『マイ・スィート・ディジー 5』

  
 

「キミのすべてを見せてくれるかい、マイ・スィート・ディジー」

 色白な肌が、興奮で綺麗なピンクに染まっていく様子を楽しみながら、ジュリアーノは手をポップの下腹部へと延ばす。
 上着は大きくはだけさせたが、ズボンの方はまだ手をつけていない。

 しかし、服の上から男性にとって一番敏感な茎に触れただけで、ポップはビクンと身体をくねらせ、反応を見せる。
 もっと強い刺激を求めてか、自然に腰を動かしているポップに対して、ジュリアーノはあくまでやわやわと布の上から遠回しな愛撫を与えるにとどめる。

「こっちの方も、すっかりと濡れてしまっているね。フフフ……触ったら音がしそうなぐらいだよ」

 確かに、布地がわずかに湿っているのは事実だ。だが、それはそれほど目につくものではない。
 しかし、ポップの羞恥心を煽るため、ジュリアーノはわざと彼の耳を責めながらそのセリフを囁く。

「……やだ……っ、こんなの…っ」

 すぐ耳元に聞こえる水音を誤解したのか、を自分の股間の状態を錯覚して恥じらう様がたとえようもなく愛らしい。
 ――ついでに、触れているポップのその部分が自分のものよりも小さいことをちゃっかりと確認して、安心というか細やかな優越感を味わうジュリアーノだった。

 別に、そこの大きさが男の価値を決める訳ではないが、妙にこだわってしまうのが男心というべきか。
 正直、根っからの男色家ではないジュリアーノにしてみれば、抱き合う相手に男らしさを求めない。女性に近ければ近い程、望ましい。

 美少年を相手にしていても、最中に相手の妙な男っぽさを目にすれば萎えてしまうこともあり得るのだが……幸か不幸かポップは彼の好みにはどこまでもどストライクだった。 まだ男らしさの乏しい中性的な身体つきに、色白な肌……恥じらうポップからズボンをはぎ取る作業を、ジュリアーノは心の底から楽しんでいた。

 女性特有の柔らかみが欠けるがほっそりとした足や、すでに蜜を零して震えている雄茎が露になる。
 それを隠そうとしたのか、それとも自ら刺激を与えようとしたのか、ポップが手でそこを押さえようとするのを、ジュリアーノは止めた。

「おっと、駄目だよ。ボクを差し置いて、自分で自分を慰めるだなんて。そんな浅ましい真似をしなくても、たっぷりと気持ちよくさせてあげよう」

「ひゃ…ぁっ?!」

 直接、敏感な部分に触れられて、ポップが一際高い声をあげる。その声に誘われるように、ジュリアーノはゆっくりと指を絡ませる。
 あまり男性相手に愛撫をしたりサービスをしたいなどと思ったことはないが、ポップだけは特別だ。

 女性の花芯をなぞるのと同じ感覚で、ポップのそそり立つ分身を愛しげに撫で回す。さすがに女性とは一番違う部分ではあるが、自分と同じものだけにどこら辺が感じるかはよく分かっている。

 だが、ジュリアーノはあえてポイントはわざと外し、達してしまわない程の刺激しか与えなかった。
 そのもどかしさに、ポップが切なげに身をよじる。

「ん…っ……ん……っ」

 漏らす声に、さっきまで以上の艶が混じってくる。ねだるように見上げてくるポップの涙目にゾクリとしつつ、ジュリアーノは先走りの蜜をこそぎ落とす自分の指にまとわせる。 足を折り畳ませるように開かせ、指を会陰からその後ろの双丘の狭間へと滑らせた。

「まだ、駄目だったら。
 他の男にバージンをあげたりなんかした罰だよ。そう簡単には、いかせてあげないよ」
 釣られた魚のようにもがくポップの腰を浮かせ、後孔をさらけ出す。

「へえ、綺麗で、可愛いね。こんなに慎ましくて小さな蕾なのに、もう男を知っているだなんて、驚きだな」

 そう言いながら、遠慮のない動きで指を突き立てられ、ポップは大きく目を見張った――。

 

 

 

「い…いた……っ、やっ?!」

 皮膚が引きつる痛みに、ポップは何度となく首を振った。
 いくら濡らされた指とはいっても、その程度ではさすがに潤滑油としては足りない。柔らかな粘膜を無遠慮に掻き回される痛みは、本当に傷つけられたわけでなくても、恐怖と実際以上の苦痛を伴う。

