『マイ・スィート・ディジー 2』

  
 

「聞こえないのか?! ポップを離せよ……!」

 普段は誰に対しても分け隔てなく、朗らかに話しかける声音に、凄まじいまでの気迫が漲る。
 闘神の血を引く者に相応しい猛々しさで、ダイは見も知らぬ男を睨み付けた。

 ダイにしてみれば、目の前にいるのは敵だ。 それも、ある意味ではバーン以上の強敵と言える。
 なにしろポップを自分のもののように抱きかかえているのだ、それだけでも神経が逆撫でされることこの上ない。

(ずるいや! あんなこと、おれだってそうそうしたことないのに……っ!)

 ともすれば暴走してしまいそうな怒りを、ダイは必死で抑えようとしていた。
 普段ならまずは行動に出るところだが、ここはベンガーナ城……余所の国だ。一週間ほどベンガーナ王国に出張する用事ができたポップに、自分もついていきたいと無理やり頼み込んだのは、ダイだ。

 最初は仕事の邪魔だからと素っ気なく断っていたポップだったが、渋々折れる形で護衛としてついてくることを認めてくれた。
 しかし、絶対に揉め事や面倒事を起こすなと、ポップだけで無くレオナやヒュンケルからまで、くどいくらいに念を押された。

 だから、ダイはダイなりに自重しようと考えていた。
 考えてはいたのだが――ほんのちょっと目を離した隙にポップがこんな目に遭っているのを見て、どうして落ち着いていられるだろう?

「もう一度だけ、言ってやる……!! ポップを放せ!」

 それでも、もう一度そう繰り返したのは、剣で攻撃を仕掛ける際にポップに巻き添えを食らわせてしまう危険を嫌ったためだ。
 ポップに傷を負わせずに男だけに攻撃できる自信はあるが、万一ということもあるし、なにより返り血までも防ぐことはできない。

 ――などと当たり前の様に考えてしまう発想こそがすでに危険思想なのだが、頭に血が昇りきったダイにはもう善悪の区別などどうでもよくなっていた。
 騒ぎを聞き付けたのか、城の方からパラパラと兵士達がかけつけてきたのすら目に入ってはいない。

 もはや殺気を隠そうともせず、ダイは腰にした剣に手を伸ばしかける。
 この金髪ワカメ男を一刀両断してやろうという無言の気迫が、ひしひしと周囲に漂った――。

 

 


「……ま、まずいですよ、坊っちゃん?!」

 尋常ならざる殺気を感じて、顔色を変えたのはクラウスの方だった。
 少しでも剣のたしなみがある者ならば、この少年が若さに似合わず、凄腕の持ち主だと一目で看破できる。

 というよりも、どんなド素人であっても、目の前にいる少年の本気さと危険さを察知できるだろう。
 危険な獣を目の前にして本能的な危惧を覚えるように、本能が危険を教えてくれる。

 この少年の剣呑さは肌を刺すようにピリピリとした刺激として、感じられる。一刻も早く、逃げた方がいい……普通の人間なら、間違いなくそう思うだろう。
 だが、恵まれるだけ恵まれて育った温室育ちの貴族のボンボンときたら、5歳児にだって分かるであろう危険を、まったく理解しちゃいなかった。

「ん? なんだい、キミは? ああ、悪いけど今、ボクは忙しいからそこをどいてくれないか?」

 …………ここまで危険に関して鈍いのも、ある意味ですごいと言うしかない。
 ダイの目が鋭くギラリと光り、剣が抜き放たれる――かと見えたその瞬間、ダイの頭上にものすごい勢いで緑色のブーツが降り下ろされた!

