Act.10 知りたいことを、聞かない理由

 

 一人になって、ぼくは改めて巨木を見上げた。
 確か、ロダの木とか言ってたっけ。

 ぼくの目には普通の木に見えるけど、本当にこの木に魔物を寄せつけない力とやらがあるんだろうか?
 半信半疑の気持ちで、ぼくは木の根元によりかかって座ってみた。

   『ああ……、ここは落ち着くな』

 アドルが声を漏らした。心底、ホッとしたような……そんな感じだ。

「ん。そうだね」

 確かに、ここには不思議な安心感がある。
 まるで、家に帰ったような――そんな安らぎを抱かせる所だ。ここなら、魔物がこないというのも、まんざら嘘じゃなさそうだ。

「これならゆっくり休めるね、アドル」

 返事はなかった。
 よく注意してみると、アドルの気配がずいぶん薄くなっている。珍しいことに、アドルの方がぼくより先に眠りに落ちたらしい。

 それなら、無理に起こしたくはない。
 寝ているはずのアドルの邪魔にならないように、ほとんど何も考えないように落ちてくる木の葉だけを数えていたぼくは、自分でも気づかないうちに眠り込んでいた。

 そして、翌朝。
 ぼくはひさしぶりにさわやかな朝を迎えた。驚いたことに、戦いで受けた傷が完全に癒されている。
 痛みが消えたどころか、傷跡一つ残っていやしない。

「不思議なことも……うわぁああっ?!」

 何気なく木の幹に手をついたぼくは、心臓が喉からはみ出るほど驚いたっ!
 だ、だって、木に顔がっ!!

 心霊写真の特集でよくあるような、木の皺が人の顔のように見えるなんてもんじゃなくって、モロにリアルな、彫刻のように盛り上がった老人の顔が浮かび上がっていたんだ。 きっ、昨日は断じてこんなもんなかったぞっ、絶対!

   『何、ビビッてんだよ? このお爺さんは木の精霊だ、別に怖がるようなもんじゃないだろ』

 あきれたようなアドルの声。

「木……木の精霊?」

   『古いロダの木には、精霊の魂が宿るんだ。オレも噂に聞いただけで、見るのは初めてだけどな。
 でも、一晩で回復できたのは彼のおかげだぜ。礼ぐらい言ってやれよ』

 礼……ねえ?
 科学からはみ出る不条理なものは、なかなか受け入れられない現代人のぼくとしては、木の精霊ってのも信じがたいもんだあるけど。
 とにかく、ぼくは木に向かって丁寧に頭を下げた。

「えっとぉ……どうもありがとうございます。おかげで、すっかり元気になりました」

 ……なんか一抹のばかばかしさとゆーか、傍から見てとんでもなくマヌケに見えるのではという不安はあったが、それでもぼくは感謝の念を込めて深々と頭を下げた。
 頭を上げた時、老人の顔は一瞬だけ微笑み、そして消えていた。
 な、なんだったんだ、いったい?

   『木の精霊はだいたいが無口で、とってもシャイなんだ。めったに人前に姿を現さないと聞いている。
 ましてや、味方してくれるなんて……ヒロユキ、おまえはよっぽど精霊に気にいられたみたいだぜ』

 木に気にいられる……ほとんどシャレだぞ、それって!
 ……ふ、深くは考えないでおこう。そんなことより――これから、いよいよダームの塔へ向かうんだ。
 フィーナが囚われ、ダルク=ファクトの待ち受ける所へ。

「行こう、アドル」

 

 

 ダームの塔は、前にフィーナが閉じ込められていた神殿のさらに先にあった。
 禍々しい雰囲気を放つ塔を見据えながら、両側を高い崖で隔たれた細い山道を歩いていった。
 塔は見えているのに、うねうねと曲がりくねった道に阻まれて、なかなか進まない。

「気ばっかり、焦るな」

   『焦るなよ。平常心を失えば、敵に付け込まれるだけだ。まだ戦いの場にさえ辿り着いていないんだぜ』

 アドルの声は落ち着いていて、とてもこれからダルク=ファクトと戦うとは思えないほどだ。いつでも自分を見失わない冷静さと、素早く敵の戦力を分析する洞察力――その二つがアドルの武器だ。