 ただでさえ後ろをいじられるのは嫌うポップのために、ダイはいつも入念にそこを解す。 たっぷりと潤滑油を施し、丁寧な愛撫で長々と前戯を加えるため、それはそれでポップにとってきつい時もあるのだが、こんな風に痛みを与えられることはほとんどない。

 乱暴が過ぎる時でもポップが痛みを訴えれば、ダイは決まって気遣ってくれる。なのに今日は気遣うどころか、ポップを責めるようなことを言いながら、いつも以上に痛みと不快感を与えてくる。

(…なんっで……ダイ、今日はこんなに、意地悪なんだよぉ……っ)

 抑えようとしても漏れてしまう声のせいで、言いたいことがうまく言葉にならない。されることのすべてがいつもと違い過ぎて、戸惑いが先に立ってしまう。
 なのに、ポップを責める指は気遣うどころか、増やされていく。

「そんなに、大袈裟に痛がるふりなんかしなくても……本当に気持ちいいんだろう?」

「ち、が……っ、違……うっ」

 必死に、ポップは首を振る。
 本当に痛いのだ。普段だったら、こんなに痛みを感じればとっくに萎えている。だが、今日は変に身体が暴走してしまっている。

 痛みで萎えるどころか、とびっきりの快楽を与えられているかのように、分身が開放を求めてひくついている。
 痛みと快楽の両方に同時にせかされて、
頭がどうにかなってしまいそうだった。

「痛いなんて言いながら、こんなに勃たせているなんて、いったいどこで覚えたんだか……。 ねえ、怒らないから、答えてごらん。キミの初めての男は、誰なんだい?」

「……っ?! なん……でぇ……っ?!」

 他の男との経験を疑われている――媚薬に浮かされたポップにも、それは分かる。
 だが、そう言われても、ジュリアーノをダイと誤認したままのポップは、困惑するばかりだ。

(なんでだよ……ダイ……おれ、おまえ以外は、知らないのによ……)

 そんなのは、ダイが一番よく知っているはずだ。
 男どころか、女すら知らなかった完全にチェリーボーイだったポップを、いきなり押し倒してきたのはダイなのだから。そして、それからもポップは、ダイ以外の相手とそういう関係になったことはない。

 時々、ダイは妙に焼き餅を妬くが、ポップにしてみればそんなのは完全にお門違いだ。 ポップにしてみれば、本来男なんて恋愛対象ではない。相手がダイだからこそ、こんな恥ずかしいことが出来るのだ。

 他の男に同じことをされるだなんて、考えるだけで虫酸が走る。
 ダイ以外の男に身体を許す気なんて蟻の涙ほどだってないし、そんな真似をした覚えもない。

 ポップにしてみれば、今の質問はとんでもない言い掛かりとしか思えなかった。人が変わったように自分を責める手に翻弄されながら、ポップは救いを求めるように心の中でダイの名を呼ぶ。

(…ダイ……ッ!!)

 

 


(ポップ――っ!ポップ、どこにいるんだよっ?!)

 それと同じ頃、ダイもまたポップを名を心の中で呼びながら、必死になって彼を探しまくっていた。
 ポップの自室や医務室は真っ先に探したが、ポップはいなかった。

 図書室の周辺にいた侍女や近衛兵を片っ端から掴まえて聞いてみたが、誰一人としてポップの行方を知っているものはいなかった。
 まあ、冷静に考えるのなら、他国とはいえ城の中でそうそう事件も起きるはずもないし、大体ポップが姿を消してからまだ1時間と経っていない。

 心配するのには早すぎる――と、常識的には判断するところだが、ダイは常識とはほとんど無縁だった。
 自分の感情に素直に、そして直感の訴えるままに、ポップを求めておろおろと探しまくる。

 本当なら、大声で叫び、全力疾走しながらポップを探したい。
 だが、ここがベンガーナ王国に行く前にレオナからくれぐれもと念を押された言葉が、ダイに辛うじてブレーキをかけていた。

『いいこと、ダイ君? ベンガーナ城でうっかりして、いつものように走ったりしないでね。絶対によ?
 もし、破ったりしたら………………』

 レオナはそれ以上言わなかったし、ニコニコと笑顔のままそう言ったのだが――ダイの野生の勘は、教えてくれていた。
 なんだか良く分からないけど、とにかく、このレオナの命令に従わなければ命が危うい、と。