「え? あれっ?」

 しっかりとポップを抱えていたジュリアーノが、空になった自分の腕を見て戸惑うのも無理はないだろう。
 ジュリアーノがダイに気を取られた瞬間を狙って、ポップは動いた。

 トベルーラを使って男の腕から抜けだし、その勢いのままダイに踵落としを決めたのだ。 普段ならポップの蹴りぐらいじゃダメージにもならないダイだが、さすがにトベルーラで勢いをつけまくった一撃だと、話が違う。

 おまけにポップからそんな真似をされるとは夢にも思っていなかっただけに、痛みやショックも倍増だった。

「な、なにするんだよ〜、ポップ?」

 ちょっと涙目になりかかりながら訴えるダイに、ポップはカンカンになって怒鳴りつけてきた。

「それはこっちのセリフなんだよ、このバカッ?! なにする気だったんだよっ、てめえはっ、あれほどベンガーナではおとなしくしていろって言っただろうがっ!!」

「だ、だって、ポップがあんなことされてたから、おれ、つい……」

「『つい』で、いきなり人に斬りつけようとすんなっ!! それが仮にも勇者のやることかっ?!」

 ――げしげしと『勇者』を足げにすることこそ、どうかと思う行動だが。
 本人達は至って真剣の割には、どうにも漫才のようなやりとりである。が、それを聞いてクラウスは目を剥いた。

「勇者……っ?! それに、ポップって……」

 まじまじとダイとポップを見比べたクラウスは、弾かれたように主人を振り返った。

「そうかっ、どこかで聞いた名だと思ったら、ポップってのはあの大魔道士の名前ですぜ、坊っちゃんっ!!」

 世界が大魔王に滅ぼされかけたところを救ってくれた勇者とその一行は、世間的に見えれば大英雄だ。
 なにせ、彼らがいなければ世界は滅んでいたかもしれないのだ、彼らに対して尊敬や畏敬の念を感じるのは当たり前だろう。

 駆け付けてきた兵士達が、この状況にどう対応していいのか分からないのか、おたおたとしているばかりなのも頷ける。

 勇者と大魔道士ならば超国賓級の客人だ、危害を加えるどころか失礼があっても、国際問題になりかねない。
 とんでもない相手をナンパしてしまった  と青ざめたのは、クラウスだけだった。

「勇者? ……ああ、そう言えばそんな話を、前に爺やから聞いたような気もするな。ふうん、勇者ってのはこんな子供だったのか」

 と、珍しいものを見る目でダイをちらっと見たものの、ジュリアーノは勇者にはほとんど関心を見せなかった。
 ベンガーナ王国は、世界でもっとも魔王軍の攻撃の被害の少なかった国だ。

 それはベンガーナご自慢の軍事力のおかげではなく、単にバーンの攻撃目標から運良く外れただけにすぎないのだが、本人達はそうは思わない。
 圧倒的な軍事に守られたこの国は安全だと言う、根拠のない優越感を感じている者は少なくはない。

 ことに、貴族階級にはそう考える者は多かった。
 被害に縁遠かったせいで危機感が薄く、従って勇者への感謝や尊敬の念もそれ以上に薄い。

 ましてや生まれついての特権階級で、優遇されるのが当然と考える苦労知らずの貴族の子息には、勇者でさえ一般人と大差がない。
 ジュリアーノにとっては、勇者や大魔道士なんて肩書きは意味がなかった。

「ふうん、キミが大魔道士ポップだったのか。それはさすがに多少驚きだが、キミが何者でもボクの愛に変わりはないよ、マイ・スィート・ディジー」

 熱っぽい視線のまま、恥ずかしげもなく人前でそうぶち上げるジュリアーノ――ある意味で、ものすごい大物と言えるかもしれない。
 あまりにも非常識な貴族様に対して、ダイやポップばかりではなく、見ている人々も唖然とするばかりだった――。

 

 

 ベンガーナ王国の中枢部分、限られた者しか入ることのできない居住区の一角に、『大魔道士の部屋』がある。
 かつて、大魔道士ポップがベンガーナ王国に留学していた時に使っていた客室だが、ベンガーナ王の命令でこの部屋はポップの私室と定められ、常時手入れされている。

 ポップにしてみれば、年に何度か泊まりにくるだけの他国に自分の部屋など必要ないと思っているのだが、他国の王の厚意ともなれば拒否できない。
 ベンガーナ滞在中は、必ずその部屋に寝泊まりするようにしている。

 今まではそれに不満もなかったのだが……今回に限ってはちょっとした問題が発生していた。

(またかよ……)

