『四界の楔 ー対話編ー』 彼方様作


勢いよく振り返ったポップを見て、やはり魔法使い離れした鋭さだとバランは内心で驚いていた。

そのまま真っ直ぐに自分を見据えてくる度胸も大したものだ。

ある程度歩を進めた所で、バランは足を止めた。

「話をする」には少々距離があるが、余り近付きすぎてはそれだけで威嚇になりかねないと解っているからだ。

「こんな所で何をしている」

「特に何かしてたって訳じゃないさ。あんたこそ」

極く普通に返されるが、ポップの表情はやや硬い。それはそうだろうと思う。この少女が自分に対していい感情を持っている筈がない。

「私がいる場所ではないな」

「堂々としてりゃいいのに。ダイの父親なんだから」

「…認めるのか、お前が」

文字通り、己の命でダイを引き留めたと言うのに。

すると、ポップは微かに表情を緩めた。それは当然ながら、バランが初めて見る優しさを含んだもの。

「少なくともあんたは、血も涙もない冷血漢じゃない。人間への怒りや憎悪だって、ソアラさんへの愛情がそれだけ深かったからだろ?」

感情を前面に押し出していたあの時と違い、淡々と語るポップを見て、少しばかり面食らう。

「ダイへの愛情だって、別に疑ってはいないよ」

「――――では、何故」

「あんたが、今のダイを否定したからだ」

薄曇りの仄かな月明かりの下、その月のように澄んだ空気を纏い、透徹とした瞳を向けてくるポップに、バランは微かな違和感を覚えた。

“この娘は…”

本当に、ただの人間か?

何かが引っ掛かるが、それが何なのかハッキリしない。

そしてポップは、そんなバランの様子に気付く事なく言葉を紡ぐ。

「子どもは親の所有物じゃない」

ダイを失いたくないと言う思い。

それでも、もしダイが自分の意志でバランと共に行く事を選んでいたら、引き留めようがなかった。

だがダイは、バランを拒絶した。

親子関係がどうのと言う以前に、バランの生き方・思想を受け入れなかった。

それを受けて、バランはダイの記憶を奪った。

ダイの生きてきた12年間を、ダイの人格を否定したのだ。

ポップが何より許せなかったのは、そこだった。
今、ダイが愛し守ろうとしてるものを、虐殺させるような事などとてもではないが許容できるものではなかった。

「俺は、親に愛されて育ったから」

それは相手が誰であっても、胸を張って言える。そうしてだからこそ、ダイを自分の思う通りにコントロールしようとしたやり方が気に入らなかった。

「子どもには子どもの意志があって、自分の生きる道を決める権利がある。それを破壊するのは、親として一番やっちゃいけない事だ」

「そういうものか」

「あんたがどんな子供時代を過ごしたかなんて知らないし、今更知ろうとも思わないけど…あいつは竜の騎士としてより、人間として生きたがってるから、そこだけは認めてやって欲しい」

「だがディーノは竜の騎士としての力を使っている」

「―――解ってて言ってるだろ」

ポップが僅かに肩を竦めながら、ほんの少しの皮肉を混ぜ込む。

「ああ…そうだな」

ダイは自分が何者か知る以前から、勇者として戦っていた。竜の騎士としての力は、偶々そうだったに過ぎない。

こうやって話しているポップからは、先刻までの恐怖は見てとれない。

勿論、なくなった訳ではない筈だ。

ただ話す上で、相手への恐怖など邪魔になるだけだと知っているのだ。そしてこんな風に恐怖を抑え込める根底には、ダイへの想いがあるのだろう。

“不思議な娘だ”

あれ程の激情を持ちながら、ここまで冷静な対応も出来る。

そして。

“確かに違うな”

