『四界の楔 ー帰郷編 1ー』 彼方様作 |
・ポップが女の子です。 この四点にご注意の上、お楽しみくださいませ♪ ランカークス。 山間にある、小さな村。流石にマァムの故郷であるネイル村よりは大きいが、田舎なのに変わりはない。 「ここがポップの生まれた所?」 「ああ」 ポップは道路沿いの草むらに座り込んだまま頷いた。 「ポップ、そろそろいい?」 「ああ」 非常に気は進まないが、行かない訳にはいかない。 「あそこ」 ポップが一軒の家を指さす。 「−−−ポップ!?」 驚きと共にそう口にしたのはダイだったが、マァムもメルルもチウでさえ、その女性とポップの余りのそっくりさに目を見張っている。 その小さなざわめきに気付いたのか、件の女性もこちらを見やり…そしてまた同じように驚きの表情になる。 暫く呆けたように動きを止めていた彼女の手から看板が滑り落ち、その音に触発された形で、こちらに小走りでやってきた。 「ポップ…本当に、あなたなのね?」 「うん…ただいま…」 「この娘は、もう…!」 一年以上音沙汰なしだった子どもが帰ってくれば、親としては感極まって当然だ。けれど対するポップに喜びは見てとれない。 尤も全員がポップの後ろにいた為に、彼女のそんな表情を見た者はいなかった。ただ僅かにメルルが感じ取ったに過ぎない。 「さ、早くお父さんにも顔を見せてあげて。−−−−最後なんでしょう?」 最後の一言は、噛み締めるような小さな声で。 「いや…」 ポップは緩く首を振ると、軽く後ろを振り返った。それでやっと彼女はダイ達の存在を思い出したらしい。 「あら、まぁ、まぁ。ごめんなさいね。ポップのお友達よね?ポップの母でスティーヌと言います。よろしくね」 最初よりかなり明るい声でスティーヌが挨拶し、ダイ達の自己紹介とやって来た目的の説明が終わる。 一段落ついて家の方を見ると、妙に厳つい中年男が扉の前に立っていた。 「あなた」 スティーヌの一言で、彼がポップの父親だと解る、が。 「ポップか」 「うん」 それだけのやり取りで、父親は妻とポップが連れてきただろう三人と一匹を見やる。妻の表情と連れの存在で何かを理解したらしい彼は、小さく息を吐いた。 「オレはこのバカ娘の父親でジャンクってんだ。とりあえず、入んな」 「バカは余計だ」 「やかましい、このバカ」 ポップの頭を押さえつけるようにして撫でる手は、乱暴ながらも確かな愛情が見て取れる。 だが、ジャンクが最初に反応したのはダイの武器に関してではなかった。苦虫を口一杯に含んだような顔で一人娘を見やる。 「てめぇ…そんな事にまで首を突っ込んでたのかよ」 「いいだろ、別に」 “そんな事にまで”と言う言い方に引っ掛かりを覚えたのはマァムだった。メルルにとっては今更な事だったし、ダイとチウには残念ながらそこまでの洞察力はなかった。 「しかし、こいつが役に立ってんのかい?子どもの頃からろくすっぽ外で遊ぶ事もせずに、本ばっかり読んでた奴が」 「ちょ…っ」 ポップの体力のなさを指摘するジャンクに、本人が慌てる。 「そんな事ないですよ!ポップがいなかったら、きっとおれ達ここにはいなかった」 「ええ。私達の中で強力な呪文が使えるのは、ポップだけですから」 ダイとマァム。 「ま、役に立ってんならいいんだけどよ」 ポップを認めて貰えた事に、ダイが満足そうに笑う。マァムの前で言ってしまったように、流石に親の前で「一度死んだ」などとは言えなかった。 「俺のことはいいからさ。武器見せてよ。何か手がかりがある筈なんだ」 「……ポップったら、見た目は少しは女の子らしくするようになったのに、言葉は本当にそのままなのね」 “母さんっ!” ポップが心の中で絶叫する。 「え?ポップって先生に会ってから男に擬態したんじゃなかったの?」 