『手強いライバル ー後編ー』
 

「あらあら、王子、こちらにいらしたんですか? 勝手にどこかに行かれては困りますよ、危ないことがあったらどうするんですか。ばあやはうんと心配したんですよ」

 突然、後ろの方からそんな声が聞こえて、ダイは本気でビックリした。
 普段のダイならば、周囲の気配には人一倍敏感だ。野生動物がそうであるように、誰か近づいてくる時はかなり前からそれを察知できる。

 だが、今ばかりはポップとロカに気を取られてすぐ後ろに人が来たのも気づいていなかった。
 振り返ると、年配の侍女が困ったような顔をして立っていた。

「まあまあ、ポップ様にご迷惑をかけちゃいけませんよ。さあ王子、こちらにどうぞ。だっこなら、ばあやがしてあげますから」

 そう言いながら手を差し伸べるばあやの言葉に、ダイはパッと顔を輝かせる。ポップにピッタリとくっついている、この子を引き剥がすいいチャンスだと思ったのだ。
 が、その希望は一瞬で潰された。

「やーっ! ポップがいいーーっ」

(おっ、おれだってポップがいいやいっ!)

 必死でポップにしがみつく二歳児と同じレベルで、ダイは心の中で絶叫する。本当なら、ロカを押しのけてダイこそがポップに抱きつきたいところなのだ。

「あらあら、それじゃポップ様がお困りでしょうに。わがままを言ってはいけませんよ、王子」

(そうっ、それっ、もっと言って!)

 王子をたしなめようとするばあやに、ダイは心からの声援を送る。しかし、それはあっさりと無に帰した。

「いや、いいって。別におれは困ってないしさ、ロカに会うのも久しぶりだし、たまには遊んでやるのも悪くないって」

 思いもかけぬ身内の裏切りとは、このことか。

(ポ、ポップ、そりゃないよ〜っ)

 ショックのあまり呆然と立ち尽くすダイとは対照的に、今まで泣きべそをかいていたロカはあっと言う間にニコニコ笑顔になった。

「わーいっ、ほんとだね、ポップ!?」

「ああ、ホントだって」

「やったぁ! ねえねえ、ポップー、あそぼー。あそぼうよー、おそらにおさんぽに行こっ」

 ポップに抱っこをされたまま、ひどく楽しげにそう強請るロカを前にして、ダイの中のモヤモヤはどんどん大きくなる一方だ。

 だって、それはダイこそが言いたいことだ。
 いつもは忙しいポップは、なかなかダイとは遊んでくれない。遊ぶだけでなくいつだって一緒に居たいけれど、普段は出来るだけ我慢している――少なくとも、ダイ的には。

 周囲やレオナは、ダイはいつだってポップの側に居ると言うことが多いが、ダイ的には全然そんなことはない。と言うか、もっともっとポップと一緒に居たいし、前みたいに寝る時だってなんだって一緒に過ごしたい。

 が、ポップの方は残念ながらそうでもないらしい。
 寝る時は自分の部屋に帰れと、三回に一回は追い返されるし、機嫌が悪いときに抱きつくと邪険に払われることも度々だ。

 でも、ダイはポップのその態度に少しばかりがっかりはしても、不満を抱いたことはなかった。
 なかったのだが……今ばかりは、不満が抑えきれない。

「空って言っても、今は先生もいないし、遠出はできないって。遊ぶんなら庭にしようぜ」

「えー? んー、おそらがいいのにー……」

 ポップの提案に、ロカは一瞬だけ頬を膨らませる。が、すぐに思い直したのか、笑顔でこくんと頷いた。

「でも、ポップがいるなら、いいや! じゃあね、じゃあね、ぶらんこ! ぶらんこ、しよ!」

「はいはい、王子様の仰せのままに。ってことで、ダイ。おれ、しばらく中庭にいるから、おまえはここで休んでていいぜ」

 気楽な調子でそう言って、ポップは庭に通じる大窓へと歩いて行く。
 だが、そんなのは冗談じゃない。ポップが居ないところで取り残されてなるものかとばかりに、ダイも慌てて後を追う。

