エピローグ

 

「インディも物好きだね」

 肩に乗せたミュアが、半ばあきれたように言う。

「なにがだよ」

 ぼくは人にぶつからないように、注意して歩きながら答えた。
 ハミ王宮前広場は、集まった人々の数にもかかわらず、ざわめきは控え目だった。時折、押さえがちにかわされるのはアマフトの急死や、王家の花嫁を迎え入れる儀式のやり直しについての噂。

 人々は戸惑い気味で、まだ不安げだ。
 そんな中に、猫を肩に乗せた旅装束の少年がいるのに、誰も気づかない。

「だって、キミがその気なら、なにもこんな一般人に混じってパレードを見なくっても、貴賓席で間近に見ることも参加することもできるのにさ」

「いいんだよ、これで」

 ミュアもそれ以上は反対せず、黙り込む。
 誰も、ぼく逹に注意を払うものはいなかった。
 前の花嫁行列に剣を持って殴り込んだ少年のことは、まだ記憶に新しいだろう。

 だけど、今のぼくは剣はマントの下に隠してあるし、服もハミ王国風じゃなくていつもの格好に戻ってるからだろう。
 やがて、門の向こうに行列が現れる。いっせいに身を乗り出す人々――なにもかもがあの時と同じで、ぼくはふと眩暈を感じた。

 


   ……あなた、だあれ? 

 

 フードからはらりとこぼれた、金の髪。鮮やかな水色の瞳。

 

 ――わあっ、素敵、素敵! すごいわ、あなた、本当に魔法が使えるのね―― 

  

 わがままで、とんでもないお嬢様で……初めて会った時は、なんて女の子だろうと思ったものだった。

 

 ――あら、あたし子供でもないのよ。こう見えても、先週14才になったもの―― 

  

 14才も年上の王子と結婚するフレイヤは、ぼくとは半年と違わないのに……。

 

 ――それでね、この人! インディにもついてきてもらおうと思うの。なにかと便利だし――

   

 ぼくを物扱いして。本当にわがままで、手がかかる女の子で。でも、時として、まったく違う大人びた顔を見せた。

 

 ――……そんな言い方、するものじゃないわ。だって、インディはこれからがあるじゃない。いくらでも伸びることができるわ―― 

  

 砂漠でのあの時、そう言ったのはフレイヤかどうかは、ちょっと自信がない。
 もう、あの時には、フレイヤとミュアは入れ替わっていたのかもしれないと、後になってから気づいたから。

 そんなのはミュアに聞けば一発で分かるけど、ぼくにはなぜかそうする気になれなかった。

 

 ――インディ、やめてっ! もうやめよう、アマフトはほうっておけばいい! もう、いいの! あたしはこのままでも……だから、やめて、お願いっ――

   

 そう叫んだのは、ミュアの姿をしたフレイヤだった。
 もし……もし、あそこでぼくが手を引いていたら?

 ニッフルニーニョ大先生も、さすがにあの状況でジュジュ=フレイヤとフレイヤ=ミュアを入れ替えることはできなかったかもしれないけど、ミュア=ジュジュとフレイヤ=ミュアを入れ替えることはできたかもしれない。

 そうしたら……フレイヤはジュジュの体で、ごく普通の女の子として生きていけたかもしれない。
 ハミの花嫁とならず、ずっと、ぼくの側にいて、そして――。

 

 


 どよめきに、ハッと我に返った。
 行列がゆっくりと近づいてきている。先導者は、もちろんアマフトであるはずがない。王家の紋章を着けた、顔も知らない老人だ。

 その老人の厳めしい顔にもかかわらず、行列が近づくにしたがって、はれやかな歓声が波のように広がっていた。
 昨夜、見たままの姿のフレイヤが中央の馬に乗って手を振っていた。

 ぼくにくれた飾り櫛の代わりに、白い花の髪飾りをつけているが、それがよく似合っている。
 フレイヤ――ハミの花嫁。

 少し、頬が染まっている。その微笑みに、誰もが惜しみのない祝福の声を上げる。
 ――ミュアが言ってたっけ。ヴァーニール一族には魔力があるが、フレイヤにはない、と。

 だけど、もし人々の心から不安や恐れを取り除く力があるとしたら、フレイヤは魔力の代わりにそれを備えているに違いない。
 まんべんなく、平等に笑顔を振りまくハミの新しい花嫁と、ただの観客にすぎないぼくの目が、一瞬、奇跡のように合わさった。

 ハッとフレイヤが、かすかに顔色を変えるのが見えた。
 ぼくに、気づいたんだ。これだけの人込みなのに。
 剣の柄に手をかけて、飛び込んでいきたい――一瞬、そんな気もした。もう、花嫁を陰謀に巻き込もうとする敵はいないのに。

「…………」

 行列は、ぼくの前を通り過ぎる時だけ、足を速めたのだろうか?
 フレイヤの笑みが、泣き笑いめいて見えるのは、気のせいなんだろうか?
 金色の髪が波打っている。
 フレイヤは、いつまでも振り返るのをやめなかった――。

 

 

「……もう行こうよ、インディ」

 ミュアが肩の上で座り直した。


INDY=RRUK Step3 End

 

 
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