最初からポップの男としての振る舞い方に、そしてつい先刻のジャンクの言葉に疑問を持っていたマァムが口を挟む。レオナがいたなら、もっと鋭く切り込んだ事だろう。 「こんな田舎で、モシャスなんて高等魔法を使える奴、いる訳ないだろ」 ポップが尤もらしい事を言うが、筋が通っていない。 「そりゃ、オレ達の責任だろ」 「そうね。あなたの我儘だったわね」 続けられた両親の言葉に、ポップの胸がチクリと痛む。 「どういう事、ですか?」 メルルが控え目に尋く。きっとこれはポップの抱える重い何かに関係がある。 もしかしたら、ポップを少しでも楽に出来るかもしれない。 「オレが鍛冶職人で、武器屋なんで子どもは男が良かったって言う、今思えばとんでもねぇバカな理由だよ」 「でも、ポップって私にそっくりでしょ?体も細いし、先刻も言ったみたいに外で遊ぶより本を読むのが好きな子だったから、十歳にもならないうちにバレちゃってね」 それでもポップは男っぽい言動のままだったし、二人もそれを止めさせようとはしなかった。 漠然とした、けれど恐怖を伴った、それ。 見た目は人間と全く変わらないのに、何処かしらが「違う」と感じる漆黒の男によって知らされた、ポップの運命。 これがただ言葉で語られただけならば、まだ「信じられない」と突っぱねる事も出来ただろう。けれど、頭の中に直接情報を流すと言う、人間では不可能な方法で知らされたせいで、信じざるを得なかった。 驚愕と絶望に立ち竦む両親に比べ、ポップはただその男を見ていた。与えられた情報は、ポップの方が余程も多かったにも関わらず。 だが、それはこの場で話す事ではない。 「じゃ、何でポップ、その時に女の子に戻らなかったんだよ」 「そう言われてもなぁ」 物心ついた時から、男として生きてきたのだ。一応両親からは本当は女であると教えられては来たけれど、いきなり変えられる筈もない。 「別に不便もなかったし」 都会ならまた違っただろうが、全員が顔見知りと言っていい小さな村では「あ、やっぱり?」で終わりだった。と言うか、父親を真似た言動はともかく、ポップの外見で男と言い張る方が無理があったのだ。 村にいた頃のポップは、本来の女としての意識と、物心ついた頃から演じていた男としての意識が混在しているような状態だった。 「いや、だからさ。別に俺の子どもの頃を聞きに来た訳じゃないだろ?」 本来の目的を思い出せ、とポップは言う。 「そうね。時間の余裕がある訳じゃないし」 それにマァムが同調する。
「ね、ポップ」 「何だ?」 「何時ヒュンケルと、そんな事話したの?」 「……は?」 いきなり脈絡のない事を尋かれて、ポップがきょとんとする。そんなポップの 「おれ、ポップとヒュンケルがそんな話する程仲良くなってるなんて知 「仲良くって…いや、普通に話位するだろ。仲間なんだし」 ポップはポップで、責めるような言われ方にムッとする。 「仲間ってだけ?」 「?他に何かあるのか?」 心底不思議そうに言うポップに、ダイはちょっとだけ安心する。少なくとも、ヒュンケルに対して特別な思い入れはなさそうだ。 「じゃ、おれは?」 「は?」 今度は怪訝そうな表情になったポップに、懸命に言い募る。 「おれも、ただの仲間ってだけ?」 「お前、何が言いたいんだよ」 ダイらしくもない回りくどい言い方に、ポップがやや苛立ち始める。 バンダナの端を指先でいじりながら、ポップはダイを見下ろす。少年の時にはなかった、癖に近いその動きにダイが眉をしかめる。何時もではないが、考え事をしたり、あの瞳をした直後などに、ポップは良くバンダナに触れている。 そのバンダナがポップにとって特別な物である事を、ダイは嫌と言う程知っている。 だが、それでも。 「ポップにとっての一番は、ずっと先生のまま?」 