 それに、ポップも同じようなことを言っていた。ポップの方は破った場合のペナルティは、きっちり言っていたが。

『いいか? 約束を破ったりしたら、一ヵ月間はぜーーったい、ヤらせないからな』

 この場合も、きっとダイは死んでしまう。
 だから、ダイはできるだけ早足程度にとどめて、ポップが行きそうなところを探しまくる。

 しかし残念なことに、ダイには理性的に他人の居場所を推理して探し当てるという能力には欠けているため、勘に任せてあてずっぽうという探し方になるのは否めない。
 それでも竜の騎士の本能か、ポップを求める執念の勝利か、ダイは正解である中庭付近をうろついていた。

 だが、迷路の存在自体を知らないダイは、意味もなくうろうろと庭の辺りを歩き回っているばかりだ。
 その際、ダイはうっかりと茂みを曲がろうとして向かいからきた男とぶつかってしまった。

「わぁっ?! ご、ごめんなさいっ」

「い、いや、こっちこそ前を見ていなかったもんで……」

 互いに謝ってから、ダイと相手の男は互いの正体に気がついた。

「あーっ?! 金髪ワカメと一緒の人っ?!」

「……って、勇者様に覚えられてたのは光栄と言うべきか、あのワカメの連れと思われるのは失礼と言うべきかは悩みますがね、そう言われると」

 と、少々皮肉にそう言ったのは、ジュリアーノの従者のクラウスだった。
 だが、そんな皮肉など天然な勇者には一向に通じるはずがない。

「よく分かんないけど……それよりポップをどこかで見なかった?!」

「ポップ……って、あの女顔の大魔道士様ですよね。彼が、どうかしたんすか?」

 ポップ本人が聞いたら激怒するのに間違い無しの描写だが、ダイはそれどころじゃなかった。

「ポップ、さっきからいないんだよ! 急にいなくなっちゃったんだ!」

「それって、どれぐらい前からですか?」

「えーっと、えーと……多分、一時間、ぐらい?」

 そう聞くと、クラウスの寝ぼけたような目が、一瞬、鋭く光る。普段のやる気のなさが嘘のように引き締まった表情になると、彼は小声で早口に呟き始めた。

「大魔道士の行方不明が一時間前で、うちの馬鹿坊っちゃんが中庭に誘われたのが30分前……。
 で、不自然な中庭封鎖の上、お茶会は確かもうじき開催ってことは――」

 それはダイに向かって話すというよりも、自分の頭の内部だけで分かっていることを確認するための言葉に聞こえた。

「あー、まずいっすね。こりゃあ、下手するとハメられたかも。あちゃー、大スキャンダル発覚かもな、これじゃ。つーか、スキャンダル程度で済むかどうか……」

 そして、クラウスは一人納得したように頷き、唐突にダイに向き直った。

「時に勇者様、ものは相談ですが、ここは一つ手を組みませんか?」

 

 


 ――薔薇園の際奥、秘められた場所では、秘められた行為が密やかに続いていた。

「…ィ…ッ、も、う…助け……てっ。そっ、それ……やっ……っ、…おれ……っ、他のおとこ…なん……か、知らな…、やぁ……っ?!」

 苦痛と快感に翻弄されながら、喘ぎの合間に必死に訴えるポップの言葉は、ジュリアーノの心を動かしかけていた。
 ――ただし、ポップが決して望まない方向に、だが。

(もしや……この子はホントにバージンで、ただものすごく感じやすくって、無意識の淫乱っていうか、生まれながらの娼婦体質?
 いやっ、それともこのボクのスーパーテクのせいで、とことんイッちゃっているだけ?!)


 男にとってあまりに都合のよすぎる桃色妄想に浸るジュリアーノに、ンなわけないだろ、と適格に突っ込む乳兄弟はここにはいなかった。
 ポップの過剰な恥じらいや痛がりようも、ジュリアーノの都合のよい妄想にさらに拍車をかける。

 正真正銘の処女はまだしも、ジュリアーノは男の『処女』を相手にするのは初めてだったし、そもそも男を相手にした経験も少ない。
 女性ならば、愛撫を与えることで自然に身体が反応して秘処に愛液が滲み出し、最初は動かしにくかった部分も、滑らかに動かせるようになる。

 だが、男ならばそうはいかない。
 女性と違って濡れるわけでもないし、いくら経験があろうと、本来そんな用途に使う場所ではない処で楽しみたいのなら、それなりの準備が必要だ。

 だが、ジュリアーノにはそこまでの知識はない。
 男に身を任せるのに慣れきっていて、さらには入念に準備しておく習慣ゆえ、ろくな愛撫がなくても男を受け入れることのできる男娼しか相手にしたことはない。