「ま、待ってよ、おれも行くよ!」

「ええー、ダイもぉ?」

 と、ひどく不満そうにロカが言うが、ダイに言わせればそれこそこっちに台詞である。

 合った目と目の間に、一瞬、火花が散った。
 本人達にしか分からないライバル心から、互いに互いを敵を見る目で睨みつける。

 ――が、そんな一拍触発の雰囲気は、どうやら周囲には感じ取れなかったらしい。

「まあまあ、勇者様と大魔道士様が遊んでくださるなんて、よかったですわね、王子。では、お任せいたしますのでよろしく」

 ばあやはばあやで、あっさりと引き留めを放棄してしまったし、ポップの方もてんで分かっていない。

「ふーん。いいけど、あのブランコじゃダイにはちょっと小さいんじゃねえかな?」

 どうやら、ポップはダイがぶらんこに興味を持ったと思ったらしい。いや、全然違うのだが。むしろ、ぶらんこなんてどうでもいい――と言っても、ぶらんこなんてものは、ダイは知らないのだが。

 しかし、ポップとロカを一緒にしておくのは嫌だというのだけは、はっきりしている。ダイは構わず、ポップ達の後を追った――。






 それは、まるで一幅の絵のようだった。
 大きな木の枝に、二本の縄で吊された板――それがブランコというものらしいが、そこに金髪の小さな男の子がちょこんと腰掛けている。その背を押してあげているのは、黒髪の少年だった。

 ゆらゆらとブランコが揺れる度に、楽しげな子供の笑い声が響き渡る。
 そして、そんな子供達を微笑みながら見つめている男女がいる。美しい金髪の女性はいかにも優しげな笑みを浮かべて、これ以上無いぐらい熱心に子供らを見つめている。

 その目差しには覚えがあった。
 子を産んだばかりの怪物の母親も、そんな風に子供を熱心に見つめ、世話をする。そして、いざ子供らになにかあれば全力で守ろうとするものだ。
 それはまさに、母親の姿だった。

 その隣には、落ち着いた様子の男性が座っている。何かあれば、隣に居る女性だけではなく、子供達も守れるような位置取りで。
 知らない人が見たのなら、この場に居る全員が親子だと思えるんじゃないだろうか――ダイにはそう思えてならない。

 まあ、実際には髪や目の色の違いから、血縁関係など一目で見分けられるだろうが、ダイにはそこまでの世間知はない。怪物では、子供と大人では大きく姿が変わるものも珍しくないので、仲の良さから家族と判断してしまう。

 どこからどう見ても仲が良く、ほのぼのとした光景――なのに、それを見ているダイはちっとも嬉しい気持ちにはなれなかった。いつもなら、町などで仲の良い親子の姿を見ると、なんだかこっちまで嬉しくなってほっこりと暖かい気持ちになれるのに、今日はモヤモヤが強まるばかりだ。

(なんでだろう? ポップも、あのロカって子もすごく楽しそうにしているのに……)

 ブランコと言うものは、どうやらあの板に座ってユラユラ揺らして遊ぶものらしい。だけど振り子の範囲もすごく狭いし、空を飛ぶのに比べたら全然つまんなそうだと思ったのだが、ロカはこれ以上無いぐらいに楽しそうだった。

 それに付き合っているポップも、ずっと笑顔のままだ。
 揺れるブランコの後ろに居て、揺れが大きくなるように背を押してやったり、逆に揺れが大きすぎる時は抑えたりしているポップは、ロカが落ちないように気をつけているのが見て取れる。

 面倒なことを嫌がる傾向のあるポップが、そこまでこまめに人の世話をやくなど珍しい。
 そんな2人に向かって、声をかけたのはアバンだった。

「ロカ、ポップー、お茶が入りましたよ。そろそろ疲れたでしょうし、おやつにしましょう」

 その声かけに、ダイは少なからずホッとした。
 さっきからこのブランコ遊びは長々と続いていて、全然やめる気配もなかった。やり方が分からないダイは見ているだけしかできず、正直退屈だったのだが、ロカはともかくポップも楽しそうなので止めるのも憚られていたのだ。

 しばらく経ったらアバンとフローラが二人そろってやってきたのに、ポップはちょっと挨拶しただけでブランコ遊びを続行していた。
 そんなポップ達をアバン達は見ていて飽きないとばかりに、にこにこと微笑ましそうに見つめていたが、ダイ的にはもう限界に近い気分だったのだ。

 なのに、ロカはアバンの誘いを聞いてもブランコから降りようとはしなかった。

「やーっ。もっと! もっと、ポップとあそぶーっ!」

 だだをこねるロカは、しっかりとブランコを握りしめて離さない。そんなロカをアバンとポップが二人がかりでなだめすかしているが、なかなか言うことを聞いてくれない様子だ。

