『四界の楔 ー死の大地編 5ー』 彼方様作 |
「ダイ!ポップ!」 今クロコダインがいる場所からは、どうあがいても間に合わない。それでもガルーダの出せる最高速度で向かう。 “くそっ。オレは何てバカだ” 相手がザボエラだと解っていたのに。 “頼む。凌いでいてくれ” 最後の頼みの綱は、ポップの機転だった。 「何だ…?」 後悔と焦りに支配されているクロコダインの目に、まだ明るいと言うのに流れ星のようなものが映る。普通のルーラの光とは違う、白銀の輝き。それはダイ達がいるであろう場所に降り立った。 クロコダインの見立て通り、その物体はダイ達のすぐ傍に着地していた。それだけでなく、メラゾーマ数発分かそれ以上の威力を持つザボエラのマホプラウスによる炎を全て弾き飛ばし、無効化したのだ。 何かのオブジェのような形をした白銀の物体は、見る間に人の形を取っていく。 「お前が勇者ダイか」 「そうだ」 ザボエラの魔法からは助けられたが、どう考えても味方ではないだろう相手に、ダイはポップとチウを庇う位置に立って答える。 今戦いを挑まれれば、先刻の二の舞になりかねない。それだけは避けたかった。 「で。そっちの死にそうになってる女が魔法使い、か」 また死にかけていると言われて、ポップは僅かに肩を竦めた。確かにそう見えるだろうし、否定する気もないが、余りダイをを煽って欲しくないなぁなんて思ってしまう。 “フレイザードと同じだ、こいつ…” 根底に流れている魔力が、ハドラーと同一のものだ。 「お前は…」 先刻の輝きの正体だろう存在に、クロコダインも臨戦状態を崩さない。 「オレはハドラー様の忠実な駒、ポーン・ヒムだ。今はその外道を連れ戻しに来ただけだ」 無視され続けて怒り狂っているザボエラの首根っこを捕まえる。 「は、離せ!離さんかぁっ!!」 ここに至って、誰もザボエラに気を払わない。 「ではな。全力で戦える時を楽しみにしているぜ」 それだけ言うと、ヒムは拍子抜けするほどあっさりと去って行った。 「とりあえず、危機は去った…か」 「みたいだね…」 クロコダインとダイが漸く肩の力を抜く。そしてハッとしてポップの方を振り返る。 「ポップ!」 「しっかりしろ」 声をかけられて、ポップは二人を見上げ緩やかに微笑った。 「迷惑…かけて、ごめん…けど…ありが、と…」 「そんなの…」 何か言おうとしたダイを、クロコダインが押しとどめる。 「話は後だ。とにかく戻って休ませてやろう」 ポップを心配する余り、目の前の事しか見えていないダイに助言すると、途端に彼は気まずそうな表情になってポップとクロコダインを見比べた。 「そう、だよね。クロコダイン、頼むよ」 「ああ」 非常に悔しそうに言うダイだったが、クロコダインは内心ホッとしていた。ダイのポップへの執着心はかなりのものだが、自分の気持ちを押し付けるのではなく、ポップ自身を優先する思いやりと冷静さはある事を確認出来た為だ。 ダイがポップを抱き抱えるのは、腕力的には問題ないが、体格的に無理がある。 「おれ、先に戻ってポップが無事だったって伝えとくから」 「うむ。任せたぞ」 「チウ。行くよ」 クロコダインがポップを抱き上げると、ダイは普段の彼からは有り得ない有無を言わさぬ口調でそう言った。 「はいっ!」 それに気圧されて、チウは思わず「良い子」の返事をしてしまった。 「ダイ…?」 その様子に、ポップが何処か心配そうに声をかける。けれどダイとしてはそれこそ「人の心配をしている場合か」と言いたい位だ。 ポップが自分をとても大切に思ってくれている事は嬉しいが、それが「母親」のような気持ちでというのなら、寧ろ必要ないとさえ思ってしまう。出会った頃の…そしてポップが女だと解った時の自分の態度が尾を引いているのだと何となくは解るが、ちゃんと一人の男として見て欲しいのだ。 「じゃ、行くから」 「ダイ!?」 ポップの声を振り切って、空へ飛ぶ。 クロコダインは人の姿さえしていない、怪物だ。けれど人間ではないと言う意味では、自分だって大差ない。確かに自分は半分だけは人間で、姿も人間と変わらない。 とはいえ、ポップはそういう事に拘りがない。 “おれ…ひどい奴だ” クロコダインもヒュンケルも大切な仲間なのに。 けれど、もしポップが他の誰かを一番に選んでしまったら、そうでなくともポップの一番がずっとアバンのままだったら。 ガルーダもゆっくりと空へ舞い上がる。 “それにしても軽いな…” 頼りない程の細さと軽さ。下手に力を入れると抱き潰してしまいそうで、そちらにも気を遣う。 同年代のレオナやメルルも細い方だが、彼女達は戦闘要員ではない。ダイが過剰ともいえる程ポップを心配するのも、何となく理解できるような気がした。