   『ヒロユキ、前を見てみろよ。誰か、いるぜ』

「え?」

 目を凝らすと――確かに遠くに人影が見える。影に阻まれた道が一番細くなった付近に、大剣を背負った大男が立っていた。向こうの方もぼくに気づいているだろうに、まるで彫像みたいに身動きもせずに立っている。

 ……こっちを、待っているのかな?
 ぼくはどんどん歩いていって、大男と向かい合う所まで進んでいった。ほんの数メートルまで近づいた所で、一応足を止める。

 髭もじゃだらけの顔に、筋肉隆々の体付き……いったい、何モンなんだ、こいつは?
 と、思ってたら、大男は舌打ちした。

「チェッ、なんだ、弱っちそうな小僧一匹かよ。ったく、何考えてんだか……」

 聞き捨てならないセリフを口走ったかと思うと、大男は剣を真っ直ぐ前に延ばして言った。

「おい、小僧。てめえ、この先に行くつもりかよ?」

「そうだよ。どいてくれよ」

「ハッ、なんにも知らねえってのは恐ろしいな!」

 大袈裟に驚いてみせた男は、ギロリとした目でぼくを睨みつけてきた。

「いいか、小僧。この先にゃ村も町もないぜ、ただの行き止まりだ。
 化けもんがぞろぞろ住んでいる魔塔があるだけよ。悪いこたぁ言わねえぜ、引き返しな」


「余計なお世話だよ! ぼくは、そこに行くんだ」

「フン、英雄志願の、思い上がった小僧だぜ。だが、そうと知っちゃあ、タダで通すわけにはいかねぇな。……小僧、命が惜しかったら身ぐるみ脱いで、置いてきな!」

 男の目付きが一転した。
 シャキンと音を立てて、背中の剣が引き抜かれる。

「ご、強盗かっ?!」

 いや、待てよ。ここは山だから、こーゆーのを山賊って言うのかな?
 なんて、そんなくだらないことを考えてる場合じゃない!

「何をするんだよ?!」

 とにかく男の間合いからはずれようと、後ろに下がる。
 だが、自分の剣を抜く度胸までは固められなかった。魔物相手じゃなくて、人間相手に剣を向けるのには抵抗がある。

「オレ様は英雄志願の野郎は、大っきらいなのよ。てめえも大方、イースの本を目指しているんだろ?
 このゴーバン様はな、あんなとっくに滅んだ国に振り回されてる野郎を見るのは我慢できねえのよ」

 な、なんて自分勝手な――あれ?

「……ゴーバン?」

 ぼくは改めて彼を見返した。
 ジェバが最後にいい残した言葉――それに、よく見てみると、ゴーバンの目は見事な青だった。
 ……サラと同じ色だ。

「君は、ゴーバンって言うのか」

「なんだよ、おまえは?
 オレは確かにゴーバン様さ、だが、それがなんだっていうんだ?」

 ゴーバンは手を止めて、うさん臭げにぼくをジロジロ見る。

「じゃ……ジェバって人を知ってるかい? サラは?」

「う……っ?!」

 サッと、ゴーバンの顔色が変わった。かと思うと、いきなり及び腰となる。

「な、なんだ、てめえ、あのババアの回しもんか?! なんだよ、あいつが何を言ったかしんねえが、オレはイースの本も、トバ家の宿命も知らねえからな!
 そんなの、知ったこっちゃねえ!!」

 ……なんか、誤解しているみたいだ。

「違うよ、ぼくはただ……」

 言おうとして、詰まった。
 サラの死、ジェバの死――それを告げるのは正しいことなんだろうか?
 少し、迷った。

「なんだよ、てめえ、黙りこみやがって……あいつらがなにを言いやがったが知らねえが、オレはヤツらのことなんざ知らねえぞ!!」

 ムキになって言いたてるゴーバンを見て、すんなりと心が決まった。
 どういう事情か知らないけど、口とは裏腹に、彼があの二人のことを気にかけているのが分かったから。

「二人に言われて、ぼくはここに来たんじゃないよ」

 だが、ゴーバンはぼくの言葉をまるで信じちゃいなかった。

「ああ、そうかよ!!
 ハッ、あのババアの企みそうなこったぜ、てめえみたいな若造をおだて上げて、無謀な戦いに挑ませるなんてよ!!

