『砂時計が割れる時 2』 

 

 記憶退行。
 レオナとアポロ、ついでに侍医の出したポップの診断結果は、それだった。
 ポップの記憶は、外見に見合った頃――おそらくはアバンに出会い、家出した直後辺りまで戻ってしまっている。

 それがポップの持っていた『時の砂』によるものなのは明白だが、戻す方法までは分からなかった。侍医は魔法は専門外だと最初から匙を投げ出す始末だし、レオナや三賢者にしても時の砂なんて魔法道具は専門外だ。

 と、なればポップに時の砂を与えた張本人であるマトリフや、破邪の知識に関しては今や世界屈指のスペシャリストであるアバンに助けを求めるしかないのだが……。

「けど、問題は、いつ来るか分からないってところよね。早く来てくれると助かるんだけど」

 と、レオナは切実な嘆きと共に、しみじみと呟く。

「ごめん、レオナ。おれがルーラ使えれば、よかったんだけど」

 ポップの一大事に、ダイは速攻でマトリフの洞窟やカール王国に行こうとした。が、窓から飛び出した後で気がついたが、ダイの瞬間移動呪文は発動しなかった。
 重力のままにダイは三階から地面まで落下したものの、とりあえずはかすり傷だけですんだのだから、たいした問題では無かった。

 それよりも、瞬間移動魔法の使い手が二人そろって無力化した方が遥かに問題だった。 記憶が退行したポップはもちろんのこと、ダイもそれ程得意とは言えない魔法が、一切使えなくなっていた。

「エイミを遣いにやったけど、気球だとやっぱり遅いわよね。早く先生達を連れてきてくれるといいんだけど」

 レオナがそうボヤくのも無理はない  ポップが抜けた分の仕事の穴埋めを、必死になってやっている身ともなれば。
 ポップが子供返りしてから早三日が過ぎたが、一向に戻る気配もない。

「でも、ポップ、だいぶ慣れたみたいだよ」

「ほほほ、そうね〜、ポップ君はね〜」

 レオナの笑いや、マリンの笑いがいささか乾いたものになるのも、無理はない。
 最初は見知らぬ所にいるのに怯えたのか警戒していたポップだったが、順応するのは早かった。

 子供返りしたとはいえ、お調子者の人懐っこい性格は健在で、すぐに周囲に打ち解けた。 それはいいのだが……問題は記憶――特に、知識面の喪失だ。

 年齢逆行と共に記憶退行したポップは、ポップが本当は18才で、しかも世界を救った勇者の一行の一人であり、世界で指折りの魔法使いだという事実を、ちっとも認識してはくれなかった。

 いくら教えても、とても信じられないとばかりにきょとんとするばかりだ。
 まあ、それも無理はないといえば無理もない。
 ポップにとっては初めて会う人しかいないこの状況では、あれから5年経っていると証明することは難しいのだから。

 おまけに、今のポップは魔法の一つも使えはしない。
 そして――お子様に戻ったポップは、普段やっている仕事のことなど、もちろんかけらも覚えてなどいなかった。

 レオナや三賢者も含めた文官の中で、ぶっちぎりでナンバーワンの仕事量を誇っているポップが突然、仕事が出来なくなった穴埋めをするのは、そりゃもう並大抵の苦労ではすまされない。

 普段の休みなら、ポップはあらかじめ自分の仕事を切りのいい所まで済ませ、さらには引継ぎ手続きもすませてから休暇に入るが、今回はそんな真似をしている暇などなかった。 そのせいでアポロやマリンなどは目の下にはっきりとしたクマを作りつつ、せっせと書類書きに余念がない。

 もはや鬼気迫る形相で仕事をしまくっているレオナ達は、一縷の望みを託すように、ダイにひたと視線を当てた。

「それでダイ君……っ、ポップ君に記憶を取り戻す兆候は見られないのかい?!」

 すでに、子供化そっちのけで記憶の復活だけをを望んでいる辺りに、アポロの本心が見え隠れしているようだが。
 が、善かれ悪しかれ、ダイの取り柄は正直さである。

「ううん、全然」

 婉曲な表現やら、包み隠してぼかすなんて高度な技は全く使えないダイの直球な返事に、アポロもマリンもガックリと肩を落とす。
 勇者様贔屓のお姫様でさえも多少顔を引きつらせつつ、無理やり笑顔を取り繕った。

「そ、そお……し、仕方がないわね。とりあえず、ダイ君、ポップ君のことをお願いね」


「うんっ。じゃ、レオナ達もがんばってね」

 力一杯、頷いてダイはレオナの執務室を後にする。
 それと同時に、待ち構えていたのかポップが駆け寄ってきた。

「あ、おにいちゃん! 用、もうすんだ?」

(わあっ、ポップがおれの用をすむのを待っててくれるなんてっ!)