尤もポップ本人はそんな心配を喜びはしないだろうが。 「なぁ…おっさん」 「どうした?」 「ダイの奴…何かあったのか?」 「………」 チウによる大暴露と言う事があるにはあったが、ダイとポップの間にはどうにも心配のポイントと言うか、思いのすれ違いがあるように思えてならない。 「ポップ」 「ん…」 今にも眠りに落ちそうなポップだったが、これだけは言っておかなければならないとクロコダインは口を開いた。 「お前がダイやオレ達を大切に思い、失いたくないと考えているのは解る。だがそれはオレ達も同じだ。お前を失いたくないと思っている事を覚えていてくれ」 「ああ…そっか…うん――――やっぱり、間違えた…のか」 「ポップ?」 最後の、殆ど吐息のような声で呟かれた言葉を不審に思い、クロコダインはポップの顔を覗き込むが、既にその瞼は閉じられていた。 そしてもう一つ。 “ふぅむ…” 流石に問い質したい気持ちも湧いてくるが、ある程度回復すればレオナを筆頭とした面々に質問攻めにされる光景が目に見えるだけに、下手な尋き方をすればポップを追い詰めかねない、とも思う。 “もう暫く、静観するか” 最悪でも、ポップが裏切る事だけは無いと言う信頼があるからこその判断だった。
重傷者が集められている救護室にポップは運ばれたが、その診察結果はこれまでの不安や、クロコダインの腕の中で意識を飛ばしている姿を見た時の恐怖からすると、あっけないものだった。 命に別状はない事。 「よ…かった…」 それに最も安堵したのは、やはりダイだった。 そんな明るい空気が広がる中、メルルだけが浮かない表情のままだった。 診察の時、ポップと親しい女性陣が希望するのであれば、と、入室を許された。その時既にポップは普段きっちりと着込んでいる魔法衣から、医療用の薄い服に着替えさせられていた。 その服の、少しはだけた胸元、半袖から出ていた両腕に、あの時と同じ三色の紋様が浮かんでいた。そしてやはり、その紋様は自分以外には見えていないようだった。 ポップ達がこのパプニカに戻った後、メルルはフォルケンに頼み込み、可能な限りの文献を漁ったが、あの紋様に関する記述は一つも見つけられなかった。 “ポップさん…” あれが彼女の命の危機に反応して浮かぶ護符のような物ならば、何も問題はない。 ここに来て、メルルに迷いが生まれた。 自分にしか見えない紋様。 “本当に、このままでいいのですか?” ポップ本人に言っても、きっと「話さない」の一点張りだろう。かと言って彼女に無断で、誰かに話す訳にもいかない。まさかポップはあの時にここまで見越して「きつい思いをする事」になると言ったのだろうか。 “皆さんが、貴女を心配されています” 駄目元で、ポップを説得してみようか。
「ん…」 大方の予想より遥かに早く、ポップは目を覚ました。 “そっか…パプニカ城に戻って来たんだっけ…” クロコダインの言葉を最後に記憶が途切れている。それは今までずっと気付かないフリで、目を逸らしてきた事だった。 “失いたくない、か” やはり間違えたのかもしれない。 けれど、今更抜ける事も出来ない。 “ごめん…” どんな理屈をつけた所で意味がない。 「…ぅ…」 ポップはベッドに横たわったまま、両腕を交差させ自分の顔を覆った。押さえようもなくボロボロと涙が零れる。 納得などしていなくても、とっくに諦め、覚悟を決めていた筈の事だった。なのに、今になってこんなにも苦しい。 スティーヌに言われた「あなたが選んだ道」。 今が幸せだと思うのも嘘じゃない。それでも心の何処かでは「逃げられるものなら」と願っていた。何故、自分なんだ、とも。 “矛盾…してる…っ” 今が幸せだから、ここにいたいと思うから。 「―――――助けて…!」 それは両親はおろか、アバンにも漏らした事のない、封印し続けてきたポップの本音。 END 彼方様から頂いた、素敵SSです! ボリュームたっぷりの死の大地編は、キルバーンの出番やらチウ君の余計なお節介やらクロコダインのおっさんのなにげに美味しいポジション取りやら、果てはザボちゃんまで登場するという、フルメンバー総出演的な豪華さがあります♪ でも、やっぱりなぜかダイ君が不憫な役どころに思えてならないのは、気のせいなのでしょうか?(笑) そして、ポップの謎もどんどん解明されてくると同時に、彼女の心境も少しずつ変化してきた様子……。今まで他人との間に壁を作り、自分は平気だと必死にで言い聞かせてきたようなポップが、やっと本音を吐き出せたことが、いい方向に進んでくれるといいのですが。 どうにも擦れ違いの目立つダイとポップの今後に、大いに期待です♪
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