 おまえ、ババアに聞いたのか? 今までダームの塔に挑んで、戻ってこなかったヤツの数をよ?
 戻って、あのババアに聞いてみな。きっと、気が変わるぜ」

「……残念だけど、それはできないよ」

 からからに乾いた喉を潤そうと、ぼくは唾を飲み込んだ。

「だって――ジェバはもう、この世にはいない。彼女は……昨日、亡くなったんだ」

 凍りついたような一瞬。

「…………なに……、言ってんだよ」

 ゴーバンは、無理やりそれを笑いとばそうとした。だが、その顔は引きつっていた。

「ウソ……ついてんじゃねーよ、あのババアがそう簡単にくたばるわけねーだろ。あのババアには、未来をなんでも予知する占い師がついてんだ」

「……サラは――ジェバさんより一足先に、亡くなったんだ」

 ゴーバンの目が、大きく見開かれた。
 おそらくは直観的に、ぼくの言っていることが真実だと感じ取ったんだ。

「……あ……」

 彼は大きく頭を振った。
 そして、呆然とした表情でぼくを凝視する。今聞いたことが現実の出来事なのか、そこに書いてあるかのように。

「二人の墓は、ジェバの家の裏手に……そこに、埋めたんだ」

「……なぜ、死んだんだ……っ?」

 かすれた声で、ゴーバンはぼそっと呟く。

「それは……」

 魔物に殺されたとは、さすがに言いにくかった。迷っていると、ゴーバンはぼくの肩をわしずかんだ。

「隠すなよ。――目を見せてみろ」

 心までも見通すような青い目が、ぼくの目を捕らえた。これは――サラと同じ目だ。短いような、長い一瞬が流れた。

「…………」

 ほうっと息を吐きだして、ゴーバンは手の力を抜いた。

「……悪かったな、こんな真似してよ」

 『こんな真似』と言うのが、乱暴に振る舞ったことなのかそれとも心を読んだことなのかいまいち分からなかったけど、ぼくは首を振った。

「いいよ、気にしていない。……それより、大丈夫かい?」

 ゴーバンはびっくりするぐらいおとなしくなって、ぼくにはそれが心配だった。だけど、ゴーバンは他人ごとのような口調で、ぼそっと言った。

「まあな。……こんなにショックを受けるとは、自分でも思ってなかったよ。おまけにトバ家の力も、まだ消えてはいなかった……」

「トバ家の力? ……じゃ、君はひょっとしてジェバの……」

「息子だ。サラはオレの従姉妹だった。
 トバ家に生まれた者は、多かれ少なかれ不思議な力を持つんだ。オレもサラほど強くはないが、読心の術を使える……そんな力やイースの伝説に振り回されるのが嫌で、家を出たんだ」

 ゴーバンはぼくに話していると言うよりは、思っている言葉がそのまま口からでているみたいだった。
 ゴーバンは力なくその場に座り込んで、俯いていた。

「自分勝手に好き放題に生きるつもりで、山賊まがいのことをやるようになった。だが……そうして家を出ても、オレは時折イースの本を探しに行くヤツに出会った。
 どいつもこいつもたいした力もないのによ、無謀にもほどがあるってんだ。

 だからだよ、ここに根城を構え、ダームの塔へ行くヤツを邪魔するようになったのは。 みんな、オレに叩きのめされて、悔しがって帰ってったよ。オレは……そんなことをしてきた人間なんだ」

 自嘲気味に呟くゴーバンに、ぼくはつい、口を出してしまった。

「ぼくは――それが悪いことだとは思わないな」

 ゴーバンが不思議そうにぼくを見上げた。

「だって、どんな理由であれそれでイースの本探しを中断するような人間は、別の困難に出会ってもやめる人間だよ。なら、命の危険がない内に、無謀なことをやめさせた君は、感謝されてもいいぐらいだと思うな」

 だけどぼくの慰めに、ゴーバンは泣きそうなのと笑いそうなのとごっちゃになった、奇妙な表情を浮かべて言った。

「イースの本を集めるヤツを邪魔することで、オレは自分の運命に逆らっているつもりだった。だけど、結局はそれが、彼らや真にイースの本を集める者の手助けになるのだとしたら……。
 オレのしたことってのは、いったいなんだったんだろうな?」

