『四界の楔 ー発覚編 1ー』     彼方様作

 

《お読みになる前に、一言♪》

 ・ポップが女の子です。
 ・元々長編としてお考えになったストーリーの中の一部分なので、このお話を読んだだけでは解明されない謎めいた伏線が多めに張られています。

 この二点にご注意の上、お楽しみくださいませ♪

 

 

 

 

 

 

それはダイのちょっとした愚痴だった。

「最近、ポップが一緒におフロ入ってくれないんだ」

「え?」

言われてレオナがきょとんとする。
フレイザードとの戦いが終わり、マァム、ヒュンケル、クロコダインがそれぞれの理由で一時パーティを離れ、レオナ自身はパプニカの再建に本格的に手を尽くし始めた頃。

ポップは精力的にマトリフとの修行に励んでいた。
それを知っているだけに、レオナは軽く返す。

「ポップ君も疲れてるんでしょ。修行が一段落したら、きっとまた一緒に入ってくれるようになるわよ」

「…ポップもそう言ったけど」

レオナに言う前に、直談判はしたのだ。
しかし、ポップは素っ気なかった。
『もう俺が一緒でなくても、一人で入れるだろ?』と。
確かにそれは事実だ。

しかし、ダイに「入浴」と言う「人間の習慣」をを教えたのはポップだった。デルムリン島にも温泉が湧いてはいたが、基本的にダイは水浴びで済ませていた。温泉は海や泉に長く入りすぎて、ちょっと体が冷えたかなと感じた時に1〜2分入る程度のもので「入浴」とはとても言えないものだった。

何より、出会ってから今まで、ポップは何くれとなく、或いは積極的に色々とダイの面倒を見てくれていた。
 こんなにつれない態度を取られたのは初めてで、それだけに余計に寂しさを感じてしまう。

「…ポップ、俺よりマトリフさんといる方が楽しいのかな」

“−−−それは、物凄く的外れだと思うけど”

余りにもなダイの台詞に、レオナは心の中で突っ込んだ。
直接言わなかったのは、ダイの落ち込みようが酷かったからだ。

“なぁーんか、嫉けるわよねぇ”

ダイに仄かな恋心を抱いているレオナとしては、ダイの「ポップ大好き」な態度は複雑なものだ。こういう時、ポップが男で良かったと、つくづく思う。

「解ったわ。今夜、ポップ君を待ち伏せしましょう」

「待ち伏せ?」

「ポップ君、大浴場のお湯を落とす寸前に帰ってくるじゃない?あの時間に使ってるのってポップ君だけだもの。とっ捕まえて説得するの」

近くに誰もいなければ、多少ポップが騒いでも問題なし。
それにポップだって、ダイが寂しい思いをするのは本意ではない筈だ。
逆に言えば、ダイが寂しがっていると知って尚、入浴を共にしない理由への好奇心もある。

レオナはまだ、ポップのことをよく知らない。
けれど、ダイがこれだけ懐いているのだし、バルジ島では彼も死力を尽くして戦った一人だと聞いている。少なくとも心根が悪い人間ではないだろう。これから共に戦っていくのだし、その相手の事を知りたいとも思うのだ。

ダイもポップと共に、マトリフに修行をつけてもらっている。
だが、それはどうしてもポップがメインのものになる。ダイは苦手な魔法を少しでも自然に使えるようになる為の基礎訓練に終始する事が殆どだ。
そして一足先に帰って、生き残ったパプニカ兵と共に剣の訓練をする。
それがここ数日のパターンだった。

「じゃぁ、おれ先に帰るね」

「おう」

ポップはぽふ、とダイの頭を一撫ですると、すぐにマトリフに向き直った。それに不満を覚えつつも踵を返す。

“レオナなら、きっと何とかしてくれる”

今朝のレオナとの会話を思い出し、夜まで我慢する事にする。
そもそも直談判したところで、ダイが口でポップに勝てる訳がないのだ。ただ、今までポップがダイの甘えを一蹴した事が無かっただけに今回も言いさえすれば良いと思っていただけだ。

