『四界の楔 ー敗北編ー』 彼方様作 |
・ポップが女の子です。 この四点にご注意の上、お楽しみくださいませ♪
ポップは全身が総毛立つ悪寒を覚えた。 “これ…” 数年前、一度だけキルヒースに見せて貰った「本物」。ただそこにあるだけで感じた奇妙な圧迫感と悍ましさ。 けれど、これは。 ――――鳴動。 魔界でのみ、極く僅かに生産されてる超絶的な威力を持つ爆弾「黒の核晶」。 まさかバーンはそんな物まで持ち出してきているのか。 “マズい!” ポップはトベルーラを発動させると、戦況を全て無視してヒュンケル、マァム、クロコダインを親衛騎団から距離を取った一カ所に集めた。 「ポップ、何?」 「一体、何を」 「話は後だ。おっさん、穴を掘ってくれ!」 「何?!」 「早く!時間がない!!」 何時にないポップの切羽詰まった様子に、三人は一度顔を見合わせ、クロコダインは炎を吐きつつ地面を殴りつけた。そうして四人が入れるだけの穴が出来ると、全員がそこに入る。 更にポップは開いている上部に、魔法力で防御の膜を張った。 そこまでするのかと三人が思った瞬間。 凄まじい震動と、それに付随する衝撃が襲ってきた。 時間にして、ほんの数秒。 「っ!」 だが衝撃が来た瞬間に、この中で肉体的には圧倒的に脆弱なポップを、ヒュンケルは咄嗟に抱き締めた。 予想外の事に、ポップは魔法力を途切れさせそうになったが、何とか踏みとどまった。 揺れが収まってから外へ出ると、周囲の様子は一変し、親衛騎団の姿も見当たらない。 ポップがあれ程焦っていた理由が解る。 だが。 「何故、解ったんだ」 こうなる事が。 ヒュンケルの問いに、ポップは関節が白くなる程拳を握りしめた。 「聞いた事、無いか?黒の核晶って」 「まさか…」 「今のがそうだと言うのか」 ヒュンケルとクロコダインが瞠目する。唯一、それに関する知識がないのはマァムだ。 「それ、何?」 自分だけが知らないのが歯痒いが、知識量でポップに敵わないのは解っているし、二人の反応からするにとても希少なものだろう位は想像がつく。 「魔界産の爆弾だよ。知らなくてもおかしかないさ」 ポップはサラリと言ってのけた後、ヒュンケルに視線を向けた。 「その威力の分だけ、魔法力の波動もでかいって事」 だから解ったのだと言外に言うポップだったが、魔法使いなら誰でも感じ取れる訳ではない事は、三人とも理解していた。 「で、今。それが使われる場所って言ったら」 「ダイ達がいる所か!」 「ああ。ちょっと確認してくる」 言ってフワリと浮き上がったポップだったが、高く上がる前にもう一度ヒュンケルに視線を投げた。 「…先刻は、ありがとな」 聞こえるか聞こえないかという小さな声だったが、それに応えてヒュンケルも微かに目元を緩めた。 上空から全体を見下ろしたポップは息を呑んだ。 “こんな…これが…” 巨大な鳥の形をした白亜の宮殿。その一角から黒煙が上がっている。つまりあそこがダイとバランがいる場所。 背に冷たい汗が伝う。 現在「冥竜王」を名乗るヴェルザーと双璧を成す存在。 そのヴェルザーを知っているからこそ、バーンの力もある程度は当たりをつけていたのだが、もしかしたらそれを大幅に上方修正しなければならないかもしれない。 そしてこの予想が正しかった場合、今の戦力で勝利出来る確率は逆にかなりの下方修正を強いられる。 “……考えるのは後だ” 今はダイとバランと合流する事が最優先。 “無事でいてくれよ” 全くの無傷とはいかない筈だが、二人分の竜闘気を全て防御に回せば、死という最悪の事態だけは避けられている、と思う。寧ろそうしてくれていなければ、この程度で済まなかった筈だ。 ポップは一旦三人の所へ戻った。 「つまりここは、バーンの居城という訳ね」 ポップの説明に、マァムは気を引き締め直した。 「オレ達も全容を見た事はなかったな」 「ああ。――――ポップ」 ヒュンケルの促しを受けて、ポップは三人を連れて移動した。けれど着いた先で見た光景に、全員が絶句する。 “――――ああ…” ポップは瞑目した。 まだ生きてはいる。だが生命の波動が殆ど感じられない。言わば、時間の問題だった。 そんな中、意識のなかったダイが目を覚ました。 仲間達が揃っている事もあり、状況が掴めないでいるダイにヒュンケルが説明をする。そしてダイの理解が追い付くのを待っていたかのようなタイミングで、バランの体が地に落ちた。 