『四界の楔 ー北の勇者編 1ー』 彼方様作 |
・ポップが女の子です。 この四点にご注意の上、お楽しみくださいませ♪
マトリフはベッドに体を起こすと、重い溜息を吐いた。 テランでの久々の実戦、全力の魔法行使は流石に老体に堪えた。 だがこの程度で済んだのは、マトリフの想像を遥かに上回っていたポップの成長があったからだろう。 “全く、とんでもねぇ奴だぜ” アレンジ・モシャスを解いてから一気呵成に伸びたようだった。マトリフが見る限り、ポップの潜在能力は自分より上だ。 たかだか15の少女が使う威力の魔法ではなかった。 “なぁ、アバン。お前はあいつをどうしたかったんだ?” アバンは律儀な男だった。 年に一度、必ずマトリフを訪ねて来ていた。 去年もアバンはフラリとやってきた。 「よう、勇者候補とやらは見つかったか?」 アバンがそう言って旅を始めてから、もう10年以上になる。だがこれまで「候補」も見付かっていないのが現実だ。 「毎年、第一声がそれなんですねぇ」 「まだなのかよ」 「ええ、まぁ。今はちょっと特別な魔法使いを育ててまして」 「何でぇ、そりゃ」 そう言うと、アバンは彼にしては珍しくやや逡巡した後に尋いてきた。 「マトリフ。あなたなら『四界の楔』について、多少なりと知っているでしょう?」 「…眉唾もんだろ?」 「私もそう思ってったんですけどね」 苦笑しようとして失敗したような、何処となく哀しげな笑みを見て、マトリフは息を呑んだ。 「おい、まさか…」 今言った「特別な魔法使い」とやらがそうなのか。しかし、何故その魔法使いがそうだと解ったのか。 「自己申告でしたよ。何しろ、私への弟子入りの理由がそれでしたし」 「あ?」 「楔に必要な力は、生命力と魔法力だと言ってました」 アバンはポップ個人の事情には触れず、彼女から聞いた「楔」の知識だけを語った。 「生贄じゃねぇか」 「死ぬ訳じゃないって、本人は笑ってましたよ」 けれどその笑みが、アバンにはひどく痛々しく見えた。本人は全く自覚していないだろうが。 そしてまた、目覚めた後の待遇が「人間」として見た場合、決していいとは言えない。 百年も経てば、社会の在り方や常識、価値観…あらゆるものが変化する。実際に社会の中で生きていれば、少しずつ変化していくそれらに対応できる。だが、いきなりそこへ放り出されてどれだけ順応出来るだろう。 10代後半と言えば、親の手が離れるかどうかという微妙な年齢だ。まぁ、昔はもう少し早く自立を促されていただろうが、それでも頼れる者どころか顔見知りすらいない状況では、順応する前に潰れる可能性の方が高いだろう。 まして成長も老化もしないのであれば、一つ所に留まる事も出来ない。新たな人間関係を築く事すら不可能に近い。築けたとしても、時間の経過と共に捨てざるを得ない。 そんな中で百年単位の時を生きるなど、どんな拷問かとさえ思う。 by 彼方 ただポップの様子を見ていると、余りそうとは思えなかった。 だが彼女がそんな沈んだ様子を見せたのはその説明の時だけで、以降は普通の子どもより明るく過ごしている。きっとそれが元々の性格なのだろう。 「で、事実だと思ってんのか」 「嘘を吐く理由もありませんし、破綻している部分も見当たりません。何より僅か14の子どもがその単語を知っているだけでも、信憑性があると思いませんか?」 「そうかもしれねぇけどな」 マトリフは小さく肩を竦めると、アバンを見据えた。 「で、オレにそれを話したって事は、魔法使いとしてそいつを鍛えて欲しいって事か」 「――――迷ってますよ」 確かにそれはポップの望みだ。 けれど、魔法力が強くなればなる程、眠りの期間は長くなる。即ち、目覚めた後の順応が難しくなる。 その上、彼女の才能は桁違いだ。 「本当は、私はあの子を賢者として育てたかったんですよ」 「だが成長の遅い賢者じゃ、間に合わねぇとかで拒まれたか」 「ええ」 ポップの真の目的を聞いた時は、大袈裟ではなく慄然とした。あの子は「神」へ挑戦状を叩きつけようとしているのだ。 9人目を存在させない為――――つまり、楔と言うシステムを終わらせる為。 魔界の在り方を変え、自身の魔法力を鍛え上げ長く「役目」を果たす事で。 たかが人間でも、努力次第で此処まで出来る。 あんたらは何時まで「神」の名に胡坐をかいて、何もせずにいるつもりだ、と。 ヴェルザーと言う協力者がいればこその事だが、ポップは「神」を自堕落だと切って捨てたのだ。 ただそれは、裏を返せばそれだけポップが楔である事を嫌悪している証明だと言える。 「それでアバン。お前自身はどう対応するつもりでいるんだ?」 「なるべくあの子の望みに沿う形で、とは」 あれ程のものを背負い、悲壮な覚悟を固めている子どもに、何を強制する必要があるだろう。