『四界の楔 ー北の勇者編 5ー』 彼方様作


メドローアの威力は凄まじかった。

親衛騎団のみならず、その背後にあった山の一角も消滅させていた。

“あ…”

それを見たポップの表情が沈む。そこにあった木々や、生きていただろう動物や鳥達の命をも、一瞬で消し去った事実に。

きつく唇を噛む。

頭での理解と、使用後の実感は別物だ。

この時初めて、ポップはメドローアの恐ろしさを芯から理解した。あのマトリフでさえ「おっかない」と言った意味。

反射されれば、仲間を巻き添えにすると言うだけではない。

破壊ではなく対象物を消滅させるメドローアは、当たったら最後、確実に死をもたらす。生き残る術がない、その取り返しのつかなさ。

“だから経験値足らずの、頭でっかちだって言われるんだよ!”

だがその後悔は長くは続かなかった。

「うわっ」

「凄いや、ポップ!」

ダイが後ろから、タックルに近い勢いで抱き着いてきたからだ。そしてまたクロコダインも、先日と同じようにポップの頭を撫で回す。

「これ程の大呪文を身に付けるとは、大したものだ。あの強敵を一掃するとは」

「俺一人の力じゃないさ」

自身の後悔などおくびにも出さず、笑顔で答える。

実際、クロコダインのサポートなしでは成し得なかった事だ。

「でも本当に凄いわ」

あの時ポップが火傷しながらも特訓していた呪文が、これだったのだ。

「ああ。オリハルコンをものともしない呪文があるとはな」

ヒュンケルが親衛騎団がいた辺りを眺めながら、感慨深げに呟く。一撃必殺と言う意味では、グランド・クルスより上かも知れない。

「っ!?」

だがその刹那、ヒュンケルの表情が変わった。

それとほぼ同時に、ポップもバッとそこへ視線を向ける。

「ポップ!?」

「何で…っ!」

的は外していない。直撃したのに、この気配は何だ。

「いる」

ヒュンケルが小さく呟く。

パーティ全員の視線が、そこに集中する。その彼らの前で瓦礫の崩れる音と共に、ほぼ無傷の親衛騎団が姿を現す。

「危なかった。大した魔法使いじゃねぇか」

ハドラー様が気にかけているだけの事はある、と、ヒムは先程のフェンブレンと似たような事を言った。

元々彼らは、幾ら主であるハドラーの言葉があったとしても、魔法使いが自分達に対して戦力になるとは考えてはいなかった。だが、その魔法使いこそが切り札を持っていたのだ。

一見、戦場にいる事すら信じられない華奢な少女。

事実、つい先日ヒムが初めて姿を見た時は今にも事切れそうに見えたのに。

「流石は勇者一行。誰一人油断は出来ないと言う事ですか」

アルビナスが冷静さを崩さないまま呟く。

だが内心は穏やかではない。ただの小娘と侮っていた少女が、これ程の力を内包しているなど、認めたくない事実だった。そしてメドローアより前に見せた戦術の組み立ても。

“もしかしたら、一番厄介な存在かもしれませんね”