ここに来て、やっとダイはバランと正面から向き合った。 勇者や竜の騎士としてではなく、父子として。 取り乱すダイに、三人がそれぞれ声をかける。特に回復魔法が使えるマァムは、もうバランには回復を受け入れる力さえ残っていない事を辛そうに説明していた。 それでもと言うダイに、瀕死のバランが宥めるような声をかけるが、それにとうとうダイは泣き出した。 “こんな、最期に…” どれ程僅かな時間でも、ちゃんとした父子として在れた事は二人にとって幸せだと言っていいのだろうか。 バランが息を引き取ると、ポップはそっとその遺体の前にひざまづいた。 「ポップ…?」 バランに取り縋っていたダイが、不思議そうにその名を呼ぶ。それに応えてポップは少し体を伸ばしてダイの頭を一撫ですると、徐に右手の手袋を外した。 その手で一度バランの額に触れ、次に心臓の位置の胸に手を置いた。 「其(そ)は風、其は水、其は火、其は地。在りて、満ちて、流れて、巡る。星より生まれし命、星に還れり」 普段より低い、落ち着いた声で紡がれる言葉は、この場にいる誰も聞いた事のない送葬の言葉。 ポップの手から緑の光が溢れ、バランの体を包んでいく。 「今のは…」 「もう廃れてるもんだけど、高貴な人間や力ある人間に使われてたんだよ。尤も、本当はマァムみたいにちゃんと僧侶としての修業をした人間が使った方がいいんだけどな」 それを聞いたマァムは、小さく首を振った。 確かに僧侶としてはそうかも知れないが、魔法力においてはマァムはポップに遠く及ばない。それに身分はともかく「力ある者」を送る為のものならば魔法力の高さは必須だろう。 そして実際に、この場の空気はとても清浄なものに変わっている。 まるで蒼天の下の緑の野原に吹き渡る風すら感じられた気がした。 自分ではとても無理だと断言できる。 「ありがとう、ポップ」 「いや…大分簡略したもんで悪いな」 「そんな事、無い」 バランに触れていた手は、もう再び手袋に包まれている。殆ど外す事のない手袋を外した事自体、これが特別な事だと解る。 「ダイ―――酷な事だと解ってるが…戦えるか?もし駄目なんだったら、一度撤退しても…」 ポップが言いにくそうに尋くと、ダイは少しだけ驚いた顔をした後『戦える』と言った。 元々その為に来たのだ。 戦闘は無理だと断言されたヒュンケルまで、無理を押して来ている。そして自分を庇って命を落とした父もまた、バーンを倒す意思を持っていた。 だからこそ、ここで自分が挫ける訳にはいかないのだ。 「そうか。問題はバーンが何処にいるか、だな。ヒュンケル、おっさん。心当たりはないか?」 問われて二人は顔を見合わせた。 が。 「探す必要なんかないヨ」 いきなり聞き覚えのある声がして、全員がそちらに視線を向ける。 そこにいたのは声の主であるキルバーン、そしてミストバーン。その二人の奥に悠然と佇む老人。 そう、姿は老人。 だが、その存在感、威圧感。 知らず、全員が生唾を呑み込む。 ヒュンケルとクロコダインも、生の姿を見るのは初めてだった。 “何だ…?これ…?” ポップは眉を寄せた。 息苦しささえ感じる程の強烈な存在感を放っているのに、気配がブレる。希薄である筈もないのに、何処か空虚さを感じてしまうのは何故だ。 「大魔王バーン様のお出ましダヨ」 ふざけているようでありながら、厳かな印象をも与える声音。 それが合図であったかのように、ダイ達が戦闘態勢を取る。ポップも微かに感じた違和感を振り払う。 しかし先刻、この場所を確認した時に思った通り、その力の強大さはただ立っているだけでも伝わってくる。 格が違う、どころではない。 人間とか魔族とか、そんな種族を越えた、生物としての次元が違う。 「余が大魔王バーンなり」 初めて発された声。 それだけで空気が震えるような錯覚を起こさせる。 バーンがス…と右手を上げた。 その指先から、まるで火の粉のような小さな小さな炎が放たれた。 それが傍を通った瞬間、ポップは叫んだ。 「皆、離れろ―――っ!」 メンバーの中で魔法のエキスパートであるポップの叫びに、一斉に火の粉が向かう先―――バランの遺体から離れるが、ダイだけが僅かに反応が遅れる。 それを咄嗟にヒュンケルがダイの腕を掴み、強引に引き離す。 この一瞬後、その火の粉は目標に着弾した。 (続)
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