『四界の楔 ー死の大地編 5ー』 彼方様作


その巨大な炎は、サタンパピーの群れを撃破したクロコダインにも見えていた。

「ダイ!ポップ!」

今クロコダインがいる場所からは、どうあがいても間に合わない。それでもガルーダの出せる最高速度で向かう。

“くそっ。オレは何てバカだ”

相手がザボエラだと解っていたのに。
魔法が苦手なダイと、魔法力を使い切っているポップ、そして戦力としては考えていないチウしかいないのに、何を自分は悠長に構えていたのか。

“頼む。凌いでいてくれ”

最後の頼みの綱は、ポップの機転だった。
彼女がその頭脳を使える状態でさえあれば、何らかの策を捻り出してくれるかもしれない。
ただそれは、余りにも儚い望みだった。

「何だ…?」

後悔と焦りに支配されているクロコダインの目に、まだ明るいと言うのに流れ星のようなものが映る。普通のルーラの光とは違う、白銀の輝き。それはダイ達がいるであろう場所に降り立った。

クロコダインの見立て通り、その物体はダイ達のすぐ傍に着地していた。それだけでなく、メラゾーマ数発分かそれ以上の威力を持つザボエラのマホプラウスによる炎を全て弾き飛ばし、無効化したのだ。

何かのオブジェのような形をした白銀の物体は、見る間に人の形を取っていく。
いきなり邪魔された怒りと、己の自慢の魔法を無効化された驚愕でザボエラが騒ぎ立てるが、戦士然とした姿になった白銀の物体は気にも留めない。

「お前が勇者ダイか」

「そうだ」

ザボエラの魔法からは助けられたが、どう考えても味方ではないだろう相手に、ダイはポップとチウを庇う位置に立って答える。
この相手が強いのは感覚で解る。

今戦いを挑まれれば、先刻の二の舞になりかねない。それだけは避けたかった。
しかし、そんなダイの気負いとは別に、相手は今度はポップへ視線を向けた。

「で。そっちの死にそうになってる女が魔法使い、か」

また死にかけていると言われて、ポップは僅かに肩を竦めた。確かにそう見えるだろうし、否定する気もないが、余りダイをを煽って欲しくないなぁなんて思ってしまう。
ポップが妙に暢気な事を考えているのは、この存在が何か大体解ったからだ。

“フレイザードと同じだ、こいつ…”

根底に流れている魔力が、ハドラーと同一のものだ。
あの頃のハドラーならいざ知らず、今のハドラーから生み出された存在であれば、少なくとも卑怯な行動はとらないだろうと判断していた。
この時やっとクロコダインも到着する。

「お前は…」

先刻の輝きの正体だろう存在に、クロコダインも臨戦状態を崩さない。
そのクロコダインにチラリと視線を向けると、白銀の男は正体を明かした。

「オレはハドラー様の忠実な駒、ポーン・ヒムだ。今はその外道を連れ戻しに来ただけだ」

無視され続けて怒り狂っているザボエラの首根っこを捕まえる。

「は、離せ!離さんかぁっ!!」

ここに至って、誰もザボエラに気を払わない。

「ではな。全力で戦える時を楽しみにしているぜ」

それだけ言うと、ヒムは拍子抜けするほどあっさりと去って行った。

「とりあえず、危機は去った…か」

「みたいだね…」

クロコダインとダイが漸く肩の力を抜く。そしてハッとしてポップの方を振り返る。
立つどころか、最早体を起こしている事さえ辛いのかグッタリとチウにもたれかかっている姿を見て、慌てて駆け寄る。

「ポップ!」

「しっかりしろ」

声をかけられて、ポップは二人を見上げ緩やかに微笑った。

「迷惑…かけて、ごめん…けど…ありが、と…」

「そんなの…」

何か言おうとしたダイを、クロコダインが押しとどめる。

「話は後だ。とにかく戻って休ませてやろう」

ポップを心配する余り、目の前の事しか見えていないダイに助言すると、途端に彼は気まずそうな表情になってポップとクロコダインを見比べた。

「そう、だよね。クロコダイン、頼むよ」

「ああ」

非常に悔しそうに言うダイだったが、クロコダインは内心ホッとしていた。ダイのポップへの執着心はかなりのものだが、自分の気持ちを押し付けるのではなく、ポップ自身を優先する思いやりと冷静さはある事を確認出来た為だ。

ダイがポップを抱き抱えるのは、腕力的には問題ないが、体格的に無理がある。
本人もそれを理解しているし、現在のポップの状態では一瞬で移動する事自体、致命的な負荷がかかるだろう。

