『四界の楔 ー対話編ー』 彼方様作 |
・ポップが女の子です。 この四点にご注意の上、お楽しみくださいませ♪
船が破壊されている以上、ルーラかトベルーラしか移動手段はない。 だがその呪文の使い手が少ない上、向かう人間もある程度選別しなければ余計な被害が増える。 最初に待っているのは、恐らく昨日たった5人でサババを壊滅させたハドラー親衛騎団。そしてハドラーの言葉を借りるなら、既に選別は終わっている。 即ち、ダイを中心にしたパプニカの5人。 ただそれを聞いたのが、当のダイ達だけである事とその戦闘を見たのがノヴァだけである為、納得出来ない者もいるのだ。 不意を衝かれただけ。 あんな子どもより、自分が弱い筈がない。 そう言う、思い。 だが、そんな意見を抑える者達がいた。 「北の勇者」の名を持つノヴァ。 ロモスの武闘大会の参加者達。 パプニカのサミットの警護についていたアキーム達。 彼らは確かに、自分達を遥かに上回る実力を持っているのだと。 その説得の甲斐があり、選抜メンバーはパプニカの5人に決まった。そうして何とか一段落ついた時、問題が発覚した。 「チウが?」 どうやら功を焦って、先走ったらしい。 魔王軍と戦うだけの実力などない事を、本人だけが理解していない。それを今まで誰も指摘してこなかったのが、仇になった。 「すまん。オレがもっと気を付けていれば」 「おっさんのせいじゃないだろ」 同じ怪物と言う事で、何とはなしにチウの保護者的な立ち位置になっていたクロコダインの謝罪を、ポップはあっさりと否定する。 とはいえ、放っとく訳にもいかない。 ただ他人と一緒に、となると安定して飛べるのはポップの方だ。その上で戦力を等分にする為に、共に行くのはヒュンケルとクロコダインになった。 メルルの占いである程度場所を絞り込めていたおかげで、比較的早くチウを見付ける事が出来た。 「チウ!」 だが、どう見ても無事とは言い難い姿に、慌てて駆け寄る。 彼の周囲に心配そうに、けれどどうする事も出来ずに固まっていた遊撃隊のメンバーが、サッと道を譲る。 「おいっ、チウ!」 「大丈夫か!?」 “―――この傷って…” 毛皮に覆われている為に解り辛いが、チウが負っている傷はいずれも鋭い刃物で切り付けられたものばかりだ。それでいて、致命傷となるような刺し傷は一つもない。これは戦闘ではなく、明らかに一方的に嬲られたものだ。 正直、チウの戦闘力は一般人と大差ない。 いや彼我の実力差を全く計算出来ないのだから、危険度は遥かに上だ。 一度ポップ達に気付いたチウは「とっておきの情報」がどうとか言った後、再び気を失った。 ここでは治療もままならない為、とにかく早く戻ろうと言う事になったが、ヒュンケルが何かに気付いたのか視線を遠くへ投げる。 「ヒュンケル?」 「…ポップ。お前はチウ達を連れて先に戻れ」 「何言って…」 反論しようとしたポップの肌が、ザワリと泡立つ。 “この…気配…?” ある意味、何時も身近に感じている気配によく似ている。けれど彼のそれよりずっと強烈で、荒々しく、なのに重厚さを感じさせるこの気配。 ―――――バラン!! ザッと血の気が引く。 メガンテを仕掛けたのは自分の意志で、後悔もしていないが、心理的な苦手意識はどうしようもない。 「早く戻れ」 焦れたように急かすヒュンケルの声に、ハッとする。 「バカ言ってんな。何の為に残るんだ」 「いいから戻れ。こっちの事は任せろ」 切羽詰ったような声音に、反論の言葉を封じられる。 納得出来ない一方で、チウの治療を考えれば押し問答をしている暇はないとも思う。 そのチウの傷は全て切り傷で、バランの武器も剣ではあるが、少なくともバランは相手を嬲るような戦い方はしない。敵に容赦はしない一方で、そんな残虐性は持ち合わせていないのだ。 “チウを助けたのは――バラン、か?” ともすればバランへの苦手意識と拭いきれない恐怖―――理論や理性で抑えられる範囲を越えている―――で、混乱しそうになる思考を必死で纏める。 「ポップ…!」 その思考を断ち切るように、再びヒュンケルの声が響く。 “ああ、くそっ” 理由を話そうとしないヒュンケルに苛立ちながら、これ以上時間をかけてはチウの方がヤバいと、ポップは一つ条件を叩きつけた。 