何より、少しでも長くポップと一緒に居たかった。
修行はしないといけないし、その間は仕方がないと思っていても、それ以外の時間で距離を置かれるのは、どうにも嫌だった。
自分が何故そう思うのかも、ダイは知っている。

“あの目が嫌なんだ”

ポップは時々、とても遠い目をする事がある。
ダイどころか、その場にある何も映っていないかのような、何処か虚ろな寂しい瞳。

最初はアバンのことを思い出しているのかと考えていた。
けれど、よくよく思い返せばデルムリン島にいた頃にも、ポップは何度かそんな目をしている事があった。

その度に柔らかく名前を呼んで、ポップを「こちら側」に引き戻していたのはアバンだった。ポップもその声に応じて、何度か瞬きをした後に少し申し訳なさそうに微笑っていた。

“ポップは…おれが呼んでも戻ってきてくれる?”

実はダイはまだ、その状態のポップに声をかけた事が無い。
アバンには即座に反応していた。
あれが一年以上共に旅をしたという、二人の絆を示す一端だと言うのなら、自分が呼んでもポップが反応しなかったらと思うと怖かった。

それにポップがその瞳をしている回数は決して多い訳ではないし、時間もそう長くはない。戦闘中には、勿論ない。
マァムは多分、まだ気付いていない。
あの彼女が、ポップのそんな様子に気付いて放置する筈がない。

共にいた時間がほぼ戦闘中なヒュンケルやクロコダインも気付いていないだろうし、殆ど会ったばかりのレオナなら尚更だ。
だから一緒に居る時間を長くして、早く「自分が呼べばポップが戻ってくる」という自信が欲しい。

“何でだろうなぁ”

だが、何故そこまで思うのか、をダイは解っていなかった。

“だってポップって優しいけど意地悪だし、おれのことすっごい子ども扱いするし…”

確かに自分は3歳も下だし、人間の常識なんて殆ど知らない。
それでも、子ども扱いされるのは不満だった。
戦闘能力と言う点では、ダイの方がずっと上だ。けれど、そうではなく日常の場で対等でありたい。そう思う。

ダイにしては色々と考えながら、パプニカ城へと駆けていく。
だが、何故ポップがそんな瞳をするのか、アバンなら理由を知っていたのではないか、という根本部分に考えが及ばないあたりが、彼らしかった。

 

 

帰るダイの背中を見送りながら、ポップは一つため息を吐いた。

“何かヤな予感がするんだけど”

「おい」

そのポップの頭にマトリフの杖が落ちる。

「何だよ、師匠」

マトリフの仕業にしては珍しく痛みは感じなかったが、その視線を受けてポップは息を呑んだ。

「てめぇは何時まで、その姿でいる気だ」

「あーー…」

言われてポップは明後日の方を向いた。

「解ってんだろ?ヘタすりゃそれが命取りになるぜ」

「ちょっとタイミング逃がしちまったからなぁ…」

今のままでは良くないとは解っている。ただ、どうにも言い出しにくいのも事実だ。何よりも気恥ずかしい。

「バカが。先延ばしにして解決するもんでもねぇだろうが」

「…うん、まぁ。うん」

「頭でっかちのくせしやがって。とっとと決断しやがれ」

「解ってるって」

ポップがひらりと手を振ると、マトリフは目を眇めた。が、それ以上は何も言わずに修行を再開させる。

“ったく、面倒な奴だぜ”

初めて見た時から、おかしな所が目につく魔法使いだったが、最たるものがその姿だった。一体どんな酔狂かと思ったが、理由を聞けば納得するしかなかった。

けれど、その理由も今となっては意味をなさない。
結局、本人が言うようにタイミングを逸したせいで、言い出しにくくなっているだけだろう。

「ポップ」

「ん?」

何時もより少し早い時間に戻ろうとしたポップを呼び止める。

「…ダイのことは、気付いているか?」

「知ってるよ」

やけに昏い瞳で簡単に答えたポップに、マトリフはらしくもなく気分が沈みそうになったが、それを表に出す事はなかった。

「なら、てめぇが支えてやれ」

「言われなくても」

一瞬前の昏さが嘘のように柔らかく微笑んだポップにホッとする。
ダイを支えてやれ、と言うのはもしかしたらポップには酷な事かも知れないと思っていただけに、この反応は意外でもあったが、喜ばしいものでもあった。
ポップのルーラの軌跡を見送って、マトリフは小さく息を吐いた。

