『四界の楔 ー帰郷編 2ー』 彼方様作 |
「大丈夫?」 「ああ、まぁ…うん…」 ポップがパタパタと手を振りながら、曖昧に答える。そんなポップへ、メルルが近くで見つけた湧水を差し出す。 ゴメちゃんは座り込んでいるポップの膝の上に陣取って、心配そうな目をしている。 彼女達が何の目的でここにいるのか知らなければ、結構ほのぼのとした光景だった。 「ねぇ、剣を一振り鍛えるのって、どの位かかるものなの?」 「職人の腕によっても変わるものだけど…」 ポップの刀鍛冶に関する知識はさほど深くない。全く興味の持てない分野だったし、ジャンクも女であるポップに技術どころか知識すら仕込もうとはしなかった。 「何せ今回は、どっちも…職人も金属も普通じゃないからな。正直、一般的な武器造りの常識なんか、当てにできないと思う」 言いながら、ポップはロンとダイとジャンクがいる家へ視線を向ける。 「見当もつかない?」 「んー。ふっるい文献には腕のいい職人が、オリハルコンを使って一晩で『王者の剣』ってとんでもない剣を鍛え上げたってのもあったけど…古すぎて本当かどうかは」 「そう…」 「ま、俺達に出来るのは待つ事だけさ」 ポップが言うと、マァムも仕方ないと言うように息を吐いた。 「おい、魔女っ娘」 二人の話が終わったのを見て取って、チウが何故かマァムではなくポップに声をかける。 「お前、ダイ君の気持ちをどう思ってるんだ」 「どうって…」 「勇者たるダイ君にあそこまで想われて、何で真剣に考えないんだ」 座っているポップと立っているチウの目線が殆ど同じと言う、パッと見には少々笑える構図だが、チウは真剣そのものだ。 「…先刻も言ったけど、俺の一番はダイだぜ?」 「一番とか二番とかの問題じゃないだろう」 「ダイがそう言ったから、俺の一番はダイだって言った。だったら、どういう問題だって言うんだ」 疲れているところに妙に突っかかられて、ポップの雰囲気が徐々に剣呑なものになっていく。 「あの、ポップさん」 「メルル?」 「ダイさんは恋愛的な意味で一番になりたいと、そう仰られたのではないですか?」 メルルの助け舟に、ポップは瞳を瞬かせた。 「あ、それ、無理」 ポップの中では、未だにダイは異性(おとこ)ではなく、庇護対象(こども)だった。つまり、男に擬態して共に入浴していた頃から、何一つ変化していないのだ。 「ムリィ!?」 チウがどんぐり眼を更にまん丸くする。 「ああ」 ポップは更にあっけらかんと言ってのける。 ダイとポップが上手く「恋人」と言う関係に収まれば、自分達も上手くいくんじゃないか、と、ある意味とてもダイに失礼な事を考えていたチウは、まるでマァム本人から「ごめんなさい」されたように悄然と肩を落とした。 当のマァムは、恋愛に対してまるで興味がない状況だったりするのだが。 あの夜、そう告げた時の彼女の反応。 “恋愛…ねぇ” ポップには自分がそんなものをして何になる、という思いがある。 だが最も問題なのは、ポップの男の基準がアバンだと言う事だ。 自分の運命を知って以降、恋愛など無縁なものと思っていただけに、その心の動きに自分で驚愕した。 「大体、あいつのアレは恋愛と言うより、独占欲だろ?」 「独占欲?」 「そ。子供が母親を取られたくないってのと、変わんないよ」 ダイにとって最初の人間の友達はレオナだが、一番長く身近にいたのはポップだ。だからその相手が自分以外の者と共にいるようになるのが嫌なだけだろうと、ポップはそう判断していた。 たとえ、そうではなかったとしても。 「始まったな」 それをいい事に、話題の転換を図る。 「ポップ。今母さんが皆さんの為に食事を作ってるから、手伝って来い」 「食事って、何で」 「気の利かねぇ奴だな。こっちに来てから何も口にしてねぇだろうが。それにお前ならルーラとやらで一っ跳びなんだろうが」 「ああ、もう。解ったよ。そうギャンギャン言うなって」 「何だと。このバカ娘」 「るさい、頑固親父」 知らない人間が見たら言い争いにしか見えない言葉の応酬だが、ポップは何処となく楽しそうだ。 「そういう訳で、俺、ちょっと行ってくるから」 言うが早いか、ポップは空へ跳んだ。ルーラを使う程の距離ではないが、山道だし解りにくくもあるからトベルーラを選んだのだろう。 「あー、お嬢さん方。その…あいつは普段どんな調子だい?」 非常に言いにくそうに、かなり照れくさそうに尋かれて、マァムとメルルは顔 「いや、役に立ってるかとかじゃなくてだな、あー、…」 目を泳がせつつ、鼻の頭をかきながら続けられて、悪いと思いつつ二人は小さく噴き出した。ポップのことが心配でたまらないのに、本人には直接言えない不器用さが、こう言っては何だが妙に可愛く思える。 「そうですね…」 ならば話すべきは「魔法使いのポップ」ではない。
