『手強いライバル ー中編ー』 |
「おお、ポップ様、お久しぶりです!」 「あら、ポップ様。もういらしていたのですね、お待ちしていましたわ」 「元気でしたか? ポップ様がまた来てくださって、嬉しいですよ!」 「今度はゆっくりしていけるのですか? もしお時間があるようなら、前に話していた場所に行きませんか!?」 まるで、降るようにかけられる親しげな挨拶。 それに対し、ポップもいちいち足を止めて、楽しげに応じる。 誰に対しても態度を変えることはないし、親しげに話す。それを見るのは、ダイも慣れていたはずだった。 なのに、今はなぜかものすごくモヤモヤするのは、なぜなのか。 ポップと違って、ここでは誰もダイに注目することはない。 ただ、彼らはポップと会えて嬉しくて、彼と話すのに夢中になっていて、側にいる護衛兵に構って等いられないだけだろう。 その気持ちは、ダイにもよく分かる。ダイだって、ポップの部屋に行く時に、護衛の兵士達にも挨拶はするが、わざわざ彼らと長話をしたいとは思わないのだから。 そんな風に、一人、ぽつんと放置されるのが寂しくてモヤモヤするのかなとぼんやりと思いかけていると、思いがけずポップに呼ばれた。 「おい、なにボーっとしてんだよ。疲れたのか?」 「え? ううん、別に疲れたわけじゃないけど――」 モヤモヤしているとは言え、それは別に疲れとは関係が無いので、ダイはとりあえず否定する。が、ポップはそうは受け取らなかったらしい。 「でも、元気ねえじゃん。部屋で休んだ方がよくないか? ってことで、悪いけど、話はまた後でな」 そう言ってポップは話を切り上げ、歩き出す。残念そうな表情を隠しもしない兵士達には悪い気がしたが、そう言われただけでダイの気分は上向いた。 「…………!」 その部屋を見て、ダイは思わず息をのんでいた。 だが、それでいてその部屋は奇妙な懐かしさが感じられる部屋だった。 部屋に入るなり、ポップは箪笥を開く。 着替えたそれは、ポップにはしっくりと馴染んでいる。デザインこそ多少違うが、その服はポップに初めて会った頃に着ていた服にそっくりだった。 「な……なんで、もう服とか用意してあるの?」 ポップがここに来るまで手ぶらだったのは、ダイが一番よく知っている。それに、レオナやヒュンケルも伝書鳩で知らせを送ったと言っていた。荷物を先に送るだなんて、言っていなかったのに。 「なんでって、ここも『おれの部屋』だからだよ。言ってなかったっけ? 前にさ、おれ、世界中の国に留学に行ってたんだよ」 そう言われて、ダイはぼんやりと思い出す。 留学と言う形で各国に2〜3ヶ月ほど滞在していたので、どの国に行ってもポップ専用の部屋があると聞いたことは確かにあった。留学が終わった後もポップが時折大使として訪れるため、そのまま部屋を保存してくれているらしい。 それは知っていたし、ポップが実際にちょくちょく他国へ訪れるのも知っていたが、実際によその国にあるポップの部屋を見たのは、ダイは初めてだった。 「この部屋も服も、アバン先生が特別に用意してくれたんだよ。なんか知らないけど、ここって落ち着くんだよなー」 そう言いながら、ポップは遠慮なしにぽふっとベッドの上に寝そべった。慣れ親しんだ自宅にいるかのような振る舞いを見て、ダイはようやく気がついた。 (そっか、ここ『ポップの部屋』に似てるんだ……!) パプニカ城にある部屋ではなく、ポップの実家の二階に今でもある『ポップの部屋』に。 何度かダイも泊まったことのあるその部屋もまた、こんな風に木で出来た素朴な家具と緑色の布地で彩られた部屋だ。自宅にいる時のポップは、いつだってひどくのびのびしている。――ちょうど、今のように。 別に、パプニカにいる時のポップが窮屈そうだというわけではないのだが、パプニカ城にあるポップの部屋よりも、カール城にあるポップの部屋の方が、本物のポップの部屋に似ているのはショックだった。 少し呆然としていると、ドンドンとドアをノックする音が聞こえてきた。が、その音の不自然さにダイは思わず首を傾げてしまう。 ドンドンドンドンドンドンと、やたらとしつこく、せっかちに叩くリズムは、侍女や侍従らしくない。それにドアを叩く音が聞こえる場所が、やけに低い場所から聞こえる。 