「ふふっ、お茶が遅れてしまって申し訳ないわね、ダイ君。先に、あなたの分だけでも入れましょうか?」

 そう声をかけてきたのは、すでにガーデンチェアに座っているフローラだった。

 いつの間に用意したのか、中庭にあったガーデンテーブルの上にはお茶のセットがあった。美味しそうなお菓子やケーキが所狭しと並び、いつものダイならば間違いなく釘付けになっただろう。
 が、今はポップ達のことの方がずっと気になる。

「ううん、みんながそろってからの方が美味しいし」

 フローラに招かれるまま着席したものの、ダイはやっぱりポップ達の方を見ていた。

「ほーら、じゅーう、きゅーう――」

 ゆっくりと数えながら、ポップとアバンはロカの背中を押してやっている。
 とりあえず、後十回ブランコをこいだら一休みすると言うことで、なんとか丸め込んだらしい。

「ごめんなさいね、ロカも普段はあそこまでわがままを言う子ではないのだけれど、ポップが来るといつもああなのよ。お兄さんが出来たみたいで、甘えたいのでしょうね」

 フローラはそう言うが、ダイには今一歩ピンとこない。
 兄、と言えば――とりあえず、ヒュンケルはダイにとってもポップにとっても兄弟子に当たるが、彼に対して甘えたいなんて一度も思ったことがない。

 もちろん尊敬しているし、好きだとも思うが、だからといってこんな風に一緒に遊びたいかと言われれば、首を傾げてしまうだろう。

(っていうか、ポップはしょっちゅうヒュンケルに文句言ったり、怒ったりしてばっかだよね)

 などと考えていると、ようやく三人がこちらに戻ってきた。

「うー、まだあそびたかったのにー」

 いささかご機嫌斜めなロカは、アバンではなくポップに抱っこされている。アバンはポップを気遣ってか、自分が抱っこしようかと何度か声をかけていたが、ロカが譲らなかったのだ。

 割と重いのか、ちょっとヨタヨタしつつもポップはロカを落とすことなくテーブルまで連れてきた。

「また後で遊んでやるから、先にお茶にしようぜ。さ、座った座った」

 そう言いながら、ポップはロカをフローラの隣に座らせる。

「あ、ポップ、こっちへ――」

 ごく当然のように、ダイはそう声をかけようとした。城ではいつだって、ダイとポップは並んで食事しているのだから。
 が、ロカがポップの腕をギュッと握りしめて叫ぶ。

「ポップは、ここ! ここにすわるの!」

 自分のすぐ隣に来いとばかりに、もう片方の手でバンバンと椅子を叩く。その強引な誘いに、ポップは気を悪くする様子もなくおかしそうに笑った。

「はいはい、分かったって」

(え、えぇえええーーーっ!?)

 密かにショックを受けるダイの隣には、アバンが腰掛ける。一番最後に腰をかけたアバンだが、彼が一番張り切っていた。

「さあ、ではお茶にしましょうか! ふっふっふ、今日はせっかく君達も来ることだし、久々に腕をふるって用意したスペシャルなスィーツですよ! ビスタチオをたっぷりと使った、レアケーキです! ポップが好きな、木イチゴのジャムも用意しましたよ」

 色鮮やかな黄緑色のケーキに、赤いソースが添えられているのは彩りも鮮やかで、見るからに美味しそうだった。ダイにとっては初めてみるものだったが、ポップにとってはそうではなかったらしい。

「わぁっ、これ、久しぶりだなー。先生、わざわざ作ってくれたんですか?」

 ポップもすごく嬉しそうな顔をして、それを口にする。

「ええ、もちろんですよ。夕食も期待してくださいね、とびっきりのラザニアをごちそうしますから!」

「あ、まーた、お得意の肉抜きラザニアですか?」

「はっはっは、あれは旅先で材料が無かったせいですよー。今日はダイ君もいることだし、ちゃーんとお肉もいれますからご心配なく」

 お互い、からかいあうように笑っているアバンとポップの姿は、そう珍しいものではなかった。

 アバンとポップは長い間一緒に旅をしていたし、二人だけで通じ合う冗談や話題も多い。ダイとは共有できないながらも、それは見ているだけでも楽しくて、いつもならダイも笑ってしまうぐらい楽しくなる。
 しかし、今は素直に喜べないのはなぜなのか。

「おいしー! これ、おいしーよ、ポップ!」

 小さいながらもそこはさすがは王子なのか、たどたどしいながらもちゃんとフォークを使って美味しそうにケーキを頬張るロカの頭を、ポップがポンポンと軽く叩くように乱暴に撫でる。

