『四界の楔 ー北の勇者編 6ー』 彼方様作 |
“最初の一手で躓いた感じだよなぁ” ここから先がレオナやバウスン、指導者層の人間の腕の見せ所だろう。 “ま、それはともかく…” 畔にしゃがみ込むと、当初の目的である野草を摘み始める。プチプチと摘むごとに爽やかな香りが広がる。 「君…ポップ?」 「ノヴァ?何かあったのか?」 「いや、光が見えたから」 地面に座り込んでいるポップの、頭上1m程、丁度ノヴァの目線位にフワフワと浮かんでいる光の玉。 「これも魔法なのか?」 「レミーラって言うんだ。便利だろ」 「確かにそうだけど…」 「…ノヴァ?」 何故だか戸惑った風なノヴァを、ポップがきょとりと見上げる。その妙に幼げな仕種と表情に、ノヴァが微かに赤面する。初対面から親衛騎団との戦闘までで見せた姿とのギャップが凄い。 「いや…君達は誰にでもそうなのかい?」 「何の事だ?」 「自分で言うのもアレだけど、ボクの態度は相当酷かったと思う。それでいてあの惨敗。なのに、君達の誰も何も言わない」 返ってそれが居心地が悪くて、見回りと称して外へ出た所でこの光を見付けたのだ。 「一緒に戦う仲間だろ?態々険悪な関係になる事もないんじゃないか?」 「まぁ、それは」 正論だ。 ただ、もし立場が逆だったなら、自分は彼らのように何の蟠りもなく受け入れられたか、と考えると―――より尊大な態度をとるようになった気がする。 「それに、俺も助けられたし」 ありがとな、と微笑うポップの表情は言葉とは裏腹に、非常に少女らしく可愛らしい。 「君は、何でそんな言葉で話すんだい?」 「あ―。やっぱ気になるか。ちょっと理由があって最近まで男として生きてきたんで、流してくれると有難いんだけど」 「男としてって、無理があるんじゃ…モシャス?」 「そ」 とりあえず、かいつまんで簡単に説明する。 「……まぁ、人の生い立ちにとやかく言うつもりはないけど」 「それでいいさ。んで、どうする?」 「え?」 「まだいるつもりなら、そろそろ座って欲しい」 首が痛い、と言うポップに、ノヴァは数秒逡巡した後、ポップが摘んだ野草を置いている布を間に挟んで座った。 「ところで、何をしてたんだい?」 「これ、解らないかな?」 野草の一本をノヴァの顔の前でフルフルと振る。するとまた鼻を通る清涼な香りが広がる。 「ミスティカ?」 「ああ。生を見るのは初めてか?」 「そうだね。茶葉になってるのしか見た事ないな」 綺麗な水辺でしか育たず、人工栽培が難しいミスティカのハーブ・ティーは嗜好品の中でも高級な部類に入る。 「お茶にするだけじゃなくて、肉や魚の匂い消しにも使えるし、クッキーやマフィンの生地に練り込んでもいいぜ」 「良く知ってるね」 「まぁな。こう言う状況だから、少しの余裕って必要だろ」 ハーブ・ティーに加工する時間や手間までは、流石に掛けられないけど。 自生している1/3程を摘んだところで、布に包む。 「それも大事だけど、女の子が夜中に一人で出歩くのは控えた方がいいと思うよ」 「今の状況で、魔王軍が来る事はないと思うぜ」 「……そうじゃなくて」 まるで世間知らずの箱入り娘にでも説明するかのように、女の子の夜の一人歩きの危険性をとくとくと説明するノヴァに、ポップは瞬きして小首を傾げた。 「師匠にも似たような事言われたけど…俺みたいなのを襲いたがる男がいるのか?」 そのあんまりな言葉に、今度はノヴァが瞬きした。 男として生きてきたとは言うが、ここまで「女として」の自己評価が低いとは。 確かにポップは華やかさには欠けるものの、十分に「美少女」と言っていい容姿だ。