“けど…” 半分はスティーヌがポップと共に過ごせる時間を作ってやろうと言う気遣いで、もう半分はポップがいない間に二人に色々と尋いておこうと言う腹づもりなのだろう。 ポップは冷静にジャンクの心理を読んでいた。 “なぁ、俺は幸せだよ。キルヒース” 運命とやらには恵まれなかったかもしれない。 “だからダイ、お前にもそう感じて欲しいんだ” どんな宿命を背負っていても、それを上回るものを手に入れる事は出来るから。 お前が幸せだと言えるよう、全力でサポートするよ。 出来上がった料理の一つ一つを弁当箱に詰めながら、スティーヌは重い溜息をついた。 必要に迫られての事だとしても、「その時」でなく帰ってきてくれたのが嬉しくない筈がない。 なのにポップは笑っていた。 “あなたは今、幸せだと思っていいの?” だが、あれだけ心を許しているように見える仲間達にさえ、何も話していないだろう事が、あのやり取りで解ってしまった。 “最後まで、何も話さないつもりでいるの?” きっと、そのつもりなのだろう。 「母さん」 「ポップ?あなた、どうして」 「親父がさ。手伝って来いって」 「そう…あの人が…」 それだけで通じたのだろう、スティーヌは今までの暗い物思いを全く悟らせない柔らかい微笑みを浮かべた。 「って、殆ど出来てんじゃないか」 後は蓋をするだけ、と言う弁当を見て苦笑する。 「ポップ」 「んー?」 「また、行ってしまうのね」 「…か…」 ハッとして、ポップは振り返った。そこにいたのは、哀しい笑みを浮かべた母親。 「…うん、行くよ。皆がいるから」 「話さないの?」 「うん。…きっと皆、迷うから」 大魔王との戦いの最中に、神の在り様まで疑いたくなるような事を話す訳にはいかないだろう。 「ポップ…今、幸せ?」 「うん」 しっかりと頷いたポップに、スティーヌは目を細めた。 「それなら、いいわ。あなたが選んだ道だもの。しっかりと生きなさい」 「うんーーーーありがとうーーーー」 ポップは言いそうになった「ごめん」と言う単語を呑みこんだ。 「さあ、お弁当を届けないとね」 「それなんだけどさ…」 ポップが、まだ何も知らなかった幼い頃の、悪戯っ子の表情でスティーヌに一つの提案をした。 ロンが打つ鎚の音を背景に、ジャンクは自分の知らない娘の話を聞いていた。 まだ仲間になったばかりのメルル、仲間になった時期は早かったものの修行の為に離脱していたマァムの二人とも、ダイが心配し厭ってやまない虚ろな瞳をしたポップを見た事が無い為だ。 「そうか。あいつはちゃんとやってんだな」 「はい」 口は悪いが、心から娘を思っている姿が、早くに亡くなった自分の父を彷彿とさせてマァムが微笑む。 「オレのせいで、あいつは男だか女だか解らねぇ成長しちまったからな。おかしく思わずに受け入れてくれてありがとうよ」 「そんな。感謝されるような事じゃありません」 「ええ。私たち皆、ポップのことが大好きですから」 「まぁ…ボクも別に嫌いではないですよ」 メルルとマァムの素直な言葉に、チウの捻くれた言葉にも、ジャンクはただ頷いた。それにゴメちゃんが嬉しそうな声を上げる。 「若気の至りとはいえ、可哀想な事をしちまったよ」 見てくれはスティーヌにそっくりで、親の欲目を抜きにしても可愛い部類に入ると思う。 結局、ポップが背負わされていたものは「フリ」をするだけで逃れられるような、生易しいものではなかったのだから。 『嘘吐かせて、ごめん』 『普通に生まれて来れなくて、ごめん』 『守ってくれて、ありがとう』 何て事を考えていたのだと、愕然とした。ポップ自身が何かした訳でもないのに。男として育てた事など、全く無意味だったのに。 「役目」を負って生まれた者はポップで八人目だと、キルヒースは言った。そして過去七人全員が女だったとも。つまり自分達が不安故に娘を息子として育てたのは、そのせいだった。 だからポップは自分達に礼を言ったのだろう。 けれど親にとって、これ程痛い言葉はなかった。寧ろ八つ当たりでもしてくれた方がましだと思えた。本来、我が子がこれ程の強さを持っている事は誇らしい事の筈なのに。 そうならざるを得なかったのだ、ポップは。 だがジャンクの後悔に、メルルが疑問を持つ。これ程真摯に子供を思い愛しているのに、自分の我儘だけで男として育てるものだろうか。やはりポップの抱える秘密に、関係があるのではないだろうかーーーと。 