『村から消えた少年 3』

  
 

「おや、ジンじゃないか。久しぶりだねえ、お帰り! もう、学校は休みなのかい」

「大きくなったもんだねえ、見違えたよ」

 村に帰った途端、ジンを迎えてくれたのは懐かしい村人達の挨拶だった。ちょっと照れくささを感じながらも、やっと故郷に帰ってきたという実感を味わいながらジンは村人達に挨拶する。

「ただいま。ところで、村になにか変わったことはありませんでしたか?」

 挨拶替わりにそう聞いてしまうのは、父親である村長の口癖を聞いて育ったせいなのか。深い意味もないただの挨拶だったのだが、思いがけない勢いで村人が食いついてきた。

「ああ、大ありだよ! 聞いて驚くなよ、ジャンクんとこのポップが帰ってきたんだよ!」
「へえ……! ポップが?」

 それは、嬉しい驚きだった。
 前に一度ポップと再会を果たしたとは言うものの、休暇を終えて学校に戻ったジンにその後のポップを知る機会はなかった。

 それだけに家に帰るよりも早く、武器屋に行きたい気持ちが込み上げる。が、それを押しとどめたのは、村人が教えてくれたもう一つの噂の方だった。

「でも、帰ってきたのはポップだけじゃないんだよ。なんだか、妙におっかない感じの美形の男も一緒なんだよなぁ」

 

 

 

 村に、見慣れない若い男がいる。
 それは、あっと言う間に村中に広がったトップニュースだった。
 なんせ平々凡々とした小さな田舎の村だ、隣の家の住人の構成など、三代遡ってまで暗唱出来る程知り抜いている。

 そんな村に、突然、見知らぬ者の姿が見える  それははっきり言って、一大ニュースである。都会の学校から定期的な里帰りをしにきたジンよりも、数年振りに帰ってきたポップの噂よりも、未知の男の方に興味が集まるのも当然だろう。

 ジンも当然のようにその男に興味を持ったし、ポップにも会いに行きたかったのだが、久々に帰郷したせいでなかなか家から出してもらえなかった。

 入れ替わり立ち代わり親戚が来ては似たような挨拶をするだの、その度に派生する雑多な用事を手伝わされるだので、あっという間に日が経った。
 ジンがやっと外出の機会に恵まれたのは、クリスマスが終わった後のことだった。

「それがね、もう、すっごくすっごく素敵な人なのよ〜っ?! あたし、あんなに綺麗な男の人って見たことがないわ!」

 と、瞳を潤ませて熱心にそう訴えたのは、ラミーだった。掃除に使うための箒をまるで花束でも抱く様に抱きしめながら、熱の籠った口調で熱心に訴える。

「さらさらの銀の髪に、深い紫色の瞳をした人なの。一見、ちょっと冷たそうで影があるんだけど、意外と優しくて、すごく折り目正しい素敵な人なのよ! ああ、まるで物語の中の王子様みたい!」

 と、手放しにラミーは褒めまくるが、ジンにしてみればその話は眉唾ものだ。
 ポップとその男が一緒にいる時に会ったという男友達からの評判は、ごく悪かった。
 愛想もなく、無言のまま険しい目で睨まれて怖かったという意見だったが、ここまで評価が男女ではっきりと逆転するのも珍しいだろう。

「あんなに品があって素敵な男の人が、世の中には本当にいるものなのよねえ」

 と、箒で『の』の字を描きながら、ラミーはうっとりとした瞳を虚空に遊ばせる。
 もはや、完全に恋する乙女という風情である。

「しかも、気前もいいったらないの! 高い酒やアクセサリーを買ってくれた上に、うちの店で何年も売れ残っていたメチャ高のチェス盤を値切りもせずに、ぽんと気前よく買ってくれたのよっ。素敵な人ってのは、経済力もあるものなのねえ」

 ……恋する乙女モードに、ちょっぴり商人根性も混じっているのがご愛敬ではあるが。


(あー、またか〜)

 しっかりものの幼馴染みの少女の、意外なくらいの惚れっぽさを知っているジンは、苦笑しつつも聞いてみた。

「で、その素敵な人は置いておくとして、ポップが村に帰ってきたんだろ?」

「え……。あ――ああ、そうだったわね。うん、ポップも帰ってきてたわね、確か。うん、いたわよ、ポップも」

 と、思い出した様についでに語られるもう一人の幼馴染みに対して、ジンは同情を禁じ得ない。
 しかし、そこまで言った後、ラミーの表情が正される。

「でも……驚いちゃった。ポップって、全然変わってなかったんですもの」

 呟く口調も、少し変わった。
 夢見る様な口調ではなく、しっかりものの雑貨屋の娘としての幼馴染みの少女が、そこにはいた。

「まるで、家出していただなんて嘘みたいに、あの日の続きからやってきたみたいだったわ。……おかげで、文句も言いそびれちゃった。
 もう一度会えたら、あんなに心配させてくれた分、絶対にあれこれ言ってやろうと思っていたのにね」