 と、ポップは口に出さないように気をつけて、溜め息をこぼす。
 朝、自室の扉を開けるなり、その真正面に陣取っていたのは金髪も輝かしい青年だった。彼の後ろには、呆れ果てたような顔をして突っ立っている黒髪の青年もいる。

「おはよう。今日も、気持ちのいい朝だね」

 朝の挨拶ともに、スッと、ポップの目の前に差し出されたのは、一輪の薔薇だった。
 が、ポップはそれを見て露骨にげんなりとした表情を見せる。
 正直言うのなら、このまま扉を閉めて知らん顔をするか、でなければメラゾーマでも打ち込みたいところだ。

 が、残念ながら相手は他国の貴族。ダイやヒュンケルに対するような対応は、できやしない。
 それに、ポップがベンガーナに来たのは遊びや物見遊山ではない。

 会議だの面会だのの用事が、それこそ分刻みで詰まっているのだ、部屋に籠っている訳にもいかない。
 ついでに、今にも噛み付きそうな番犬よろしく、ジュリアーノを睨みつけているダイの暴走を防ぐためにも、ポップは自分から訪問者に声をかけた。

「…………おはよーございます。で、その薔薇がなにか?」

 どう聞いてもお義理なその挨拶を聞いて、ジュリアーノは我が意を得たりとばかりに力強く頷いた。

「ああ、不審に思うのも無理はないよ、マイ・スィート・ディジー! キミへの愛を薔薇の花の数で示すのであれば、この城いっぱいを薔薇で埋めてもまだ足りないのだから。
 だが、ボクはあえてキミに、たった一輪の薔薇を捧げたいと思ったのだよ。なぜだか分かるかい?」

「分かんないし、興味も全くないっすけど」

 身も蓋もない、木で鼻を括ったような返答だが、ジュリアーノの心は不滅だった。
 より一層の笑顔を浮かべ、芝居掛かった身振り手振りを交えて、気取った口調で話しかけてくる。

「薔薇は、美しい。だが、ヒナゲシの魅力はそれ以上だよ、キミの魅力の前では、薔薇の美しささえ色褪せる……!
 ならば、真の美の前に萎れる薔薇など一輪で充分――ボクの気持ちを伝えるには、これだけでいいと言うものだよ、うん、うん」

 自分自身に陶酔しきったように、大仰な愛の言葉を訴えてくる男の姿と声は、非常に目立つ。
 侍女だの侍従だのがくすくす忍び笑いをしつつ、見て見ぬ不利をして通り過ぎるのが、ポップにとってはいたたまれない。

 こんな光景が朝だけと言わず、城内で顔を合わせるごとに繰り返されるのだから、たまったものじゃない。
 しかも、その度ごとにダイの機嫌が目に見えて悪くなるのが、なお困る。

「あー、どーも。それじゃ、おれは急ぐのでこれで。――ほらっ、ダイ、行くぞ」

 めいっぱい不機嫌そうなダイを無理やり引っ張って、ポップはそそくさと逃げるようにその場を立ち去る。

「待ってくれよ、マイ・スィート……」

 未練たっぷりにまだ追いすがろうとするジュリアーノを諫めるのは、クラウスだ。

「ほらほら、坊っちゃん、一応用事は済んだんだし、気はすんだんでしょ? いい男ってのは引き際もいいもんですよ」

「え? そ、そうなのか?」

 暴走しそうなジュリアーノとダイをそれぞれの相方が抑えることで、なんとかバランスを保つ。
 ここ数日は、そんな形で彼らのバランスは取れていた――とりあえずは。

 

 


「おい、ダイ、何そんなに機嫌を悪くしてんだよ?」

 ベンガーナ城の回廊を歩きながら、ポップはダイに向かって気楽にそんなことを言うが……ダイはすぐには返事もできなかった。

(もーっ、どうしてポップってこんなにニブいんだよぉっ?!)