 いつもとは逆の立場に、しみじみと込み上げてくる感動がある。
 子供に戻ったポップは何をするでもなく、物珍しげにパプニカ城やその付近を散歩しては、あれこれ見て回ることを楽しんでいる様子だった。

 人懐っこさを取り戻したポップは物怖じせずに誰にでも話すようになったが、年齢が近いダイといるのが一番落ち着くようで、ダイと一緒にいる時間が前より増えた。
 それに付き合って一緒にいるのは、ダイにとっては楽しくてたまらない。

「ねえ、あの綺麗だけどおっかないお姉さん、なんか言ってた?」

「おっかないって……ポップ、それ、レオナが聞いたら怒るよ〜。特に今、ポップがいないから仕事が大変みたいだし」

 ダイの言っていることは事実そのまんまなのだが、ポップはそれをまともに受け取らずに笑うばかりだ。

「またまた〜。おれが大人になって、お城の仕事をしてましたなんて、ありっこないよー。だって、おれ、礼儀とか面倒くさいことって、すっげー大っ嫌いだしさぁ」

「あははっ、ポップらしいや、それ」

 他愛ない話をしながら一緒に並んで歩いていると、レオナ達には悪い気がするが、ダイはポップがこのままでもいいような気がしてきている。
 もちろん、ポップに自分を思い出してほしい気持ちはある。

 それはもう、ものすごく。
 だが、こんな風にいつもポップと一緒にいられるのなら、たいした問題ではないように思えるのが不思議だった。
 記憶が退行したとはいえ、ポップはポップなのだから――。

「ところでさあ、大人になったおれって、この城で暮らしてるって言ってたよね?」

「うん、そうだよ」

 唐突に投げかけられた質問に、ダイは苦笑しながらも頷いた。
 18才という年齢は『大人』と言える程に成熟していないと、15才のダイには思えるのだが、13才から見るとそうでもないらしい。

 12才の頃のダイから見た当時のエイミやマリンが大人そのものだったように、今のポップもまた、18才を『大人』だと認識しているようだ。
 自分が小さくなったという話を本気で信じてはいない癖に、ポップは『大人の自分』がどんな風になったのかは気になるらしく、時折話を聞きたがる。

 ほとんどが背が伸びたかとか、逞しい感じなるのかとか、他愛なくも答えにくい質問ばかりだったのだが、だが、今回の質問はダイにとっては特別だった。

「大人のおれって、結婚とかしてないの? 恋人がいたりとかさー」

「こ、恋人って……っ」

 それを聞いて、ダイはその場で固まった。
 ポップとしては、ちょっと聞いてみたかった程度の、軽い質問だったかもしれない。
 が、ダイにしてみれば意味が大きく、違う。

 ここ数日、あえて直視しないように抑えこんでいた部分をぐっさりと貫かれ、言葉も失ってしまう。
 いや、正確に言えば、言葉にしたくてたまらないことが押し上げ過ぎて、かえって声にならないと言った方がいい。

(ポ、ポポポ、ポップ、それって、あんまり…っ、いや、ポップ、そりゃ覚えてないんだろうけどっ。確かに、最初は無理やりだったし、おればっか好きだって言ってるし、ポップはまだまだ考え中だって言って好きだって一回も言ってくんないけどっ、誘うのだっていっつもおればっかだけどっ、でも、でもでもっ、おれ達、一応恋人なんだってばーっ!)


