『手強いライバル ー前編ー』

「ああ、そうだ、姫さん。おれ、明日っからカールに行くから」

 そうポップが言い出したのは、夕食も終わりかけの時のことだった。
 ダイの仲間達はよほど特別な事情が無い限り、必ず夕食を共にするのが習慣になっている。

 レオナの発案で始まったこの習慣は、ダイが地上に帰ってきてからずっと続いているものだが、さすがに大戦中のように仲間全員で食卓を囲むことはまず有り得ない。
 今となっては、パプニカにいない仲間達の方が多いからだ。

 だが、ダイとポップ、レオナの三人はほとんど参加しているし、ヒュンケルも仕事の都合が合えば参加するので、週に2、3度は共に食事をする。三賢者やバダックも参加してくれることがあるが、彼らも忙しいせいかその頻度はもっと少ない。

 そんなわけで、大抵の時はダイ、ポップ、レオナの三人で食事を取ることが多いのだが、今日はヒュンケルも加わっていた。食事には仕事を持ち込みたくないというポップとレオナの主張に従って、普段は食卓で仕事に絡む話題が出ることはほぼない。

 たとえ仕事上のことで話し合うことがたまっていたとしても、夕食が終わった後のお茶の時間に改めて話すのが彼らの習慣だ。だからポップも、普段はどこかの国に行く用事がある定ならば食後のお茶を飲みながら告げる。それは、れっきとした公務で出張なのだから。

 が、これも恒例とは言え、カール王国に行く時だけは、こんな風に夕食とお茶の合間の時間に告げられる。
 それは、これがポップにとって公務ではなくプライベートに近いからだ。

「あら、もうそんな時期なの?」

 レオナが少しばかり眉を寄せるが、それは不満があると言うよりも、しょうが無いわねと言う意思表示に他ならない。

 ポップは三ヶ月に一度、必ずカール王国へ行く。
 表向きには『パプニカ王国の大使として、カール王国との友好親善のために』とかなんとか理由はついているが、ぶっちゃけて言ってしまえば、要はアバン先生に会いに行くということだ。

 その証拠に、普段は他国への大使の役目はあれこれ言い訳をつけては、極力避けようとするくせに、カール王国にだけは自分から進んで出かける。
 そして、カールに行ったポップはなかなか帰ってこない。

 他の国へ大使として出かけたのなら、遅くとも2、3日で帰ってくるのに、カールに行った時だけは決まって帰りが遅くなる。ちゃっかり有給申請までして出かけるポップは、4、5日あまりは帰ってこなくなる。
 それはレオナも知っているのに、黙認している。

 ある意味で、公務出張のついでに休暇を取っているようなものだから公私混同もいいところなのだが、レオナはそれを大目に見ている。そして、この件に関して甘いのは、ヒュンケルも同じだった。

「カールなら、オレが護衛につく必要ないな」

 他国に行く時は、大使には必ず護衛を伴うのが決まりだ。ポップの実力を思えば、そこらの兵士などよりもよほど強いのだが、念のために腕の立つ近衛兵をつける。その際、ヒュンケルが護衛につくことも多い。

 ポップ自身はひどく嫌がるが、安全のためだと言うヒュンケルは決して譲らない。
 しかし、カール王国なら安心だと思っているのか、ヒュンケルが一緒にいくことはほとんどない。

「ああ、おまえなんざ来なくっていいって。っていうか、護衛なんてマジでいらないんだけどなー」

「そうもいかないだろう。後で、適当な兵士を数人選出するから、気に入った者を承認してくれ」

 ヒュンケルのその言葉を聞いて、ダイは素直に羨ましいな、と思ってしまう。

 護衛の兵士が、どんな役割を負うのかはダイはよくは知らない。だが、ポップとずっと一緒にいて、ポップを守ることができるなんて、羨ましくてたまらない。

 これからダイは数日というものの、ポップがいつ帰ってくるのか気にしながら、寂しく過ごすというのに――。

 なんだか急に食欲がなくなって、ダイは珍しくもまだ食事が少しとは言え残っているのに、そのままフォークとナイフを置こうとした。
 が、その時、レオナが言った。

「あら、それなら、たまにはダイ君を護衛してもらったらどうかしら?」

「へ?」

「え?」

 ポップとヒュンケルの驚きの声が、面白いぐらいぴったりとハモる。普段は気が合わないとケンカばかりしているくせに、妙なところだけ気が合っているようだ。
 驚いたのはダイも同じだったが、残念ながらワンテンポ遅れていた。

「おれが? でも、護衛のやり方なんて、おれ、知らないよ」

 しょっちゅう兵士達の訓練に参加するダイだが、それは身体を鍛えるのを目的とした肉体的な訓練のみだ。貴人の前で礼儀正しく振る舞う礼法や作法の訓練は、ほとんど受けていない。

 と言うよりも、その前段階の一般常識の授業だけで手一杯である。
 だが、レオナはコロコロと楽しげに笑った。

「あら、ポップ君に護衛なんか必要ないでしょ? どうせ飾りみたいなもんなんだから、そんなの適当でいいわよ」

「おい、姫さん、その言い方ってあんまりじゃね?」

 自分でも護衛はいらないという癖に、人に言われると気に入らないのか、ポップは控えめに文句をつける。
 が、それが聞こえなかったのか、それとも聞こえないふりをしているのか、レオナはより一層声を張り上げる。

