『四界の楔 ー北の勇者編 2ー』 彼方様作 |
金属のぶつかり合う音が、普段は静かな森の中に響く。 ポップがマトリフの許へ訪れたのと同じ頃、ダイとヒュンケルはロンに特訓を受けていた。 「伝説の名工」の二つ名を持つ男は、武器職人として以上に戦士としても超一流だった。何しろダイとヒュンケルを同時に相手にして引けを取らないどころか、圧倒しているのだ。 一旦休憩を挟む事になり、ロンは悠然と小屋に戻って行った。 「あの人…何者?」 珍しくダイが肩で息をしながら、言葉を絞り出す。 「さぁな。オレも知らん」 問われても、ヒュンケルも答えを持っている訳ではない。彼が作った武器を使ってはいても、実際に会うのは初めてなのだ。 「そっか」 何にせよ、彼が敵でなかっただけでも僥倖と言うべきだろう。 小屋に戻ったロンは「ダイの剣」をじっくり検分していた。 見た目には罅一つない。ダイが感じたのは僅かな違和感だが、実力が拮抗していれば、それは重大な差となって表れる。 “大したものだ” 流石「竜の騎士」の血を引くもの、と言うべきか。 だが12と言う年齢を考えると、らしくもなく少しばかり感傷的な気分にもなる。 人間社会の家族や親子関係の事には然程詳しくはないが、それでも「12歳」は親の庇護下にある存在だとは知っている。 そんな子どもが最前線に出なければならない程、人間側の戦力は不足しているのだ。 尤も、それはダイと共にやって来た3人の少女にも当てはまる。 “そう言えば…” 聖魔の気配を併せ持った、ジャンクの娘。 本来、有り得ない筈のそれ。 あの時そう決めた通り、ロンはジャンクに何も尋いいてはいない。 ダイのポップへの入れ込み方もそうだが、それを除いてもあの少女がこの戦いの鍵を握っている気がする。魔法使いとしての実力、仲間内での立ち位置なども度外視した上で、だ。 血筋的には生粋の人間の筈なのに、「人であって人でない」印象はダイ以上だ。 だが、こんな予測など外れていた方がいいとも思っている。 友人の為にも、ダイや他の仲間達の為にも。 特訓の、2日目。 宿として利用させて貰っているポップの家から出ると、待ち伏せでもしていたのか、数人の少年少女がいた。 「ねぇ、あんた達、ポップの何?」 「何…って」 勝気そうな、この中では一番年上だろう少女が酷く刺々しい口調で問いかけてくる。 昨日見かけた、ジャンクの家にいる見知らぬ、それも当然のように武器を手にし、しかも全く違和感のない姿の二人。しかも持っているそれらはジャンクの店にある物ではない。 また、二人の年齢からしても、一年と少し前に村を出て行ったポップが旅先で知り合った人間ではないかと、幼馴染一同で話し合ったのだ。 最初からけんか腰の少女を制して、そう説明したのは少し太目のおっとりした印象の少年。 「まぁ、そうだけど」 「簡単に言えば、仲間だな」 ダイとヒュンケルの言葉に、彼らの空気がザワリと揺らいだ。 「君らって、一般人じゃ…ないよな?その武器だって、ジャンクおじさんとこに置いてあるモンじゃないし」 「その貴方達と仲間って、ポップは…」 今度は兄妹と思しき二人が、問いを重ねる。 どう考えても、ポップは戦闘に向くタイプではない。武器を持つ姿など想像もつかないし、性格的にもそうだ。 「ポップは魔法使いだよ」 故郷でのポップの友人だろう面々に少しばかり気圧されながら、ダイが正直にそのままを答える。 「魔法使い?」 「いや、確かにあいつ、メチャクチャ頭良かったけど」 「って、そうじゃないでしょ!」 「そうよ。あの子が戦ってるって事じゃない」 「旅に出てから、何かあったのか?」 一気に騒がしくなった彼らに、ダイが戸惑ったようにヒュンケルを見上げる。が、ヒュンケルにこんな状況を打破出来るスキルがある訳ではない。寧ろ、最も苦手な分野だと言える。 「ポップが戦ってるの?魔王軍と?」 最初に話しかけてきた少女が、やはり食って掛かる勢いで尋いてくる。 「え、あ…うん」 その勢いにタジタジになりながら、どうにかダイが答える。 「どうして!?」 「ど、どうしてって」 更に問いを重ねられて、言葉に詰まる。 「だって、ポップは争い事を嫌ってた」 「それにどんな命も大切にしてた」 幼い子どもがよくやってしまう、蝶やトンボなどの昆虫の翅や足をむしったりする事は、一度もなかった。いや、野に咲く花を摘む事さえなかったのだ。 それを聞いて、ダイとヒュンケルは顔を見合わせた。 ――――全ての命は幸せになる為に生まれてくる あの言葉は、そんな小さな命にまで及ぶのか。 ――――殺したのが、人間じゃないってだけだ ならば、ポップは戦闘に出る事で、どれ程の痛みを抱えてきたのか。 