エピローグ |
「インディ、待ってよ〜。もっと、ゆっくり歩いてくれってば」 いつもなら軽快にとっとこ走るように歩くミュアだが、今は三本足でひょこひょこ歩いている。 足を止めて、ぼくはふと谷の向こう側に目をやった。 アザゼル先生の帰りも迫ってきたし、ぼく逹はヨギの僧院に人手がくるのと入れ違いに、先生の館に帰ることにした。まだ体が全快してないのがちょいとつらいけど、ま、帰れば薬草もあることだし。 「タスクの剣は惜しいことしたね、インディ」 いつのまにかぼくの隣に並んだミュアが、谷底を除き込む。 「あそこに落ちたんだよ――ギィも、タスクの剣も」 「うん……セミヤザから聞いたよ。エクトロイ山でね」 すべてが終わった後で、ぼくはセミヤザと二人でエクトロイ山に麓に行った。ミュアは疲れているからといかなかったけど、ぼくは行ったんだ……カゲロウとの約束を果たすために。 「……こうして反対側から見ると、ずいぶん印象が違うなあ」 ぼくは吸い込まれてしまいそうなほど深い谷底を見つめながら、セミヤザの話を思い出していた――。
「大いなる精霊達よ……。 片目の老人ザミール――いや、本当のセミヤザの呪文に応じて、エクトロイの山から明るい光が立ち上ぼった。 「インディ=ルルクよ、これでよいのじゃな」 穏やかに話しかけてくるセミヤザに、ぼくはちょっとためらってから本音を返した。 「満足です。……でも、これでよかったかどうかは、ぼくは分かりません」 死者達はともかく、ドルバやドラボアを解放しちゃって、……これがよかったかどうかなんて、ぼくには分からない。これが原因でまた騒ぎでも起きたら、確実にぼくのせいだな。 けど、ぼくはカゲロウと約束した。 「何が良くて、何が悪いかなどは、ワシでも分からぬよ」 セミヤザがゆったりと笑う。 「だから人は、自分が信ずるものが正しいと思い、できるだけのことをしていくしかない。良いも悪いもないよ――人には、それしかできぬのだから」 長い年月を生きたセミヤザの言葉には、そのまま納得してしまいそうな説得力があった。 でも――。 「間違ったものを信じちゃうことだって、あるじゃないですか。そのせいで、とんでもない事件が起こることだって……」 悔しい。 半人前のところがちょうど役に立った――早い話が、いいように利用されてってことじゃないかっ。そのために、ずっと守られていたヨギの聖櫃は開けられてしまった。 ぼくが崩れ落ちる塔の中で火の手に追われ、一か八かの脱出を敢行していた時、ドラゴンを捕らえていた光の網は輝きを増し、ついに大きな光球となったと言う。 同時に、ごく小さな光球が分かれ、それは遥かな岩底に向かって落下した。……それは、タスクの剣を最期まで放さなかったギィだったらしい。 「そう思いつめるでない、インディ=ルルクよ。おまえの責任だとはワシは思うてはおらぬよ。おまえはギィからヨギの力を守ってくれたではないか」 セミヤザはそう言うけど――ぼくは思いっきり思うぞっ! そりゃ、最後にはギィに奪われるのは防いださ。だけど、そんなのが何の自慢になるっていうんだ? そして、後に残ったものと言えば 廃墟と化した僧院に、空っぽになった聖櫃だけ。 ――感情のまま、ぼくはそんな事をセミヤザに全部ぶちまけていたと思う。そんなの、セミヤザに言うのも筋違いだし、アザゼル先生の友人なのにずいぶん無礼な口の聞き方もしたと思うけど、セミヤザはぼくが疲れて黙り込むまで黙って聞いていた。 「おまえの言いたい事も分かる。じゃかの、インディ=ルルクよ。 それは同じでも、元の地力が全然違っていた。悔しいぐらいに、段違いだったんだ。 「確かに、魔力において、奴は遥かにおまえに勝っていた。あたりまえなら勝ち目はない。おまえもそれはよく知っておっただろう」 ぼくはうなずいた。 「だから、ウィングの呪文を唱えるのをためらったのだろう? セミヤザの隻眼が、じっとぼくを見つめていた。 「……ぼくが内に秘めている――力?」 「そうじゃとも。おまえに秘められた力があったからこそ、ヨギの力も生きたのじゃよ、インディ=ルルク。 皺だらけの手が、ぼくの肩に置かれた。 「力の誘惑に惑わされず、自分の力を越える敵を恐れず、魔道生物への慈悲を忘れず――インディ=ルルクよ、ヨギの守護僧として、おまえがヨギの鍵を揃えし者だったことを嬉しく思うぞ」 こんな風に褒められたのは、生まれて初めてだ。 「大いなる力を宿したタスクの剣は、失われた。しかし、インディ=ルルクよ、失ったものを嘆くことはない。 ぼくはその言葉を胸に焼きつけた。――忘れない、この言葉を。
「……?!」 谷間を風が吹き抜けた。それで、ぼくは我に返った。 おしゃべりなくせに、よく、長い間おとなしくしてたな、こいつ……。 いつだって思わせぶりで、もったいぶっているミュア。 『ミュアも確信はなかったのじゃろう。あの子は、ずいぶんとおまえを案じておった。おまえが利用されていると薄々勘づいていながらも、何も口にしなかったのは、ギィに騙されていると知ったら、おまえがショックを受けると思うたからじゃろうな』 セミヤザがミュアに与えた水晶球。 『ミュアがそこまでぼくに気を遣うなんて、信じられないや』 ぼくはそう言い返したと思う。 『口で言うことと、本音は別だと言うことじゃよ、インディ=ルルク。……それは、おまえも一緒なのではないのかな?』 すべてを見通しているように、セミヤザは笑っていたっけ。 「……そんぐらい、ぼくにも分かってるけどさ」 ごくごく小さく、口の中で呟いたのに、ミュアは聞きとがめたらしい。 「何が分かってるって、インディ?」 答える代わりに、ぼくはわざと乱暴にミュアを抱え上げ、肩の上に乗せてやった。 「ケガ人に併せて歩くのって、かったるくってさ。さっ、アザゼル先生が戻って来る前に館に帰ろうぜ。やれ掃除をサボったのなんのって、またうるさいもんな」 歩き出して――ぼくはもう一度だけ、振り返った。 「――ドラゴンを操る力、か」 谷底に消えたタスクの剣を、惜しいとは思わない。 INDY=RRUK Step2 End |