思わず首をひねるダイだが、ポップの方はその音を聞いて、むくりと起き上がっておかしそうに笑った。 「なんだ、もう来やがったのか。ずいぶん早いな」 ひょいとベッドから飛び降りると、ポップはさっさとドアの方へ歩いて行く。ある意味でポップらしくないその態度に、ダイは反応するのが一歩遅れてしまった。 「あ、おれが出ようか?」 部屋を訪れる人が来たら、扉を開けるのは護衛の役目のはずだ。 ダイが同じ部屋にいる時なら、ダイにドアを開けろと押しつけることなんか、しょっちゅうだ。 「いいって、いいって。今、来たのは特別なお客さんだからさ」 嬉しそうにそう言ってのけるポップは、ドアの方を向いていた。だから、ダイがどれほど衝撃を受けた顔をしていたのかなんて、見てはいなかっただろう。 (と、特別っ!? 特別って!?) ポップが特別扱いする、お客さん――そう思っただけで、なぜか胸の奥がキリキリ痛む。いったい、誰が来たんだろうと目を皿のようにして見やるダイの目の前で、ポップが軽口と共にドアを開けた。 「はいはい、ちゃんといるから、そうドアを叩くなって」 ガチャリと明けられたドアの向こうには――誰もいない。一瞬、戸惑ったダイだったが、その直後に甲高い子供の声が響き渡った。 「ポップーっ! ポップーっ、だっこ!」 そう言いながら、両手を目一杯伸ばしてポップの前に立ちはだかっていたのは、小さな子供だった。あまりにも小さすぎて、つい自分と同じか、それ以上の背の高さの相手を想定したダイの視線には入っていなかったのだ。 まだ、ドアノブにさえ手が届かない背丈だ。これでは、勝手に入れと声をかけたところで、入れるはずもない。あれほどしつこくドアを叩いた理由も、頷けるというものだ。 ポップは最初からその子のことを知っていたらしく、手を伸ばしてその子を抱き上げる。 「はいよ……って、まーた大きくなったみたいだな。元気そうでよかったよ」 そう言いながらポップが抱き上げた子は、まだ小さかった。 だが、チウよりもずっと小さいことは間違いなかった。見事な金髪で、やけに立派な服を着た子は、どうやら男の子らしい。 「ポップ、ポップ! ぼく、ずっと、まってたんだよ! ねえ、あそぼ! あそぼうよっ、ぼく、おそらをとびたいっ」 ポップに抱きかかえられながらはしゃぐ子供を見たダイの衝撃は、第一波よりも強烈だった。 (え、え、え、ええええええええええええっ!? な、なんだ、あいつっ、おれだってあんなこと、してもらったことないのにっ!) ダイがポップに抱きつくことなどしょっちゅうだし、ポップの方だって稀にだがそうしてくれることもある。が、あんな風にポップに完全に抱っこしてもらった経験など、ダイにはない。 ――まあ、出会った時の年齢が12才と15才だったことを考えれば、体格や双方の腕力の関係上、物理的に無理があるのだが、そんな物理学的な問題などダイの脳裏からは吹き飛んでしまっていた。 なにより、ポップの態度が問題だ。 ――まあ、見るからにガキというか、まだ子供と呼ぶのもためらわれるような幼児を相手にそんなことを言うはずもないのだが、今のダイにはそんな論理的な思考なども吹っ飛んでいた。 「ポ、ポップッ、そいつは誰だよっ!?」 その声に、ポップだけでなくその子供まで振り向いた。どうやら子供の方もこれまでポップに夢中で、ダイのことなど目に入ってもいなかったらしい。不審な人物を見るかのように、ぎろっとダイを見やる。 それ自体は、ダイに不満はない。 「ポップ、あいつ、だぁれ?」 あいつ呼ばわりも、気にならない。と言うより、ダイ自身が先に『そいつ』呼ばわりしたのだ、お相子というものだろう。 が、ダイを警戒したせいか、ポップにひしっと抱きついたのだけは見逃せなかった。ついつい睨む目に力がこもってしまうダイに応じて、その子供の怯えが強くなり、ますますポップにしがみつくのも当然というものだろう。 そのせいでダイの機嫌がさらに下降し、子供の怯えも強まると言う負のスパイラルが発生してしまっているが。 「って、ああ――、もしかして、二人とも会うのは初めてだったっけ? 大丈夫だって、あいつは怖い人じゃないから」 そう言いながら、ポップはまず子供の頭を撫でる。 「あいつは、勇者ダイだよ。