『四界の楔 ー北の勇者編 6ー』 彼方様作


同じ頃、ポップは歩いて5分程の所にある小さな泉に来ていた。

“最初の一手で躓いた感じだよなぁ”

ここから先がレオナやバウスン、指導者層の人間の腕の見せ所だろう。

“ま、それはともかく…”

畔にしゃがみ込むと、当初の目的である野草を摘み始める。プチプチと摘むごとに爽やかな香りが広がる。

「君…ポップ?」

「ノヴァ?何かあったのか?」

「いや、光が見えたから」

地面に座り込んでいるポップの、頭上1m程、丁度ノヴァの目線位にフワフワと浮かんでいる光の玉。

「これも魔法なのか?」

「レミーラって言うんだ。便利だろ」

「確かにそうだけど…」

「…ノヴァ?」

何故だか戸惑った風なノヴァを、ポップがきょとりと見上げる。その妙に幼げな仕種と表情に、ノヴァが微かに赤面する。初対面から親衛騎団との戦闘までで見せた姿とのギャップが凄い。

「いや…君達は誰にでもそうなのかい?」

「何の事だ?」

「自分で言うのもアレだけど、ボクの態度は相当酷かったと思う。それでいてあの惨敗。なのに、君達の誰も何も言わない」

返ってそれが居心地が悪くて、見回りと称して外へ出た所でこの光を見付けたのだ。

「一緒に戦う仲間だろ?態々険悪な関係になる事もないんじゃないか?」

「まぁ、それは」

正論だ。

ただ、もし立場が逆だったなら、自分は彼らのように何の蟠りもなく受け入れられたか、と考えると―――より尊大な態度をとるようになった気がする。

「それに、俺も助けられたし」

ありがとな、と微笑うポップの表情は言葉とは裏腹に、非常に少女らしく可愛らしい。

「君は、何でそんな言葉で話すんだい?」

「あ―。やっぱ気になるか。ちょっと理由があって最近まで男として生きてきたんで、流してくれると有難いんだけど」

「男としてって、無理があるんじゃ…モシャス?」

「そ」

とりあえず、かいつまんで簡単に説明する。
それを聞いたノヴァは、理解は出来るけど納得はいっていない、というような奇妙な表情になった。

「……まぁ、人の生い立ちにとやかく言うつもりはないけど」

「それでいいさ。んで、どうする?」

「え?」

「まだいるつもりなら、そろそろ座って欲しい」

首が痛い、と言うポップに、ノヴァは数秒逡巡した後、ポップが摘んだ野草を置いている布を間に挟んで座った。

「ところで、何をしてたんだい?」

「これ、解らないかな?」

野草の一本をノヴァの顔の前でフルフルと振る。するとまた鼻を通る清涼な香りが広がる。

「ミスティカ?」

「ああ。生を見るのは初めてか?」

「そうだね。茶葉になってるのしか見た事ないな」

綺麗な水辺でしか育たず、人工栽培が難しいミスティカのハーブ・ティーは嗜好品の中でも高級な部類に入る。

「お茶にするだけじゃなくて、肉や魚の匂い消しにも使えるし、クッキーやマフィンの生地に練り込んでもいいぜ」

「良く知ってるね」

「まぁな。こう言う状況だから、少しの余裕って必要だろ」

ハーブ・ティーに加工する時間や手間までは、流石に掛けられないけど。

自生している1/3程を摘んだところで、布に包む。

「それも大事だけど、女の子が夜中に一人で出歩くのは控えた方がいいと思うよ」

「今の状況で、魔王軍が来る事はないと思うぜ」

「……そうじゃなくて」

まるで世間知らずの箱入り娘にでも説明するかのように、女の子の夜の一人歩きの危険性をとくとくと説明するノヴァに、ポップは瞬きして小首を傾げた。

「師匠にも似たような事言われたけど…俺みたいなのを襲いたがる男がいるのか?」

そのあんまりな言葉に、今度はノヴァが瞬きした。

男として生きてきたとは言うが、ここまで「女として」の自己評価が低いとは。

