『マイ・スィート・ディジー 4』 |
「え? 王様がおれを呼んだんじゃ、ないんですか?」 と、当惑顔で首を捻るダイに、ベンガーナ王は重々しく頷いた。 「うむ、それはワシの命令ではないな」 「はい、王が出された命令で勇者様に関するものは……本日、午後のお茶会を中庭で行うから、それに併せてご招待するようにとの仰せです。 と、分厚い手帳を片手に王の命令を補足するのは、眼鏡を掛けた神経質そうな書記官だった。 (あ、そういやポップもそんなこと言ってたっけ) と、すっかり忘れきっていた予定を、ダイはひょこっと思い出す。今日は予定が午後からだからこそ、暇のある午前中に読書をしたいとポップは言った。 それを思い出した途端、ダイはもうお昼ご飯の時間を過ぎていることに気がついた。せっかく、一緒にお昼を食べる約束をしているのに、待たせたりしたらきっとポップは怒るだろう。 「どうも解せませんね……王の名を騙って意味不明な命令を実行しようとは、なにか裏があるやもしれません。調べさせた方がいいのでは?」 などと、書記官が言うのをあまり気に求めず、ダイは王様に向かってペコリと頭を下げた。 「えっと、お騒がせしました! じゃあ、おれ、ポップを待たせてるからもう行きますね。じゃっ」 一国の王の前から退出するのはいささか無礼な態度のようだが、ベンガーナはもともと武勇を貴ぶ国。 ましてや個人的にも勇者ダイと親しいベンガーナ王は、ダイの無礼さをかえって楽しんでいるように、鷹揚に見送った。 「ああ、ポップ君によろしくな。後で、また茶会の時に会おう」
走らない程度の早足で図書室に戻ってきたダイは――愕然と目を見開いた。 それだけならダイも、ここまで驚きはしない。ダイがいつの間にかいなくなっていたのに気がついたポップが、怒るか拗ねるかして、先に一人で食事を取りに行ってしまう、なんてことは大いにあり得る。 だが、妙に乱れたように押し退けられた椅子が、なにより床に投げ出された本が、異変を教えてくれる。 だが、ここは他国だ。 ポップに、何かあったとしか思えない。 素早く、この部屋の窓は全部がやたらと小さいことと、図書室唯一の出入り口であるドアだけだと確認すると、ダイはドアの近くのカウンターに陣取る司書に詰め寄った。 「ポップがどこに行ったか、知らないか?!」 「だ、大魔道士様なら、先程ご気分が悪くなられたとかで、衛兵の方が彼を運びだしていましたよ」 勇者ダイの見せる必死の気迫に怯えを見せつつ、それでも司書は自分の知っていることをそのまま教えてくれた。 ぐったりしているポップを見て、担架でも手配しようかと司書も声を掛けたのだが、衛兵は大騒ぎにはしたくないし、一人でも運べるから大丈夫だと行って、そのまま彼を連れて行ったのだという。 司書にしてみれば、その言葉を疑う理由もなかった。 「い、行く先までは、お聞きしませんでしたが……あっ、勇者様?!」 必要な情報を聞き終えた途端、ダイは物凄い勢いで図書室を飛び出していった――。
まず、第一に衛兵のメンバーにはいない顔だし、第二に身に付けている鎧が綺麗過ぎる。一度も使用したことのない新品としか思えない鎧は、激しい実戦訓練を積まなければ就任できない衛兵としては有り得ないものだ。 あらかじめ打ち合わせをしていた彼らは、無駄口を叩くことなく素早く行動を開始する。 迷いのない足取りで人気のない方、ない方へと歩いて行く。 しかし、いかに大勢の人がいる場所とはいえ、城の中にはよく使われる場所とほとんど人が来ない場所と言うものが存在するものだ。 彼らは、その決まりを悪用していた。 