ほら、前に話しただろ?」 「――っ!?」 子供のただでさえ大きな目が、さらに大きく見開かれる。 「えー、あいつが? ゆーしゃ? うっそだぁー」 いきなり、全否定である。 「いやいや、マジだって。ああ見えても、ダイは本物の勇者なんだよ。嘘だと思うなら、後でアバン先生に聞いてみなって」 ポップの言葉もフォローしているようでいて、いまいちフォローになりきっていないようではあるが。子供の方も、納得しきっていないように膨れている。 「で、この子はロカ。ロカ=ド=カール?世。小さいけど、カール王国の王子様なんだよ」 「お、おうじさま?」 驚いて、ダイは思わずロカを見入ってしまう。 「ロカって……マァムのお父さんと同じ名前?」 「おっ、さすがにそれは覚えていたか。そうだよ、この子の名前はマァムの親父さんにちなんでつけられたんだ。アバン先生とフローラ様の子供だよ」 そう言われて、今度はダイが目を大きく見張る番だった。 だが、その子供がパプニカにやってきたことはなかったので、当然のようにダイは会ったことがない。 ダイがカール王国に来たことは何度かはあるが、勇者としての義務で訪れていただけに、スケジュールがぎっしりつまっていて子供の話を聞くどころか、アバンやフローラともゆっくり話せないことが多かった。当然、ロカとの面会なんて一度もない。 (けど、そう言われてみれば、なんとなくフローラ様に似ているような……) 目鼻立ちや髪の色は、母親ゆずりのようだ。 しかし、最後の戦いの時もダイがフローラと過ごした時間は短かったし、戦いの後で行方不明になったこともあり、少し縁遠い存在だ。見知らぬ子、という印象を覆すことはできない。 「ほら、ロカ。ダイに挨拶しろって。おまえ、勇者に会いたいってずっと言ってただろ?」 そう言いながら、ポップはロカを床に下ろす。 「…………うん、ポップがそう言うなら」 非常に不満そうながらも、ロカはしぶしぶとダイに近寄ってきた。が、しおらしげな言葉とは裏腹に、ロカがダイを見る目はずいぶんと険しい。いかにも不満げに、ダイを真っ向から睨みつけている。 すると、身長差のせいでダイはロカを完全に見下ろす格好になる。これもまた、初めての体験だった。 ダイが魔王軍と戦っていた時、ダイは一行の中で1、2を争うほど背が低かった。と言うより、ダイより背が低かったのはチウぐらいのものだ。そのチウでさえ、ダイをチビ呼ばわりして子供扱いしていた。 そんなダイにしてみれば、ここまで小さい子を目の当たりにするのは初めてで、つい思った通りのことを言ってしまった。 「うわー、ちっちゃいんだね」 ダイの名誉のために言うのならば、それはただの感想に過ぎない。おおらかなダイは、他人からチビ呼ばわりされても怒ったことなどない。だからこそ、それだけで相手を怒らせるなんて、想像すらしていなかった。 「な、なんだよっ。おまえなんか、ゆーしゃじゃないやいっ!」 そう言ったと同時に、サッと後ろに下がった。まるで隠れるようにポップの足下にしがみつき、ぷいっとそっぽを向いてしまう。 「なんだって、なんなんだよ!?」 たいしたことは言ってないのだが、苛立ちのせいで声が大きくなってしまったせいか、ロカがビクッとして、泣き出しそうな顔になる。 (あ、いけなかったかな?) と、ダイも内心思った時、ポップもロカの味方をした。 「こら、ダイ。いくらなんでも、こんなチビ助相手にムキになりすぎだろ」 呆れたようにポップは言うが、口の悪さという点では明らかに彼の方がひどい気がするのだが。が、ロカはポップには文句を言い返すどころか、甘えるように再び両手を伸ばして抱っこをねだる。 「ポップぅ、だっこ! だっこ、して!」 何の脈絡もないが、今にも泣き出しそうな子供にそうせがまれて、ポップは素直にまたロカを抱き上げる。 「はいはい、だっこね。全く、王子様は甘ったれだなぁ」 そんな風に言いながらも、ポップはあやすようにロカの背を叩き、なだめている。ずいぶんと優しいその態度だけでもダイには十分にショックだったが、さらにその先が待っていた。 泣きじゃくるようにポップの胸に顔を埋めているロカは、わずかな隙間からダイの方をちらっと見た。 (な……っ!?) その瞬間、ダイははっきりと悟った。 |