『四界の楔 ー死の大地編 2ー』 彼方様作 |
戦闘そのものは終わっていた。仲間達にも、致命傷と言うような傷を負っている者はいない。一番重症なのはヒュンケルのようだが、既にマァムが回復魔法をかけている。 「ダイ…」 そしてヒュンケルから事の次第を聞いたダイは、飛び出した。ヒュンケルに言われるまでもない。仲間はみんな大切だが、中でもポップは特別だ。一番失いたくない存在だと言っていい。 未だ紋章なしでは扱えないトベルーラで死の大地を目指す。 “ウソツキ” ポップの心配をしながら、同時に憤りも感じていた。 ダイはそう思っているが、これはかなり拡大解釈が入っている。ポップが言っていたのは両親の手前、単語をボカしただけで、メガンテの事だけなのだ。意味を広げてみても、せいぜい「命を武器にしない」であって「無茶をしない」ではない。 そこまで推し量れと言う方が無理があるのかもしれないが、着いた先で見たものに、ダイは一瞬で血の気が引くような恐怖と、全身の血が沸騰するような怒りを覚えた。 「キルバーン!!」 まるでキルバーンに抱き締められているようなポップの姿。だが勿論、そんな事がある筈もなく、「死神」に相応しい大鎌がポップの細い肢体に今にも振り下ろされようとしていた。 そんなダイを見て、当の「死神」は喉の奥でクスリと微笑った。 「いやぁ、愛されてるネェ、ヒメ」 やはりからかいの入り混じった言葉に、しかしポップはアバンとの事に対して見せた「女」の表情ではなく、微かに困惑したような、何処か苦しげな表情を見せた。 “オヤ?” それにキルバーンもやや疑問を覚えたが、今はそれを云々している時間はなかった。 「これから先は『敵』として行動させて貰うヨ」 「ああ…」 ダイが現れてから僅かの時間に交わされたこのやり取りに、ダイが気付く事はなかった。 「やぁ、勇者君。随分とこの魔法使いちゃんにご執心のようだネ」 底冷えするような声で言うと、キルバーンはポップを抱え直し、その喉元に鎌を当てた。 これは演技でもなく、先刻の「コーティング」のせいで実際に体力も魔法力も尽きかけているせいだ。更に「敵」として行動し始めたキルバーンの考えを読むには、情報が少なすぎた。 だがキルバーンが「ヒメを殺す」事だけはないと知っている。 “ポップ…?” 普段の彼女には有り得ない無抵抗。 「ポップを離せ!」 無駄だと解っていても、そう叫ばずにいられない。 “…こいつ” その態度はポップも苛立たせるものだったが、仕方ない。 “あー、キルヒースのコピーって言っても、大元の性格はアレか、一つ目ピエロの性悪さがグレード・アップしてるのか” 何も出来ないもどかしさにも苛立ちながら、キルバーンの性格を分析する。 “愉快犯と言うか、確信犯と言うか…厄介なタイプだな” そんな事を考えていると、いきなり耳元で「ゴメンネ」と囁かれた。 「うぁ…っ」 その言葉とほぼ同時に突き飛ばされて、受け身を取る間もなく氷の上に転がってしまう。 「…つぅ」 それなりに手加減がされているのは解るが、硬い氷の上である以上、当然痛みもある。しかも今の状態では、すぐに起き上がる事さえ容易ではない。 「ポップ!」 倒れたままのポップに、ダイが彼が出せる最高速度で飛んでくる。 「ポップ、大丈夫!?」 「…ダイ」 抱き起されて、ポップは一度深呼吸した。 “俺は何か…間違えたのか…?” ダイがこれ程自分に傾倒するようになるなんて、最初の頃は思っても見なかった。 第一ダイが「恋愛的」に好きなのは、レオナではなかったか。 「―――――ごめん」 今回の事だけではないし、通じないのも解っている。 その声が微かに震えているのを、当然の事ながら、ダイは寒さ故のものだと思ってしまった。 「いいんだ。それより今はここを切り抜ける事を考えないと」 「そう、だな」 ダイも自分の力が残り少ない事は自覚している。何故かは解らないが、ここにミストバーンがいないのは幸いだった。 「やれやれ。折角望み通りに魔法使いちゃんを離してあげたのに、ボクを攻撃するのではなく、無防備を晒すとは。随分と甘いんじゃないカネ」 ユラリと向かってきたキルバーンに、ダイは咄嗟にポップを背に庇う。 「…ダメ、だ」 だがポップからすれば、この二人の激突など無意味な事だし、もう一つ怖いのは、何時他の魔王軍が現れるか解らない事だ。キルバーンだけなら、どう転んでも最悪の事態だけは避けられる。 「ポップ?」 「ルーラをかける。あいつの本業は暗殺だ。少なくともここから追ってくる事はない筈だ」 「でも、ポップは…」 「自分の魔法力の残量位、解ってる。