それにスタイルも、少々細すぎるとはいえ、全体で見れば成長途中の少女としては並以上だ。 「えーと。実感はなくても、用心するに越した事はないと思うよ」 「そういうものか?」 「そういうものだよ」 それでもまだ怪訝な表情しているポップを見て、「よく今まで無事だったな」と思ってしまう。 「君が一流の魔法使いだって事はもう解ってるけど、やっぱりそれとは違う問題だし」 「…認めるんだ」 初対面でのやり取りを持ち出したポップに、ノヴァは苦笑した。 「まぁ、アレで認めなきゃただのバカだし。それに…」 ノヴァはそこで一度言葉を切って、頭をかいた。 「一つ言い訳させて貰えるなら」 「ん?」 「やっぱり男としては、女の子が危険な場所に出るのは避けたい」 「大人しく守られてろって?」 「そうだね。尤も、君達はそれに屈辱を感じるみたいだけど」 また苦笑するノヴァを見て、ポップは肩を竦めた。そういう風に考える男が多くいる事は知っている。恐らくそれが、本能の一部分であるのだと言う事も。 「屈辱って言うか、男でも女でも出来る奴がやればいいって、さ」 「成程ね」 そして確かにポップの力は桁違いだった。 ノヴァが目を覚ましたのも、ポップの強烈な魔法力の波動のせいだった。見た事も聞いた事もない、対象物を消し飛ばす呪文。 そのポップの魔法を最後に戦闘が終了した為、ダイを始めとする他のメンバーの戦いは殆ど見ていない。 その上、戦闘終了後に指示を出していたのもポップだった。 おかげで、パプニカ勇者一行の中で一番印象に残ったのは、ライバル意識を持っていたダイではなくポップだ。 「あ」 そこまで考えて、ノヴァはふと疑問を思い出した。 「どうした?」 「そう言えば、君、仲間以外には指示を出してなかったよね」 これにポップは、少々皮肉気に微笑った。 「俺を知らない奴が、俺の指示に素直に従うと思うか?」 「それは…」 言葉に詰まる。ノヴァ自身、ポップの実力を目の当たりにしなければ、従おうなんて欠片も思わなかっただろう。 10代の少女に指示される事自体、それこそ「屈辱」と取る大人は多い。そこまでは行かずとも、不快感を覚える者が殆どに違いない。 「そりゃ現場にいたのは俺だけど、姫さんに任せた方が丸く収まるだろ?」 自身も貴族であるノヴァには、その裏の意味が理解できた。 しかしあの状況の中で、そこまで思考を巡らせられるポップに驚く。彼女の仲間が、その指示に全く異を唱えなったのも納得がいく。 ノヴァは小さく息を吐いた。 「何だか…戦闘だけじゃなく、色々完敗した気分だよ」 「?」 流石にこれは理解が追い付かないのか、不思議そうな表情するポップに、ノヴァは苦く微笑った。 「解らなくていいよ。これはボクの個人的な感情だから」 「ふぅん?」 小首を傾げながらも、追求する気は全くないらしい。 「俺はノヴァも大したもんだと思うけど」 「ボクが?」 極く素直な口調で言われて、ノヴァも首を傾げる。初対面から約半日。自分で言うのも凹むが、彼女達に所謂「いい所」を見せた覚えはないのだ。 「んー、何ていうのかな。結局『勇者』って呼ばれる人間は根が似てるのかなって」 柔軟性に富んでいると言うか、他者を認めるのに屈託がないと言うか。 「幾ら戦闘力の差を思い知ったからって、たった半日でここまで態度や考え方を変えられるなんて、普通ないぜ?」 それまでの自信が大きければ、大きい程に。 「…そう、かな」 「うん。それに『勇者』ってのは、戦闘力が全てじゃないだろ?」 けれど、これには流石に頷けない。 勇者の価値は戦闘力が第一ではないのか。強さがなければ、守りたいもの、守らなければならないものも、守れない。