『四界の楔 ー死の大地編 1ー』 彼方様作 |
・ポップが女の子です。 この四点にご注意の上、お楽しみくださいませ♪
余りにも人を見下し、蔑んだ言動。 キルバーンとミストバーン。 無謀なのは解っている。タイミングが最悪なのも。けれど今を逃したら、次があるかどうかも解らない。 暗黒闘気。 “けど…” ミストバーンにそれを叩きつけても意味がない。あの魔族にとっては、人間など路傍の石以下の存在なのだから。 そう、今は。
「やぁ。――――ヒメ」 「…俺をそう呼ぶって事は、お前、やっぱり」 「そう。ボクの本当の御主人様は、ヴェルザー様サ」 「ミストバーンは?」 「先刻、やっちゃいけない事をやりかけたからネェ。一足先に彼の御主人様にご機嫌伺いに行っちゃったヨ」 「……人払い、いや魔族払いか?」 皮肉気に言ったポップに、キルバーンもニヤリと笑う。そのままスゥ…と下に降りる。トベルーラ程度とはいえ、力の無駄遣いはしないと言う事らしい。 「それで?危険を冒してまでボクを追いかけてきたのは?」 「……キルヒースはどうしてる?」 「ん?普通だよ。どうして?」 「俺が旅に出てから、何でか来なくなったからさ」 別に何かあったかもなんて心配している訳ではない。大体、アレをどうこう出来る奴がそうそういるとも思っていない。ただ理由が気になるだけだ。 「それは仕方ないネ」 「何で?」 きょとんとしたポップに、キルバーンはからかうような笑みを向けた。 「だって君、アバン君にベッタリだったデショ」 端的に言われて、ポップがカッと頬を染めた。それは非常に珍しい「女」の表情だった。 「い、いや、でも、先生には全部話してたし」 「それでもネ。町や村とかで君が一人になる事もなかったし」 「あいつ、人前に出れない理由でもあるのか?」 「まぁネ。ヒメや関係者以外の前にはなるべく出ない事になってるヨ」 「ふーん」 その先の理由までは、ポップは問わなかった。あれも元は神族の端くれだ。そちらの領域に関する事となれば、尋いたところで意味はない。 「……つくづく変わった子だネ」 「何が」 「ヒースのこと、嫌ってもないし」 「嫌う理由がない」 スパンと言ったポップに、やっぱり変わった子だネェと呟く。それにややムッとしたようなポップを見て、先を続ける。 「今までのヒメ達は『お前さえ来なければ』って反応だったからサ」 「…いや、そっちの方が訳解んないんだけど」 キルヒースが来ても来なくても、結果は同じだ。言うなれば、彼の最初の仕事はメッセンジャーでしかない。 「理屈は確かにそうだケド…冷静だネ、君は」 ポップは不思議そうに小首を傾げる。 「ま、ヒメなんて綺麗な名前付けたところで、実態は生贄みたいなものだからネ。八つ当たり先位、欲しくなるってモノデショ」 「あいつ…そんな対象にされてきたのか?」 「ヒメの精神状態をなるべく良くするのも、水先案内人の役目の一つだからネ」 言いながら、キルヒースに対して同情的なポップに、心の中で苦笑する。 “ヴェルザー様達が気に入る訳だネ” 色々規格外な子だとはキルヒースを通じて知ってはいたが、実際に会ってみるとそれがよく解る。 危険だと解っていながら、自分を追ってきた決断力と行動力。 何よりも、これ程「生きている」ヒメが初めてだ。今までの七人は、己の運命に絶望する余り、殆ど引きこもりと言っていい状態になっていたのに。 尤も、彼女の両親も規格外と言えば、規格外だ。 「ああ、そういう意味でも、アバン君と会ってからの君にヒースは必要なかったネ」 やはりからかいを含んだ言葉と声音に、ポップは一瞬ポカンとした表情になり、次いで、また真っ赤になった。 やたらと初心な反応に、キルバーンが耐え切れないようにクスクスと笑みを零す。それにポップがムッとするが、当然キルバーンは意に介さない。そしてまたポップも、文句を言うよりやるべき事を優先させる自制心があった。 「で、そもそもお前は何者だ」 「それは、どういう意味で?」 「お前の気配、キルヒースにそっくりだ。勿論同一じゃないけど、兄弟と言わ それが今回、危険を承知で追跡を決めた最大の理由だ。 ポップは歴代のヒメの中でも、既に最強の力を持っている。 生命力はいじれなくとも、もう一つの力である魔法力。その底上げをしようとしたのもポップが初めてなのだ。 「元々、ボクの本体はコッチ」 「え?でも、それって…」 何時もキルバーンの肩や、すぐ傍にくっついている一つ目ピエロ。 「それで、ヒースの体をモデルにして、この本体にヴェルザー様の魔力を注いで今のボクの体が出来てる。いわばヒースのコピーだネ」 「……精神はどうなってるんだ?」 「どっちでもOK。ボクは直接の戦闘は苦手でネ。危なくなったらそうでない方に退避する。普段は分割してるヨー」 「ああ…暗殺業か」 元・魔王軍のヒュンケルとクロコダインが言っていた事を思い出す。