「おれ、先に戻ってポップが無事だったって伝えとくから」

「うむ。任せたぞ」

「チウ。行くよ」

クロコダインがポップを抱き上げると、ダイは普段の彼からは有り得ない有無を言わさぬ口調でそう言った。

「はいっ!」

それに気圧されて、チウは思わず「良い子」の返事をしてしまった。

「ダイ…?」

その様子に、ポップが何処か心配そうに声をかける。けれどダイとしてはそれこそ「人の心配をしている場合か」と言いたい位だ。

ポップが自分をとても大切に思ってくれている事は嬉しいが、それが「母親」のような気持ちでというのなら、寧ろ必要ないとさえ思ってしまう。出会った頃の…そしてポップが女だと解った時の自分の態度が尾を引いているのだと何となくは解るが、ちゃんと一人の男として見て欲しいのだ。

「じゃ、行くから」

「ダイ!?」

ポップの声を振り切って、空へ飛ぶ。
とてつもなく後ろ髪を引かれるのも事実だが、それ以上に「他の男の腕の中にいるポップ」を見るのは、もっと嫌だった。

クロコダインは人の姿さえしていない、怪物だ。けれど人間ではないと言う意味では、自分だって大差ない。確かに自分は半分だけは人間で、姿も人間と変わらない。

とはいえ、ポップはそういう事に拘りがない。
仲間は皆、そうだと言っていい。勿論、それはとても嬉しい事だ。ただだからこそ、相手がクロコダインであってさえ、嫉妬を感じてしまう。
その最大の理由は、クロコダインが紛れもなく「大人」だと言う事。
そう言った点ではヒュンケルも同じだ。

“おれ…ひどい奴だ”

クロコダインもヒュンケルも大切な仲間なのに。
自分はポップの一番になりたいと願った。

けれど、もしポップが他の誰かを一番に選んでしまったら、そうでなくともポップの一番がずっとアバンのままだったら。
その可能性を考えるだけで、こんなにも怖い。






ガルーダもゆっくりと空へ舞い上がる。
クロコダインはなるべくポップに負担がかからないよう、風に当たる事のないよう、しっかりと彼女を抱き込む。

“それにしても軽いな…”

頼りない程の細さと軽さ。下手に力を入れると抱き潰してしまいそうで、そちらにも気を遣う。

同年代のレオナやメルルも細い方だが、彼女達は戦闘要員ではない。ダイが過剰ともいえる程ポップを心配するのも、何となく理解できるような気がした。尤もポップ本人はそんな心配を喜びはしないだろうが。

「なぁ…おっさん」

「どうした?」

「ダイの奴…何かあったのか?」

「………」

チウによる大暴露と言う事があるにはあったが、ダイとポップの間にはどうにも心配のポイントと言うか、思いのすれ違いがあるように思えてならない。

「ポップ」

「ん…」

今にも眠りに落ちそうなポップだったが、これだけは言っておかなければならないとクロコダインは口を開いた。

「お前がダイやオレ達を大切に思い、失いたくないと考えているのは解る。だがそれはオレ達も同じだ。お前を失いたくないと思っている事を覚えていてくれ」

「ああ…そっか…うん――――やっぱり、間違えた…のか」

「ポップ?」

最後の、殆ど吐息のような声で呟かれた言葉を不審に思い、クロコダインはポップの顔を覗き込むが、既にその瞼は閉じられていた。
理性が働かない夢現の状態で言われただけに、恐らくポップの本心なのだろうが、一体何を間違えたと言うのだろうか。

そしてもう一つ。
ポップから魔の気配が完全に消えているのだ。
付き合いが長くなる程、謎が増えて行く少女。

“ふぅむ…”

流石に問い質したい気持ちも湧いてくるが、ある程度回復すればレオナを筆頭とした面々に質問攻めにされる光景が目に見えるだけに、下手な尋き方をすればポップを追い詰めかねない、とも思う。
その上、人間関係でも相当荒れそうなのだ。

“もう暫く、静観するか”

最悪でも、ポップが裏切る事だけは無いと言う信頼があるからこその判断だった。







ポップを伴ってクロコダインが戻ってくると、先にダイが伝えていただけあって、対応は素早かった。

重傷者が集められている救護室にポップは運ばれたが、その診察結果はこれまでの不安や、クロコダインの腕の中で意識を飛ばしている姿を見た時の恐怖からすると、あっけないものだった。

命に別状はない事。
かなり体力が落ちているが、今の眠りは普通の眠りで体力さえある程度回復すれば、自然に目覚めるだろう事。
ただし、目覚めても2〜3日は安静にしている事。

「よ…かった…」

それに最も安堵したのは、やはりダイだった。
抱き上げた時の、死さえ連想させたあの体の冷たさが忘れられないだけに、他の者よりそう感じるのは当然だろう。他の面々もそれぞれにホッと息を吐き、笑みが零れている。

