的に受け止めていた。


「オレは、ヒュンケルと言う。よろしく、ラミーさん」

 別に、買い物にここまで挨拶をする必要もないだろうと思いながらも、ヒュンケルはそう答えた。なにせ、さっき出会ったポップと同じ年ぐらいの男に対しては、会話の邪魔をしないようにしてごく普通に見ていただけのつもりが

『てめえ、おれの友達にガン飛ばしてんじゃねえよっ、ビビってたじゃねえかっ?!』

 と、後で大不評だったため、今度は最上級の気遣いをしたつもりだった。

「ええっ、よろしく、ヒュンケルさんっ。それで、どんなプレゼントをお望みかしら?
いくらでも用意しますわ!」

 雑貨屋と言うだけあって、この店は雑多な品物が揃えてある。小物から日用雑貨、はては食料品すら並んでいるとりとめのなさだ。

 酒を要求したところ、ラミーは倉庫から上物を出してくると言っていそいそと奥へ引っ込んだ。今度は、どうやら怯えさせずにすんだようだと内心ホッとしたが、ポップの機嫌はさっきに輪をかけて悪くなる。

「ちぇっ、この女ったらしめが……っ!」

 今度もまた、なにかポップの気に触ることをしてしまったらしい。
 が、自分の何がポップを怒らせたのかまるで分からないヒュンケルにしてみれば、どう言えばいいのかも分からない。
 とりあえず女性用の小物の棚を見回しながら、ポップに話しかけてみた。

「ところでポップ、いったいどれを買えばいいんだ?」

 さっき、一応クリスマスプレゼントについてのレクチャーは受けた。
 その結果と、ノヴァやロン・ベルクのプレゼントを参考にして、多少は傾向を理解したつもりだ。

 ジャンクや部下などの男へのプレゼントとしては酒が妥当というのは分かったが、姫やスティーヌなどの女性陣には何を渡せばいいのか、見当もつかない。
 一般的に、女性への贈り物ならばアクセサリーなどが喜ばれるとの情報は得た。

 だが、他人へのプレゼントを選ぶなどほとんど初めてのヒュンケルにとっては、女性向けのアクセサリーの中から最良のものを選ぶなど論外だ。

 できるなら、世話になっている礼もこめていい物をプレゼントしたいし、好みに合うを贈ってあげたいとは思う。

 だからこそ、レオナと仲が好く、スティーヌの息子であるポップに助言を頼みたかったのだが――ここまで機嫌が悪くしてしまっては手を貸してくれるはずもない。

「そんなの、自分で好きなように選べばいーだろ、この色男!」

(…………しかたがないな)

 諦めて、ヒュンケルは自力でなんとかしようと、真剣に考え出した――。
                                    《続く》
 
 

後編に続く
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