「アバン先生やフローラ様なら、ダイ君が多少礼儀に欠けても気になさらないでしょう? それに、ダイ君もここのところずいぶんと勉強を頑張っているみたいだし、ご褒美ってことで少しは羽を伸ばす時間を上げてもいいと思うの。もちろん、ダイ君がよければ、だけど」

 そう言って、レオナが問うように軽く小首を傾げてみせる。もちろん、ダイの答えは決まっていた。

「うんっ、おれも行くっ!」

 勢い込んで答えるあまり、つい立ち上がってしまったダイは危うく皿をひっくり返しそうになる。それを見て、ポップはおかしそうに笑った。

「なんだよ、そんなに焦んなくても。そんなに先生に会いたかったのかよ? ばっかだなー、それなら早く言えばよかったのに」

 ポップのその言い分に、ダイは正直不満だった。
 まあ、アバン先生に会いたいのは間違いではない。めったに会えないし、会えるとうれしいのも本当だ。

 しかし、カールに行きたい理由はそれが一番じゃない。
 ポップと一緒だからこそ、行きたいのだ。

(ポップって、分かってないよなぁ)

 それが、ダイにはちょっと不満だ。ダイの気持ちを一番分かってくれているようでいて、それでいて肝心なことがまるっきり伝わっていない。

 が、そんな不満などすぐに消えてしまう。
 ポップと一緒に、カールに行ける――そう思うだけで、胸がワクワクしてはち切れそうだった。





「え? 気球船で行くんじゃないの?」

 翌朝。
 まだ眠そうにあくびしているポップは、面倒くさそうに説明してくれた。

「んなもんで出かけたら、時間がかかってしょーがねえだろ。そりゃ船よりずっと速いけどさ、どんなに急いでも丸一日はかかるんだぜ。風向きが悪きゃ、もっとかかるし」

 気球船はパプニカ王国で最速の乗り物だが、風により移動速度が左右されるという不確定要素のある乗り物だ。それでも、馬車や船に比べればずっと早いので、三賢者が外国に行く時にはよく使われる。

 めったにないが、ダイ自身が外国に行く時も決まって気球船だった。
 と、そう思ったダイの心を読んだように、ポップが補足する。

「ああ、おまえが出かけた時は勇者様の凱旋訪問ってことで、目立つようにするって意味もあったんだよ。でも、今日は定期的な外交訪問だから、歓迎パレードや式典もないからな」

 それを聞いて、ダイは内心ホッとした。
 礼儀が未だによく分からないダイにとって、かしこまった儀式だのパレードだのは苦手もいいところだ。ないにこしたことはない。

「じゃあ、ルーラでカール城に行くの?」

「そうしたいけど、一応礼儀ってもんがあるからな。ルーラで一度、大使館に移動して、そっから馬車で行くんだよ」

 魔王との戦いが終わってから、世界各国の付き合い方が以前とは変化した。復興を協力し合うために、各々の国に大使館を建て合うようになったと言う。

 他国の城に直接、移動呪文で乗り込むのは非礼になるが、他国の領地内とは言え、正式に認められた各々の国の大使館内ならば、問題は無い。
 各国の王達がこの意見に賛同し、大使館を設立した結果、国同士の緊急連絡の速度が格段に上がったのだという。

「もう、大使館には伝書鳩で連絡しておいた。準備は万全だ」

 城門には、門番に混じってヒュンケルがすでに待っていた。どうやら、見送りをしてくれるつもりらしい。

「へいへい、じゃ、行ってくるから。ダイ、忘れモンはねえか?」

「ないけど……ポップは?」

 と、ダイは思わず問い返してしまう。
 ちゃんと騎士の礼服を着て剣を下げ、数日分の着替えの入った荷物を持ったダイと違って、ポップは完全に手ぶらだった。

 一応は賢者の礼服を着ているとは言うものの、とても数日の旅行に行く格好には見えない。が、ポップは笑って言った。

「あ、いーんだって。別に、荷物なんかなくってもよ。じゃあ、行くとするか」

 城門を出るや否や、ポップはすぐにダイに手を伸ばす。
 その手を取るのになんだかドキドキするのは、ダイの秘密だ。

(変なの……こんなの、何回もあったのに)

 瞬間移動呪文は、互いの身体のどこかに触れていなければ一緒に飛ぶことはできない。だから、大抵は手を握り合って飛ぶのが普通だ。

 魔王軍との戦いの時だっていつもそうやっていたし、そもそも呪文を使う時だけじゃなくて、ポップに触れあう機会は多かった。手を伸ばせば、いつも当たり前のように届く範囲にいてくれるポップと触れる機会は、それこそ数え切れないほど合った。

 なのに、なぜだろう――触れる度に、なぜかドキドキするようになったのは。

 けれど、ポップの方は前と全く変わらない調子で自然に手を差し伸べてくるので、ダイもそれを真似する。ドキドキを隠して、自然に見えるように、でもしっかりとポップの手を握りしめた。