 ゆえに、ジュリアーノはなかなか解れない秘処の反応や、ポップの言葉をものすごく前向きに誤解した。

「そうかぁっ、そうだったのか! ごめんよ、マイ・スィート・ディジーッ、最愛のキミの純潔を疑うようなことを言ってっ!!
 ああ、ボクはなんて馬鹿なんだっ、キミがボクのためにはじめてを守っていてくれていたことを、信じないなんて……」

 これ以上ないぐらい嬉しそうな笑顔でそう言いながら、ジュリアーノは自分を受け入れさせるため、ポップの足を大きく広げさせた姿勢を取らせる。
 ……純潔を信じようと、信じまいと、やることは一緒のようである。

「今まで焦らしたりしてごめんね、マイ・スィート・ディジー。今度こそ、天国にいかせてあげるよ。
 さあ、ボクと一つになろう……っ!」

 うっとりと囁くジュリアーノに、ポップはろくに抵抗しなかった。
 というよりも、むしろ待ち望んでいるかのように、自分にのし掛かってくる男に手を伸ばそうとする。

 もちろん、それはポップが相手をダイと思っているからこそなのだが、何も知らないジュリアーノは狂喜する。

「ああ、なんて可愛いんだ、マイ・スィート・ディジー……!」

 無防備なポップに、欲望にはち切れそうなジュリアーノの男の証が挑み掛かろうとした――まさにその時だった。
 ただならぬ轟音が響き渡ったのは。

 空から音を立てそうな勢いで中庭に降ってきたのは、自分よりも大きな男を背負って飛んできた勇者様だった。

「あーあ、そりゃ確かに中庭に行くのを手伝ってくれとは言いましたがね、まさか、いきなり飛ぶとは……それならそうと、言ってくださいよ」

 クラウスが呆れたようにそう呟くが、ダイはそんな言葉なんか聞いてもいなかった。
 彼の目は、四阿に釘付けになっていた。正確に言うのなら、そこにいる二人に釘付けだった。

 たった今、犯されそうになっているポップと、ジュリアーノに。
 それを見た途端、ダイの形相が一変した。

「ポップ……ッ?!」

 その瞬間、嵐が起こったように強い風が吹き荒れる。ダイの放つ無意識の闘気に、薔薇の花が耐えきれずに散って、血飛沫のように宙を舞う。
 その中心にいるのは、魔神……ならぬ、怒りに髪を逆立て殺気を撒き散らしている勇者だった。

「おまえ……っ!! よくもポップを……っ!」

 その気迫は、以前、ジュリアーノがポップをお姫様だっこした時にダイがぶつけてきたものとは、比較にもならない。
 さすがの脳天気な貴族の御曹司にさえ感じ取れる危機感に、思わず二、三歩後ずさる。
 ――実は、その怯えこそが彼の命を救ったようなものだ。


 そのせいで、霰もない姿を晒けだしたポップの姿がはっきりと見えた。
 服をはだけられ、息も絶え絶えに身を震わせているポップの姿を見て、ダイの感情のベクトルが怒りから、ポップへの心配へと変わる。

 猛る気配がみるみるうちに弱まり、ダイはジュリアーノに挑み掛かるよりも、ポップへ駆けつけることを優先した。

「ポップッ!! ポップ、大丈夫?」

 心配そうにポップを揺さぶったダイは、その身体に明らかな凌辱の痕跡を見て、新たな怒りと胸を焼くような嫉妬の思いを感じずにはいられない。

(許せない……っ)

 だが、ポップを抱きかかえたダイが怒りのままに実行するよりも早く、ジュリアーノに向かっていった人影があった。

「……こんのっ、腐れバカったくれがーーっ!!」


 そう怒鳴り、ジュリアーノの頬をぶん殴ったのは、クラウスだった。
 殴られたジュリアーノはひとたまりもなくすっ転び、呆然とした顔で頬を抑える。殴られた痛みそのものより、そもそも人に殴られたということ自体がなかったため、驚きが勝っているのだ。