「それ、分かるな。おれも、ポップに文句を言いそびれたクチだから。あいつって本当に変わりなさすぎだよ」

 前にあったのが思いがけない再会だったせいもあるが、文句を言い損ねたのは主にそれが最大の理由だった。

「ま、それはいいんだけどさ」

 ジンは気を取り直して、持ってきた張り紙をラミーに手渡した。
 村長の息子として、村の要所に注意を呼び掛ける張り紙を配る作業を言いつけられた以上、それをサボる気はなかった。

 が、用事を早く済ませて、自由時間が欲しいと望む気持ちは当然ある。
 文句は言うのはさておくとして、久しぶりに会う幼馴染みに、聞きたいことや話したいことはいくらでもあるのだから。

「とりあえず、この注意書きを店に貼って、お客に呼び掛けておいてほしいんだけど」

「山に入る時には、怪物に注意? ふーん、分かったわ、後で父さんや母さんにも伝えておくわ」

 あまり興味なさそうに張り紙を一瞥すると、ラミーは無造作に壁にペタリと張りつける。


「一応言っておくけど、それ、マジでヤバいんだよ。ベンガーナの方で軍隊が動きだしたって話も聞いているし」

「そうなの? なら、さっさとそれをポップに教えに行きましょうよ」

 と、ラミーはごく当たり前のように店を出て、ジンよりも先に立って武器屋の方へと向かう。
 その大胆さに、ジンの方が慌ててしまった。

「え、おい、店ほったらかしといて、いいのかよ?」

「あ、いーの、いーの。どうせ、この時間なんかほとんどお客さんも来ないし、すぐに父さん達も戻ってくるわよ」

 田舎で周囲がみんな知り合いという気安さが先に立つせいで、鍵さえかけずにラミーは店を出てしまう。

「おじさん達、どこかへ出かけてるのかい?」

「ええ、いつもの仕入れにベンガーナに行ったの。朝早く行ったから、そろそろ帰ってくる頃よ」

「じゃあ、もしかしてジャンクおじさんやスティーヌおばさんも一緒?」

 小さな村であるランカークスの店屋では、商品の仕入れはベンガーナで行う。月に一度程、直接ベンガーナに行って買いつけて戻ってくるという方式だ。
 その際、単独で出かけるより効率がいいと、複数の人間で一緒に馬車で出かけることが多い。

「ううん、ジャンクおじさんは今回は別にいるものがないから行かないって言ってたわよ。……本当は、違うんでしょうけどね」

 と、ラミーはおかしそうにくすくすと笑う。
 その意味が分かるだけに、ジンも苦笑してしまう。
 ポップが里帰りしているからこそ、恒例の仕入れをやめたのが見え見えなのに、それを素直に口にできない意地っ張りな男だ。

 面白いもので、その意地っ張りな頑固さはポップもそっくり引き継いでいる。ある意味で、似たもの親子と言えるだろう。
 ある程度予測はしていたが、武器屋に近付くにつれ派手な怒鳴り声が店の外にまで響き渡ってきた。

「こらっ、武器をそんな適当に扱う奴があるか?! もっと真面目にやらねえと怪我するぞ!」

「って、ドタマかなづちなんてふざけた武器を仕入れている親父には言われたかねえよっ! こんなの、売れるわけがねえだろうがっ!」

 と、やたら賑やかな店内を覗き込むと、カウンターの定位置に座ったジャンクに、嫌々という感じで店の掃除をしているポップの姿が見えた。
 が、それよりもジンの目を引いたのは、店の隅の壁に寄り掛かって佇んでいる見慣れぬ美形の男だった。

 顔と髪の色から見て、彼がヒュンケルなのだろうとジンは思う。店に入った瞬間、彼からの鋭い視線を感じて身が竦んだが、すぐにそれは霧散する。

「あれっ、ジン?! へー、ラミーも一緒かぁ」

 珍妙な武器の埃を取るべく雑に布で磨いていたポップは、目が合うとその武器を投げ捨てて二人の所へやってきた。

「うわっ、帰ってたのか?! 全然知らなかったよ、なんだよ、知ってりゃ押しかけていたのによ!」

 と、嬉しそうにはしゃぐ息子の声を聞きつけたのか、奥からエプロンで手を拭きながら現れたのはスティーヌだった。

「まあ、いらっしゃい、二人とも遊びに来てくれたの? 今、お茶を運ぶから遠慮なく二階に上がってちょうだいな」

「そうだよ、来いよ」

 と、仕事を放り出してジンとラミーの手を引っぱるポップをジャンクは苦々しげに睨みつけるものの、仕方がないとばかりに肩を竦める。
 それが、この頑固親父の見せる最大限の譲歩だと知っている幼馴染み同士は、顔を見合わせてこっそりと笑った。