「一時間だ。それで戻って来なけりゃ、迎えに来る」 「―――ああ」 お互いに妥協する形で、ポップはチウ達を連れてルーラを発動させた。 ルーラの光さえ見えなくなった後、バランが姿を見せる。 「あの娘を先に返したのは、正解だな」 尤も、魔法使いとは思えない鋭さで気が付いていたようだったが。 バランもポップに余計な心理的負担をかける気はない。 ダイの為に命を投げ出した姿が、外見も性格も何もかも違うのに、ソアラを思い出させた。 ただやはり性格の違いからか、守る為にポップはダイを庇うのではなく、バランへの攻撃を選んだ。「危険」の根本排除を目的としたメガンテは、大人しそうな外見とは裏腹の気性の激しさを感じさせた。 結果としてメガンテ自体は彼女の未熟さ(年齢を考えれば無理もないが)故に失敗に終わったが、その想いと覚悟が届いたのか、ダイは記憶を取り戻した。 だが何より驚愕したのは、その後「死んでいる」にも関わらず、ダイを援護する為に魔法を撃った事だ。 一体、どれ程の想いがあればそんな事が可能なのか。 ――――捨てた筈の人の心。 それは他の仲間達にも言える事だったが、最も強く響いたのはやはりポップだった。 そうしてバランは改めてヒュンケル達に向き直った。 チウ達を連れて戻ったポップは、彼の手当てが終わると同時に二人を置いてきた事を問い詰められた。 特に強い調子で詰め寄ったのは、エイミだった。 「どうして置いて来たのよ!」 「いや、俺だってそんなつもりはなかったんだけど」 置いてくる気なんて毛頭なかった。ただ、どうあってもヒュンケルが譲りそうになかったから、ポップが引いたのだ。そういう意味では責められる謂れはないのだが、結果として「置いて来た」事に違いはないのでそこまで説明はしなかった。 “…エイミさんってヒュンケルが好きなんだったっけ” ふと思い出して、この顕著な反応はだからかと納得する。 ヒュンケルがバラン相手に何をするつもりかは解らない。 だがチウの傷から察するに、あれは恐らく死の大地を守護する親衛騎団の中でも、フェンブレンの仕業だろう。直接対峙した経験から、あれが親衛騎団の中で、唯一フレイザードと似た要素を持っているのが解る。 それを救ったのが推測通りバランなら、余程イレギュラーな事態が起こらない限りは大丈夫な筈だ。 けれど、それも口にする気はない。 結局、二人が戻って来ない限り、何を言っても言い訳にしかならないからだ。 「一時間」 「え?」 「それで戻って来なかったら、迎えに行く事になってる」 ポップの感覚からすればそれでも長い位で、実際は10分は早く戻ろうと思っている。「何か」が起こらない限りは大丈夫だと踏んではいるが、場所は死の大地。 その「何か」が起こる可能性は高い。 一番怖いのは、親衛騎団に発見された時だ。 今現在、バランがこちらと事を構える理由は(恐らく)ないし、こちらもそうだ。それでも親衛騎団に見つかり三つ巴となった場合、どう考えても戦力的には最も不利なのだから。 正直言えば、今すぐにでも向かいたい位だ。 ――――そうして、ポップの不安は最悪な形で的中した。 見るも無残。 そうとしか言いようのないヒュンケルの姿に、ポップは自身の判断を呪った。 「……なんで、こんな」 ポツリと呟いたのは、マァムだったかエイミだったか。 沈鬱な空気の中、ポップがクロコダインを見上げた。その彼はどんな罵倒も受けると言う風情でそこにいた。 「何があったんだ。ヒュンケルがこれ程の重傷で、おっさんが無傷ってどういう事だ」 「ポップ、そんな言い方」 その言い方にマァムが窘めるように二人の間に入るが、当のクロコダインがそれを制する。 「構わん。責められて当然だ」 「でも」 そのやり取りに、ポップは溜息を吐いた。 「何か勘違いしてるみたいだけど、別に責めてるんじゃない」 「どういう事?」 ダイは三人の顔を見ながら、けれど上手い言葉が見つからずにオロオロしている。こんな時に仲間割れなんて、と思うが、ポップは「責めてはいない」と言い切った。 「おっさんがどんな奴かなんて、皆理解ってるだろ。だから、無傷なのがおかしいんだ。