「じゃあ、ヒュンケル、後は任せたぜ」

 その言葉と同時に、瞬間移動呪文特有の浮遊感に包まれた――。





「いらっしゃいませ、ポップ様、勇者様。お待ちしておりました」

 気がつくと、ダイはポップと一緒に見たことのない場所にいた。四方を柱で囲まれたそこは、綺麗に芝生が整えられた庭のように見えた。城の中庭のように、周囲をぐるりと高い壁に囲まれている。

 そして、すぐ近くには立派な屋敷が建っているのが見えた。
 戸惑ったように周囲を見回すダイに、少し離れた場所に立っていた兵士が話しかけてきた。

「ここはカール王国の王都にある、パプニカ王国大使館です。この四つの柱は、瞬間移動魔法の目印になりやすくなる魔法がかけられているのですよ、勇者様」

 言われてみれば、四阿と違ってこの柱には上に屋根も何もついていない。

「おいおい、勇者はやめとけって。今回のこいつは、護衛の兵士ってことになってるんだから」

「ああ、そうでしたね。うっかり失念しておりました、ご無礼を」

 苦笑しつつも、それでも兵士は礼儀正しくダイとポップを馬車へと案内してくれた。すでに馬がつながれた馬車はやたらと立派な物で、クッションもふかふかだったし、大きな窓からは外の景色も良く見える。

 めったに馬車に乗る機会が無いダイにしてみれば、珍しいものだった。物珍しさにつられて、ダイは窓から流れゆくカールの町並みを見やる。

「やっぱり、パプニカとはなんか違うんだね」

 町の復興度や人波の具合は、カールとパプニカは大差は無い。だが、それでもやはりお国柄とでも言うべきか、雰囲気が多少異なるのは否めない。たとえば、パプニカでは半数近くは髪の色が黒や茶色っぽい人が占めるが、カールでは淡い色合いの髪の人の方が多いようだ。

 雰囲気が違うのは、町だけではなく城もだった。
 カール城は、立派な城だった。

 曲線がどことなく女性的な印象で、優美なパプニカ城と違い、カール城は直線的なフォルムが特徴的だった。だが、それでいて美しさではパプニカ城に勝るとも劣らない。
 すでに城門には兵士達がずらりと並んでいて、貴人の歓迎に備えていた。

「カール王国にようこそ、ポップ様。お元気そうで、なによりです」

 馬車から降りた二人を、礼服を着た騎士が出迎えてくれる。

「よっ、久しぶり! また、しばらく世話をかけるけど、よろしくな」

「また、ご冗談を。ポップ様のお越しはいつだって大歓迎です。ところで……申し訳ないのですが、ただいま女王と王は執務中につき、ポップ様には先にお部屋に案内するように申しつかりましたので、そちらでおくつろぎください」

「あ、そうなんだ。分かった、じゃ部屋で待ってるよ。行こうぜ、ダイ」

 と、ポップはごく当たり前のように、案内も待たずに勝手に城の奥へと進む。それを見て、ダイは一瞬戸惑った。

「えっ、いいの?」

 よそ様の家や城を、勝手に歩いてはいけない――ブラスにも、レオナにも言われたダイの身に染みついている数少ない常識では、そう習っただけに戸惑う。
 が、ダイのそんな疑問を笑い飛ばしたのはカールの騎士だった。

「はは、もちろんですとも。カール城は世界でも有数の城壁で有名ですからね、城内に不審者など一人たりとも入れません。心配には及びませんよ」

 そう言われても、ダイの疑問は消えはしない。なぜって、ダイが心配したのはポップの護衛に関してではない。礼儀の方なのだから。

「えっと、そうじゃなくて。えっと、人の家なのにそーゆーのはいくないかな、って思ったんだけど」

 ダイのしどろもどろの説明に、ポップは声を立てて爆笑する。

「へえ! おまえが礼儀を心配するなんて、成長したもんだなー」

「ポップ様、そんな風にからかったりしちゃ可哀相じゃないですか。まだ若いし、真面目そうな子なのに。――いいかい、君。他国ならいざ知らず、カール城内でポップ様の顔を知らない者などいやしないよ。留学なさっていたこともあるし、ポップ様のお部屋もある。自宅と思って振る舞ってもらって、構わないんだよ」

 後半はダイに向かって、騎士は丁寧に説明してくれた。彼は、ダイの正体を知らない。

 ダイをただの新米の護衛と思ったからこそ、気さくな口調で親切に教えてくれたのだろうが、それを聞いてもダイは落ち着くどころではなかった。
 それどころか、なにか、モヤッとしたものを感じてしまう。

「なーに言ってんだよ。そりゃ、ちょっと言い過ぎってもんだろ」

「いえいえ、国民の一致した意見というものですよ。ポップ様がカール城に本当に住んでくれたらと、誰もが望んでやみませんしね。フローラ様やアバン様だって、お喜びになるでしょうし」

 なにより、他国の騎士なのにポップと騎士が親しげに笑い合っているのを見て、そのモヤモヤは強まるばかりだった――。   《続く》

 
 

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