息子は、自分より遥かに仲間に恵まれている。

ポップだけではない。

ヒュンケルやクロコダイン。

レオナと言う、パプニカの「王女」。

ここにいる、他の人間もそうなのだろうか。

自分が見限った「人間」が、息子が純粋な「人間」ではないと知って尚、息子を支え続けているのか。

「ポップ、と言ったか」

「何だ」

「お前は何故、そこまでディーノに入れ込む?」

ポップから見れば、ダイはあからさまに子どもだろう。ポップの行動そのものはソアラに重なる部分があるが、この二人の関係性が自分達と同じものとは考えにくい。

「あいつは俺の光だから」

端的に言われて、バランは微かに瞠目した。

自分がソアラに感じたのと同じものを、ダイに感じたと言うのか。感情の在り方は違っても、惹かれた理由は同じなのか。

「先刻は何と言っていた?」

「は?」

いきなり脈絡のない質問をされて、ポップは眉を寄せた。妙な所が似ている親子だと、変な感心をしてしまう。

「何かディーノに耳打ちしていただろう」

その怪訝な表情を見て、説明が付け足される。

「…仲直りのチャンスだろって」

「!」

「ホント、俺が言えた義理じゃないけどさ。今言ったみたいに、俺は親に愛されて育ったから…出来るんならって思うんだ」

都合がいい言い草だとも解っている、と小さく呟く。

そう言いながらも、ポップがバランから目を逸らす事はない。

「お前は…」

言うべき言葉が見つけられずにいるバランに、ポップはフ、と口元を緩めた。

「別に今すぐ答えを出す必要はないだろ。少なくとも今夜一晩は時間があるんだ」

場合によっては、それ以降も。

淡々とした、けれどひどく温かみのある声音は、バランが久しく聞く事のなかった類の声だ。

「何故、そこまで」

また言葉の足りない質問をされ、ポップは今度は苦笑した。

「ダイの為だよ。それ以外に何がある」

「ああ…」

ほんの少し考えれば解る事だ。

バランの知る限りのポップの行動は、全てダイの為だった。勿論、他を優先させる事がない訳ではないだろうが、自分が関わっている以上はそうなるだろう。

と、ここでポップの纏う空気が変わった。

「俺からも一つ尋きたい」

「何だ」

「竜の騎士・バラン。あんたは何故ソアラさんと生きる道を選べた?」

この問いかけに、バランはハッキリと瞠目した。

「選んだ」ではなく「選べた」と尋いてきた、その真意は。

真っ直ぐに見つめてくる視線は変わらないものの、その漆黒の瞳は何処か不安定に揺れている。

何を、知りたがっているのか。

「巻き込む可能性は考えなかったか?」

ラーハルトの話では、その辺りの事は全く解らない。

結果的にソアラはアルキードの政争の果てに亡くなったが、竜の騎士の「唯一の存在」として狙われる危険性は決して低くなかった筈だ。そんな迷いや葛藤はなかったのか。

「それは―――私ではなく、ソアラが乗り越えたと言った方がいいだろうな」

「…それって」

バランの葛藤よりソアラの愛が勝ったと言う事か。

考え込むように口元に手を当てたポップを見て、バランはほんの先刻の違和感を思い出した。

“いや…”

尋くべきではないだろう。

大勢の仲間がいるのに、態々自分を選んだ内容なのだ。出来るなら秘めておきたい、触れられたくない事なのだろう。恐らくはこの少女も何らかの宿業を背負っているのだろうと、想像がつく。

「そろそろ戻るがいい。若い娘が夜中に一人でフラフラするものではないぞ」

「――――…」

バランにまで言われて、ポップは唖然とした。

“常識はある方だと思ってたんだけどなー”

