『四界の楔 ー死の大地編 1ー』 彼方様作


《お読みになる前に、一言♪》

 ・ポップが女の子です。
 ・元々長編としてお考えになったストーリーの中の一部分なので、このお話を読んだだけでは解明されない謎めいた伏線が多めに張られています。
 ・メルルが女の子ポップに対して憧れの念を抱いているという設定ですが、恋愛感情ではありません。
 ・キルバーンの設定が大幅に変更されています。善人風キルバーンが苦手な方は、ご注意を。

 この四点にご注意の上、お楽しみくださいませ♪








 




 

余りにも人を見下し、蔑んだ言動。
それに憤り、怒りや憎しみを覚えたのは一人や二人ではないだろう。
ポップはそれに便乗した。激昂したフリをして二人の魔族の後を追う。

キルバーンとミストバーン。
他の魔族とは一線を画す、圧倒的な力と存在感。
だがポップの目的は片方だけ。

無謀なのは解っている。タイミングが最悪なのも。けれど今を逃したら、次があるかどうかも解らない。
そうやって飛ぶ直前、ちらりとヒュンケルを見やる。

暗黒闘気。
あれは本来、人間が扱えるものでは…いや、扱っていいものではないのに。きっとヒュンケル本人は想像すらしていないだろう。

“けど…”

ミストバーンにそれを叩きつけても意味がない。あの魔族にとっては、人間など路傍の石以下の存在なのだから。
これに関しては、後で釘を刺しておくしかない。

そう、今は。
勝手な行動だ。自分の勘が外れていたら、取り返しのつかない事態を招くかもしれない。それでも、どうしても確かめたかった。


着いた先は「死の大地」と言われる不毛の地。
待ち構えていたのは、一人だけ。その相手の第一声に、ポップは目を眇めた。

「やぁ。――――ヒメ」

「…俺をそう呼ぶって事は、お前、やっぱり」

「そう。ボクの本当の御主人様は、ヴェルザー様サ」

「ミストバーンは?」

「先刻、やっちゃいけない事をやりかけたからネェ。一足先に彼の御主人様にご機嫌伺いに行っちゃったヨ」

「……人払い、いや魔族払いか?」

皮肉気に言ったポップに、キルバーンもニヤリと笑う。そのままスゥ…と下に降りる。トベルーラ程度とはいえ、力の無駄遣いはしないと言う事らしい。
ポップもそれに倣って、トベルーラを解除する。
そもそもキルバーンと違い、実際にポップの魔法力は残り少ないのだ。

「それで?危険を冒してまでボクを追いかけてきたのは?」

「……キルヒースはどうしてる?」

「ん?普通だよ。どうして?」

「俺が旅に出てから、何でか来なくなったからさ」

別に何かあったかもなんて心配している訳ではない。大体、アレをどうこう出来る奴がそうそういるとも思っていない。ただ理由が気になるだけだ。

「それは仕方ないネ」

「何で?」

きょとんとしたポップに、キルバーンはからかうような笑みを向けた。

「だって君、アバン君にベッタリだったデショ」

端的に言われて、ポップがカッと頬を染めた。それは非常に珍しい「女」の表情だった。

「い、いや、でも、先生には全部話してたし」

「それでもネ。町や村とかで君が一人になる事もなかったし」

「あいつ、人前に出れない理由でもあるのか?」

「まぁネ。ヒメや関係者以外の前にはなるべく出ない事になってるヨ」

「ふーん」

その先の理由までは、ポップは問わなかった。あれも元は神族の端くれだ。そちらの領域に関する事となれば、尋いたところで意味はない。

「……つくづく変わった子だネ」

「何が」

「ヒースのこと、嫌ってもないし」

「嫌う理由がない」

スパンと言ったポップに、やっぱり変わった子だネェと呟く。それにややムッとしたようなポップを見て、先を続ける。

「今までのヒメ達は『お前さえ来なければ』って反応だったからサ」

「…いや、そっちの方が訳解んないんだけど」

キルヒースが来ても来なくても、結果は同じだ。言うなれば、彼の最初の仕事はメッセンジャーでしかない。
ただ「事実を伝えに来ただけ」の相手を、どうして嫌うのか。

「理屈は確かにそうだケド…冷静だネ、君は」

ポップは不思議そうに小首を傾げる。
自分が与えられた情報を、歴代の七人が与えられなかった筈がない。
なのに、どうして。

「ま、ヒメなんて綺麗な名前付けたところで、実態は生贄みたいなものだからネ。八つ当たり先位、欲しくなるってモノデショ」

「あいつ…そんな対象にされてきたのか?」

「ヒメの精神状態をなるべく良くするのも、水先案内人の役目の一つだからネ」

言いながら、キルヒースに対して同情的なポップに、心の中で苦笑する。

“ヴェルザー様達が気に入る訳だネ”