 

 


 話題は、尽きることがなかった。
 なにせ数年振りに顔を合わせた幼馴染みだ、懐かしさが先に立って会話も弾む。
 しかし、そこにヒュンケルがお茶を運んできたのを見て、ラミーが一際甲高い声をあげた。

「きゃあっ、ありがとうございますーっ、わざわざすみません」

 と、大袈裟な程に喜ぶラミーとは対照的に、ポップの方は露骨に顔をしかめる。

「ちぇっ、なんで、おまえが持ってくんだよ?」

 まるで迷惑だと言わんばかりに文句をつけてはいるが、そこには悪意や敵意は感じられない。
 まるで反抗期の子供がわざと親に逆らうよな甘えじみた拗ねを連想させるものだが、乙女モード全開のラミーはポップのその態度が気に入らないようだった。

「ちょっと! ポップ、目上の人に向かってその言い方は失礼じゃない? いくら、親しいからって言っても……」

 と、説教染みたこと言いかけてから、ラミーはふと首を傾げた。

「そう言えば、聞いてなかったけど、この方とポップってどこで知り合ったの?」

 ラミーのその疑問は、ジンもまさに考えていたものだった。ラミーとは違う意味で、ジンだってヒュンケルの存在は気になる。
 ポップは人懐っこい性格で、誰ともでも気安く言い合えるタイプとはいえ、どう見てもこのヒュンケルという青年とはそう仲が良いようには見えなかった。

 年も少々離れているし、どんなきっかけで知り合いになったのか、見当すらつかない。 ちょっと好奇心が浮かんで聞いたまでの質問だろうに、ポップは目に見えてうろたえた。


「どこって――えっと、まあ、そんなのどうでもいいじゃねえか」

 慌ててごまかそうとするポップを見て、ジンは初めて気がついた。
 ポップはジンとラミーや村の話こそ詳しく話したがったが、自分についてはほとんど話してはいなかったことを――。

「なあ、ポップ。そう言えば、おまえ、普段はどこにいるんだ?」

「えー、えーっと、えっと……それはー」

 ポップのあたふたぶりは、さっきよりもひどいものになる。
 と、ポップのその苦境を見て取ったのか、わずかに苦笑を浮かべ、今まで無言だったヒュンケルが口を出してきた。

「ところで、少し聞きたいんだが。さっきの張り紙を見たのだが、ゴーレムの数や種類などは分からないのだろうか?」

「悪いけど、そこまで詳しくは知らないんだ」

「では、ベンガーナ兵士が動いているとの話だが、どのくらいの数だかは聞いてはいないか?」

 そう聞かれて、ジンは学校で聞いた噂を思い出す。

「確か……一個中隊が巡回するって話だったけど」

 記憶を辿りながらそう答えると、ヒュンケルは律義に礼を言い返す。
 ジンとヒュンケルのやり取りに、ポップがホッとしたような、それでいて妙に不貞腐れたような顔をする。話が逸れたのは有り難いが、ヒュンケルに助けられたのが気に食わない――そんなところだろうか。

「そうか。中隊で動くともなれば、数は少なくはなさそうだな……」

 少し考える素振りを見せ、ヒュンケルはポップに向かって言った。

「オレはこれから、少し出かけてくる。彼らにも、一応この話を伝えておいた方がいいだろうからな」

 ヒュンケルが言う『彼ら』が、誰のことなのかジンにはまるっきり分からなかったが、ポップにはすぐに通じたらしい。

「んな必要なんか、あるもんかよ。別に教えなくったって、あいつらが困るわけがねえだろ」

 とことんヒュンケルの言葉に反対したいのかむくれた様子でそう言うが、本気で止める気まではないのか出て行こうとする彼をそのまま見送る。
 それに困惑したのは、むしろジンとラミーの方だった。

「ちょっと、ポップ。あの人を行かせちゃっていいの? 危なくないの?」

 ヒュンケルが誰に話をしたいのかは分からないが、村の外から来た彼の知り合いが、村の外にいるのは予想がつく。
 それだけにジンでさえ心配になるが、ポップはまるっきり無頓着だった。

「あ、そんな心配するだけムダ、ムダ! あいつに限って、危ないわけがねーって。それより、せっかくのお茶なんだし冷めないうちに飲もうぜ」

 

 

 