それに弱い人間を勇者とは呼ばないだろう。 自分の言葉に自分で凹みながらそう言うと、ポップはまた肩を竦めた。 「それもそうだけど、リンガイアの人達はノヴァを勇者だって呼んでるんだろ。なら、認められてるって事じゃないのか?」 「地域限定だけどね」 ダイとは違う。 結局、自分はその程度なのだろう、と自嘲する。 するとポップはミスティカを包んでいる布で、ポフンとノヴァの頭を叩いた。そうする事で、また爽やかな香りが広がる。 「な、何?」 痛みは全くないが、頭を叩かれると言う行為に少々ムッとする。 「あのさ。それってお前を勇者だと言ってくれる人達への侮辱だぜ」 「そんな事は」 「そりゃ落ち込むのも無理ないけど…俺としては地域限定ってより、独占欲と言うか自慢と言うか、そんなのも入ってんじゃないかと思ってんだよ」 「…?それって、どういう?」 ノヴァが怪訝な表情になる。少しばかりきょとんとしたそれは今までより幼く見えて、ポップは小さく微笑った。 「北の、つまり北国であるリンガイアの、自分達の勇者だって強調したいんじゃないのかなって」 今までにない解釈に、ノヴァは目を丸くした。 自分でそんな風に思った事もなければ、誰かに言われた事もない。ただの慰めだとしても、何となく心が浮き立つのを感じる。 “やっぱり、頭いいんだな” 物事の見方が違う。それこそ思考の柔軟性が凄い。 「勇者ってのは希望だろ。こいつが居れば何とかなるっていう」 その為には戦闘力があるに越した事はないけれど、それが全てではない筈だ。 「ダイだって、最初から強かった訳じゃない。てか、誰だってそうだろ?自分の絶望に負けんなよ」 「そう、だね。ありがとう」 「結構きつい事言ったと思うけど?」 「いや、必要な事だったよ」 「そっか。役に立ったんならいいや」 言って、ポップは立ち上がった。同時にレミーラの光球もその分だけ上に上がる。その光に照らされた漆黒の髪が、やけに艶めいて見える。 「俺はそろそろ戻るけど、ノヴァはどうする?」 「見回りって言ってきたから、それはちゃんとやるよ」 答えながら、ノヴァも立ち上がる。 「ふぅん。持ってくか?」 だったら、もう一個作る。 レミーラの光を指さしてのポップの申し出を、ノヴァは素直に受け取った。初対面は最悪だったが、彼女本来の優しさがよく解ったから。 「消す時はどうするんだい?」 「今の段階だと、30分位で消える。魔法力を足せばそれだけ持つし、短くしたければ少し抜くよ」 やたら器用な事を言ってのけるポップに、少々驚く。 凄まじい威力の攻撃魔法のコントロールもさる事ながら、こう言う細かいコントロールもまた難しいのに、事もなげにやれるのが凄い。 「それじゃ」 「ポップ」 そのままでいい、と言おうとした所に第三者の声が重なった。 「ヒュンケル」 夜の闇にもよく目立つ銀の髪が印象的な戦士の登場に、一瞬ノヴァは奇妙な苛立ちを感じた。 “あれ?” こんな感情を持ったのは初めてで、自分で戸惑う。 確かにポップは、今までノヴァの周りにはいなかったタイプの少女だ。落ち込んでいるところへアメとムチを同時に与えられ、更に初対面時と戦闘時との落差に、自覚もない内にポップの存在が心に入り込んでいたらしい。 「どうしたんだよ」 「ダイが捜していたぞ」 「姫さんとこに行くって言ってたけど?」 「なら、その用事が終わったんだろう」 それを聞いて、ポップは小さく溜息を吐いた。 「ポップ?」 「いや、うん…何かイメージ良くないかなって」 そんな会話をしている二人を見ながら、何時までもここに突っ立っている訳にもいかないと、ノヴァはポップの視界に入る位置でヒラリと手を振った。