“アバンの奴も、とんでもねぇのを弟子にしたもんだぜ”

竜の騎士とは違う。伝説ですらない。おとぎ話の類でしかないと思っていただけに、それが実在すると知った時の衝撃は大きかった。
それでも。
あの二人が支え合って行ければと、望むのだ。

 

 

パプニカ城につくと、ポップはバタバタと自分に割り当てられた部屋(ダイと同室)へ向かった。
何時もより早いとはいえ、時間ギリギリである事に違いはない。

そうして辺りをざっと見回してから、慌ただしく脱衣所に入る。その様子を見ている者がいるなど、全く気付かずに。
ポップが走り込んできたのとは逆側の通路で、ダイとレオナは目を丸くしていた。

「な、何で女湯の方に入るのよ!?」

「あ、慌てて間違えた、とか?」

「今日初めてって訳じゃないでしょ!」

言うが早いか、レオナは走り出した。その勢いのまま、女湯の扉を壊さんばかりの強さで開ける。

が、その音に驚いて扉を振り返ったのはーーーどう見ても少年ではなく、少女だった。ポップの双子の姉か、妹と言われればそれで納得してしまいそうな程に、彼にそっくりな。

一瞬の空白の後、我に返ったのは少女の方が先だった。
脱衣棚に置いていた服を引っ掴むと、右足を軸に180度回転する。その視線の先は、換気の為に開け放してある天井近くの窓。
ルーラが発動されるか、と言う瞬間。

バッターーーン!!

派手な音がその場に響いた。
初動が遅れたものの、反射神経と運動神経の差がありすぎた。ダイが少女にタックルをかましたのだ。

「…ッたぁ」

「ポップ!ポップだろ!」

二人して床に転がっているのに、ダイは少女の腰にしがみついたままのたまった。

「え?ええ?!」

レオナが驚きの声を上げる。まさか、もしかしたらと思ってはいたが、断言されると、やはり驚いてしまう。

「ほ、ほんと?ダイ君」

「うん!だってポップと同じ匂いがするもん」

「犬か、お前はっ。とにかく離せっ!!」

少女から否定の声は上がらず、その口調はポップと同じだった。

「やだ。離したら逃げるじゃないか」

「逃げねぇから離せ!痛いんだよっ」

いや、それより問題なのは少女ーーーポップーーーの格好の方だ。何しろ、ズボンははいているが上半身は裸なのだ。やっとそこに思い至ったレオナがダイに声をかける。

「そうよ、ダイ君。とにかく服は着て貰わないと」

言われてダイも、まじまじとポップを見る。
目の前にある体は見慣れた少年のものではない。
元々細かったラインは、更に一回り細くなり、柔らかな曲線を描いている。そして男には絶対ありえない胸の膨らみ。同じと言えるのは、全く陽に焼けていない肌の白さ位だ。

もう一つ目を引くのは、床に散らばる漆黒の髪。
レオナと同じ位の長さの髪は見事なストレートで、少年の姿だった時の癖の強さは何処にもない。

漸くダイが離れると、ポップは長く伸びた髪を無造作に後ろに流してさっと立ち上がった。身長自体は変わってないように見える。

「つかさ、俺、風呂に入りたいんだけど」

「あ、そう言えば、そうだったわよね。…逃げない?」

「だから逃げないって。何時言おうかって考えてたとこだったから、丁度良かったよ」

「そうなの?」

「ああ。師匠にもせっつかれたし」

今までより少し高い声で紡がれる言葉。
それにレオナは肩を竦めた。
つまり、間違いなくこっちがポップの本来の姿だと言う事だ。

「解ったわ。じゃ、執務室で待ってるから」

「ああ。なるべく早く行くよ」

二人の少女の間でポンポンと交わされる会話に、ダイはついていけない。
と言うか、話の流れそのものがよく解らない。確か自分とポップがもう一度一緒にお風呂に入れるよう、レオナがポップを説得してくれる筈ではなかっただろうか。