 大好きな大好きな、世界で一番大切な恋人。 その相手に言い寄ってくる男がいるというのに、上機嫌でいられるはずがない。

「だって! あいつってば、毎日、ポップに会いにくるじゃないか!」

 口に出す以上の不満を込めたダイのその言葉の意味は  残念ながらポップにはあまり伝わらなかったようだ。

「あー、あいつもまったく、マメっていうか暇だよな。いーかげん迷惑だし、やめてくれりゃいいのによ」

 ポップも嫌がってはいるようだが、ダイのように強い敵意を感じているわけじゃなさそうだ。
 それに無性に苛立ちを感じながら、ダイはポップに質問をぶつける。

「そんなの、おれだって嫌だし、やめてほしいよ! ポップ、あいつを止める方法ってないの?」

 そう聞いたのは、ポップならそれを知っているんじゃないかという期待があったからだ。 が、ポップは考える素振りもせず、逆にダイに質問を投げ返してくる。

「じゃあ、なんとかする方法をおまえが考えてみろよ。あ、言っておくけど、戦いと魔法は一切禁止な」

「えっ?! それじゃ、あいつをどうやって倒せばいいんだよ?」

「だから別に、『倒す』必要はないだろうがっ!! つーか、倒すな、絶対にっ!」

 強く釘を刺され、ダイはしぶしぶながら頷いた。

「う〜、分かったよ」

 ダイ的にはアバンストラッシュXをぶちこんでしまいたいぐらいだが、ポップに嫌われたくはないのでなんとかその考えはしまい込む。
 できる限り穏便に、あの金髪ワカメをなんとかする方法に頭を悩ませに悩ませぬいた揚げ句、ダイは言った。

「えっと、えっと? ベンガーナ王に、頼んでみるとか、だめかな?」

 

 


(……所詮、ダイの発想じゃこんなもんかー)

 稚拙ではあるが、ダイはダイなりに一生懸命考えたに違いない言葉を、ポップはすげなく切り捨てた。

「だめだ。ぜーんぜん、だめだっつーの」

「えー、なんでだよ? 頼むだけ、頼んでみてもいいじゃないか」

「やだって言ったら、やだ! 男に口説かれて困ってますだなんて、ンなみっともないこと、言えるもんか!」

 ダイに釘を刺す意味を込めて、ポップは強く言い切った。
 ダイには教える気はないが、ポップは心理的に嫌だと言う気分を差し引いても、ベンガーナ王に今回の件を話す気などない。

 ベンガーナ王にポップが困っていることを教えれば、なんらかの対処をしてくれるのは間違いはない。
 豪快で意外とさっぱりとした人柄のベンガーナ王は、気に入った人間には寛容でひどく気前のいい質だ。

 魔王軍時代からの知り合いでもあるし、ポップを自国に招きたいと考えているだけに、多少のわがままでも聞いてくれる可能性は高い。
 そして、いかに大貴族だろうとも、王の命令であれば従わないわけにはいかないだろう。
 

 だが、そうと分かっているだけに、ポップは彼に助けを求める気になどなかった。
 ポップが頼めば、ベンガーナ王は否応なく一つの選択を選ばなければならなくなる。
 国王でさえ無視しきれない大貴族と、世界的英雄ともいうべき、大魔道士  そのどちらを優遇するかを。

 それは単にこの場限りの選択ですまず、下手をすれば国を揺らす元になりかねない危険な選択になりかねない。
 今、世界は大きく変わろうとしている最中だ。能力とやる気に溢れた人材を積極的に育て、認めていこうとする政策が世界会議を通じて、世界各国に広がっている。

 ポップやレオナが理想とする、人間も怪物も平等に暮らせる平和な世界への第一歩だ。 それは、いいことには違いない。
 だが、どんなにいい政策であったとしても、それによって不利益を被る者は生じるものだ。

 新興勢力の誕生は国を勢い付ける代わりに、古くから国を支配してきた貴族達の力が弱まることを意味している。
 当然、貴族達が新興勢力を面白く思うはずがない。

 それを一番感じ取っているのは、新興勢力の中で一番の出世頭ともいうべきポップだ。 庶民出身なのに各国の王の信頼も厚く、古くからの慣習に囚われないポップの行動は、貴族階級にとってはひどく目障りなものだ。

 ポップの活躍に焦りを感じている貴族連中は、常に彼の足を引っ張るスキを狙っていると言っても過言ではない。
 そんな連中の目を引くような行動は、徹底して避けておきたい――そんなポップの政治的判断とは無縁なダイは、頭をひねった揚げ句、とんでもない提案を上げてくる。