 それからまた話に花を咲かせた三人が、馬の嘶きに気がついたのは、しばらく経ってからのことだった。

「あら? なにか、騒がしくない?」

 馬の嘶きだけなら、別に不審にも思わなかっただろう。だが、ジャンクが馬をなだめる声も聞こえてくるのを聞きつけ、三人はそろって階下へと降りる。

「親父、なんかあったのかよ?」

 興奮してなかなか落ち着かない馬を抑えようとしているジャンクは、ポップの問いに振り向きもせずに答えた。

「いや、オレにも何がなんだか分からねえんだが、さっき、いきなりこの馬だけが一頭、戻ってきてな。――ほれっ、どうどう、落ち着け!」

 千切れた手綱をぶら下げたその馬を見て、顔色を変えたのはラミーだった。

「その馬って、まさか……っ」

 ラミーの恐れが、ジンには手に取るように分かった。
 ランカークス村では、馬はそう多くはいない。ベンガーナに馬車を仕立てる時は、普段は農作業に使っている馬をどこかから借りるのが普通だ。

 荷物の仕入れに使う時は、馬は二頭使って馬車を引かせる。
 今朝、ラミーの両親もそうやって父さんと母さんが乗っていった馬も、そんな風に近所から借りた馬のはずだ。
 それが一頭だけ戻ってくるなんて、どう考えても尋常なことではない。

「あっ、ラミー?! どこ、行くんだよっ?!」

 ポップのその呼び声がまるで聞こえないかのように、ラミーは身を翻して一直線に走り出していた――。

 

 


 それは、悪い夢のような光景だった。
 あまりにも日常とかけ離れ過ぎていて、まるっきり現実感を感じない光景。そのせいか、ジンはなかなか自分の見ているものを信じきれなかった。
 ランカークス村からそんなに遠く離れてもいない、ベンガーナに向かう街道。

 その街道に、壊れた馬車が転がっていた。
 それも、ただ事故で倒れたという程度の壊れ方ではない。巨大な力で押し潰されたように、めちゃくちゃに半壊してしまっている。 繋がれた馬が、曲がりなりにも無事で、不安げに嘶いているのが嘘のようだった。

 だが、その馬車に乗っていた人間は、馬ほど運がよくなかったようだ。
 壊れかけた馬車の下敷きになり、呻いている男。そして、必死になって彼を助けようとしている女。

 女の細腕一つで傾いた馬車など持ち上げられるはずもないのに、彼女は必死になって男にかかる加重を減らそうともがいている。
 その二人は、三人にとってはよく見知った顔だった。

「父さん?! 母さん!」


 悲鳴染みた声をあげたラミーが、両親の元に駆け寄る。
 両親の危機に動転した彼女には、きっと見えてはいないのだろう。地響きを立てながら、一定の速度で少しずつ近付いてくる怪物達の群れが。

 堅い煉瓦を組み合わせ作り上げたような、動く積み木人形の姿をした怪物、ゴーレム。彼らは目の前に倒れている人間や馬車に気がついた様子もなく、一定の速度で列をなして歩いてくる。
 その無機質差が、逆に恐ろしい。

 話には聞いていた怪物を目の当たりにした恐怖は、想像以上のものだった。
 半ばパニックになりかかったジンの気持ちを支えてくれたのは、幼馴染みの二人の存在だった。

(そ、そうだ、おれがしっかりしなきゃ……っ)

 女の子のラミーに、年下で逃げ癖のあるポップ。
 いざと言う時は、二人を守るのは自分の役目だと言う自負が、ジンにはある。
 もしもの時は、せめてラミーとポップだけでも庇わなければ――そう思う気持ちが、衝撃のせいで立ち止まってしまったジンの足を動かす。

 とにかく、ラミーの父を助けるのを手伝おうと思いつき、やっと一歩踏み出したジンの隣を、駆け抜けていったのはポップだった。
 必死に走るラミーやジンよりも少し遅れて追いかけてきたポップは、足を緩めることもなくジンを追い越していった。

 風のようなその勢いに一瞬呆気に取られたジンだが、ポップが馬車にすら足を止めず、単身で怪物達の前に飛び出したのを見てギョッとする。
 十体近いゴーレムが近付いてくる中、ポップは肩で息をしながらもしっかりと立ちはだかった。

 背にした、ラミー一家を守るかのように。
 ポップの無謀な行動に、ジンは無意識に彼を止めようと手を伸ばそうとした。だが、その手が到底届くはずもない。

 土煙を立てながら歩いて来るゴーレムの方が、先にポップに達するだろうと思った時――彼の周囲にの空気が変化していく。
 ジジジと音を立てながら細かな火花が散らし、ポップの右手が輝きに覆われていく。

 目を焼くその輝きは、急速に強さを増していく。
 そして、ポップが一声叫んだ途端、その輝きは最高潮に達した。

「イオラ――ッ!」
 

 その瞬間、ポップの手から打ち出された光が連続的に爆発し、目の前にいるゴーレムの群れを巻き込んで炸裂した――!!
                                         《続く》
 

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