それに本人が魔法力を鍛える事を目的としている。家庭教師としては、教えやすい生徒だと言える。 「つまり、そいつが望めば、或いは魔法使いとしてお前が教えられる範囲を超えたら、か」 「そうですね…」 「気が進まねぇか?」 「進むと思いますか?」 「そりゃ、そうだがな」 本当は少年の姿にモシャスをかける事も気が進まなかった。あんなに可愛らしい少女なのに。 ただポップにとって男として振る舞う事は自然な事だったし、それ以上に両親の愛情を感じる行為でもあった。だから強硬に反対する事はしなかった。 そんな中、少し伸びかけていた髪をそのまま伸ばす事を勧めたのは、「女」である事を否定して欲しくなかったからだ。 「とりあえず、頭の片隅にでも留めておいて下さい」 「ああ」 その魔法使いを宿で一人待たせてあるので、とアバンは例年よりも短い時間で帰って行った。 それがマトリフが見たアバンの最後の姿だった。 今にして思えば、あれは滅多に見せないアバンの弱音だったのだろう。 彼が経験、実力、人格など傑出した人物である事は間違いない。それでもあんな運命の下、壮絶な覚悟をしている弟子をどう導くか、決めかねていたのかも知れない、と。 “だがなぁ…” ポップ本人が望んだ事とはいえ、あのアレンジ・モシャスのせいで彼女の魔法力の成長はかなり制限がかかっていた。 卒業――――つまり、旅の終わりには解くつもりだったのだろうとは思う。 何しろポップは10代半ばという年齢を考えれば、驚愕に値する知識量を誇っているが、如何せん、経験だけはどうしようもない。自分ではアレンジ・モシャスが魔法力の成長を妨げているとは、気付いてもいなかったのだから。 だがそれを知っても、ポップのアバンへの信頼や尊敬は変わらなかった。 バンダナのモシャス効果を消す時も、必要な事だと解っていてさえ悲しいと言う感情を隠そうともしなかった。 アバンのことだ。 きっと、甘やかすだけ甘やかしたに違いない。 少しでも多く楽しい思い出と優しさで満たされるように。 “残酷な真似しやがって” アバンの最期がハドラーへのメガンテだった事は、マトリフも知っている。だが詳しい状況までは解らない。ダイの説明は今一つ要領を得ないし、ポップに尋くのは流石のマトリフも二の足を踏んだ為だ。 ポップが弟子としてだけではなく、女としても自分を慕っていた事をあの聡い男が気付かなかった筈がない。 詳しい状況を知らないからこそ、そしてポップの傷の深さを感じるからこそ、思ってしまう。 他の方法はなかったのか、と。 “今更どうしようもないけどよ” マトリフはガリガリと頭を掻いた。 自分に出来る事は、それこそ一年前にアバンが言ったようになるべくポップの望みを叶える事だ。 文字通り生き急いでいる弟子の為に。 そして、それがそのままこの戦争の勝利に繋がる一手になる筈だ。 またマトリフはポップの賢者としての資質を無駄にするつもりはなかった。 何せ前線に出ているメンバーの中で、回復魔法が使えるのがマァムだけというのは、何とも心許ない。しかも武闘家に転職している以上、新たに呪文を覚える事もないし、魔法力も上がらない。 ダイも回復系に関しては望みがない。 ヒュンケルとクロコダインに至っては、魔法自体が使えない。 ポップ自身もその辺は解っていて、契約する事に関しては異論はなかった。ただここでマトリフも驚いたのが、その全ての契約に成功した事だ。しかもそれが精霊が契約者を審査すると言うより、精霊の方が積極的に契約を結びたがっていた。 それが「ポップ」だからなのか、「楔」だからなのかまでは解らなかったが。 しかしポップの持つ「神」への強烈な反発心と嫌悪感が心理的なストッパーになっているらしく、実際にはまだ使えていない。 “こればっかりはなぁ…” 言葉で言った所で、何とかなる問題ではない。 それでもロモスでマホカトールを。 テランでメガンテを使った。 この法則を当てはめるなら、彼女が回復魔法を使わざるを得ない所まで、一度追い詰められる必要があると言う事だ。 とんでもない荒療治だが、それだけポップの「神」への悪感情は根深いのだ。 マトリフはここまで考えて、また溜息を吐いた。 ここ最近のマトリフの思考の大半は、ポップのことで占められていた。 この年で初めて得た弟子。 そして初めて会った、自分以上の才を持つ魔法使い。 なのに、自分より早くこの世界からいなくなるだろう子ども。 理不尽だと感じる経験など、幾度となくしてきた。最たるものは凍れる時の秘法で、アバンを犠牲にしてしまった時だ。 けれど今感じている憤りはそれ以上かもしれない。 少なくとも、アバンは自分の意志で決行した。 