 ――それは恋人と言えるかどうか、意見が分かれるところと思えるが。
 しかし、ダイにしてみれば、ポップは誰よりも一番大切な仲間で、掛け替えのない親友で……だからこそ、それ以上を望んでしまった相手だ。

 子供返りしたポップを混乱させたくなくて、今まで抑え込んでいた気持ちが、一気にあふれ返ってしまう。
 それをきっかけにあらためて、ダイは『恋人』としての視点から、ポップを見つめていた。

「ポップ……」

 こうして並んでみると、13才のポップは15才のダイより頭一つ以上小さい。完全に見下ろせる小さな魔法使いを、ダイは不思議な気分で見下ろしていた。
 今でも、実はダイはポップよりも少しだけ、身長が高い。

 だが、それはポップに追いついて並んだだけであり、昔と逆転したようなこの身長差は感慨深いものがある。
 ポップが自分を上目遣いに見上げるのが、なんとも言えずに新鮮で心をくすぐってくれる。

(うわ、うわっ、うわぁあ〜っ、ど、どーしよ、か、可愛い……っ!)

 もちろん、今の18才のポップだって可愛い(注:あくまでダイの主観による)
 が、子供特有の保護欲をそそるこの可愛らしさは、反則なまでに心を揺さぶられる。
 しかも、いつものポップなら絶対着ないような、半袖姿なのが妙に気を引いた。

 真夏だろうと肌を隠すのがポップの習慣なのか、いつもきっちりとした詰め襟、長袖の服を着ているポップとは思えない選択だ。
 だが、魔法使いになる前のポップはそんな癖はなかったらしい。

 ごく普通の男の子のように、動きやすさと気温への適応だけを重視した服を選んでいるが、それは露出が多い服でもあるわけで……。

(なんか、ポップがこんな格好しているのって、落ち着かないよなあ)

 ポップ本人は全然気にしていない様子だし、ダイも極力気にしないように心掛けてはきた。
 が、実際には今までだって意識しまくっていたラフな服装は、強く意識すればする程、刺激的だった。

 ポップのガードの堅さに、いつもはちょっぴり不満を抱いているダイだが、あまりに無防備な格好をしていられると、それはそれで別の不満がある。
 たまには、露出の多い格好もしてほしいと素直に思う。
 が、それを見るのは自分だけがいいと思ってしまうのは、独占欲というものか。

(ポップって、割と手も敏感だし。そう言えばあの時も……)

 夏場で、しかも自分の部屋にいるという安堵感のせいか、ポップが珍しく半袖の服で過ごしていた時があった。
 珍しくもむき出しになった二の腕の白さにそそられて、思わず手を出してしまった記憶が蘇る。

 普段はあまり触らない部分だったのに、ちょっと触れただけでダイが驚くぐらい敏感に反応してくれた。それが嬉しくて、そのままイロイロとしてしまったことを思い出してしまう。

(あの時はポップも気持ち良さそうだったのに、あれっきりおれの前じゃ半袖になってくんなくなったんだよね、なぜか。でも、今は……)

 記憶の中のポップと、今のポップを思わずダブらせてしまい、鼻血を噴き出してしまいそうなほどにくらくらと欲望が高ぶるのを感じ、ダイは必死でそれを自制した。

(い、いやっ、だめだって、いくらなんでもそれはっっ! 今のポップは、まだ子供っ、子供なんだからっ)

 こんな小さな子に手を出すなど、犯罪もいいところだとダイは必死に自分に言い聞かせる。
 そう考えているダイこそは、実は14才にして年上のポップを押し倒したという経歴の持ち主なのだが、ただでさえ記憶力の乏しいダイはそんなことは今はコロリと忘れていた。


「どうかしたの? おにいちゃん」

 不思議そうにダイを見上げるポップの表情が、ダイの中のイロイロと人前では言えない部分を激しく刺激する。
 思わず突破してしまいそうになったその欲望に恐れを成し、ダイは思わず声に出して叫んでいた。

「だっ、だめだぁああっ、それはぁあっ!」

 平均値よりも乏しい自制心を総動員させようと、突如として壁に向かって自分の頭をぶつけだしたダイを見て、ポップはギョッとしたような顔をした。

「あ…、あのさー、おにいちゃん……、大丈夫?」

 おどおどと声を掛けられ、ダイはハッとして頭突きをやめて慌てて壁を確認した。
 ちょっとばかり煉瓦が崩れかけてしまった部分もあるが、ダイ的には許容範囲内なのを確かめて、ホッとして頷いた。