「そりゃよかったな、いっぱい食べて大きくなれよ」

 その言葉は、ダイにとっては痛烈な痛みを与える。
 ――ポップがあんな風に頭を撫でてもらえるのは、自分だけの特権だと思っていた。それだけに、それが他の人にも容易く与えられたことがショックだ。
 さらに、ダイは恐ろしいことに気づいてしまう。

(そういえば……)

 今となっては、ポップはダイにああ言ってはくれない。今でもたまに頭を撫でてはくれるが、『大きくなれよ』とは言ってくれないのだ。

 魔王軍時代には時折ダイのちびっぷりをからかっては、好き嫌いをすると大きくなれないからいっぱい食べな、なんて言いながら食事を分けてくれた。

 だが、魔界から帰ってきて以来、ポップは一度もダイにそんなことは言わなくなった。それどころか、もうそれ以上大きくならなくてもいい、なんてことをしょっちゅう言う。

 ――もし、ここに第三者的視点を持つパプニカ王女がいたのなら、それは単に背を追い越されそうなことに危機感を持っているだけでしょ、セコいわよねー、なんてズバリと指摘したかもしれない。

 しかし、ここにはアバン一家とポップしか居なかった。
 まるで久しぶりに会った家族のように打ち解け合い、笑い合う彼らを見ていると、ダイは疎外感すら感じてしまう。

 元々、ポップにはちゃんとした家族がいる。
 ランカークス村に住んでいる父親のジャンクと、母親のスティーヌだ。家出少年だったポップは、未だに父親とは会うとケンカばかりしているようだが、それでもポップが実家が大好きなのをダイは知っている。

 家に帰るとポップはいつだってのびのびしているように見えるし、ジャンクやスティーヌともこれ以上無いほど気があっているように見える。上手く言えないが、口になどしなくてもわかり合っている感とでもいうべきか。

 たまにダイもポップの里帰りについて行く時があるが、そこではどうしたって自分が『よそもの』だと思ってしまう。

 動物や怪物でも、群れで暮らすもの達は、自分の群れ以外のものがやって来ても、すぐには仲間にいれようとしない。同じ種族であっても、よそものと見なして警戒するのだ。

 もちろん、ポップの家や村の人がダイを警戒している、というわけではない。会えばいつだって親切にしてくれるし、みんな優しい。
 だが、それでもここは自分の縄張りではないのだと、感じずには居られないだけだ。

 動物が自分の縄張りに拘り、大切にするように、人間にも見えない縄張りが存在する。そこに入ることが許されるのは、家族のみだ。
 ダイの目には、ランカークスはポップが生まれ育った縄張りであり、彼の居場所と見えた。

 そして、ここでも同じ感想を抱いてしまう。
 パプニカ城にいる時よりもずっと、カール城にいる方が馴染んでいるように見えてしまうのだ――。






「あらあら。もう、ロカはおねむみたいね」

 涼やかな声が、笑いを含んでそう言った。
 さっきから静かになったと思ったら、いつの間にかロカがうとうとと眠りかけていた。

「無理もありませんね。ポップが来ると聞いて、昨日からずっとはしゃぎっぱなしで、朝も早くから起き出しましたし。少し、昼寝をさせましょう」

「……やー……まら……あちょぶ…………」

 アバンに抱き上げられたロカは、目をまたたかせながらもぐずるが、それも長くは続かなかった。すぐ側に寄り添ったフローラに優しく背を叩かれ、二歳児はあっさりと寝入ってしまう。

「さて、すみませんが私達はここで退席させてもらいますよ。あなた達はどうしますか?」

 寝入ったロカを気遣ってか幾分声を潜めたアバンの問いに、ダイは一瞬、もう帰ると言おうかと思った。

 カールに行ったままなかなか戻ってこないポップを待つのが嫌で一緒についてきたが、こんな風に疎外感を味わうぐらいなら、まだパプニカで待っていた方がマシとさえ思った。
 が、ダイが口を開くより早く、ポップが答えた。

「あー、もう少しここで遊んでいますよ」

「そうですか。では、ごゆっくり。せいぜいお腹を空かせて、夕食を楽しみにしていてくださいね」

 そう言い残して、アバンとフローラは連れだって去って行く。お茶の終わったテーブルは、どこからかやってきた数人の侍女達が現れて、汚れた皿を下げたり、テーブルを拭くなど甲斐甲斐しい働きを見せる。

 ものの数分も経たないうちに、ガーデンテーブルはきれいに片づけられ、ダイとポップだけが残った。
 他に誰も居なくなってから、ポップがダイを見てニヤリと笑う。

「さ、ダイ。もうおれ達だけしかいねぇし、本音をぶちまけちゃっていいんだぜ?」

「え?」

 どきん、と心臓が大きく跳ねた。

(まさか、ポップ、気がついていた――?)