「じゃあ、レオナに頼むってのは、どう?」

 その途端、ポップはまさに飛び上がるような勢いで拒絶した。

「じょおっだんじゃないぜ! んな話、姫さんになんか言った日には、腹を抱えて笑い転げまくった揚げ句、一生からかいのネタにするに決まってるっつーの!」

 

 


(それはそうかも……)

 咄嗟に、ダイはそう思ってしまった。それは、ぜんぜん否定できない。

「…………あー、えっと……でも、レオナ、助けては、くれると思うよ?」

 あえてポップの言葉は否定せず、ダイはそれでも控え目に頼りになる女友達の弁護してみる。
 国同士の駆け引きに関しては、ポップも相当に巧いがレオナはさらにその上手を行く。


 今回のように、相手が他国の貴族だから手を出しにくいとか、ダイにはよく分からない政治的に扱いが難しい相手に釘を刺すのは、レオナの方が得意だ。
 ポップが本気で困っているなら、助けてくれないはずもない。

 ――まあ、代償としてからかわれるのはダイも否定はしないが、ダイにしてみればそれぐらいどうってことはないと思える。
 少なくとも、ポップがあんな男に付きまとわれるよりも、ずっといい。
 が、ポップの意見は違っていた――。

 

 


「だから、助けなんかいらねえってえの! 姫さんにこんなことバレるぐらいなら、今の方がまだマシだって」

 きっぱりはっきりと、ポップは宣言する。
 ポップにしてみれば、レオナに助けを求めるなんて論外だ。
 これで、ジュリアーノが貴族絡みの陰謀に関わった上でポップに絡んできているのだとしたら、ポップもレオナに相談するのは吝かではない。

 ポップがミスをすれば、それは同時に、政治的同盟者であるレオナの失脚にも結び付くのだから。
 が、あの脳天気な貴族のボンボンが、政治だの陰謀だのには全く興味が無いのは、明白だ。

 恵まれ過ぎていて、世間知らずな貴族の子息。
 いかに家柄がよくても、政治的な意味ではそんな男は警戒するにあたらない。
 単に個人的趣味でポップを追って来るというのなら、わざわざ事を大きくする気などなかった。

「それに、あの男ってけったいな上に趣味も悪くてどうかしてるけど、それ程悪い奴でもなさそうだしよ。
 どうせ、もうすぐパプニカに帰るんだし、ほっといていいって」

 男に口説かれるなんぞ、ポップとしてはゾッとしないが――旅の恥はかき捨て、という言葉もある。
 ポップがベンガーナに滞在するのは、一週間ほどの予定だ。それがすめば当然パプニカに帰るし、そうなればさすがに他国にまでちょっかいを出してこないだろう。

 はっきりいって、ポップにしてみればジュリアーノが本気で自分に惚れただなんて、思っちゃいない。

 遊び半分の誘いだろうと考えていたし、それなら目の前から対象が消えれば熱が冷める程度のものだろう。
 ポップはそんな風に結論を出し、楽観していた――。

 

 

(ポップ……ッ、ポップって、ホントに分かってないよ)

 楽観するポップとは対照的に、ダイは焦りや不安を抑えきれない。
 あまりにも自分の魅力に無自覚なポップが、腹立たしいぐらいだ。
 ダイとて、前よりはずいぶんと世間を知っている。基本、恋人というのは男女というのは大多数だが、同性を恋人とする者もいないわけではない。

 一般市民ではさすがに少ないが暇を持て余した貴族階級では、それも一つの趣向としてそれなりに広まっている。
 特に、男性が若い男や少年を愛人として囲うのはそう珍しくはない。

 別にその風潮自体には、ダイはどうこういうつもりはない。ダイ自身だって、そうなのだから。
 男も女も関係なく、一番好きになった人を恋人に選ぶのは自然だと思う。

 だが、たった一つ気に入らないのは、ポップをその対象として見る者が、少なからずいることだ。
 こと自分のことに関しては鈍いポップは全然気がついていなくても、ポップを見る目が違う男と会う度に、ダイは落ち着かなくなる。