「……ポップ」

服で胸元を隠しているポップに未練たっぷりに呼びかける。

「−−−−お前、何時までいる気だよ」

しかし返されたのは半眼の非常に冷たい視線と声音だった。それにレオナもハッとしてダイを見下ろす。

「じゃぁ、もうおれと一緒には入ってくれないって事?」

ものすごーーく哀れを誘う声ではあったが、反応したのはポップよりレオナの方が早かった。

「ダイ君。ほら、早く行きましょ」

「ええ?何で〜〜」

ゴン。

未練がましい疑問の声に、ポップは棚の仕切り板に頭をぶつけた。

“嘘だろ…”

確かにデルムリン島にいた「人間」はダイ一人だったし、島を出てからも戦闘ばかりで「人間社会」の一般常識がほぼない状態なのも解ってはいたが、まさかここまでとは。

「あのな、ダイ。普通10歳を越えれば、男と女は一緒の風呂に入ったりしないんだよ。お前は何でここの風呂が分かれてると思ってるんだ」

「だって、ネイル村とかロモスの宿屋では一緒だったじゃないか」

「そりゃ、あの頃はお前が風呂の入り方も知らなかったし、俺も男に擬態してたし?あの宿だって風呂自体小さくて、交代制だったからな」

幾ら男に擬態していようが、誰が見ず知らずの男と一緒に風呂に入ろうなどと思うものか。

「だったら、今だっておれとポップの二人だけじゃないか」

とくとくと言って聞かせるポップに、ダイは駄々っ子の如く食い下がる。
その様子に、ポップは深々とため息を吐いた。

“もしかしてこいつは、俺の裸を見ても俺が女だって意識の切り替えが出来てないのか?”

言葉遣いがそのままなのも良くないのだろうけど。

「ダイ」

「何?ポップ」

“−−−−ああ、犬の耳が見える”

竜の筈なのに。
けれど、見る者によっては無神経にも取られかねない程のダイの無邪気な純粋さが、ポップにとっては救いでもあった。だから結局、最後の部分で拒みきれない。

「…風呂の準備して来い」

「うんっ!」

頷くと同時に、ダイは脱衣所を出ていった。
それに慌てたのはレオナだ。

「ちょっと、ポップ君」

「だってあいつ、俺を女だって認識してねーもん」

言いながら、ポップはトレードマークのバンダナを手に取った。同時に、フワリとあえかな光がポップの全身を包む。ほんの1〜2秒後に光が消えると、そこにいたのは見慣れた少年のポップだった。

「それ…」

「ああ。これ、先生のアレンジ・モシャスがかかってんだ」

「でも、どうして?」

「そりゃ、旅をする時は男だってだけで、クリア出来る問題が多いからな。野宿一つ取っても解るだろ?」

「その言葉遣いも?」

「今となっちゃ、すっかり馴染んじまったけど」

万が一にもバレたらマズいと言う思いから、かなり乱暴なものになってしまった。
ついでに言うなら、アバン程の年齢の男性が10代半ばの少女を伴って旅をする図と言うのが、第三者からすればかなり怪しい光景になりかねないからだ。

「成程ね〜。で、ついついそのままで来ちゃったって事」

「ポップ!お待たせっ!!」

レオナの言葉が終わるか終らないかと言う内に、ダイが息せき切ってやってくる。

ーーーーそんなに嬉しいのか

ポップとレオナの心の声が、違う意味で一致する。
ポップは呆れで。
レオナは軽い嫉妬と悔しさで。

「あれ?ポップ?」

流石のダイも、一目でポップの姿の違いに気付く。

「説明は後で纏めてするから、さっさと入るぞ」

「解ったわ。なるべく早くね」

今のダイの頭の中は「ポップとお風呂に入る事」で一杯だ。どのみち、ここで延々と話しこんでいる訳にもいかない。

 

 

20分程して、レオナの執務室に二人がやってきた。
上機嫌なダイに比べて、ポップが妙に疲れているように見えるのは、気のせいではないだろう。

「で、全部話してくれるのよね?」
                            《続く》

 

後編に続く
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