あの時そこまで思い至る事のなかった、自分達の考えの浅さを思い知らされたような気分になる。 が、ここで第三者の声が響いた。 「何でぇ、騒がしい」 外の騒々しさに出てきたジャンクは、目を丸くした。 「何だ、何だ。どうしたんだ、お前ら」 ポップと親しかった友人達がゾロリと揃っているのだ、驚くのも当然だろう。 「おじさん。ポップが魔王軍と戦ってるって、本当ですか?」 「…その話か」 「じゃ、本当なんですか!?」 「それについちゃ、説明してやるよ」 確かに村にいた頃のポップからは、想像がつかないのは解る。自分やスティーヌだってそうだったのだから。 「こいつらのことはオレに任せて、早くロンの所に行きな。時間ねぇんだろ?」 「あ、はい」 「すみません」 ダイとヒュンケルはジャンクに一礼すると、森の中に向かった。 尤も、確かに居心地は悪かったが、村での…魔法使いになる前のポップのことを知りたい、と思ったのも本当だ。まぁ、ジャンクが言ったように、そんな時間はないのだが。 二人の姿が見えなくなると、ジャンクと少年少女達は正面から向き合った。 「つっても、オレが話せる事はそう多かねぇんだが」 そう前置きすると、ジャンクはつい先日、マァムやメルルから聞いた事を話した。ただ、流石に村にいた時より幸せそうだった、などとは言えなかった。 「無理強いされてるって訳じゃないんですね」 「あいつが見た目に反して、どんだけ頑固か知ってるだろうが」 自分の意に反する事を強制されて、大人しく従うような人間ではない。それはここにいる全員が知っている事だ。 ――――唯一つ、生まれついてのものを除けば。 「あの二人は?」 「勇者様と戦士だと」 「けど、あの銀髪の人はともかく、あんな小さな子どもまで…」 「その子どもの方が勇者様なんだが」 「え―――っ!?」 全員の驚愕の声が響く。 そうしてその後、ジャンクは娘の友人達に質問攻めにされる事になった。尤も、自分で言ったように、ジャンクも知っている事は余りない。戦闘そのものについては、全く知らない。 「ポップ…ちゃんと帰ってきますよね?」 「ああ。祈ってやっててくれ」 最後に縋るように言われて、ジャンクはそう答えるしかなかった。 ポップ本人は「神」を毛嫌いしているが、一般的にはごく当たり前の行為だからだ。 不安を隠せないながらも帰って行く彼らを見送って、ジャンクは溜息を吐いた。 “なぁ…もう一度位、帰ってくるよな?” ポップは知識吸収を優先させていた為、共に過ごした時間はそう多くはなかった筈だ。だがそれでもポップは、あんなにも思われている。 先日は慌ただしすぎて彼らと会う暇などなかったが、せめて「その時」が来る前に、もう一度。 「ポップって、すっごく皆に好かれてたんだね」 「そうだな」 ロンの小屋に向かう道すがら、ポツンと呟いたダイに、ヒュンケルが簡単に答える。 「どうした?」 複雑そうな顔をして黙り込んだダイに、短く問う。とはいえ、解り易いと言えば解りやすい反応ではある。 ポップが皆に好かれているのは当然で、嬉しい。 だが、恋敵が増えるのは嬉しくない。 そう言った所だろう。 「ダイ…余りポップを追い詰めるな」 「追い詰めるって、おれは別に…」 「急かすな、と言う事だ。一昨日の朝、お前も自分で言っていただろう。あいつは、まだアバンの次など考えられる状態じゃないんじゃないか?」 「それは…そう、だけど」 不安、なのだ。ポップの周囲への思いのかけ方が、余りにも平等すぎて。 アバンのことは、ポップにとってどれ程特別か、を何とか割り切ったつもりではあるけれど、「生きている相手」はまた別だ。 「ポップ…戦いが終わったら、帰っちゃうのかな」 「それは、今考える事じゃないだろう」 「解ってるんだけど――――、」 ここで、ダイは深く、大きく、息を吐いた。 「ダイ?」 「そうだよね。まず、勝って、終わらせて、それからだよね」 どうにか意識を切り替えたダイに、ヒュンケルも小さく息を吐いた。 「ああ。それがいい」 ポップを普通の少女と同じに考えてはいけない。 そして「初恋」が相手の死と言う形で終わったせいか、何処か恋愛に対して消極的な部分があるのも確かだ。 “ヒュンケルは、ポップのことどう思ってるんだろ” 一昨日の夕方――――向かい合っていた二人の姿が頭から離れない。もしかしてあれが「いい雰囲気」と言うものなのだろうか。 ただ、直接尋くのは、何となく憚られた。 ヒュンケル本人が、妙に淡々としているから尚更だ。 二人は知らない。 ポップは恋愛に消極的なのではなく、恋愛をする気がない事を。彼女が本当に見ているものは、この戦いの先にある事を。 《続く》
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