色々規格外な子だとはキルヒースを通じて知ってはいたが、実際に会ってみるとそれがよく解る。

危険だと解っていながら、自分を追ってきた決断力と行動力。
不吉な使者でしかない筈のキルヒースを、自然に気遣える優しさと思いやり。
それらを可能にしている思考力と冷静さ。

何よりも、これ程「生きている」ヒメが初めてだ。今までの七人は、己の運命に絶望する余り、殆ど引きこもりと言っていい状態になっていたのに。

尤も、彼女の両親も規格外と言えば、規格外だ。
自分達の娘が何者かを、おぼろげながらでも察したのはジャンクとスティーヌが初めてなのだ。

「ああ、そういう意味でも、アバン君と会ってからの君にヒースは必要なかったネ」

やはりからかいを含んだ言葉と声音に、ポップは一瞬ポカンとした表情になり、次いで、また真っ赤になった。

やたらと初心な反応に、キルバーンが耐え切れないようにクスクスと笑みを零す。それにポップがムッとするが、当然キルバーンは意に介さない。そしてまたポップも、文句を言うよりやるべき事を優先させる自制心があった。

「で、そもそもお前は何者だ」

「それは、どういう意味で?」

「お前の気配、キルヒースにそっくりだ。勿論同一じゃないけど、兄弟と言わ
れれば、納得する位には」

それが今回、危険を承知で追跡を決めた最大の理由だ。
真っ直ぐに見上げてくるポップを、今度こそキルバーンは感心したように見返した。

ポップは歴代のヒメの中でも、既に最強の力を持っている。
元々ヒメは「役目」に必要な最低限の力は持って生まれる。今までのヒメは全員、その基本の力のみで「役目」に入った。

生命力はいじれなくとも、もう一つの力である魔法力。その底上げをしようとしたのもポップが初めてなのだ。
聖魔の気配に対する鋭敏さは、これまでのポップの努力を示すものに他ならない。

「元々、ボクの本体はコッチ」

「え?でも、それって…」

何時もキルバーンの肩や、すぐ傍にくっついている一つ目ピエロ。
そう言えばここに来てから、あの騒がしいこの小さな魔族が一言も発していない事に気付く。

「それで、ヒースの体をモデルにして、この本体にヴェルザー様の魔力を注いで今のボクの体が出来てる。いわばヒースのコピーだネ」

「……精神はどうなってるんだ?」

「どっちでもOK。ボクは直接の戦闘は苦手でネ。危なくなったらそうでない方に退避する。普段は分割してるヨー」

「ああ…暗殺業か」

元・魔王軍のヒュンケルとクロコダインが言っていた事を思い出す。「死神」の異名を持つバーンの側近。けれど本来の主はヴェルザー。

「お前…まさか…」

ハッとしたポップに、キルバーンはニヤリと笑った。

「ホント、頭のいい子だネ」

キルバーンは愉快そうに笑うが、ポップとしては呆れるしかない。
仮にも「大魔王」を名乗る者が「暗殺」などされるだろうか。
今までと違い、胡乱な眼差しになったポップにキルバーンは軽く肩を竦めて見せた。長々と実行出来ていないのは事実だからだ。

「ヴェルザー様が四界の理を何度か説明したのに、全く聞く耳持たない分からず屋さんだけど、実力だけはあるから困りものだヨネ」

「…結局、何やってんだよ」

「一応、諦めてはいないヨ?」

「それでベンガーナでのあれか?」

「まぁ、それなりの信用は得ておかないとまずいからネ。これでも悪かったと
思ってるヨ」

「へー」

ポップの反応は、今までで最も冷たかった。あれでダイが不必要に傷ついたのだから、当然と言えば当然だった。
が、あれはキルバーンにとっても、ある種の失態だった。

何しろその延長線上で、ポップは「メガンテ」と言う死へつながる選択をしたのだから。

「他には何かない?」

「とりあえずはな。魔王軍の戦力として数えない事でいいか?」

「うーん。完全に、は無理カナ」

「解った」

キルバーンの目的を考えれば、バーンに余り不審を持たれる行動は控えるべきだろうし、邪魔をされる程度は我慢してくれと言う事だろう。

「じゃ、時間もない事だし、今度はボクから」

「?」

「君、寒くないの?」

「あ…」

指摘されて、初めて気付く。
荒涼とした、氷の世界である死の大地。そんな場所で、自分が特に寒さを感じる事もなく、平気でいた事実。

「相当、進んでるみたいだネ」

「――――ああ」

自覚はしていたが、まさかこうまで進んでいるとは思わなかった。今更、傷付くような事でもないけれど。

「結構、気配にも変化があるから、気付く奴がいてもおかしくない。だから、ちょっとコーティングしといてあげる」

「コーティング?」

「そ。君の聖魔の気配が外に漏れないようにネ」

言って、ポップの細い両肩に手を置く。その瞬間、二人の体を緑と金、そして白と赤と青と言う五色の光が複雑に絡み合って、包んでいく。

「…う…く…っ」

「あ、やっぱりちょっときついカナ。もう少し、我慢してネ」

「…っ…」

かなり苦しそうなポップだが、それでも逃げようとはしない。
本人の意思確認も無しに始められた事だが、逃げない事が答えになっている。
このままの状態が困るのは確かだし、直接会う事はなくてもキルヒースやヴェルザーがある程度自分の動向を把握している事を、ポップは知っている。