「大丈夫か、ブロック」

その二人の後ろから、仲間を気遣うシグマの声がする。

「彼が自重を活かして我々を埋めてくれなかったら、全滅でしたね」

ブロックの体の背面は、鏡のように綺麗に削り取られていた。

それを見て、ダイ達は息を呑んだ。己が犠牲になるのを覚悟の上で、仲間を助ける為に躊躇いなく行動する。

それが出来る、意味。

そこにいた全員が思い至った瞬間、ポップは無言で再びメドローアを練り上げた。

しかし。

「二度目はないよ」

ポップがメドローアを放つより早く、シグマがシャハルの鏡を拾い不敵に笑った。

「私のプライドにかけて、もうあの呪文は撃たせない」

宣言したシグマに、ポップは小さく舌打ちするとメドローアを解除した。確かに、少なくとも今の状況ではもうメドローアは撃てない。

そしてもう一度仕切り直しかと言う時に、ハドラーが現れた。

選別を行ったと。

今、この場に自力で立っていない者に資格はないと。

「待っているぞ、ダイ。他の仲間達も、な」

ハドラーの姿が掻き消え、親衛騎団のメンバーもまた、戦意を収める。その中でも最も好戦的な性格なのだろうヒムが、ヒュンケルへの敵対心を露わにする。

だが去って行った彼らの視線が、最後に捉えていたのはポップだった。

「随分とまぁ、上から目線で言ってくれるもんだぜ」

確かに実力的には言われても仕方ないのかもしれないが、その為の被害の大きさを思うと怒りも湧く。

けれど、今優先すべき事は一つだ。

「マァム、魔法力は残ってるよな」

「ええ。キアリーしか使ってないから。でも…」

任せてと言い切れないのは、元から魔法力の総量が少ないせいだ。するとポップは左手の手袋を外し、中指に嵌めていた指輪を外した。

「これ…?」

「祈りの指輪。使い方は解るよな?」

「わ、解るけど…何処でこんな貴重なもの」

「師匠からの餞別。何せメドローアは魔法力をバカ食いするから」

「でも、それならポップが持ってた方が」

「使うべき時に、使う。それだけだ」

「―――解ったわ」

漸くマァムが頷く。

マトリフがポップに贈った物に違いないが、あのマトリフがポップ以外の者が使用するのを禁じる訳がない。

マァムやダイ―――あるいはそれ以外の者が使用しても、一向に気にすまい。そう、ポップが必要だと判断した上での事ならば。
「おっさんとヒュンケルは、この辺を片付けて…使える布なんかがあれが敷いててくれ。俺は怪我人を運んでくる」

「ど、どうやって?」

まだポップから指示が飛ばず、その上ポップの力では人を、それも大人を運べる筈がないと知っているダイが口を挟む。

「何の為のトベルーラだよ。5〜6人位なら、一度に運べる」

あっさり言われて、自分一人で飛ぶのが精一杯なダイは目を剥いた。一体、ポップは何処までレベル・アップしているのだろう。

「ダイ。お前は戻って姫さん達に戦闘が終わった事を伝えてくれ。姫さんの事だから、戦闘終了後に必要な準備はもうしてる筈だ。事後処理はあっちに任せた方がいい」

「解った」

自分だけ、この場、と言うかポップから離れなければならないのは不満だったが、能力的にはこれが最適なのは解る。

「すぐ戻ってくるから」

「ああ。けど向こうについたら、姫さんの指示に従ってくれ」

「―――うん」

ダイは僅かに表情を曇らせたが、すぐに頷いた。

正直、こう言う時に自分の判断で的確に動ける自信はない。勝手に動いてポップやレオナ達に迷惑をかける位なら、ポップと共に行動出来ない不満を呑み込む位の自制心はある、つもりだ。

そうしてダイが去った後、ポップ達がそれぞれ動き出そうとした所へ、不意に声がかけられた。

「ボクにも…出来る事はあるか?」

「ノヴァ」

ポップが瞬きする。

大事はないと判断したものの、この短時間で目を覚ますとは思っていなかったのだ。

「なら、ヒュンケル達を手伝ってくれ」

人手はあるに越した事はない。意地や見栄からの申し出であろうとも助かるし、そういう男の矜持をバカにするつもりもない。

「じゃ、ここは頼むぜ」

言って、フワリと浮き上がる。

「本当に大丈夫なのか?」

ポップの姿が見えなくなると、クロコダインが気遣わしげに声をかける。

「そこまで虚弱じゃない」

それでもノヴァはつっけんどんに言うと、三人に背を向け、まだ僅かなりと原形を留めている家の中に入っていく。

その態度に、クロコダインは怒るでもなく「若いな」と苦笑した。

自身とダイ達の力の差は認めざるを得ないし、負傷者救助を行うのにも異論はないが、まだ素直にはなりきれないのだろう。
けれど、ノヴァのそんな心理はクロコダインから見れば、微笑ましいレベルのものだ。

「さて、オレ達も始めるか」

「ああ」

「任せて」

今度こそ三人は行動を開始した。






一方、ダイに報告を受けたレオナ達は、一気に動き出した。

そうして慌ただしい時間が過ぎ、事後処理が終わる頃には既に日はトップリと暮れていた。

本来であれば、大まかにでも今後の方針を決めなければならないのだが、流石に皆疲れ切っており、特に親衛騎団に手も足も出なかった者達は精神的なダメージが大きかった為に、会議は明日の朝にやる事となった。