「うん、壁は大丈夫みたいだよ」

 廊下を走ってはいけないように、壁や柱を壊してはいけないというルールも城には存在している。
 それを破ると、レオナやポップから文句を言われることが多い。

 だが、お子様なポップはいつものように説教をする代わりに、妙に不安そうな顔でダイを見上げるばかりだ。

「…………い、いや、おれが心配なのは、おにいちゃんの方なんだけど……」

 ――そりゃあ、突然壁に頭突きをくらわせた揚句、怪我一つせずにピンピンしていて、壁の具合を気にするような人なら、『心配』せずにはいられまい。
 いろんな意味で。
 だが、ダイはそのポップの心配を、とことん前向きな意味合いで受け止めていた。

「おれを心配してくれるの?! うわぁ……っ、ありがとう、ポップ!」

 もはや天まで舞い上がりそうな勢いで、ダイは喜びを噛み締める。
 普段のポップなら、こんな風に素直にダイを心配などしやしない。
 いや、心配はしてくれることはくれるだろう。だが、こんな風に素直にそれを口にするだなんてめったにない。

 憎まれ口を叩いてごまかそうとしたり、壁の方が心配だなんて言ったりするのがほとんどだ。
 嬉しさと、ちょっぴり沸き起こった下心のままにポップに抱きつこうとしたダイだが、その手がスカッと空を切る。

「え?」

 戸惑うダイを置き去りにして、ポップは突然走り出していた。

「ポップ?!」

 呼び止めたダイなど、もう、振り向きさえしない。ポップは転びそうな勢いで、ただひたすらにまっしぐらに走っていく。
 その先にいる人は――。

「アバン先生っ!!」

 エイミに先導され、廊下を歩いていたのは紛れもなくアバンとマトリフだった。

「ポップ……?!」

 一瞬、驚きを見せたアバンだが、すぐに彼は大きく手を広げて優しい笑顔を浮かべる。


「先生っ、先生――っ!」

 そう叫び、すがりつくようにアバンに抱きつくポップを見て、ダイが受けた衝撃は少なくなかった。

「先生……っ、よかった…、おれ、もう先生に会えないかと思った……!」

 半べそをかきながら、アバンにぎゅっと抱きついたポップに、ダイはふと三年前、会ったばかりの頃のポップの面影を見る。
 感情の起伏の激しいポップは、怒ったり、泣いたりをそのまますぐ表情に出していた。
 戦いの中で成長していくにつれ、情けない泣きべそはあまり見せなくなったとは言え、ダイはポップのそんな表情も結構好きだった。
 だけど、今は――。

「大丈夫ですよ、ポップ。もう心配いりませんよ。今まで不安だったでしょうに、よく頑張りましたね」

 小さな子をなだめるように、アバンがぽんぽんとポップの背を叩きながらあやす。いつもの……いや、15才の時のポップであっても、子供扱いしていると拗ねそうな扱いなのに、子供返りしたポップは嬉しそうな顔をする。

 自分と一緒にいる時は決して見せてくれなかった、心の底から安堵したようなポップの笑顔に、ダイは胸がズキンと痛むのを感じていた――。

 

 

 

「さて、結論ですが、姫からのご連絡通りです。今のポップはどうやら、肉体年齢、精神年齢ともに、魔法契約を交わす寸前まで戻ってしまったようですね」

 客間に通されたアバンは、ポップに軽い質疑応答をした後、そう結論づけた。
 その説明を、客間に集まったレオナやダイ、ヒュンケルは真面目な顔をして聞いている。邪魔にならないように控えている三賢者達は、滅亡の予言を聞かされた殉教者の表情でそれを聞いていたが、賢明にも口は差し挟まなかった。

「時の砂の効力……でしょうね。こんな現象が起こる例は少ないんですが、条件が重なった場合に稀に発生する事故ですね。私も文献で見ただけですが、過去にもいくつか年齢逆行を起こした事例はあるそうですから」

「先生〜……」

 不安そうにギュッとアバンの服の裾にしがみつき、離そうとしないポップを見ていると、ダイの胸はまた痛む。
 アバンがやってきてからは、ポップはダイに見向きもしなくなった。そこだけが安心出来る場所と言わんばかりに、アバンの隣にぴったりとくっついている。