「ダイ?」 「おれは…おれがポップの一番になりたいんだよ!」 「……え!?」 何を言われたのか理解できない、と言う反応に今度はダイが苛立つ。普段はあれ程頭の回転が速いのに、自分のこととなると、どうしてこうも鈍いのだろう。 だが、ダイもーーー他の誰も知らない。 「えーとな?俺の一番はお前だけど?」 暫くしてから、戸惑いも露わにポップはそう言った。 けれど心の奥の部分で。 逆に言えば、自分の為にそこまでしてくれたからこそ、本当の意味で一番になりたいと思うのだ。 「つーか、そのセリフって、俺じゃなくて姫さんに言うべきだろ?」 ま、言わなくても彼女の一番はお前だろうけど。 ジャンクとメルルは勿論、チウでさえポカンとしている。 「レオナとポップは違うよ!」 「そりゃそうだろ」 既にポップはスルー状態に入っている。 だがポップがそういう反応するのは、その話題が自分にとって不都合なものである時だけだ。そうでない時は、ポップは決して他人からの言葉をスルーしたりはしない。 ただ、その「自分にとって不都合な事」のボーダーラインが「役目」に抵触するか否かなだけに、誰にも理解出来ないのだ。 「どういう事だよ」 幾ら獣道に近いとはいえ、行き慣れている道ではないのかと文句をつけるポップに、ジャンクがうるさいと怒鳴り返し、メルルの察知能力で行き先がハッキリする。 “悪いな、勇者様” 娘に近づく男と言うものは、父親からすれば子供だろうが何だろうがイコールで「悪い虫」認定されるものだ。 それ以上にポップ自身が「普通」ではない。 本ばかり読んでいたのは確かだが、友人は多かった。 村の人間は知らない事だが、幼い頃からポップが呼んでいたのは童話やお伽話の類ではなかった。 まるで何かに追い立てられるように、知識を詰め込んでいた。ポップがねだるのは常に本で、子どもが欲しがるような甘いお菓子やおもちゃをねだった事は一度もなかった。 今思えば、親である自分達より当人であるポップの方が、自身の特殊性を感じ取っていたのだろう。 恰好こそ「けったいな」と思ったが、研ぎ直しを頼まれた剣はジャンクを唸らせるものだった。 そして「彼」を見たポップは、瞳を輝かせた。 「彼」について行く事が必要な事だと言い切った。 本音を言えば、親としては「その時」までずっと家にいて欲しかった。だがやはり親だからこそ、ポップの意思を尊重して送り出した。 そして無自覚に築いていた他人との壁が、連れてきた面々に関しては殆どないのが見て取れる。 きっと幸せなのだろう。 宣言された男の方ーーーキルヒースーーーは、弱冠面喰いながら、それでも人間が持っている「魔族」に対するイメージからは想像もつかない程、優しく微笑ってみせた。 『十歳の子供のセリフじゃないよネェ』と少し呆れた風に。 それ以来、キルヒースは自分とスティーヌの前に現れる事はなかったが、ポップは定期的に会っていたらしい。 そしてキルヒースと会ったと思しき後は、必ずポップの本棚には2〜3冊本が増えていた。 ポップは古文書や魔道書だと言い、文字や読み方はキルヒースに教わったとも言った。 その時のポップの表情が余りにも昏くて、それ以上は尋くなと全身で拒絶された事を覚えている。 更にポップは、残酷な運命を告げに来たその魔族を、最初から嫌っても、忌んでもいなかった。 「おう、着いたぜ」 過去に思いを馳せている間に、目的地に着く。 元々、ジャンクもスティーヌも魔族や怪物を「ただそれだけ」で差別をするような人間ではなかった。 ジャンクにとって、ロンはなまじな人間より気が合う男だった。 “さて、どうなる事かねぇ” 自分以上に偏屈で、更に気紛れな男だ。
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