ただ、どうしてもマァム達の前で尋くのは憚られる。 ーーー俺といるだけで、あんたはきつい思いをする あの夜のポップの言葉を改めて実感する。 “それでも…” ポップ本人とは比較にすらならないけれど、同じ秘密を共有できるのが嬉しい。 「あ…」 そんな、少し歪んでいるかもしれない事を考えていると、ポップの気配が近づいてきているのにふと気付いて、空を見上げる。 「ほら、母さん。着いたよ」 ポップの声に、スティーヌは娘の顔と辺りを交互に見渡した。次いで、まるで少女のように顔を綻ばせた。 「凄いわ、ポップ。私、空を飛んだのなんて初めてよ」 普通は、空を飛ぶ機会など一生ないだろう。 「ねぇ、あなたも体験してみたら?凄くいい気分よ」 「い、いや。オリャ遠慮するぜ」 スティーヌに勧められるが、ジャンクからすれば娘と密着するなど照れ臭いどころの話ではない。 「そう?勿体ない」 残念そうなスティーヌに、ポップは小さく肩を竦めた。 ポップを中心に、お弁当タイムは和やかに進んでいた。 場所が場所だけに、どうしても話題はポップの子どもの頃が中心になろうとするが、その度にポップが別方向に巧みに誘導する、と言うパターンが続いている。 「メルル!?」 「あ、あ…ああ」 恐怖に震えるメルルを、ポップが支える。 戻ろうと言うダイを、ポップとロンが押しとどめる。 「だけど、ポップ…!」 「信じろよ。お前抜きじゃ何も出来ない程、俺達は弱くない」 「ポップ…」 「お前な」 それでも心配で仕方ない、というダイの表情にポップが微妙な苛立ちを見せる。が、それを振り払うように緩く息を吐く。 「なぁ、ダイ。お前、俺が本当に男だったら、そこまで心配したか?」 「そ…れは…」 ダイが自分に向ける感情が本当に恋愛感情だったとしても、それがダイの戦闘判断を鈍らせるのなら、ポップからすれば増々不要なものだと思えてしまう。だが今はそれをどうこう言うより、ダイを落ち着かせるのが先だろう。 「少なくとも、もうあんな事はしない。生きる為に戦ってるんだ。な?」 「−−−本当だね?」 「ああ。約束する」 「…解った。おれも剣が出来たら、すぐ行くから」 漸く納得したダイの頭を、「良く出来ました」と言うように撫で回してやる。 「行って来い。半端な真似はするなよ」 二人の言葉に、ポップはコクリと頷いた。そして何も言う事なく、踵を返す。 光の軌跡を見送って、スティーヌがそっと囁いた。 「あの子、幸せだって言ったわ」 「そうだな。戦いの中だってのに、村にいた時より楽しくやってるようだぜ」 「ええ。あの時はどうしても納得しきれませんでしたけど」 「今は感謝しよう。あいつに幸せの道を開いてくれた事に」 愛娘を見送る友人夫婦を、作業に戻りながらロンは横目で見やった。思うのは、あの不可思議な空気を纏った少女。 なのに、ほんの微かとはいえ感じられた魔の気配。 それに尋いても、恐らく答えてはくれない筈だ。 「ダイ。あの娘が心配なら早く来い」 「は、はい」 二人と同じように空を見上げたままのダイを促す。自分がやるべき事は、彼の為の最高の剣を作り上げる事。 ポップが言う「その時」は、確実に近付いて来ている。 END 彼方様から頂いた、素敵SSです! だんだんと謎めいた設定が明らかにされてきました。帰郷することで、両親との再会と同時に秘められたポップの宿命の厳しさがひしひしと感じられるようになってきましたね♪ ところで、念のため書き添えておきますと、キルヒースはキルバーンの誤植ではなく、キルバーンと関わりがあると設定されたオリキャラだそうです。 しかし、今回のお話で何よりも気になるのは謎の伏線やら謎のキャラよりも、ダイの告白タイムっ! ああ……、なんて完スルーな告白(笑) 場所も選ばずの仲間や父親の前で告白をするわ、しかも思いがまるっきり伝わっている気配がないわ、チウ君にさえ脈がないと思われてしまっているわ……なにやら、勇者様が不憫すぎるような気がしてなりません。しかも、仲間達と一緒にジャンクとポップの話をすることもできず、手作りお弁当タイムにも加われないとは、なんたる不幸! 彼方様に直接お聞きした結果、あのお弁当はスティーヌが作り、ポップは詰めるのを手伝った程度だと判明しましたので、ポップの手作り弁当を食べ損なったわけではなさそうですが、それでも思いっきり気の毒な気がしてなりません。アバン先生という強力なライバルもいることだし、ダイ君の恋がこの先どうなるのかワクワク……いえいえ、心配しつつ見守っていますとも♪
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