確かにポップは華やかさには欠けるものの、十分に「美少女」と言っていい容姿だ。それにスタイルも、少々細すぎるとはいえ、全体で見れば成長途中の少女としては並以上だ。

「えーと。実感はなくても、用心するに越した事はないと思うよ」

「そういうものか?」

「そういうものだよ」

それでもまだ怪訝な表情しているポップを見て、「よく今まで無事だったな」と思ってしまう。

「君が一流の魔法使いだって事はもう解ってるけど、やっぱりそれとは違う問題だし」

「…認めるんだ」

初対面でのやり取りを持ち出したポップに、ノヴァは苦笑した。

「まぁ、アレで認めなきゃただのバカだし。それに…」

ノヴァはそこで一度言葉を切って、頭をかいた。

「一つ言い訳させて貰えるなら」

「ん?」

「やっぱり男としては、女の子が危険な場所に出るのは避けたい」

「大人しく守られてろって?」

「そうだね。尤も、君達はそれに屈辱を感じるみたいだけど」

また苦笑するノヴァを見て、ポップは肩を竦めた。そういう風に考える男が多くいる事は知っている。恐らくそれが、本能の一部分であるのだと言う事も。

「屈辱って言うか、男でも女でも出来る奴がやればいいって、さ」

「成程ね」

そして確かにポップの力は桁違いだった。

ノヴァが目を覚ましたのも、ポップの強烈な魔法力の波動のせいだった。見た事も聞いた事もない、対象物を消し飛ばす呪文。

そのポップの魔法を最後に戦闘が終了した為、ダイを始めとする他のメンバーの戦いは殆ど見ていない。

その上、戦闘終了後に指示を出していたのもポップだった。

おかげで、パプニカ勇者一行の中で一番印象に残ったのは、ライバル意識を持っていたダイではなくポップだ。

「あ」

そこまで考えて、ノヴァはふと疑問を思い出した。

「どうした?」

「そう言えば、君、仲間以外には指示を出してなかったよね」

これにポップは、少々皮肉気に微笑った。

「俺を知らない奴が、俺の指示に素直に従うと思うか?」

「それは…」

言葉に詰まる。ノヴァ自身、ポップの実力を目の当たりにしなければ、従おうなんて欠片も思わなかっただろう。

10代の少女に指示される事自体、それこそ「屈辱」と取る大人は多い。そこまでは行かずとも、不快感を覚える者が殆どに違いない。

「そりゃ現場にいたのは俺だけど、姫さんに任せた方が丸く収まるだろ?」

自身も貴族であるノヴァには、その裏の意味が理解できた。

しかしあの状況の中で、そこまで思考を巡らせられるポップに驚く。彼女の仲間が、その指示に全く異を唱えなったのも納得がいく。

ノヴァは小さく息を吐いた。

「何だか…戦闘だけじゃなく、色々完敗した気分だよ」

「?」

流石にこれは理解が追い付かないのか、不思議そうな表情するポップに、ノヴァは苦く微笑った。

「解らなくていいよ。これはボクの個人的な感情だから」

「ふぅん?」

小首を傾げながらも、追求する気は全くないらしい。

「俺はノヴァも大したもんだと思うけど」

「ボクが?」

極く素直な口調で言われて、ノヴァも首を傾げる。初対面から約半日。自分で言うのも凹むが、彼女達に所謂「いい所」を見せた覚えはないのだ。

「んー、何ていうのかな。結局『勇者』って呼ばれる人間は根が似てるのかなって」

柔軟性に富んでいると言うか、他者を認めるのに屈託がないと言うか。

「幾ら戦闘力の差を思い知ったからって、たった半日でここまで態度や考え方を変えられるなんて、普通ないぜ?」

それまでの自信が大きければ、大きい程に。

「…そう、かな」

「うん。それに『勇者』ってのは、戦闘力が全てじゃないだろ?」

けれど、これには流石に頷けない。

勇者の価値は戦闘力が第一ではないのか。強さがなければ、守りたいもの、守らなければならないものも、守れない。それに弱い人間を勇者とは呼ばないだろう。