さすがに花園の入り口を守る衛兵には見つかったものの、双方ともに焦りは見せなかった。 咎めもなくそのまま素通りした彼らは、薔薇園迷路の奥の庭園へとポップを運び込む。そこで待ち受けていたのは、貧相な体格の中年男だった。 「……ふん、成功したのか」 「はい、思ったよりも簡単なものでした」 衛兵がまるでレディに対するような丁寧さで、ポップを四阿の寝椅子の上に下ろす。そのポップに無遠慮に顔を寄せ、中年男は忌ま忌ましげに呟いた。 「――やはり、母親似だな。どうせなら、中身と性別も母親譲りなら手放しに歓迎したものを」 ベンガーナ王国の男にとっては、『ひなげしの君』は無視しきれない意味を持っている。今でこそ美術館に寄贈されたが、それまでは20年近くもの間、城の入り口の広間に飾られていた絵だ。 世界一とさえ言われている画家が精魂込めて描いた絵なだけに、まるで魂が籠っているかのような魅力がある。 ましてや、かつて実際に本物の彼女を見知っていた者なら、なおさらだ。 「この小僧に、これを飲ませるんだ」 その命令に衛兵達はわずかにためらいを見せ、顔を見合わせる。 「案ずるな、別に毒などではない。仮にもこの小僧は世界を救った勇者一行の一員なのだからな、下手に死なれては大騒ぎになる」 大半の貴族は、政敵を暗殺するやり方は好まない。 ならば――スキャンダルになりそうな事件を、起こさせるように仕向ければよいだけのことだ。 「この薬はな、ただの媚薬だよ。庶民の小僧などには勿体ないほどの非常に高価な品だ」
なにせ薬を飲ませるにせよ、ポップは絶賛気絶中だ。となれば、古典的手段で飲ませるのが最も手っ取り早いというものだ。 「悪いな」 同僚に軽くそう言ってから、片方がいそいそとポップを半ば抱き起こし、口移しで薬を与える。無抵抗のポップの喉がゴクリを動くのを確かめつつ、余韻を楽しむように舌なめずりをする部下に対して、中年男は冷たく言った。 「その媚薬は即効性な上、強力なものだ。さっさと解毒薬を飲んだ方がいいぞ」 飲んだ途端、身体の感度が極端に強まり興奮を誘う。その上、多少の痺れ薬と幻惑の効果が混じっているから、意識が朦朧とし身体も自由に動かせなくなる。 ちょっとした火遊びにはもってこいな効き目を持つこの薬は、貴族をもってしても入手困難な品な上に、『高い』と言わざるを得ないお値段だ。 「フフフ……この後、ここで何が起こるかが見れないのが残念なぐらいだな」 満足げに、中年男はポップを見下ろす。再び寝椅子に横たえさせられたポップだが、早くも薬の効き目が現れだしたのか、うなされているように身動ぎし始める。 「ん……っ……う……」 どことなく官能の匂いを漂わせる声を漏らし始めたポップに、衛兵達は気を引かれたように足を止める。 「さあ、早くこの場から離れよ。 そして、彼らが去ってから10分と経たない内に、ジュリアーノがやってきた――。
うっとりとした表情で、ジュリアーノはポップとのキスを楽しんでいた。 ポップの反応は、あまり芳しいとは言えなかった。 なにせ、ジュリアーノは腐っても貴族の御曹司だ。しかも、中身はともかくとして外見とて、決してレベルは低くない。 積極的に自分から迫ってくる美女やら美少年に慣れているジュリアーノにしてみれば、ポップの初々しさはほとんど初めてと言っていい刺激だ。 さながら、待ち望んだプレゼントの包みをゆっくりと開けるように。そうやって自分自身を焦らすような行為は、不思議なくらい胸をときめかせる。 「……ぁ……っ、……ん……っ」 服を脱がそうとする手がポップの身体をかすめる度、華奢な身体がえびぞり、焦れったそうな吐息が漏れる。 「おやおや、ボクの手が待ちきれなくておねだりかい。思ったよりも淫乱なんだね、ボクの小鳥さんは」 一方的で勝手なセリフに、普段のポップなら絶対に何かを言い返しただろう。だが、今はとろりとどこか惚けたような目で、相手を見返すのが精一杯だった。