普通じゃない事が起こったって考えて当然だろ。―――なぁ、何があった?」 ただ純粋に「事実」の説明のみを求めるポップに、クロコダインもまた小さく息を吐いた。 責められて当然、などと。 ポップの冷静さと聡明さを甘く見ていた。 そして彼女は、それさえも気にしない。 “全く、オレとした事が” 冷静さを欠いていたのは自分の方だ。 クロコダインは一度目を閉じ、出来るだけ克明に、なるべく客観的に、死の大地での事を語った。 「あの人が」 自分の「父親」が、また仲間を傷付けたのかと沈み込むダイに、皆が何を言えばいいのかと考えている所に、ポップの声が響く。 「お前が気にする事じゃない」 「だけど!」 「ヒュンケルが自分で決断した事だ。親衛騎団に見付かったのは不運としか言いようがないけどな」 「ポップ」 「それに―――ヒュンケルも、父子関係には色々思う所がある筈だし…そういうのも察してやれって」 大体クロコダインの説明を聞く限り、「あの時」のような死闘を繰り広げる気は双方なかった筈だ。 バランはダイの為に捨て石になるつもりで。 ヒュンケルは、そんなバランの行動を止めようとして。 どっちが悪い、と言うものでもないのだ。 「エイミさん」 「何、かしら」 竜闘気による傷は、回復魔法が殆ど効かない。けれど、せめて魔法による傷だけでも癒せればと、一心に回復魔法をかけていたエイミは、ゆっくりと振り返った。 その視線は何処となく剣呑で、ヒュンケルを心配するより現状把握を優先させるポップに、それが「魔法使い」としての役目の一環だと解っていても不快感を覚えずにいられないらしい。 だが、ポップはそれにも頓着せずに言葉を紡ぐ。 「急ぎの仕事がなければ、そのままヒュンケルについてて欲しい」 「言われなくてもそうするわ」 淡々とした言い方に、やはりムッとする。 「…あなたはどうするの?」 「作戦を詰める。時間もないし」 「心配じゃないの!?」 「―――ホイミさえ使えない俺がここにいたって、何の意味もない。折角ヒュンケルのおかげで、バランがもうこちらへ牙を向けない状況になったんだ。それを無駄にしたくない」 自分がやるべき事は、ただヒュンケルを心配する事ではないと言い切ったポップから、エイミは思わず視線を逸らした。 今の状況で恋心のみに捕われていた事に気付き、それを恥じたと言うのもあるが、ヒュンケルに対してあれ程真摯に思いをかけていたポップが、彼への思いよりやるべき事を優先させる理性とその意志の力に気圧されたせいだ。 「それに、俺達が行く事はもう決定してるんだ。それを裏切る訳にはいかない」 心配でない筈がない。 けれどずっとヒュンケルと共にいられる状況でも立場でもない。 「だから…エイミさん。俺達の分まで、頼みます」 「ええ。任せて」 真っ直ぐに言われて、今度はエイミも素直に頷く。年下の少女にここまでの覚悟を見せられて、これ以上感情のままに無様を晒したくはないし、ヒュンケルへの想いで負けたくもないのだ。 会議室へ向かう途中、ダイは動きに合わせてフワフワと揺れるポップのケープの裾を引っ張った。 「ダイ?」 「本当に良かったの?」 「ああ。言い方は悪いけど、ヒュンケル一人に時間を使える状況じゃないからな」 それはつまり、状況さえ許せばずっとついていた、と言ってるようなもので。 ポップは情の深い人間だ。 相手がヒュンケルでなくても、似たような反応をするだろうとは想像に難くない。 ただだからこそ、本当の意味での「特別」を勝ち取るのが難しい。 “…ポップって、なんでこんなに” 迷いなく真っ直ぐに判断を下せるのか。 情が深いのに、情より理と利を優先させる事が出来る。 「どうした?ダイ」 「う、ううん。何でもないよ」 「そうか?」 「うん」 正反対の性質を持つポップに、どうすれば友人や仲間ではなく、恋愛対象として興味を持って貰えるのか。 けれど、それこそ今の状況でこんな事は流石に口に出来なかった。 “バーンを倒してからって、決めたんだ” その時には、きっとポップも自分を一人前の男だと認めてくれる筈だから。 《続く》
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