自分の言葉に自分で凹みながらそう言うと、ポップはまた肩を竦めた。

「それもそうだけど、リンガイアの人達はノヴァを勇者だって呼んでるんだろ。なら、認められてるって事じゃないのか?」

「地域限定だけどね」

ダイとは違う。

結局、自分はその程度なのだろう、と自嘲する。

するとポップはミスティカを包んでいる布で、ポフンとノヴァの頭を叩いた。そうする事で、また爽やかな香りが広がる。

「な、何?」

痛みは全くないが、頭を叩かれると言う行為に少々ムッとする。

「あのさ。それってお前を勇者だと言ってくれる人達への侮辱だぜ」

「そんな事は」

「そりゃ落ち込むのも無理ないけど…俺としては地域限定ってより、独占欲と言うか自慢と言うか、そんなのも入ってんじゃないかと思ってんだよ」

「…?それって、どういう?」

ノヴァが怪訝な表情になる。少しばかりきょとんとしたそれは今までより幼く見えて、ポップは小さく微笑った。

「北の、つまり北国であるリンガイアの、自分達の勇者だって強調したいんじゃないのかなって」

今までにない解釈に、ノヴァは目を丸くした。

自分でそんな風に思った事もなければ、誰かに言われた事もない。ただの慰めだとしても、何となく心が浮き立つのを感じる。

“やっぱり、頭いいんだな”

物事の見方が違う。それこそ思考の柔軟性が凄い。

「勇者ってのは希望だろ。こいつが居れば何とかなるっていう」

その為には戦闘力があるに越した事はないけれど、それが全てではない筈だ。

「ダイだって、最初から強かった訳じゃない。てか、誰だってそうだろ?自分の絶望に負けんなよ」

「そう、だね。ありがとう」

「結構きつい事言ったと思うけど?」

「いや、必要な事だったよ」

「そっか。役に立ったんならいいや」

言って、ポップは立ち上がった。同時にレミーラの光球もその分だけ上に上がる。その光に照らされた漆黒の髪が、やけに艶めいて見える。

「俺はそろそろ戻るけど、ノヴァはどうする?」

「見回りって言ってきたから、それはちゃんとやるよ」

答えながら、ノヴァも立ち上がる。

「ふぅん。持ってくか?」

だったら、もう一個作る。

レミーラの光を指さしてのポップの申し出を、ノヴァは素直に受け取った。初対面は最悪だったが、彼女本来の優しさがよく解ったから。

「消す時はどうするんだい?」

「今の段階だと、30分位で消える。魔法力を足せばそれだけ持つし、短くしたければ少し抜くよ」

やたら器用な事を言ってのけるポップに、少々驚く。

凄まじい威力の攻撃魔法のコントロールもさる事ながら、こう言う細かいコントロールもまた難しいのに、事もなげにやれるのが凄い。

「それじゃ」

「ポップ」

そのままでいい、と言おうとした所に第三者の声が重なった。

「ヒュンケル」

夜の闇にもよく目立つ銀の髪が印象的な戦士の登場に、一瞬ノヴァは奇妙な苛立ちを感じた。

“あれ?”

こんな感情を持ったのは初めてで、自分で戸惑う。

確かにポップは、今までノヴァの周りにはいなかったタイプの少女だ。落ち込んでいるところへアメとムチを同時に与えられ、更に初対面時と戦闘時との落差に、自覚もない内にポップの存在が心に入り込んでいたらしい。

「どうしたんだよ」

「ダイが捜していたぞ」

「姫さんとこに行くって言ってたけど?」

「なら、その用事が終わったんだろう」

それを聞いて、ポップは小さく溜息を吐いた。

「ポップ?」

「いや、うん…何かイメージ良くないかなって」

そんな会話をしている二人を見ながら、何時までもここに突っ立っている訳にもいかないと、ノヴァはポップの視界に入る位置でヒラリと手を振った。するとポップは小さく頷き、同じようにヒラリと手を振った。

