『四界の楔 ー帰郷編 1ー』 彼方様作


《お読みになる前に、一言♪》

 ・ポップが女の子です。
 ・元々長編としてお考えになったストーリーの中の一部分なので、このお話を読んだだけでは解明されない謎めいた伏線が多めに張られています。
 ・メルルが女の子ポップに対して憧れの念を抱いているという設定ですが、恋愛感情ではありません。
 ・キルバーンに関わりを持つ設定のオリキャラが登場します。

 この四点にご注意の上、お楽しみくださいませ♪













ランカークス。
山間にある、小さな村。流石にマァムの故郷であるネイル村よりは大きいが、田舎なのに変わりはない。

「ここがポップの生まれた所?」

「ああ」

ポップは道路沿いの草むらに座り込んだまま頷いた。
流石に四人も連れて飛ぶのは疲れたから、少し休ませろ、と。
ゴメちゃんなどは気にもならないが、チウに対しては「何故お前までついてくる!?」と言うのが、ポップの素直な心境だ。マァムにくっついているだけだと解ってはいるが。

「ポップ、そろそろいい?」

「ああ」

非常に気は進まないが、行かない訳にはいかない。
一年以上経っているのに変化らしい変化のない街並みを見ながら、ポップは一直線に歩いていく。とりあえず村の人間には、なるべく会いたくない。

「あそこ」

ポップが一軒の家を指さす。
全員の視線がそちらに向かうと、丁度一人の女性が看板を持って出てくるところだった。

「−−−ポップ!?」

驚きと共にそう口にしたのはダイだったが、マァムもメルルもチウでさえ、その女性とポップの余りのそっくりさに目を見張っている。
この二人を見て母娘だと解らない者など一人もいないだろう、と言う位に。

その小さなざわめきに気付いたのか、件の女性もこちらを見やり…そしてまた同じように驚きの表情になる。

暫く呆けたように動きを止めていた彼女の手から看板が滑り落ち、その音に触発された形で、こちらに小走りでやってきた。
そのまま、常はダイがやっているポップへの抱き着きをやってのける。

「ポップ…本当に、あなたなのね?」

「うん…ただいま…」

「この娘は、もう…!」

一年以上音沙汰なしだった子どもが帰ってくれば、親としては感極まって当然だ。けれど対するポップに喜びは見てとれない。
いや、全くない訳ではないが、それを遥かに凌駕する悲しみ。

尤も全員がポップの後ろにいた為に、彼女のそんな表情を見た者はいなかった。ただ僅かにメルルが感じ取ったに過ぎない。
彼女が抱える秘密は、親との再会すら素直に喜べないものなのか、と。

「さ、早くお父さんにも顔を見せてあげて。−−−−最後なんでしょう?」

最後の一言は、噛み締めるような小さな声で。

「いや…」

ポップは緩く首を振ると、軽く後ろを振り返った。それでやっと彼女はダイ達の存在を思い出したらしい。

「あら、まぁ、まぁ。ごめんなさいね。ポップのお友達よね?ポップの母でスティーヌと言います。よろしくね」

最初よりかなり明るい声でスティーヌが挨拶し、ダイ達の自己紹介とやって来た目的の説明が終わる。






一段落ついて家の方を見ると、妙に厳つい中年男が扉の前に立っていた。

「あなた」

スティーヌの一言で、彼がポップの父親だと解る、が。
ーーーー父親の遺伝子、何処に行った
これもまた、この親子を見て誰もが持つ感想だった。

「ポップか」

「うん」

それだけのやり取りで、父親は妻とポップが連れてきただろう三人と一匹を見やる。妻の表情と連れの存在で何かを理解したらしい彼は、小さく息を吐いた。

「オレはこのバカ娘の父親でジャンクってんだ。とりあえず、入んな」

「バカは余計だ」

「やかましい、このバカ」

ポップの頭を押さえつけるようにして撫でる手は、乱暴ながらも確かな愛情が見て取れる。
部屋に通された後、ポップがもう一度ザッと説明する。

だが、ジャンクが最初に反応したのはダイの武器に関してではなかった。苦虫を口一杯に含んだような顔で一人娘を見やる。

「てめぇ…そんな事にまで首を突っ込んでたのかよ」

「いいだろ、別に」

“そんな事にまで”と言う言い方に引っ掛かりを覚えたのはマァムだった。メルルにとっては今更な事だったし、ダイとチウには残念ながらそこまでの洞察力はなかった。

「しかし、こいつが役に立ってんのかい?子どもの頃からろくすっぽ外で遊ぶ事もせずに、本ばっかり読んでた奴が」

「ちょ…っ」

ポップの体力のなさを指摘するジャンクに、本人が慌てる。
とにかく、子どもの頃の話などして欲しくない。それに、自分だってアバンと共に一年間旅をしていたのだ。あの頃よりはずっと体力はついている。