「死神」の異名を持つバーンの側近。けれど本来の主はヴェルザー。 「お前…まさか…」 ハッとしたポップに、キルバーンはニヤリと笑った。 「ホント、頭のいい子だネ」 キルバーンは愉快そうに笑うが、ポップとしては呆れるしかない。 「ヴェルザー様が四界の理を何度か説明したのに、全く聞く耳持たない分からず屋さんだけど、実力だけはあるから困りものだヨネ」 「…結局、何やってんだよ」 「一応、諦めてはいないヨ?」 「それでベンガーナでのあれか?」 「まぁ、それなりの信用は得ておかないとまずいからネ。これでも悪かったと 「へー」 ポップの反応は、今までで最も冷たかった。あれでダイが不必要に傷ついたのだから、当然と言えば当然だった。 何しろその延長線上で、ポップは「メガンテ」と言う死へつながる選択をしたのだから。 「他には何かない?」 「とりあえずはな。魔王軍の戦力として数えない事でいいか?」 「うーん。完全に、は無理カナ」 「解った」 キルバーンの目的を考えれば、バーンに余り不審を持たれる行動は控えるべきだろうし、邪魔をされる程度は我慢してくれと言う事だろう。 「じゃ、時間もない事だし、今度はボクから」 「?」 「君、寒くないの?」 「あ…」 指摘されて、初めて気付く。 「相当、進んでるみたいだネ」 「――――ああ」 自覚はしていたが、まさかこうまで進んでいるとは思わなかった。今更、傷付くような事でもないけれど。 「結構、気配にも変化があるから、気付く奴がいてもおかしくない。だから、ちょっとコーティングしといてあげる」 「コーティング?」 「そ。君の聖魔の気配が外に漏れないようにネ」 言って、ポップの細い両肩に手を置く。その瞬間、二人の体を緑と金、そして白と赤と青と言う五色の光が複雑に絡み合って、包んでいく。 「…う…く…っ」 「あ、やっぱりちょっときついカナ。もう少し、我慢してネ」 「…っ…」 かなり苦しそうなポップだが、それでも逃げようとはしない。 だからこそキルバーンが「コーティング」という行動に出たのだとも解る。 「おっと」 その華奢な体を、キルバーンが咄嗟に支える。 「ゴメンネ。でもこれで2〜3か月は保つから」 「――――上等」 キルバーンに抱きかかえられたまま、荒い息を吐いているポップの声には笑みが混じっていた。 それらから考えられるのは、この戦争を魔王軍側が一気に終わらせようとしている、と言う事。 そんなポップの思考の筋立てまでは読めずとも、最終的な結論を察したキルバーンは、心の中でため息を吐いた。 “頭が良すぎるっていうのも、可哀想なのかもネ” だがヘタな慰めを言っても反発されるだけだろうし、そもそも自分達にそんな資格などないのだ。 「あとこれは、ヴェルザー様とヒースからの伝言」 だからただ、ここでやるべき事を済ませる。 「ヒースが君に会いに来なくなったもう一つの理由は、君が四年間必死で文献を読み解いて、理論を構築した件をヴェルザー様と共に検証して、実用化に向けて鋭意努力中だから」 「可能、なのか?あれ…」 ポップ自身、半分以上不可能だろうと思っていた事だ。 寧ろ、異常と言っていい程の頭脳だ。 「実用化はまだ先だけど、可能だと言う結論は出たヨ」 「そ、か」 キルバーンに抱き支えられているポップの表情は見えない。けれど声にも雰囲気にも安堵が滲んでいる。 キルヒースから与えられた情報から、ポップが選び取った「やりたい事」は自らを救う方法を捜すのではなく、魔界の在り方を変化させる事だった。 「それから、君の魔法使いとしての力について」 「え?」 予想もしていなかった事を言われて、顔を上げる。すると、ひどく悪戯っぽい光を浮かべた仮面越しの瞳と目があった。 「あれは間違いなく、君の…『ポップ』としての力。『役目』は関係ない。今までのヒメがどう過ごしていたか、知ってるデショ?」 この言葉に、何の前触れもなくポップの瞳からポロリと涙が零れた。 「え…ちょっと…」 そのまま次から次へと溢れる涙に、流石にキルバーンが驚く。とはいえ、この伝言を託された以上、その意味もある程度解ってはいたが、これ程顕著な反応があるとは思っていなかったのだ。 「ああ、ごめん」 フル…と一度頭を振って、涙を拭く。 どれだけ努力しても。 尤も、一年以上会っていないのに、何処まで自分のことを把握されているのかを考えると、少々怖い気もするが。 「まぁ、君の方から接触してくれたのは、ボクとしては助かったヨ。コーティングと伝言をどうやって実行しようかと悩んでたからネェ」 気を逸らすかのように軽く言われて、ポップが苦笑する。 「あ、時間切れだネ」 「え?」 ポップが疑問の声を上げた次の瞬間。 「キルバーン!!」 怒りに満ちたダイの声がその場に響いた。
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