少しばかり後ろ髪を引かれるような思いを抱えつつ、ノヴァはその場を後にした。






二人のこのやり取りを見たヒュンケルも、微かな苛立ちを覚えていた。ただ、それを表に出す程、ヒュンケルは幼くなかった。

「イメージが良くないとは?」

「魔法使いが傍にいないと落ち着かない勇者って、第三者から見てどうよ?」

パプニカでは微笑ましいみたいに見て貰えたけど。

「あいつはお前が好きなんだろう」

だったら、傍にいたいと思うのは当たり前ではないのかと言うヒュンケルに、ポップはまた溜息を吐いた。

「そういう個人的感情を最優先させるのが問題なんだって」

「そうか?」

「え?」

「オレは人の感情に聡い方ではないが…その『個人的感情』が大切な者を守りたいと言う思いになり、戦う理由と原動力になるものではないのか?」

「ヒュンケル…」

「こういう事はお前が一番よく解っていると思っていたが、違うのか?」

「それ、は否定しない。だけど」

どう言えばいいのかと、珍しく言葉が出てこないポップを見て、ヒュンケルはその小さな頭に手を乗せた。

「え、何…?」

「お前は何を恐がってるんだ?」

この言葉にポップは知らず息を呑んだ。人の感情に聡くないと言いながら、何を言い出すのか。

「俺に幸せになる事を恐がるなと言ったお前が」

「ヒュンケル!」

宥めるように頭の上に乗せられた手を払いのけ、それ以上は許さないと言うように睨みつける。

その表情を見て、ヒュンケルは瞠目した。

そこにいたのは、勇者一行の魔法使いでも、策士でもない、ただの少女。恐らくは全てを取り払った、ポップの、真実素の姿。

自分がポップの地雷を踏んだのは確実だ。

だが、どうしたここまで。

ポップは微かに震える唇を一度きつく噛み締めた。

「ごめん…忘れて、くれ」

「ポップ!」

身体能力で遥かに上回るヒュンケルは、けれど駆け去ったポップを追う事が出来なかった。
ポップが「何か」を抱え込んでいるのは、ヒュンケルにも解っている。けれどそれが何なのか、皆目見当がつかない。

“ポップ…”

夜目に鮮やかな黄色いバンダナがひらめく様が、ヒュンケルの目に焼き付いた。






ポップは自分に割り当てられた部屋に入ると、ドアを背にそのまま座り込んだ。

“バカか、俺はっ!”

幾ら虚を衝かれたにしても、あんな反応をするなんてどうかしている。

一部分とはいえレオナ達に話した事で、もしかしたら何処か気が緩んでいたのかもしれない。

“もう少し、だから…”

ミスティカの香りが、ほんの僅か心を落ち着かせてくれる。

“そうだ…ダイ…”

ポップはフラリと立ち上がった。

元々ヒュンケルは、ダイの為にポップを捜していたのだから。

“俺の、光――――どうか”

自分がいなくなっても、そのままで。

真っ直ぐで、純粋で、優しい、皆の太陽のような存在で、いて欲しい。                       END


 彼方様から頂いた、素敵SSです! 今回は死の大地へ向かう特訓辺りから、北の勇者ノヴァの登場までとボリュームたっぷり版です♪ しかし、ダイは言うに及ばず、ヒュンケルと言い、故郷の村の友人達といい、親衛隊メンバーと言い、北の勇者ノヴァ君と言い、みんながポップにらぶらぶになっているような(笑)しかも、みんながみんな、揃いも揃って嫉妬深い系(笑) 

 でも、ポップ本人は恋愛感情は持ちたくないと決めているような感じで、かえってダイとギクシャクしている様な気がしますね〜。特に今回はいいところを思いっきりかっさらわれッ放しの上、迷子のままで終わっている勇者様がすっごく不憫でなりません。フ、フレーフレー、ファイトーっ(笑)

 


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