「そんな事ないですよ!ポップがいなかったら、きっとおれ達ここにはいなかった」

「ええ。私達の中で強力な呪文が使えるのは、ポップだけですから」

ダイとマァム。
説明では共にいた時間が長い二人に言われて、ジャンクが目を丸くする。

「ま、役に立ってんならいいんだけどよ」

ポップを認めて貰えた事に、ダイが満足そうに笑う。マァムの前で言ってしまったように、流石に親の前で「一度死んだ」などとは言えなかった。

「俺のことはいいからさ。武器見せてよ。何か手がかりがある筈なんだ」

「……ポップったら、見た目は少しは女の子らしくするようになったのに、言葉は本当にそのままなのね」

“母さんっ!”

ポップが心の中で絶叫する。
これで男に擬態していた事に関して、嘘が一つバレた。

「え?ポップって先生に会ってから男に擬態したんじゃなかったの?」

最初からポップの男としての振る舞い方に、そしてつい先刻のジャンクの言葉に疑問を持っていたマァムが口を挟む。レオナがいたなら、もっと鋭く切り込んだ事だろう。

「こんな田舎で、モシャスなんて高等魔法を使える奴、いる訳ないだろ」

ポップが尤もらしい事を言うが、筋が通っていない。

「そりゃ、オレ達の責任だろ」

「そうね。あなたの我儘だったわね」

続けられた両親の言葉に、ポップの胸がチクリと痛む。

「どういう事、ですか?」

メルルが控え目に尋く。きっとこれはポップの抱える重い何かに関係がある。
ポップが話さない事、或いはポップ自身が知らない彼女のことを親ならば知っているかもしれない。

もしかしたら、ポップを少しでも楽に出来るかもしれない。
そんな思いで尋いたのだが、現実は無情だった。

「オレが鍛冶職人で、武器屋なんで子どもは男が良かったって言う、今思えばとんでもねぇバカな理由だよ」

「でも、ポップって私にそっくりでしょ?体も細いし、先刻も言ったみたいに外で遊ぶより本を読むのが好きな子だったから、十歳にもならないうちにバレちゃってね」

それでもポップは男っぽい言動のままだったし、二人もそれを止めさせようとはしなかった。
家族三人の共通認識があったからだ。

漠然とした、けれど恐怖を伴った、それ。
ポップが女でいるとよくない事、不吉な事が起こる、という確信に近い予感。
そしてそれは、ポップの十歳の誕生日に証明されてしまった。

見た目は人間と全く変わらないのに、何処かしらが「違う」と感じる漆黒の男によって知らされた、ポップの運命。

これがただ言葉で語られただけならば、まだ「信じられない」と突っぱねる事も出来ただろう。けれど、頭の中に直接情報を流すと言う、人間では不可能な方法で知らされたせいで、信じざるを得なかった。

驚愕と絶望に立ち竦む両親に比べ、ポップはただその男を見ていた。与えられた情報は、ポップの方が余程も多かったにも関わらず。
そしてその時から、ポップの読書量は更に増えた。

だが、それはこの場で話す事ではない。
と言うか、三人の誰も話す気はなかった。
ポップ本人は勿論、ジャンクとスティーヌは「その時」が来るまでポップに普通に生きて欲しいと願っているからだ。

「じゃ、何でポップ、その時に女の子に戻らなかったんだよ」

「そう言われてもなぁ」

物心ついた時から、男として生きてきたのだ。一応両親からは本当は女であると教えられては来たけれど、いきなり変えられる筈もない。

「別に不便もなかったし」

都会ならまた違っただろうが、全員が顔見知りと言っていい小さな村では「あ、やっぱり?」で終わりだった。と言うか、父親を真似た言動はともかく、ポップの外見で男と言い張る方が無理があったのだ。