「ねぇ、レオナ」

「何?あ、部屋割りの事なら、流石にパプニカにいた時みたいにポップ君と同室には出来ないのよ」

「え?いや…それじゃなくて」

レオナの仕事が終わるのを待っていたダイは、書類の山が一つになり、彼女がペンを置いたのを見て声をかけたのだが、機先を制するように言われた事に肩を落とす。

一応その事については、あの日救護室でダイなりに覚悟していたから、残念ではあるが文句を言うつもりはない。

「昼にさ、おれがポップの伝言を伝えた時に、『流石ね』って言ってただろ。あれってどういう意味?」

「……事後処理をあたしに一任した事よ」

ポップの傍にいるより、その疑問について尋く事を優先したダイに、レオナは非常に微妙な気持ちになった。

彼なりにポップを理解しようとしているのだろう。

あの話を聞く前なら、嫉妬しか感じなかった筈だ。

けれど、今は。

―――俺に執着したって後で苦しいだけ

まるで悲鳴のようだった。

“一番苦しいのは、貴女なんでしょ?”

極く親しい、一部の人間しか知らず、感謝を受ける事もなく、世界の礎として眠り続ける人生に、何の救いがあるだろう。

「心が強い」と言うのは、素晴らしい事だと思っていた。

いや、普通はそうなのだ。

なのに、彼女の強さは、何て、哀しい。

「レオナ?」

急に黙ってしまったレオナに、ダイが不思議そうに声をかける。

「あ、ごめんなさい」

「疲れてる?」

考えてみれば当然だ。

パプニカから長距離移動の直後にサババの情報が入り、報告を受けたり指示を出したりするだけでなく、回復魔法のスペシャリストとしても動き回っていた。
レオナは体力的には普通の女の子なのだから、疲れていない筈がない。

「大丈夫よ」

「じゃ、いい?」

「勿論よ」

レオナがダイにも理解出来るよう、事細かに説明する。

各国が協力しての事とはいえ、直接参加している「王族」はレオナだけ。それも魔王軍に壊滅的な打撃を受けながらそれを退け、既に復興を始めているパプニカの、だ。

そのレオナの能力を直接知らしめ、実績とさせる為。

また同じ内容の指示を出すにしても、王女のレオナと一介の魔法使いのポップでは、相手の受け止め方が違う。それが10代半ばの少女であれば尚更、解り易い「権威」がある方が大人の男は受け入れやすいのだ。

「ポップって…あんな時にそこまで考えてたんだ」

「それはちょっと違うわね」

「え?」

「その時に考えついたんじゃなくて、元々そう言う計算を常にしてる人なのよ、ポップ君て」

その時々の最善は何か。

それが無理なら、次善をどうするか。

最悪を避ける為にはどうするか。

意識せずとも、頭の片隅で考える事が出来る人なのだ、彼女は。

「本当に頭いいんだね」

解ってはいた事だが、ここまでとは。

「そうね。薬草のレシピをオリジナルにアレンジできる事と言い、結構万能よね」

暗黒闘気に関してもそうだ。

一体何を思って、そこまでの知識を身に付けたのか。自分の「人生」は短いと知りながら。

「教えてくれてありがとう、レオナ。ゆっくり休んで」

「ええ、ダイ君も」

ダイが部屋を出て行くと、レオナは一つ溜息を吐いた。

ポップは最後まで、ダイには何も話さないつもりでいる。自分達も全てを聞いたなどと自惚れてはいない。

彼女は「その時」が来たら、黙って姿を消すつもりでいるのか。それとも有無を言わさない形で「世界の狭間」とやらに引きずり込まれるのか。

ただ彼女がいなくなる事だけは、確定している未来。

“話すにしても、話さないにしても…誰も傷付かないなんてない”

それでも「間違い」だとは、思わない。彼女が自分達と共に在る事を幸せだと感じているのなら尚の事。

ただ、ダイの恋が叶う事はないだろう。

あの時、ポップが最初にレオナの気持ちを確認したのは、自分がいなくなった後のダイを心配しての事の筈だ。

“皮肉なものね”

もしダイがポップに恋心を抱く事なく、勇者と魔法使いの関係のままだったら、返ってポップはダイと距離を置く事はなかったかもしれない。

彼女は「特別」を恐れているから。

話を聞いただけの自分でさえ、こんなに重苦しい気持ちになるのに、本人はどれ程の思いを抱えてきたのか。

『長くて半年』

「その時」が、一日でも遅くなればいい。

                                                                                                                                        《続く》

 

6に続く
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