『四界の楔 ー敗北編 2ー』 彼方様作 |
・ポップが女の子です。 この四点にご注意の上、お楽しみくださいませ♪
誰にも聞こえない程度の疑問の声を上げたのは、バーン本人だった。 着弾と同時に業火に包まれる筈だったバランの遺体が、仄かな緑の光に守られているのに気付く。 だが基本的な魔法力の差によって、僅かなタイムラグの後に想定通りに燃え上がった。 “ほう” ほんの一瞬とはいえ、自分の魔力を弾く程の守りを施す事の出来る存在。彼らのパーティの中でそんな真似が出来るのは、ただ一人。 黒髪の魔法使い。 とはいえ人間としては大したものだが、気にかける程のものでもない。 バーンのダイへの挑発によって戦闘が始まる。 しかし、その攻防は一方的だった。いや、攻防とすら呼べるか怪しい程の力の差があった。 “ここまでの差が…” 上方修正すら甘かったと言うのか。 メドローアを弾き返され、それを相殺した為に魔法力の残量はかなり心許ない。 そして生物には絶対の優位性を持つ、マァムの閃華裂光拳すら決定打にならなかった。 「…つまらんな」 そんな中、バーンが溜息混じりに吐き出した。 「ここまで来たのだから、もう少し楽しめるかと思っていたが…これ程の差があるとは」 「楽しめる…ですって」 憤りと共に愕然と呟いたのは、マァムだった。彼女にとって戦いとは、せずに済むならそれに越した事はない、無い方がいいものだからだ。 最早、目の前にいる者達を「敵」として見切ったバーンは、王者の余裕で己の持論を語りだした。 「力が正義」。 そしてこの戦いの目的が地上を破壊し、魔界に太陽の恵みをもたらす事なのだと。 それを聞いて、ヒュンケルとマァム、そしてダイがポップに視線を向けた。 それは以前、ポップが呈した疑問の答え。ポップの思考にも驚かされるが、目的の壮大さと凶悪さに対する驚きはそれ以上だ。 ポップは明かされた目的に、細く細く息を吐いた。 “これで…” ――――バーンの目的が四界の一つの破壊である事が明確になったこの瞬間、管轄が移動した。 「何か言いたそうだな」 その様子をどう見たのか、バーンが鷹揚に声をかける。 「力が正義。それも一つの真実で、間違ってるとは言わないさ」 バーンの言葉を躊躇いもなく肯定したポップに、仲間達のギョッとした視線が集中する。バーンもまた、面白そうにポップを見遣るが、当の本人は何を気にする事なく先を続ける。 「けど、力はただ力だよ。それ以上でもそれ以下でもない。力に意味をつけたがるのは、一部の知恵ある者だけだ」 その続いた言葉は、何処か皮肉を含んだもの。 「第一、正義の意味だって変わるんだ。時代や国や立場によって。俺達の正義とあんたの正義が相容れないようにな」 結局、全否定とも取れる内容になる。 ポップの思考は独特だ。 かつて人間と魔族や怪物の命が等価だと言ったように。 今また『正義』とは移ろいやすいものだと断じて見せた。 「そして、どんな力も使い方次第でしかない」 もう一度「力」自体には意味などないと言ったポップに、バーンはクツクツと笑い出した。 「面白い考え方をする人間よ。ならばお前達の正義で、余の正義を破ってみせよ!」 バーンが再び戦闘態勢に入る。 それを受けて、ダイ達も応戦の姿勢を取る。 力の差が埋まる訳ではない。 防戦一方の中、マァムが僅かな間隙を縫ってポップに話しかける。 「ポップ。撤退する方法はないの?」 このままでは、それ程かからずに全滅してしまう。悔しいが、自分では方法も思いつかないし、それ以前に空中から脱出する為の魔法も使えない。 「――――無理だ」 「え?」 「どういう原理か知らないが、バーンの魔力でこのパレス全体に結界が張ってある。俺の力じゃ突破出来ない」 この答えにマァムが息を呑む。 つまり、それは。 そしてバーンは、そんなささやかな会話も聞いていた。それはそのまま、この戦闘における余裕の差だ。 「解っていたとはな。その通り、大魔王からは逃げられない」 しかし答えた当のポップは、諦める気はサラサラなかった。現在の戦力ではどうあがいても勝ち目はないが、逃げるだけならまだ何とかなる。 ブワリ、と。 ポップの中で、残り少ない魔法力が大きく波立つ。 “うわァ。もしかしてヒメってば、リミッター外す気?” ――――リミッター。 これを自分の意志で外した楔はいない。 と言うか、そんなものがあると自覚していた者は今までいなかった。恐らくポップも知っている訳ではない筈だ。 それは楔だけが持つ力。 いや、持たされたと言った方がいいだろう。 生命力と魔法力の融合。 この二つの力を、一つのものとして使う為に。 それを一気に爆発させれば、バーンの結界を破るだけの破壊力を得られるかもしれない。 “でも、それをやっちゃったら「最後」ダヨ?” 本来リミッターを外すのは、楔が眠りに着く直前にヴェルザーが行う事だ。それを、そんなものがあるとすら知らぬままに自力でやれるのは、魔法力の高さもさる事ながら、恐るべきはその魔法センス。 “それに、ここでそれをやられたら困るんだヨネ” ポップだって、自覚もなく「その時」を迎えるのは流石に嫌に違いない。 “ヒメに死なれても困るし” 下手に動く訳にはいかないが、どうにかしてポップだけはこの場から逃がさなければならない。 「ヒュンケル!おっさん!」 その時ポップの悲鳴染みた声が響き、集中力が途切れた為か魔法力のザワつきが止まる。 二人にバーンのカラミティ・ウォールが命中したのだ。