「先生……っ、それで、ポップを元に戻す呪文とかアイテムとかって、ないの?!」

 ダイの質問に、切羽詰まった響きが混じる。もし、ポップを元に戻せるのなら、今のダイならもう一度魔界に行って構わないと思う。
 だが、アバンは明るい笑顔であっけらかんと言ってのけた。

「ああ、それは無理ですね。時の砂の効力を打ち消すような効果を持った呪文の存在も、アイテムの存在も、歴史上一切ないんですよ」

「えぇええっ?!」

 驚愕の声は、本人ではなく周囲からあがったものだった。特に、ダイの驚きは並ならないものがあった。

「じゃ…じゃあ、ポップ……、まさか、ずっとこのまま……っ?!」

 魂が口からはみ出たような表情が、大袈裟だと指摘する者はいなかったのは、三賢者達もそろいもそろって同等の表情を浮かべていたせいか。
 だが、それに気がついているのかいないのか、アバンはニコニコした笑顔のままで言う。


「そもそも、時の砂っていうのは、本来、精霊の精神に働きかける作用を持った魔法道具なんですよ。まだ三世界が繋がっていて、世界に精霊が溢れていた頃に使われていた物だと、伝承では伝えられています。つまり、古代の遺産の一つなんですよ――解除は、不可能でしょうねえ」

 その言葉に、顔面蒼白になり、がくりと膝を突いたのは三賢者の方だった。
 ダイは驚きが強すぎて、棒立ちに立ったまま動けない。

「でもまあ、これは考えようによってはいい機会かもしれませんね。ポップの教育について、私は常々、思っていたんですよね〜。あの時、むやみに甘やかさずに厳しく育てていれば、様々な問題は起きなかったんじゃないかと」

 一応、甘やかしていた自覚はあったのか――。
 と、口には出さぬまま、その場にいた全員が心の中でツッコむ。
 その気持ちは初代大魔道士も同じだったらしく、今まで興味なさげに鼻をほじっていた手を止め、ひょいと口を出してくる。


「よく言うぜ、甘やかし放題に甘やかしてた奴が。二度も同じ失敗を繰り返してどーする、今度は最初からオレに育てさせな。きっちり、超一流の魔法使いにしてやるよ」

 ケケケと人の悪い笑みを浮かべる人相の悪い老人の手招きに、ポップは不安を感じるのかますますアバンにぴったりとしがみつく。
 それを見て、ダイの不安感や不満度もますます高まる一方だったが、意外にも賛成の声が上がった。

「でも――案外、それも一つの手かもしれないわね」

「な、何を言い出すんだよっ、レオナッ?!」

「だって、ポップ君って時々、すっごい無茶をするじゃない? あれって教育の仕方に問題があったんじゃないかな〜って、常々思っていたのよね、実は」

 ちらちらっとわざとらしくアバンの方に視線を送りつつのその言葉は、ちょっとした皮肉まじりの冗談なのは明らかだった。

 それが分かっているせいか、アバンも耳が痛いですねえとけらけら気楽に笑っているし、マトリフも面白がってニヤついているばかりだ。
 だが、彼ら以外のメンバーはその冗談をまともに受け止めてしまった。

「うん、おれ、先生に習うよ! もともと、そのつもりだったんだし」

 と、当の本人であるポップがそう言った時が、ダイの限界だった。

「そっ、そんなのダメだぁ――っ!!」

 絶叫すると同時に、ダイは考えるよりも早く行動に出ていた。疾風の早さでポップの腕を掴み、いきなり担ぎ上げてそのまま部屋を飛び出した。

「え? え? ちょ、ちょっと、おにいちゃんっ?!」

 あまり危機感のないポップのその悲鳴を最期に、ダイとポップは風を巻いて部屋から退出する。
 まるでつむじ風のような唐突さに、皆が呆気に取られている間の早業だった。
 その様子を見て、アバンはお茶を一口飲みながら、くすくすと笑う。

「おやおや。ちょーっと脅かし過ぎちゃいましたかね?」
                                    《続く》
 
    

3に続く
1に戻る
裏道場に戻る
 

inserted by FC2 system