 心臓の鼓動が、より一層強くなる。

「とぼけんなよ。だいたいさ、おれらがブランコ遊びしている間、あんなに熱心にこっちを見ていたじゃねえか。気づかないとでも思ってたのか?」

 ダイはこれを、喜んでいいのか、恥じればいいのか分からなかった。ポップが全然自分を振り向いてくれないと、モヤモヤしていたことがバレていたなんて、ちょっとみっともないと思う。

 でも、ポップがちゃんと自分を見ていてくれたのは、素直に嬉しい。
 相反する思いに何をどう言えばいいやら分からず、結果、黙り込んでしまったダイに対して、ポップは得意げに笑う。

「図星だろ。おれに隠し事するなんて、十年早いって。もう観念して、素直になれよ」

 そう言って、ポップはダイの手を引っ張る。
 それに、ダイは逆らわなかった。ちょっとばかり、どきまぎはしてしまったが、手を引かれるままついていく。

(おれ……素直になって――いいのかな?)

 この心のモヤモヤを、思い切ってぶつけてしまってもいいんだろうか? たとえばこのまま、ポップにギュッと抱きしめたりとか――。
 どんどん強くなる鼓動のせいで、口から心臓が飛び出してしまいそうな気分だった。

「もう、おれ達二人っきりなんだから、恥ずかしがらなくったっていいって」

 そうポップに笑いかけられた時が、限界だった。

「ポ、ポップッ、おれ……っ!」

 言いかけたその時、ポップの手がダイの肩を強く押し、一瞬腰が砕ける。転んで尻餅をつくと思ったが、ダイのお尻は意外にもしっかりとした椅子のような物の上に落ち着く。

「え?」

 きょとんとしてから、ダイはようやく気がつく。
 自分が、さっきまでロカが遊んでいたブランコに座らされたことに。その前にポップがふんぞり返るように立ち、得意げにダイを見下ろして言った。

「おまえもブランコで遊びたかったんだろ?」

 人間、あまりにも衝撃が大きすぎると思考が真っ白になるものらしい。ぽかんと口を開けたまま、何も言えずに放心しているダイを見て、ポップはやたら得意げに頷いた。

「へへっ、図星だろ? ロカに気を遣ってやるとはおまえも成長したもんだけどさ、別に我慢しなくったっていいんだぜ? おまえだってまだガキなんだし、遊びたいように遊べばいいんだって」

(……………………ぜ、全然違うっ!)

 心の中だけで、ダイは絶叫せずにはいられない。
 図星どころか、的外れもいいところだ。と言うか、かすってさえいない明後日の方向への勘違いに、頭が痛くなってくる。

 戦いや政治の場では、驚くほど頭の回転が速くて相手の思考を的確に見抜く癖に、なぜ自分のことに関してはこうも鈍感なのか――。
 呆れるやら力が抜けるやらで放心するダイにお構いなしに、ポップは後ろに回る。

「何やってんだよ、こいでみろって、ほらっ!」

「わっ!?」

 強く背中を押され、ダイは慌てて綱を握りしめる。ロカにやっていたように気を遣って優しく背を押すどころか、ポップは遠慮なしの力で突き飛ばすようにダイを押したのだ。

 危うくブランコから落ちそうになったダイは、さすがに文句を言おうと振り返ろうとした。
 が、すかさず背中側にポップが飛び乗ってきた。ダイの座っているブランコの両端に足をかけ、立ったままブランコに飛び乗ったのだ。

 いきなり二人分の体重がかかったせいか、ブランコがぐんと加速して、高くまで上がる。このまま、空に投げ出されるのかと思った瞬間、ブランコはピタリと動きを止めた。
 そして、今度は後ろ向きにぐんぐん下がる。

「ダイ、足を上げねえと擦れるぞっ」

 ポップの注意に、ダイは慌てて足を縮めた。さっき、ブランコから完全に足が浮いていたロカと違って、ダイはブランコに座れば普通に足が地面につく。普通に垂らしたままでは、盛大に地面を足でこするはめになるだろう。