これで残る三人の寿命がほんの少し延びた。 そして、その僅かな時間が運命を分けた。 黒の核晶の爆発から生還していたハドラーと親衛騎団が、乱入してきたのだ。 “こう言う所、ヒメって強運だヨネ” とりあえず、これでポップの命の心配はなくなった。キルバーンも、バーンやミストバーンの不審を買う危険を冒す必要がなくなる。 “ハドラー君に感謝、カナ” だがしかし、「キルバーン」としての仕事はまた別だ。 “さて、どうなる事やら” キルバーンは大鎌を構えると、動き出した。 一方、空中に放り出されたポップは、ほぼ条件反射でトベルーラを発動させていた。一番近くにいたマァムの手を咄嗟に掴んで、なるべく勢いを殺す。 “くそぉっ” トベルーラすら落下速度を緩めるのが精一杯にしか使えない事に、ここまで魔法力が減少していたのに気付かなかった事実に、自分で驚く。 陸地もろくに見えない、海の真ん中に落ちる。 「…ありがとう、ポップ」 マァムが小さく礼を言う。 ポップがいなければ、あの高さから海に叩きつけられていた。そうなれば、幾ら何でも助からなかった。 「うん…でも…」 別々に飛ばされた他の三人の安否が全く解らない。 “無事でいてくれ” 今は祈る事しか出来ない。とにかく自分達が助かる事を最優先で考えなければならない状況なのだ。 「―――!?」 ふと、強烈な聖なる気配を感じて、ポップは上空を見上げた。 「聖母竜…」 呆然と呟く。 ヴェルザーとはまた違う、優美さと荘厳さを兼ね備えたその竜が抱えている透明な玉の中に、見慣れた、けれど〈そこ〉には見たくない少年の姿を見付ける。 「ダイ!」 ポップの叫びに、マァムも空を見上げる。 「ダイ…?どうして」 聖母竜が本来の竜の騎士の「母親」である事など、マァムは知らない。けれどポップの愕然とした表情と、その顔色だけで良くない事だとだけは予想がつく。 「ポップ…あれって何なの?」 「聖母竜。竜の騎士を産み、竜の騎士が…死んだ、時に…迎えに来る存在、だ」 泣く寸前のような、引き攣れた喉から絞り出すような声で説明された事に絶句する。 「ポップ!」 だがすぐに、ポップの細い肩を掴む。 「しっかりして!ダイが死んだって決まった訳じゃないわ!きっと何かの間違いよ」 「な…んで…」 まるで、今にも正気を失いそうなポップに必死に話しかける。 「聖母竜がポップの言ったような存在なら、ダイよりバランを連れて行く筈だわ」 自分達は一杯一杯で気付かなかったとしても、バーンが聖母竜を見たならそれで更にダイを挑発しただろう。 「だから諦めないで」 必死で言い募りながら、マァムは別の意味で衝撃を受けていた。 自分達の中で一番冷静で状況判断に長けているポップが、何も考えられないどころか、正気さえ手放しかねない程に彼女にとってダイの存在は大きく、特別なのか。 以前にはメガンテまで使ったと言う。 ランカークスや、あの救護室で聞いたダイの「告白」。 正直、マァムには恋愛事はよく解らない。 ポップ本人も、殆ど興味はなさそうだった。 「そう、だよな…。悪い、マァム」 漸く少し落ち着いたポップに、ホッとする。 自分でさえ思いつくような事も考えられない状態からは脱したらしい。 「どっちに進めばいいかしら…」 「方角は解らない事もないんだけど」 太陽や星の位置から方角を割り出す方法は知っているが、何しろ現在位置が全く解らない。 「――――とにかく、何処でもいいから陸地に辿り着くのを優先しよう。暫く休めば、ルーラを使えるようになる」 「そうね」 常の思考力を取り戻したポップの提案に、素直に頷く。 「あっちに微かに陸が見えるわ」 視力のいいマァムがそう言うと、ポップもまた頷く。 だが二人の体力差は歴然で、途中でポップが溺れかける。 「ポップ!?」 するとマァムは迷わずポップを背に担いだ。 「マァ…ム?」 「力抜いてて。絶対二人で陸まで辿り着くから」 力強く宣言したマァムに、ポップは小さく息を吐いた。 「ごめん…頼む」 「いいのよ。――――たまには、ね」 「…何?」 「何でもないわ。ちゃんと掴まっててね」 何時もポップに助けられてきたのだ。今こそ、自分がポップを助ける番だ。 マァムは強い決意と共に、海水をかき出した。 (終) 彼方様から頂いた、素敵SSです! 老バーンとの初対決、バランの死亡と事件が続きますが、物語的にもっとも気になるのはついに『秘められた力』を使おうとしたポップですね♪ 残念ながら今回は使おうとしたところで邪魔が入ってしまいましたが。……ハドラー、空気読めよ(笑) しかし、ハドラー以上に文句を言いたくなるのは、なんと言ってもキルバーン! 一人だけ事情が分かっているのに、結局この人何もしていませんよっ!? 止めるなり、解説するなり、少しは役に立つところを見せて欲しいと思ったのに〜。 まだまだ解明されないポップの秘密も気にかかりますが、個人的にはここでさりげなくポップを庇って男を上げたヒュンケルが気になります! 原作ではここでクロコダインが格好良くポップやダイを庇うはずだったのに、なんだか気の毒な。それにしても、今回、父親を亡くして傷心の上にポップとほとんど絡むこともできず、なおかつ活躍らしい活躍の描かれなかった上にマザードラゴンに連れて行かれた勇者君に幸あらんことをv
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