やはり「女性として」のあれこれは、ずれているのだと思わざるを得ない。小さく息を吐くと、バランに視線を戻す。

「なら、一緒に戻ろうぜ。あんただって、一晩中外にいるつもりじゃないんだろ?」

たとえ支障はなかったとしても。

「いや、私は」

「ダイは中にいるんだぜ」

断ろうとしたバランだが、ポップはそれを遮った。

「私には私のやり方がある」

それでも強硬な態度のまま、バランはポップの誘いを断る。ポップもまた、重ねて言う事はなかった。

「ダイは、あんたを嫌ってはいないよ」

恐らくは、今のバランにとって最重要の関心事について一言残して、その場を去った。







翌日。

ダイは何時もの時間に起きると、ポップの部屋に向かった。

幾ら朝が苦手なポップでも、今日くらいは早起きしているだろう。

逆に緊張で眠れなくて、返って起きられずにいるかも知れない。

どちらにしろ、ダイにとって理由なんてないも同然。

ポップがその日、一番に目にするのは自分であって欲しいから。特に最近、彼女と共にいる時間が減っているから尚更だ。

「ポップ!」

ノックもなく勢い良くドアを開ける。

だが。

「あ、あれ?」

何時もはまだ寝入っている時間なのに、部屋の中はもぬけの空だった。

「ポップ〜?」

狭い部屋だ。隠れる場所などある訳がないのに、それでもダイは部屋の中を見渡す。次にベッドに触ってみると、既に冷たくなっていた。

「う〜」

こんな朝早くに何処へ行ったと言うのだろう。

ダイは目に見えてガックリと肩を落として、部屋のドアを閉めた。

「あ!」

だが引き返す為に振り返った廊下の先でポップの姿を見付けて、瞬間的にダイの表情はパァッと明るくなった。

「ポップ!」

「ああ、おはよ。ダイ」

寝惚けている訳でもない、しっかりした返事が来る。

「何処行ってたの?」

「ヒュンケルんとこ」

「え…」

「あいつ、まだ目覚まさないんだもんな」

挨拶位したかったんだけど。

苦笑混じりに言うポップだったが、ダイとしては複雑だ。

ダイだってヒュンケルのことは大切な仲間だと思っているし、頼りになる兄弟子として慕ってもいる。

けれど。

朝が苦手なポップが、態々早起きしてまでヒュンケルに会いに行った事が、自分でも不思議な位ショックだった。

「ダイ?」

神妙な顔で黙り込んだダイを見て、ポップはコトリと首を傾げた。今の短い会話の中で、どうしてこんな表情になるのか理解出来ない。

「ヒュンケル、どうだった?」

ポップのそんな疑問を察した訳ではないが、ダイは内心とは全く違う事を尋いた。流石にここでヒュンケルへの嫉妬混じりの感情をポップにぶつけるのはマズい、と言う事位は解る。それにヒュンケルが心配なのも嘘ではない。

「昨日に比べれば顔色も良くなってるし、表情にも苦痛は見られない。呼吸も脈も安定してる。熱も平熱。戦闘はどうしたって無理だろうけど、もう心配はいらないよ」

「そっか、良かった」

ポップもまた、そんなダイの内心には気付かず、自身の診断を伝える。

長くアバンに師事したポップは、書物からだけではない実践的な医療知識も保持している。

「ね、ポップ」

「うん?」

「必ず勝とうな」

「ああ。勝とう」

これを最後にする為に。

ダイにとっては、もう一つの目的の為に。

朝食の場にもバランの姿はなく、ポップは内心落胆した。

“そう簡単にはいかない、か”

昨夜、あれからバランがどう行動したか、ポップは知らない。けれどダイの様子を見る限りでは、二人の接触はなかったと判断して間違いない。

良くも悪くも素直で単純なダイが、バランと何らかの交わりがあってここまで屈託なく行動出来るとは思えない。

“え…”

だが朝食を終え、何気なく窓の外を見たポップは目を丸くした。

「バラン…」

微かに呆然としたような響きの呟きに、ダイも外へ目を向ける。

「あ…」

ダイも思わずと言った風な声を漏らす。

そこは、空を飛べる者しか行けない場所。

「ダイ」

名を呼ぶ事で、固まっているダイを促す。

「で、でも」

「あのな、今日は一緒に戦うんだぜ。少しでも意思の疎通を図っとかないとマズいだろ。そりゃさっさと決めたのは俺だけど…そんなに嫌だったか?」

「…嫌、じゃ…ないけど」

どう接すればいいのか、何を話せばいいのかさっぱり解らない。

ポップの気遣いも嬉しくない訳ではないが、困惑の方が遥かに大きいのが本音だ。

「こればっかりはなぁ…俺もアドバイスなんか出来ないし」

自分の特殊性を除けば、極く平凡で円満な家庭に育ったのだ。いい考えなど浮かぶ筈もない。と言うか、こんな状況に対して言葉を持っている人間がいるとも思えない。

「けど、ダイ。やっぱりあの人はお前の父親だよ」

穏やかに言われて、ダイはポップを振り仰いだ。

「ポップ…」

それが、ただ血の繋がりだけを言っているのではない事は、何となくだが解った。

「大丈夫。お前が思ってるより、ずっと優しい人だ」

「何で」

「解るだろ。本当に冷たかったらそもそもお前は生まれてないし、俺に血をくれる事もなかったよ」

根拠を示されて、ダイは瞬きした。

何より、避けて通れる問題ではない事も解っている。

「うん。行ってくる」

「ああ。頑張れ」

一度決断すると、ダイの行動は早い。

駆け去った小さな背中を見送って、ポップは一息ついた。

“ごめんな”

ダイの自分への傾倒を修正する事は、もう不可能だろう。ならば、一人でも多く、ダイを支えうる存在を増やしておきたい。

確かにダイを思っての事だが、自分の都合が絡んでいるだけに多少なりと後ろめたい気持ちもある。

それでも。

幸せでいて欲しい。

自分に拘って、その後の人生を棒に振るような事だけはして欲しくない、から。                                                            END


 彼方様から頂いた、素敵SSです! 今回は料理にまで発揮されているポップの女子力の高さが注目どころですが、話のメインはバランパパとの対話ですね、やっぱり♪ お子様ポジションで停滞中のどこぞの勇者様よりも、ずっと深く話し合っている様な気がするのは気のせいでしょうか?(笑) さらには、ポップに惹かれてるっぽいノヴァ君や、ほぼ寝たきりなのに美味しいところを攫っている長兄もいることだし、ダイ君の今後が実に気になりまくりです♪  ポップの抱える悲劇を思わせる秘密以上に、ダイの困難な恋路が心配です〜。

 

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