 それでも、今まではポップが拒否すれば、大抵の男は諦めてくれた。
 なにせ、ポップは見た目はちょっと頼りなく見えても、世界で1、2を争う腕を持った魔法使いだ。

 ポップを本気で怒らせれば、最強魔法で反撃されるのは目に見えている。それを考えれば、大抵の男が涙を飲んで引き下がるのは当たり前だろう。
 だが、ジュリアーノ――あの男は最悪だった。

 ひたすら熱心にポップの元に押しかける情熱や、手酷く断られてもまったく気にせずに話しかけるあの態度。
 大袈裟過ぎる言動のせいでポップや周囲の人はあまり本気にしていないようだが、ダイにはよく分かる。

 彼が、本気だと。
 ポップが好きで好きで堪らないから、あんなストーカーっぽい行動になっているのだと。――自分でも似たような行動をとっているだけに、ダイにはそれが理解できる。
 だからこそ、不安だった。

 ポップは、基本的に人がいい。
 用心深さや細心さだってちゃんと持っているのに、気を許した相手に対しては敵対心を保ち続けられないのだ。

 そんなポップの甘さや優しさが、ダイは好きだ。
 だが――それは、不安の源にもなる。

「……ポップ」

 腕の中にポップを閉じ込めるように壁に押しつけると、呆気なさすぎる程あっさりと実行できてしまう。

「ほら、ポップって油断しすぎなんだよ。こんなに簡単に、掴まっちゃうじゃないか」

「そりゃ、てめえがいきなり掴むからだろうがっ?!」

 文句を言いつつ手をふりほどこうとポップが身動ぎするが、そんなものは簡単に押さえ込めてしまう。
 別にダイでなくても、並の男程度の力があればできてしまうことだ。

「ちょ…っ!! ダ、ダイ、待てよっ?! ここ、どこだと思って……っ」

 いきなりダイに顔を寄せられたポップが焦った声をあげるが、ダイは構わなかった。真剣な表情でポップの目を覗き込み、心配そうに言う。

「ポップ……約束してよ」

「な、なにをだよ……」

 少し怯えた様に自分を見上げるポップに対して、ダイは囁くように言った。

「あいつに、気を許したりしないって。おれが側にいない時は、油断したりしないで」

 

 


「な、なんだよ、そんなことかよ……」

 いきなりの抱擁で、いきなり迫られて。
 強引にキスでもされるかと思って、ちょっと緊張してしまったポップにしてみれば、ダイのその言葉や態度は肩透かしもいいところだった。

(い、いやっ、別に期待してたとか、そんなんじゃ全然ないから!)

 誰にも聞かれていないのに強く否定し、一人で顔を赤らめているポップに、ダイはなおも真剣に言って聞かせてくる。

「ホントに、気をつけてくれよ? ポップって結構スキが多いから、おれ、心配なんだ……」

 ダイの真剣さは、分かる。本気で自分を心配してくれているのも、分かる。
 が、それでも多少、ムッとしてしまうのは男としてのプライドというものだろうか。
 確かに、ダイに比べればポップは腕力では比べ物にならないし、男としての逞しさでは負けるだろう。

 が、それでもポップだって男の端くれだ。
 いくら恋人が相手だからといっても、女の子のように庇われたいだなんて思わない。

「なんだよ、あんまり人のことをバカにすんなよな。そんなに心配しなくったって、自分の身ぐらい自分で守れるし、そうそう油断なんかしねーよ!」

 それは今は掴まってしまったが、それは相手がダイだからだ。
 ダイでなければ、こんな風におとなしく掴まったままでなんかいない。とっくの昔に、魔法で反撃している。
 そんな思いを込めて睨み返すと、ダイはホッとしたように頷いた。

「うん、それならいいんだ」

 こくりと頷く子供っぽい仕草のすぐ後、年下の勇者はやけに大人びた印象の笑みを浮かべ、不意に顔を寄せてくる。
 かすめるような、だが、熱い一瞬の感触は唇に落とされ、すぐにまた離れた。

「――おれ以外の誰にも、こんなことさせちゃだめだよ」

 時間差でされたキスに、ポップの顔がさっきとは違う意味で赤くなった――。
                                                  《続く》
 

3に続く
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