『四界の楔 ー対話編ー』 彼方様作 |
一方で親衛騎団を引き付け、その間にもう一方が海底にある魔宮の門を破壊する。二手に分かれる、という作戦は早々に決まったが、その戦力をどう分けるか、で揉める事になってしまった。 ヒュンケルが抜けた為、戦力的には更に厳しい。 その、終わりの見えない話し合いに終止符を打ったのは、静かな男の声だった。 「私が行かせて貰おうか」 見た目と、身に纏う雰囲気だけで屈強、かつ歴戦の戦士であると解る男の突然の出現に、その場にいた全員が驚く。 だがダイを始め、あの時、あの場にいた者は驚くだけでは済まなかった。 「バラ…ン…」 ポップが小さく男の名を絞り出す。 無意識に、微かに震え出した指先を掌を握り込む事で、無理やりに抑える。 そんなポップの薄い背中を、さりげなくクロコダインが支える。 「おっさん…」 「大丈夫か?」 「ああ…悪い…」 全員の意識がバランに集中していた為、このやり取りに気付く者はいなかった。 「それは…味方になってくれると言う事?」 張り詰めた空気の中、レオナもともすれば震えそうになる声を抑え、バランに問いかける。 「勘違いするな。魔宮の門を破壊するのは、流石の私でも骨が折れる。バーンと戦うのに、力を温存したいだけだ」 感情も、温度もない、淡々とした声。 「だったら」 最終目的が同じなら、味方とは言い切れずとも共に戦える筈だと、一人より多数の方が有利で安全性も増すと、共闘のメリットを語ろうとしたレオナをポップが制する。 「ポップ君?」 「つまりあんたは、あんたの本来の役目を果たす事にした。そう考えていいのか?」 「ああ」 「なら、決まりだ。魔宮の門を砕くのは、あんたとダイに任せる。これ以上は望めない最強タッグだ」 「ポップ!」 またしてもあっさりと判断を下したポップに、ダイが慌てる。 どうしてそんな風に言い切れるのだ。 何だかよく解らない感情が綯い交ぜになって、何処か泣きそうにも見えるダイの顔を見て、ポップは身をかがめて短く耳打ちした。 それに大きく目を見開いたダイに、ポップは柔らかく微笑った。 「本当は…俺が言えた義理じゃないんだけどな」 付け加えられた言葉に、ダイは眩暈を起こすんじゃないかと言う位、激しく首を振った。 「ダイ?ポップ?」 そんな二人の様子に、クロコダインが声をかける。 「大丈夫だよ、おっさん」 言って、クロコダインの太い腕をポンと叩く。そうしてグルリと部屋にいるメンバーを見渡して―――。 「それでいいか?」 最後にレオナに尋ねる。 この場にいるメンバーで最終決定権を持ち、あの戦いを知る者に。 「ええ。それが一番確実でしょうね。でも、その分貴女にかかる負担は大きくなるわよ」 「そんなの、最初からの事だろ」 不敵に笑って見せるポップに、レオナも小さく肩を竦めながら微笑う。 そう、彼女はこういう人だ。 「決行は明日の朝。今日一日で、万全の状態にしてね」 それが決定事項。 その日の夕食には、少しばかり贅沢なデザートがついてきた。 プレーンと、甘さを控えたミスティカの香りがする二種類のフィナンシェ。 “これって、昨夜の…” ポップが摘んでいたミスティカ。 それがポップの手によるものだと気付いたのは、その現場を見たノヴァだけだったが、葉や茎そのものが見えない所を見ると、彼女が何らかの加工を施してエキスだけを抽出したのだろう。 “何でも出来る子だな” しかし、よくそんな時間があったものだ。 確かに昼以降は「自由時間」と言ってもいい時間だったが、主戦力の一人である彼女がこう言った事に時間を割くとは思っていなかった。しかも貴族で、それ相応に舌が肥えているノヴァも文句なしに美味しいと言える味なのだ。 と。 「これ、ポップが作ったんだろ?」 やや離れた所からダイの声が響いてくる。 「まぁ、気分転換だよ」 そんな手の込んだものでもないし、と、ダイに比べれば控えめな声量のアルトの声が聞こえてきた。 “ふーん” パプニカの人間には、珍しい事ではないらしい。 一口サイズよりやや大きめの焼き菓子を次々と口に入れていたダイの手が、ピタリと止まった。 「バカ。これ水分少ないんだから、喉に詰まりやすいんだって」 そう言ってポップがホットミルクの入ったマグカップを手渡す。それもまた一気飲みして一息ついたダイに、ポップは呆れたように苦笑する。 「んな焦らなくても、誰も横取りなんかしないぞ」 「だって美味しいんだもん」 「作った人間としちゃ、嬉しい言葉だな。ほら、俺の分もやるから」 「え、でも」 「作ってる間中、匂いかいだりしてると結構それだけで満足しちゃうもんなんだよ」 勇者とはいえ、子どもの域にあるダイと、彼よりは年上だがこちらも大人とは言えないポップのやり取りを周りは温かく見守っていた。 “なんだかなぁ…” ノヴァもまた、苦笑する。 勇者と魔法使いと言うより、甘えん坊な弟と面倒見のいい姉に見えてしまうのは何故だろう。 ここでポップが席を立った。 「ポップ?」 「ゆっくりしてろ。ちょっと野暮用があるだけだから」 もう喉に詰めるなよ、等と言いながらポップは一足先に出て行った。そんなポップを見送り、彼女の姿が見えなくなってからノヴァはハッとして出入り口から視線を外した。 “ボクは…” 無意識にポップの姿を追っていた自分に気付き、ノヴァは溜息を吐いた。どう考えても、自分がポップの視界に入っているとは思えないと言うのに。 ポップがやって来たのは、ヒュンケルがいる部屋だった。 「どうしたの?」 「エイミさんのことだから、自分を後回しにするだろうと思って」 「あ、ありがとう」 交替するから食べに行けばいいと言うのではなく、食事を持ってきてくれた事に感謝する。エイミとしては、やはりヒュンケルから離れる気にはなれないから。 「あと、これ」 成人男性の親指程の大きさの小瓶を取り出す。その中に薄い緑色の液体が半分入っている。 「これは?」 ポップは黙って栓を抜いた。途端に、フワリと柔らかい清涼な香りが広がる。摘んだばかりの時より香りから刺激が落ち、より爽やかさが増している。 「ミスティカね」 「ああ。神経の鎮静作用があるからさ。気休め程度だけど、傷が痛んでも多少は誤魔化しが効いて、よく眠れる」 「そう…」 回復魔法が使えないと言いながら、全く別方向での癒しの方法を見付けられるのが、ポップの強みだろう。 彼女の機転や発想は、何も戦闘においてのみ発揮されるものではないのだ。 けれど。 「ポップ君」 「ん?」 その小瓶を枕元ではなく、窓辺に置いたポップが振り返る。 「これは何処で?」 ポップならば、ルーラで何処かの町から買ってくるのも簡単だろうが、ミスティカの加工品はどんなものでもそれなりに値が張る。現在ポップに現金収入はない筈だが。 「すぐ近くに自生してるよ」 「…作ったの?」 「そうだけど」 エイミの驚きが理解出来ない、と言うようにきょとんとするポップに、エイミは気付かれない程度に肩を竦めた。 ミスティカの品物が高価なのは、人工栽培の難しさに加えて、加工の繊細な作業に熟練の技術が要求されるからだ。 だが、どうやらポップにはその辺の知識はないらしい。 確かに「庶民」には余り縁のない品ではあるが。 “加工の仕方だけ知ってるっていうのも、不思議よね” ポップが年齢離れした博識である事は知っているが、随分とカバーする範囲が広い。 「それじゃ」 ポップはヒュンケルの様子を確かめると、一礼して出て行った。 “貴女にとって、ヒュンケルは本当に兄弟子と言うだけ?” 特に何か言った訳ではない。細やかな心遣いは見せたものの、態度は常と変わりなく、どちらかと言えば淡泊とさえ言える。 「共に戦う仲間」として以上の感情があるのか、無いのか。 “掴み所のない子よね” その後、マァムやメルル、果てはレオナまでが変わる代わる様子見にやって来たが、相談出来るものでもなかった。 一方のポップは、そのままフラリと外へ出ていた。 マトリフやノヴァに散々言われたが、やはり自覚は無いようだった。 ポップは薄雲がかかった空を見上げながら、細く長く息を吐いた。どうにも気が滅入って仕方ない。 “回復魔法…か…” 契約には成功しているのだ。レベル的にはベホマさえ使える筈なのにホイミすらも発動できないのは、偏に自分の精神の問題だ。ヒュンケルが―――仲間があそこまでの重傷を負って尚使えない事実が、落ち込みの原因になる。 “薄情だよなぁ” 自分がヒュンケルに押し負けてしまったせいで、あの状況が生まれたのに。結果的にバランの協力が得られる事になったとはいえ、彼が重傷を負った責任の一端は自分にあるのに。 確かに回復魔法を使える人間は複数いるが、その事実を盾にヒュンケルより自身の心を守る方を優先しているようなものだ。 ツキン、と胸が痛む。 “勝手な話だ” ――――何を恐がっている そのヒュンケルに言われた事。コミュニケーション力は低いくせに、どうしてあんなに察しだけはいいのだ。 “そうだよ、怖い” レオナやメルル、クロコダインはああ言ってくれたけれど、やはりここまで深く人と関わるべきではなかったのではないか、という思いが拭いきれない。 そうしている内に、フ…とその瞳から光が消えかけた、瞬間。 ポップはザッと体ごと振り返った。 振り返った視線の先には、バランの姿。 驚愕に瞠目したポップだったが、流石にここで逃げ出す訳にもいかない。 真っ直ぐに自分を見ているバランを、ポップもまた真っ直ぐに見返した。 《続く》
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