しかしポップに…いや「楔」にされた者達に選択の余地などない。生まれる前から「神」に強制された運命。 そしてポップを見ていて、否応なく気付かされたことがある。 納得などしていない。 そう思う一方で、最初からそれを諦めている事。 恐らくは「神」によって、そう制約がかかっているのだろう。 “そりゃ恨みたくもなるだろうよ” ポップから聞いた限りでは、「楔」である事のメリットなど見当たらない。目覚めた後の人生だとて「幸せ」に生きられる可能性は、極めて低い。 “どうせ精神に制約をかけるなら、「役目」を誇りに思えるようにすりゃ良かったろうに” 自分達の力不足の為に「楔」と言うシステムを作っておきながら、フォローらしいフォローもなく「役目」を押し付けるだけで放置。 “まさか数百年に一度「たかが人間」を一人犠牲にする位、大した事じゃねぇとか思ってんじゃねぇだろうな” 当事者のポップがこれを一度も考えなかった、と言う事はないだろう。 それでもポップは、その「神」に対して真っ向からぶつかろうとしている。 この意志の力を凄いと言うべきかは迷う所だ。 “まぁ、オレがどうこう言えるこっちゃねぇけどよ” これに関しては、自分は部外者でしかない。 それ以上にポップの5年間を否定したくなかった。 マトリフほど生きていれば「過ぎてみれば5年なんてあっという間だ」と嘯く事も出来るが、ポップは15歳だ。物心ついてからと考えれば、まだ短い人生の大半をそれに費やしてきた事になる。 この5年を否定する事は、ポップ自身を否定する事になりかねない。 数多の情報と、自ら詰め込んだ知識のせいか、変に大人びた所のある子どもだが、何処か不安定である事も事実だ。 ダイを支えてやれ、とは言ったものの、ではポップは何を支えにしているのかと今になって思う。もしまだアバンを求めているのだとしたら…。 考えても仕方のない事だと解っていても、考えてしまう。 色々と考えていると、ルーラの着地音が響いた。 余り上手いとは言えない着地だが、体が軽い為、それ程大きな音はしない。 「師匠、今、大丈夫?」 「おう、入りな」 一昨日、地響きや爆発音がここまで聞こえてきていたから、そろそろ来る頃だと思っていた。寧ろ、遅過ぎた位だ。 “ん?” 微妙に顔色が悪いように見えるが、また何か無茶をやらかしたのだろう。確かに実力以上のものを発揮しなければ、勝てない戦いが多いのは解る。 最終目的が、他の仲間とは違うから。 中に入ってきたポップの長い髪が、吹き込んできた風でフワリと揺れた。 アバンに会った時、肩口程に伸びていてそろそろ切ろうと思っていた所を、彼に勧められて伸ばし続けたのだと言う。 この髪一つ取っても、ポップにとってのアバンの存在の大きさが解る。 だが、それをポップ本人に言っても意味がない。 既に死した存在でも、それが過酷な運命を背負いながら、立ち向かおうとしているポップの支えであるのなら、態々指摘して不安定な精神を更に不安定にする事もあるまい。 「どうした、何があった」 何処か思い詰めた風なポップに問いかける。 「なぁ…魔法が全く効かない相手に、師匠ならどう戦う?」 「そんな奴が出てきたか」 「ああ」 死の大地であった事を語る。 「成程な」 ポップの危機感は、単に強敵が出現したから、と言うだけではないだろう。物理攻撃力がないに等しいポップにとって、魔法が効かない敵が増えるのは戦線離脱に繋がりかねないからだ。 たとえ回復魔法が使えるようになったとしても、それだけでは後方援護にしか回れない。 最後まで仲間と共に戦う意思を持つポップにしてみれば、絶対に避けたい事態に違いない。 ならば。 「表、出な」 「師匠?」 自分の最強の切り札を伝授してやろうではないか。 今のポップであれば、扱える筈だ。 元々、魔法センスはズバ抜けていた。そして魔法力の総量も飛躍的に伸びている。残るは使用時の状況判断力だが、こればかりは経験がものを言う。だが十分な経験を積む時間など、元より存在しない。 とは言うものの、そこに関しても然程心配はしていない。 豊富な知識とアバンに叩き込まれた教えが、補ってくれるだろう。 「その名を、メドローアと言う」 勘も頭もいい奴だ。 全てを細々と説明しなくても、理解していく。 この呪文の本質も、恐ろしさも。 そんな相手だからこそ、教えられるのだ。 そうでなくては、幾ら自体が逼迫していても教えはしなかった。傷付くと解っていても、戦力的に苦しくなるとしても後方援護に回る事を勧めた。 ポップの頭脳ならば、それでも役には立てるからだ。 眩いばかりの光が、辺り一帯を照らし出す――――。 《続く》
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