ぼんやりとした意識の下で、ポップはそう思う。 たとえば、キスだ。 軽く唇を合わせる程度のキスか、でなければがっついたように激しく求めてくるかのどちらかだ。 せめて服を破くなと注意しても、いったい何着の服を駄目にされたことか。 「や……っ…やぁ……っ、やだ……っ」 何度かの拒絶を、ポップは放つ。 抵抗したくても、腕にろくに力が入らない。相手の服を掴むだけで精一杯な動きは、拒絶というよりはかえって甘えているように見えてしまうだろうなという自覚はあった。 女性に比べるとあまりにも細やかな胸の突起を、指は遠慮なく触れ、軽く弾く。 「あ…っ、あ?!」 ダイはやたらと触りたがるが、ポップはあまり胸を触られるのを好きではない。 それを素直に、『快感』と認めるのはもっと嫌だ。 なのに、ダイはポップの胸をいじりまわすのが好きで、ベッドを共にする度に必ずしかけてくる。 「やだぁ……っ!! やめて……くれよぉっ……」 回りきらない舌で、ポップは必死に助けを求める。 「フッ、そんなに可愛く叫ばれて、止められるはずがないじゃないか。その顔……すっごくそそられるね」 そんな勝手なことを言いながら、指は遠慮無しに乳首を摘む。 普段なら、それで快感を感じると言っても、ゆっくりとしたものだ。 だが、今日は違っていた。 そのくせ、肝心の部分にはいっさい刺激を与えられていないから、身体の中の熱は高まるばかりで、一向に収まってはくれない。 身体も頭もぼんやりして自由が効かないし、ダイもやけに意地悪だし、どうしていいのか分からない。 「……や……っ、今は…やめ…っ?!」 怯えるポップにお構いなしに、指よりももっと小さく、しっかりとした堅さを持つものが、敏感な粒を襲った。 「?! …んぅ……っ……ああっ」 せめて、顔を背けて感じている顔を見せないようにしようとするが、顎に手を掛けられ、無理やり正面を向かされてしまう。 「驚いたよ、思っていたよりもいやらしい顔をするんだね、マイ・スィート・ディジー。キミがこんなに感じやすいだなんて、知らなかったな」 意地の悪いその言葉に、ポップはより一層顔を赤らめた――。
顔を真っ赤に染めて、わずかにでも顔を背けようとするポップの様子に、ジュリアーノは心地好い満足感を味わっていた。 元々、ポップのことは気に入っていたのだが、こうして肌を合わせてみるとそれは加速度的に高まっていく。 敏感な反応も、しっとりと手に馴染む触り心地がよい肌も、ジュリアーノの好みにぴったりとかなっている。 だが――問題があるとすれば、やはりこの反応のよさ、だろうか。 「初めてじゃない、ね?」 ほんの少しの非難を含めての咎めに、ポップはただ震えるばかりで答えようとしない。 世の大半の男と同じく、バージンに対してほとんど信仰にも近いほどの執着心や特別感を持っているジュリアーノにとっては、それはひどく残念なことだった。 自分の性経験は棚にさておき、相手の初めてを奪いたい。 そんな自分勝手な欲望にロマンを感じているジュリアーノにしてみれば、ポップが自分以外の男を知っているというのは面白いものではない。 「でもまあ、許してあげるよ、マイ・スィート・ディジー。他ならぬキミだもの、少しぐらいの男遊びは大目に見てあげよう。 優しい声でそう言いながら、ジュリアーノはポップの胸元を弄んでいた指を、下腹部の方へと滑らせた――。 《続く》 |