そんな明るい空気が広がる中、メルルだけが浮かない表情のままだった。
見てしまったから。
今は毛布に覆われているポップの体。

診察の時、ポップと親しい女性陣が希望するのであれば、と、入室を許された。その時既にポップは普段きっちりと着込んでいる魔法衣から、医療用の薄い服に着替えさせられていた。

その服の、少しはだけた胸元、半袖から出ていた両腕に、あの時と同じ三色の紋様が浮かんでいた。そしてやはり、その紋様は自分以外には見えていないようだった。

ポップ達がこのパプニカに戻った後、メルルはフォルケンに頼み込み、可能な限りの文献を漁ったが、あの紋様に関する記述は一つも見つけられなかった。

“ポップさん…”

あれが彼女の命の危機に反応して浮かぶ護符のような物ならば、何も問題はない。
けれどあの時の彼女の様子を思えば、そうではないのだろう。
それでなくとも「護符」であれば、禍々しさなど感じる筈がない。

ここに来て、メルルに迷いが生まれた。
ポップが望んでいるからと言って、このまま黙っていてもいいものか。あの時の宣言通り、ポップはメルルにも何も話してはいない。そうして、そんな風にポップが頑なであればある程、抱える秘密が重いのだと思えてならない。

自分にしか見えない紋様。
自分にも全く見えない未来。
神秘の国と言われ、竜の騎士の伝承を遺していた祖国テランにも、何の手がかりもなかった事実。
更にはランカークスでの彼女の両親から感じられたもの。

“本当に、このままでいいのですか?”

ポップ本人に言っても、きっと「話さない」の一点張りだろう。かと言って彼女に無断で、誰かに話す訳にもいかない。まさかポップはあの時にここまで見越して「きつい思いをする事」になると言ったのだろうか。

“皆さんが、貴女を心配されています”

駄目元で、ポップを説得してみようか。
彼女が何者であれ、受け入れない人達ではないのだから。







月が南天に差し掛かる頃。

「ん…」

大方の予想より遥かに早く、ポップは目を覚ました。
周囲の状況を確認して、一度深呼吸する。

“そっか…パプニカ城に戻って来たんだっけ…”

クロコダインの言葉を最後に記憶が途切れている。それは今までずっと気付かないフリで、目を逸らしてきた事だった。

“失いたくない、か”

やはり間違えたのかもしれない。
今までの七人のように、極力人と関わらない方が良かったのかもしれない。
自分は、自分が幸せを感じる為に、皆の心を犠牲にしているのかもしれない。

けれど、今更抜ける事も出来ない。
ここまで来てしまった以上、遅いか早いかだけの違いで、自分がいなくなれば皆を傷つける、悲しませる事に変わりはない。
そして。

“ごめん…”

どんな理屈をつけた所で意味がない。
自分が「ここ」を離れられない。
離れたくないと思っている。
最後の時まで、この暖かくて優しい場所にいたいと願っている。

「…ぅ…」

ポップはベッドに横たわったまま、両腕を交差させ自分の顔を覆った。押さえようもなくボロボロと涙が零れる。
ずっと。

納得などしていなくても、とっくに諦め、覚悟を決めていた筈の事だった。なのに、今になってこんなにも苦しい。

スティーヌに言われた「あなたが選んだ道」。
そう、確かに選んだ。けれど決して「望んだ道」ではない。皆といる事が、ではない。誰が生贄になりたい等と望むと言うのだ。

今が幸せだと思うのも嘘じゃない。それでも心の何処かでは「逃げられるものなら」と願っていた。何故、自分なんだ、とも。

“矛盾…してる…っ”

今が幸せだから、ここにいたいと思うから。
だからこそ、苦しくて、哀しい。

「―――――助けて…!」

それは両親はおろか、アバンにも漏らした事のない、封印し続けてきたポップの本音。
言っても仕方ないと、余計に辛くなるだけだと、押し殺してきた悲鳴だった。

                                                              END


 彼方様から頂いた、素敵SSです! ボリュームたっぷりの死の大地編は、キルバーンの出番やらチウ君の余計なお節介やらクロコダインのおっさんのなにげに美味しいポジション取りやら、果てはザボちゃんまで登場するという、フルメンバー総出演的な豪華さがあります♪ でも、やっぱりなぜかダイ君が不憫な役どころに思えてならないのは、気のせいなのでしょうか?(笑)

 そして、ポップの謎もどんどん解明されてくると同時に、彼女の心境も少しずつ変化してきた様子……。今まで他人との間に壁を作り、自分は平気だと必死にで言い聞かせてきたようなポップが、やっと本音を吐き出せたことが、いい方向に進んでくれるといいのですが。

 どうにも擦れ違いの目立つダイとポップの今後に、大いに期待です♪

 

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