だからこそキルバーンが「コーティング」という行動に出たのだとも解る。
時間にして、一分あったかどうか。
だが光が消えた瞬間、ポップの膝がガクリと崩れた。

「おっと」

その華奢な体を、キルバーンが咄嗟に支える。
術を行使するのはキルバーンだが、実際に使われるのはポップ本人の体力と魔法力だから、この疲労具合は当然だった。

「ゴメンネ。でもこれで2〜3か月は保つから」

「――――上等」

キルバーンに抱きかかえられたまま、荒い息を吐いているポップの声には笑みが混じっていた。
今回の戦闘。
鬼岩城と言う巨大戦力の投入。
ミストバーンと言う、バーンの側近中の側近の参戦。
各国の王を一網打尽にしようとした作戦。

それらから考えられるのは、この戦争を魔王軍側が一気に終わらせようとしている、と言う事。
つまり、最終局面は近いと考えていい。
ならば2〜3か月あれば、十分だと判断して間違いない。

そんなポップの思考の筋立てまでは読めずとも、最終的な結論を察したキルバーンは、心の中でため息を吐いた。

“頭が良すぎるっていうのも、可哀想なのかもネ”

だがヘタな慰めを言っても反発されるだけだろうし、そもそも自分達にそんな資格などないのだ。

「あとこれは、ヴェルザー様とヒースからの伝言」

だからただ、ここでやるべき事を済ませる。

「ヒースが君に会いに来なくなったもう一つの理由は、君が四年間必死で文献を読み解いて、理論を構築した件をヴェルザー様と共に検証して、実用化に向けて鋭意努力中だから」

「可能、なのか?あれ…」

ポップ自身、半分以上不可能だろうと思っていた事だ。
ただキルバーン達の方から見れば、僅か四年であれだけの量の文献を読破し、その中から必要な情報だけを抜き出し、更にそこから新たな理論を構築するなど、普通は十代前半の子どもに出来る事ではない。

寧ろ、異常と言っていい程の頭脳だ。
何より、その発想自体が突き抜けている。恐らく魔族には永遠に考えつかない事だろうし、それは人間界や魔界に直接関わろうとはしない、精霊や神族でも同じだと思われる。
そして人間だからと言うより、ポップだからできたのだとも。

「実用化はまだ先だけど、可能だと言う結論は出たヨ」

「そ、か」

キルバーンに抱き支えられているポップの表情は見えない。けれど声にも雰囲気にも安堵が滲んでいる。
ポップがキルヒースに求めた大量の書物。

キルヒースから与えられた情報から、ポップが選び取った「やりたい事」は自らを救う方法を捜すのではなく、魔界の在り方を変化させる事だった。

「それから、君の魔法使いとしての力について」

「え?」

予想もしていなかった事を言われて、顔を上げる。すると、ひどく悪戯っぽい光を浮かべた仮面越しの瞳と目があった。

「あれは間違いなく、君の…『ポップ』としての力。『役目』は関係ない。今までのヒメがどう過ごしていたか、知ってるデショ?」

この言葉に、何の前触れもなくポップの瞳からポロリと涙が零れた。

「え…ちょっと…」

そのまま次から次へと溢れる涙に、流石にキルバーンが驚く。とはいえ、この伝言を託された以上、その意味もある程度解ってはいたが、これ程顕著な反応があるとは思っていなかったのだ。

「ああ、ごめん」

フル…と一度頭を振って、涙を拭く。
今のは、ポップとしては一番欲しかった言葉だった。
何処までが自分個人の力で、何処からが「役目」の為に与えられた力なのか、自分では全く判別がつかなかった。

どれだけ努力しても。
どれだけの力を手にしても。
根本の部分で自信が持てなかった。
成程、ヒメの精神状態を良好に保つのが水先案内人の役目の一つと言うなら、確かにキルヒースからの伝言と言うのは納得できる。

尤も、一年以上会っていないのに、何処まで自分のことを把握されているのかを考えると、少々怖い気もするが。

「まぁ、君の方から接触してくれたのは、ボクとしては助かったヨ。コーティングと伝言をどうやって実行しようかと悩んでたからネェ」

気を逸らすかのように軽く言われて、ポップが苦笑する。
この男が本当に悩んでいたかはともかく、お互いに接触が難しいのは事実だ。
だからこそ、ポップも無謀だと解っていながら、ここまで来たのだ。
と。

「あ、時間切れだネ」

「え?」

ポップが疑問の声を上げた次の瞬間。

「キルバーン!!」

怒りに満ちたダイの声がその場に響いた。
                                                                                                                                                           《続く》

 

2に続く
神棚部屋に戻る

inserted by FC2 system