村にいた頃のポップは、本来の女としての意識と、物心ついた頃から演じていた男としての意識が混在しているような状態だった。

「いや、だからさ。別に俺の子どもの頃を聞きに来た訳じゃないだろ?」

本来の目的を思い出せ、とポップは言う。
これ以上あれこれ詮索されるのが嫌だと言う以上に、実際そっちの方が重要なのは事実なのだから。

「そうね。時間の余裕がある訳じゃないし」

それにマァムが同調する。
ポップのことが気にならないと言えば嘘になる。
ただ優先順位と言う点で、ダイの武器入手が先に来るだけだ。







そうして漸くジャンクの店で「ヒント」を得て、「ロン・ベルク」なる魔族の所に行く事になった。
その道中。

「ね、ポップ」

「何だ?」

「何時ヒュンケルと、そんな事話したの?」

「……は?」

いきなり脈絡のない事を尋かれて、ポップがきょとんとする。そんなポップの
反応の鈍さに、ダイの機嫌が急降下する。

「おれ、ポップとヒュンケルがそんな話する程仲良くなってるなんて知
らなかった」

「仲良くって…いや、普通に話位するだろ。仲間なんだし」

ポップはポップで、責めるような言われ方にムッとする。

「仲間ってだけ?」

「?他に何かあるのか?」

心底不思議そうに言うポップに、ダイはちょっとだけ安心する。少なくとも、ヒュンケルに対して特別な思い入れはなさそうだ。

「じゃ、おれは?」

「は?」

今度は怪訝そうな表情になったポップに、懸命に言い募る。

「おれも、ただの仲間ってだけ?」

「お前、何が言いたいんだよ」

ダイらしくもない回りくどい言い方に、ポップがやや苛立ち始める。
二人の会話、と言うよりダイの言葉の意味を正確に理解していたのはポップではなく、メルルと一人娘の様子に気を配っていたジャンクだった。
だが二人とも、口を出そうとはしない。

バンダナの端を指先でいじりながら、ポップはダイを見下ろす。少年の時にはなかった、癖に近いその動きにダイが眉をしかめる。何時もではないが、考え事をしたり、あの瞳をした直後などに、ポップは良くバンダナに触れている。

そのバンダナがポップにとって特別な物である事を、ダイは嫌と言う程知っている。
何しろメガンテをかける事を決断した時に、自分への「形見」とした程のものだ。

だが、それでも。
ポップのバンダナへの思い入れや、その意味は、自分よりアバンの比重が大きいのだと、ダイは本能的に感じていた。

「ポップにとっての一番は、ずっと先生のまま?」

「ダイ?」

「おれは…おれがポップの一番になりたいんだよ!」

「……え!?」

何を言われたのか理解できない、と言う反応に今度はダイが苛立つ。普段はあれ程頭の回転が速いのに、自分のこととなると、どうしてこうも鈍いのだろう。

だが、ダイもーーー他の誰も知らない。
それはポップの一種の自己防衛だと言う事を。

「えーとな?俺の一番はお前だけど?」

暫くしてから、戸惑いも露わにポップはそう言った。
その戸惑いは人の心の機微に疎いダイにも理解は出来る。ダイが怪物だろうと何だろうと構わないと言い切り、命すら懸けた相手が一番の存在ではないなどと、普通は思わないだろう。

けれど心の奥の部分で。
ポップが今も「一番」頼りにしているのは、ダイではなくアバンだ。
酷い言い方だが、もういない人なのに、ずっと傍にいる自分よりアバンを拠り所にしているポップが嫌だ。

逆に言えば、自分の為にそこまでしてくれたからこそ、本当の意味で一番になりたいと思うのだ。
だが悲しいかな、ダイの言語能力ではそれらを的確にポップに伝えることが出来なかった。

「つーか、そのセリフって、俺じゃなくて姫さんに言うべきだろ?」

ま、言わなくても彼女の一番はお前だろうけど。
そんな、余りにもズレまくった言葉に呆気に取られたのはダイだけではなかっ
た。

ジャンクとメルルは勿論、チウでさえポカンとしている。
よく解らない、と言う顔をしているのは、同じく恋愛に関して鈍いマァムだけだ。

「レオナとポップは違うよ!」

「そりゃそうだろ」

既にポップはスルー状態に入っている。
こうなってしまうと、ダイの言葉はポップには通じない。何度繰り返してもスルーされ続けるか、「だから何だ」とそれ以上の説明を求められる。
それはとても理不尽で意地悪な事だと、ダイは思っている。

だがポップがそういう反応するのは、その話題が自分にとって不都合なものである時だけだ。そうでない時は、ポップは決して他人からの言葉をスルーしたりはしない。

ただ、その「自分にとって不都合な事」のボーダーラインが「役目」に抵触するか否かなだけに、誰にも理解出来ないのだ。
その時、ジャンクのわざとらしいまでの大声が響いた。
曰く、道に迷いかけているらしい。