 しかし、なんとか間に合ったのか足は無事だった。一番、地面と近づいた瞬間はあっと言う間に過ぎ去り、ブランコは今度は後方の最高点に達する。そしてまた、さっきと同じように再び下に向かって落下し始めた。

 枝に結んだ縄を起点にした半円状の落下とは言え、地面がぐんぐん迫る様はちょっとした迫力だった。思っていた以上にめまぐるしい動きの中で、ポップが楽しげに笑う。

「ダイ、おれに合わせろよ!」

 何を、とはダイは聞き返さなかった。
 言われるまでもなく、理解できる。縄をぐっと握りしめたポップが、力を込めて足を踏ん張る。背をのけぞらせるほどの体重移動に、ダイもまた合わせた。

 その感覚には、身に覚えがあった。
 デルムリン島から小舟で旅だった時、二人で力を合わせて帆を操った時と同じ感覚だ。同時に体重をかけ、息を合わせないと海に投げ出されてしまう。

 だが、息をぴったり合わせて帆を操れば、通常以上の速さで進むことが出来る――ブランコも同じだった。

 さっきまで以上の高さまで、ブランコは高く、高く上がる。もう少し上がれば木の枝にまで触れそうなほどの高さに上がった後、待っているのは急降下だ。

 風を撒いて後方に揺れた後、今度はまた前方への落下が始まる。
 緩急の激しいそのブランコ遊びは、さっきロカがやっていたものとは全くの別物だった。その激しさについて行けないとばかりに、木の枝が悲鳴でも上げるようにきしんだ音を立てている。

 なのに、ポップは全く気にする様子もなく、笑いながらさらに強くブランコをこぐ。

「どーだ、ダイ、面白いだろっ」

 それは、疑問形でさえない。ダイも楽しんでいるに決まっていると、心から信じ込んでいる声だ。 弾むようなその声は、ポップ自身が十分に楽しんでいることを伝えてくれる。
 もちろん、ダイの答えは決まっていた。

「うんっ」

 その言葉に嘘はない。
 本当に、ダイは心から楽しんでいた。そりゃあ最初は肩すかしを食らったような気がして戸惑ったが、これはこれでいい。

 ブランコももちろん楽しいが、なによりポップがすぐ近くにいてくれるのが嬉しくてたまらない。

 ロカやアバン達と居る時、あれほどくつろいでいる様子だったポップが、ダイのことにも気を配り、手加減なしに一緒に遊んでくれている――それは、ダイが望んでいるものとは違うかもしれないが、それでもいいと思えた。

 今は、これでいい。
 ポップの側に居られるだけで、ダイは嬉しくたまらないのだから。

「よーしっ、じゃあもっと高くまでやろうぜ!」

「うんっ、やろうよ、ポップ!」

 声を立てて笑いながら、ダイはポップと共にブランコを力いっぱいこぎ続けた――。    END 


《後書き》

 815776hit記念リクエスト『ダイがポップの人気の高さにやきもち焼いて、ポップがご機嫌を取ってはくれるけれど、ダイとしては何か違うとモヤモヤ』話です♪

 普通、キリリクはその名の通り切りのいい番号を設定するのですが、このリクエストばかりは少しばかり特殊で、長編連載投稿の完成のお礼として、リク主様が訪れた際の番号という条件でした。

 最初はパプニカが舞台で書きはじめたのですが、それだと以前書いた『君を独り占め!』と似た感じになっちゃうと思い、急遽舞台をカール王国に移しました。

 アバン先生以下、カールで思いっきり甘やかされているポップと、そんなポップに思う存分甘えるロカ王子を書くのは楽しかったです。……ただ、ポップがあまりダイのご機嫌を取っているようには見えないので、これでリクエストに叶ったのかと言う悩みはありますが(笑)

 ところで、子供の頃、ブランコで遊ぶ時に二人で乗るのが好きでした。一人が立ち乗りして揺らすと、いつもよりも高くまでこげるのが面白かったのを覚えています♪

 まあ、ブランコは高くこげばこぐ程、アクシデント率が高くなるので、二人乗りは推奨しませんが。……というか、最近はブランコも危険と見なして鎖ごとブランコを外してしまっている公園も少なくはないですね。

 これもご時世とは言え寂しいなぁなどと思っていたら、撤去されずに取り残されたブランコの土台部分をよじ登って遊んでいる男の子達を見かけて、より危険な遊び場を提供しただけじゃないかと疑問を感じたりします(笑)


 


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