するとポップは小さく頷き、同じようにヒラリと手を振った。 少しばかり後ろ髪を引かれるような思いを抱えつつ、ノヴァはその場を後にした。 二人のこのやり取りを見たヒュンケルも、微かな苛立ちを覚えていた。ただ、それを表に出す程、ヒュンケルは幼くなかった。 「イメージが良くないとは?」 「魔法使いが傍にいないと落ち着かない勇者って、第三者から見てどうよ?」 パプニカでは微笑ましいみたいに見て貰えたけど。 「あいつはお前が好きなんだろう」 だったら、傍にいたいと思うのは当たり前ではないのかと言うヒュンケルに、ポップはまた溜息を吐いた。 「そういう個人的感情を最優先させるのが問題なんだって」 「そうか?」 「え?」 「オレは人の感情に聡い方ではないが…その『個人的感情』が大切な者を守りたいと言う思いになり、戦う理由と原動力になるものではないのか?」 「ヒュンケル…」 「こういう事はお前が一番よく解っていると思っていたが、違うのか?」 「それ、は否定しない。だけど」 どう言えばいいのかと、珍しく言葉が出てこないポップを見て、ヒュンケルはその小さな頭に手を乗せた。 「え、何…?」 「お前は何を恐がってるんだ?」 この言葉にポップは知らず息を呑んだ。人の感情に聡くないと言いながら、何を言い出すのか。 「俺に幸せになる事を恐がるなと言ったお前が」 「ヒュンケル!」 宥めるように頭の上に乗せられた手を払いのけ、それ以上は許さないと言うように睨みつける。 その表情を見て、ヒュンケルは瞠目した。 そこにいたのは、勇者一行の魔法使いでも、策士でもない、ただの少女。恐らくは全てを取り払った、ポップの、真実素の姿。 自分がポップの地雷を踏んだのは確実だ。 だが、どうしたここまで。 ポップは微かに震える唇を一度きつく噛み締めた。 「ごめん…忘れて、くれ」 「ポップ!」 身体能力で遥かに上回るヒュンケルは、けれど駆け去ったポップを追う事が出来なかった。 “ポップ…” 夜目に鮮やかな黄色いバンダナがひらめく様が、ヒュンケルの目に焼き付いた。 ポップは自分に割り当てられた部屋に入ると、ドアを背にそのまま座り込んだ。 “バカか、俺はっ!” 幾ら虚を衝かれたにしても、あんな反応をするなんてどうかしている。 一部分とはいえレオナ達に話した事で、もしかしたら何処か気が緩んでいたのかもしれない。 “もう少し、だから…” ミスティカの香りが、ほんの僅か心を落ち着かせてくれる。 “そうだ…ダイ…” ポップはフラリと立ち上がった。 元々ヒュンケルは、ダイの為にポップを捜していたのだから。 “俺の、光――――どうか” 自分がいなくなっても、そのままで。 真っ直ぐで、純粋で、優しい、皆の太陽のような存在で、いて欲しい。 END 彼方様から頂いた、素敵SSです! 今回は死の大地へ向かう特訓辺りから、北の勇者ノヴァの登場までとボリュームたっぷり版です♪ しかし、ダイは言うに及ばず、ヒュンケルと言い、故郷の村の友人達といい、親衛隊メンバーと言い、北の勇者ノヴァ君と言い、みんながポップにらぶらぶになっているような(笑)しかも、みんながみんな、揃いも揃って嫉妬深い系(笑) でも、ポップ本人は恋愛感情は持ちたくないと決めているような感じで、かえってダイとギクシャクしている様な気がしますね〜。特に今回はいいところを思いっきりかっさらわれッ放しの上、迷子のままで終わっている勇者様がすっごく不憫でなりません。フ、フレーフレー、ファイトーっ(笑)
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