「どういう事だよ」

幾ら獣道に近いとはいえ、行き慣れている道ではないのかと文句をつけるポップに、ジャンクがうるさいと怒鳴り返し、メルルの察知能力で行き先がハッキリする。
この一連の流れで、ダイの「告白」は完全にスルーされてしまった。

“悪いな、勇者様”

娘に近づく男と言うものは、父親からすれば子供だろうが何だろうがイコールで「悪い虫」認定されるものだ。

それ以上にポップ自身が「普通」ではない。
自分の運命を知らされたあの日、ポップは取り乱す事もなく淡々としていたが、傷付かなかった筈がない。

本ばかり読んでいたのは確かだが、友人は多かった。
性格的には明るく、話し上手の聞き上手で、頭の回転も速かったからだ。
そんなポップから笑顔が格段に減った。
そして読書の方向性が定まったのも、この後だった。

村の人間は知らない事だが、幼い頃からポップが呼んでいたのは童話やお伽話の類ではなかった。

まるで何かに追い立てられるように、知識を詰め込んでいた。ポップがねだるのは常に本で、子どもが欲しがるような甘いお菓子やおもちゃをねだった事は一度もなかった。

今思えば、親である自分達より当人であるポップの方が、自身の特殊性を感じ取っていたのだろう。
二度目の転機は「彼」がやって来た日だった。

恰好こそ「けったいな」と思ったが、研ぎ直しを頼まれた剣はジャンクを唸らせるものだった。
剣そのものは特別な物ではなかったが、使い込まれている剣には刃毀れ一つなく、手入れが行き届いていた。

そして「彼」を見たポップは、瞳を輝かせた。
あの時以来、見る事が少なくなった明るい表情だった。それもやはりポ
ップ特有の感覚によるものだったのだろう。

「彼」について行く事が必要な事だと言い切った。
「その時」には必ず帰ってくるから、と。

本音を言えば、親としては「その時」までずっと家にいて欲しかった。だがやはり親だからこそ、ポップの意思を尊重して送り出した。
結果としてはそれが正解だったと思える。
一年ぶりに戻ってきたポップの表情は、あの頃よりずっと生き生きしていた。

そして無自覚に築いていた他人との壁が、連れてきた面々に関しては殆どないのが見て取れる。
あの日、ポップは気丈にも「幸せに生きてやる」と宣言して見せた。

きっと幸せなのだろう。
村にいた頃より。
幸せであって欲しいと思う。

宣言された男の方ーーーキルヒースーーーは、弱冠面喰いながら、それでも人間が持っている「魔族」に対するイメージからは想像もつかない程、優しく微笑ってみせた。

『十歳の子供のセリフじゃないよネェ』と少し呆れた風に。

それ以来、キルヒースは自分とスティーヌの前に現れる事はなかったが、ポップは定期的に会っていたらしい。
水先案内人だとも言っていたから、それだろう。

そしてキルヒースと会ったと思しき後は、必ずポップの本棚には2〜3冊本が増えていた。
自分達では表題すら読めない、難しい本。

ポップは古文書や魔道書だと言い、文字や読み方はキルヒースに教わったとも言った。
「何の為に」と尋けば、「やりたい事が出来たから」と呟いた。

その時のポップの表情が余りにも昏くて、それ以上は尋くなと全身で拒絶された事を覚えている。
今も本で埋め尽くされているポップの部屋。
ポップが求めている物を与え続けたキルヒース。

更にポップは、残酷な運命を告げに来たその魔族を、最初から嫌っても、忌んでもいなかった。

「おう、着いたぜ」

過去に思いを馳せている間に、目的地に着く。
ロン・ベルクと言う風変りな魔族が住み着いたのは、ポップが村を出て行った後だった。

元々、ジャンクもスティーヌも魔族や怪物を「ただそれだけ」で差別をするような人間ではなかった。
ただやはり、ポップとキルヒースの奇妙な繋がりに感化された部分もある。

ジャンクにとって、ロンはなまじな人間より気が合う男だった。
「伝説の名工」などと言う大層な二つ名は知らなかったが、そんなものを自ら吹聴するような相手なら、親しくなどならなかったに違いない。

“さて、どうなる事かねぇ”

自分以上に偏屈で、更に気紛れな男だ。
友人の子どもの頼みと言うだけで、引き受けたりはすまい。
だが娘の幸せが何処にあるか悟ってしまった親として、出来うる限りの力を尽くしてやりたいと、そう思う。


「人としての先」がない、我が子の為に。             《続く》

 

後編に続く
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