 そして、驚いたのはダイも同じだった。
 自分こそが彼を殴ってやろうとあれほど強く思っていたのに、先を越されて毒気が抜かれたように呆気に取られてしまう。

「な……っ?! い、痛いじゃないかっ、主君に、何をするんだっ?!」

 叱られた子供が不貞腐れて怒鳴り返すような感じのジュリアーノだが、クラウスは彼以上の大声で、しかも激しい口調で怒鳴りつける。

「糞喧しいわっ! 抵抗できない相手を無理やり強姦するようなボケナスたわけな最低男に、主君もへったくれもあるもんかっ!」

「ご、強姦?! このボクが……っ?!」

 面と向かって投げつけられた非難に、ジュリアーノはひどくショックを受けた様子を隠せなかった。
 …………ついでになぜか、ダイもちょっぴり気まずそうに顔を俯かせる。

「だ、だって、これはスィート・ディジーの方から誘ってきて……っ」

 助けを求めるように、ジュリアーノはポップの方へ視線を送る。
 が、それのポップの様子を見て、ジュリアーノの目が点になり、顎が外れんばかりにがっくりと落ちた。

「ん……んん…、……ィ、…はや…く……っ」

 聞こえるのは、どこか色を含んだ甘やかな吐息。
 さっき、ジュリアーノに見せていたのと同じ艶っぽい表情を浮かべて、ポップはダイに向かって手を伸ばし、抱きよせようとしていた。

「ちょっちょっと、ちょっと、ポップゥ〜ッ!! こ、こんな時に限って、な、なにを言い出すんだよぉおっ?!」

 真っ赤な顔になって慌てふためいているダイは、それでも自分に抱きついてくるポップの手を振りほどかないまま、あたふたしているだけだ。
 ――さっきまでの鬼神の怒りは、どこに消えたやら。

 クラウスが近付いてポップの顎に手をかけて上を向かせると、今度はポップは熱っぽい視線を彼へと向けてくる。

「ぁ……ああ…ん……」

「――こりゃどうやら、その手の薬を盛られたみたいですね。では、ちょっと失礼して」


 ごそごそと自分の懐を探り、クラウスはピルケースから一粒の丸薬を取り出してポップの口の中に押し込んだ。

「大丈夫ですよ、毒消し草を丸薬にしたものです。飲み下さなくとも、口に含むだけでも効果がありますから」

 ポップにではなくダイに向けた説明が終わりきらないうちに、効果は現れだした。
 とろんとして定まらない視線だったのポップの目に、しっかりとした光が宿る。数度まばたきを繰り返したポップは、ハッとしたような表情になり、慌てて周囲を見回した。

「……えっ?! な、なんだっ?! おれ……っ?!」

「ポップ……! ポップ、おれが分かる?」

 どこか不安そうに呼び掛けるダイを見て、ポップは顔を真っ赤にしていきなり突き飛ばし、はだけられた自分の服を掻き合わせる。

「ひっ、人前で抱きつくなって、いつも言ってんだろっ?!」

 抱きついたのは、実はポップの方なのだが。
 ある意味理不尽とも言える怒りをぶつけられたのに、ダイは目を輝かせて喜んだ。

「よかった、ポップ、正気になったんだね!」

 と、無邪気に喜んでいる勇者様とは裏腹に、クラウスは苦い顔をして迷路の方に目をやった。

「……とはいえ、喜んでばかりいられる状況じゃないみたいですぜ。聞こえますかい?」
 

 最初、それは遠いさざ波のように聞こえた。だが、耳を澄ませばそれが女性達の甲高い声だと分かる。

「うふふ、楽しみですわね。今日のお茶会は勇者様や大魔道士様がご出席なさるんでしょう?」

「本当に楽しみですこと。今年の薔薇園はどんな綺麗な花を咲かせているかしらね」

 聞き取れる会話はそれだけだが、聞こえないほど小声の会話や、感じる人の気配は一人、二人なんてものじゃない。大勢の人が醸し出すざわざわとした雰囲気が、この中庭にまで伝わってきている。
 クラウスが示した意味に真っ先に気がついたのは、ポップだった。

「……まずい!! これからすぐ、お茶会かよっ?!」

 空に浮かぶ太陽の位置を確かめ、ポップが舌打ちする。
 ベンガーナ王を始め、ベンガーナ宮廷のおもだった人間をそろえての中庭でのお茶会――それが、ここで行われる。

 今聞こえる人の気配は、彼らが薔薇の迷路に入り込んできた証しだろう。迷路とはいっても、そう複雑なものではないから来るのに数分と時間は掛かるまい。
 つまり――この惨状をみんなに見られてしまうのだ。

 ダイが興奮したせいで、せっかくの薔薇が半分近く散ってしまったこの薔薇園で、たった今、ジュリアーノにレイプされそうになったままの、この格好を。

(ま……まずいなんてもんじゃねえぞ、これって!!)

 身悶えしたくなる羞恥で顔が赤くなったのか、想像を絶するスキャンダルに巻き込まれる恐怖に顔が青ざめたのか。
 どちらとも分からないまま、ポップは戦慄じみた冷や汗が流れるのを感じた――。
                                                     《続く》
 
 

6に続く
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