けど、戦うだけの力はない。だから…!」 キルバーンが真実敵だった場合、今の自分は足手纏いでしかない。だが現実として、キルバーンは「ポップ」の敵ではない。それに魔王軍側もキルバーンが直接戦闘向きではないと知っている筈だから、ここで自分達を逃がしても、然程不自然ではないだろう。 「解った」 ダイも同意を示す。 「―――――!?」 しかしダイがポップの手に触れようとした瞬間、彼女はハッとしたようにキルバーンの背後に視線を向けた。 「ハドラー!?」 その視線を追ったダイが、驚愕の声を上げる。 “最悪だ…!” ポップの感覚が激しい警鐘を鳴らす。今までのハドラーとは明らかに違う。テランでマトリフが揶揄したような「三流魔王」などではない。 「超魔生物だ!!」 「な…っ」 それが何故なのか、先に気付いたのはダイだった。 「成程ネェ。ミストへの恩を返すのと、自分の誇り、戦闘本能を満たす唯一最善の方法と言う訳だ」 何時の間にか近くまで来ていたキルバーンの言葉に、ダイがハッとする。敵が二人に増えた上に、ルーラのタイミングまで逸してしまった。 キルバーンの正体、そして彼とポップの繋がりを知らないダイの中では、ポップ以上に最悪の状況になっていた。 “どうして…” 超魔生物になった以上、魔法は使えない筈だ。なのに、ハドラーからは魔力の流れが途切れていない。魔族故のものではなく、魔法を使える者のそれだ。 「全てを捨てた…?」 自分の肉体を、それまでのものとは全く違うものに造りかえる。その覚悟に戦慄する。持って生まれた自分の体を変質させる恐怖を、ポップは身を持って知っているからだ。 自分の本質が人間である事は変わらない。けれど変化を続ける体質は、最早「人間」とは呼べないものだ。死の大地の極寒すら感じない程に。 勿論、自分とハドラーとでは全ての条件が違う。 そんな中、今までダイだけを見ていたハドラーの視線がポップへと向けられた。 「お前にも感謝しているぞ、ポップ」 「何…を…」 唐突に言われて、ポップは瞠目した。 「テランでお前にされた一喝、効いたぞ」 「あ…」 「あれでオレは目が覚めた」 ポップは愕然とハドラーを見上げた。 背後に自分達を庇っての、アバンにとってはハンデ戦だったとはいえ、彼にメガンテと言う最終手段を取らせるところまで追い詰めた男が、魔王軍内の地位や権力を守る為に汲々としている姿は見るに堪えなかった。 そんな自分の思いが、ハドラーを覚醒させるきっかけになったのか。 「お前もアバンの使徒には違いないが、オレは魔法使いと戦いたいとは思わない」 それはそうだろう。 “魔王…” 強さだけではない。初めてその風格を感じ取って、ポップは唇を噛んだ。ダイが万全の状態ならばともかく、現状では分が悪すぎる。 “俺のせいだ…!” テランでも、今も。 “ダメだ、ダメだ、ダメだ――――!!” ダイ本人も、今の状況の悪さは解っている筈だ。 「そうだ、それでこそだ。キルバーン、貴様も手出しは無用だぞ」 「はいはい。この場合はミストにも睨まれちゃいそうだし、大人しくしてるヨ」 傍観者宣言をしたキルバーンに、ポップは拳を握りこんだ。 「…っ」 ポップがダイへ何を言う間もなく、ハドラーが仕掛けてくる。 “ダイ…お前…” 態々ポップから離れて戦闘を開始したダイに、忸怩たる思いを感じずにいられない。 「ふーん。さて、どうする?ヒメ」 「決まってるだろ。ダイを逃がす」 「一騎打ち、なのに?」 「こっちが従う義理はない」 「…確かに」 キルバーンへはチラリとも視線を向けず、ポップは二人へ意識を集中する。魔法力の残りを考えれば、チャンスは一度だけしかない。 元々の二人の状態を考えれば、当然の戦況だ。 “強い” 以前のハドラーとは比べものにならない。 「あれは!」 ―――――超魔爆炎覇 「バシルーラ!!」 それは本来、敵にかける呪文。 故にポップは、ダイを狙った。こういった補助系の呪文は、味方には確実に効くからだ。 それでもポップは、心配はしていなかった。魔法力の制御には自信がある。間違いなく、ダイはパプニカ城に戻れた筈だ。 “色々…突かれる…とは思うけど” そもそもバシルーラは魔法使いが使える呪文ではないのだから。 “うん…師匠。あんたは正しかった” アレンジ・モシャスをかけたままだったら、バシルーラは使えなかった。 “さて、どう出る?ハドラー” ポップは浮かべた笑みを崩す事なく、ただハドラーを見つめていた―――――。 《続く》
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