 ぼくは、それには答えられなかった。どっちにしろ、ゴーバンの方も答えを期待しているようには見えなかったけど。

   『それに答えられるのは、ゴーバンだけだ。他人が口だししたって、始まらないぜ、ヒロユキ』

「……アドル……」

 つい、アドルの言葉に答えてしまったぼくに、ゴーバンはギロッと目を向けた。

「アドル? ……そうか、おまえは『アドル』じゃないんだったよな」

「え?」

 急に敵意の混じった視線を向けられて、ぼくは思わず怯んだ。

「おまえ、異界からきた剣士なんだろう? 救世主扱いされていい気になってるんだろうが、知ってんのかよ」

「知ってる……って、何を?」

「一つの身体に、二つの魂が  」

 ゴーバンの言葉を遮って、アドルが叫んだ。

   『やめろっ!』

「うわっ?!」

 今まで聞いたこともない、アドルの叫び声にぼくは飛び上がった。まるで、ヘッドホンで小さな音で聞いていた音楽が、突如、大音量に変わったよーな衝撃!
 耳を押さえて  実際、アドルの声が聞こえてるのは耳じゃないと思うけど――飛び回るぼくに、アドルは激しい口調でなおも叫んだ。

   『そんな話なんか、聞くな!! いいか、何を言われたって耳を貸すんじゃないぞ!』


「みっ、耳を貸すなって、今っ、耳が痛いよっ、アドル!!」

「……何、一人で騒いでるんだ?」

 さすがに呆れたように、ゴーバンが言う。……うっ、気持ちは分かるが、そんな得体の知れない化け物を見るような目で見なくっても。

「ちっ、違うよ、一人でじゃなくって……アドルが言ってるんだ、そんな話を聞くなって」


「アドルって……その身体の持ち主か?」

 意外そうに、ゴーバンがぼくの目を除き込んだ。ちょうど、さっきやったみたいに、ぼくの肩を掴んで。

「アドル、おまえ、しゃべれるのか? ……いや、それ以前に、オレの言葉が聞こえるのかよ?」

 これはぼくにじゃなくて、アドルへの呼びかけだ。

   『聞こえるし、しゃべれらァ! おまえこそ、オレの声が聞こえるのかよ?』

 少し間を置いて、ふてくされたようなアドルの返事が聞こえた。それは相変わらずぼくの頭の中だけで響く言葉なのに、ゴーバンには通じたらしい。

「……ああ、分かるぜ。――驚いたな」

 本当に驚いたように、ゴーバンが呟く。

「おまえ、身体を乗っ取られた本人なんだろ? なら、なおさらオレの話を聞くべきだと思うぜ。どうせ、あのババアやサラはなんにも言わなかったんだろうが、実はな……」

 話しそうとしたゴーバンの言葉を、アドルはまたも途中で遮った。

   『聞くまでもないよ、そんな話。
 ゴーバン。オレの名は、アドル=クリスティンだ。トバ家に生まれたおまえなら、知っているんじゃないのか?
 オレはヨリマシで知られた、クリスティン家のディアナの孫だ』


「ディアナの……?!」

 まさに血相を変えたと言うに相応しいゴーバンの態度といい、自信たっぷりのアドルの口調といい、これって、よっぽど大変な人らしい。
 だが、ぼくにはさっぱりだし、ヨリマシとかも分かんないし、突っ込んで聞いてみたかったけどとてもそんな雰囲気じゃなかった。

「それじゃあ、おまえはまさか……」

 ゴーバンは息を飲んで、言った。

   『……知っているよ。だから、聞く必要はないって言っている』

「正気かよ!? おまえ、それでいいのかよ?! ババアやイースの思惑にはまって、犠牲になるってぇのか?!」

   『ゴーバン、イースの運命に振り回されたことが悔しいからって、イースのために動く者を敵視するな!

 オレはイースのためでもクリスティン家のためでもない、オレは、オレの意思に従っているんだ、他人にとやかく言わせやしない!
 ヒロユキだって、イースのためなんかじゃない、自分で決めて、やってるんだ!!』

 アドルの言葉は、いつもたがわずに本音を貫く。
 それはぼくだけじゃなくて、ゴーバンの心にも伝わったようだった。さっきまでの敵意や驚きが見事に消えて、何か、深く考え込むような表情に変わる。

「……それで……いいのか? おまえら……」

 先に答えたのは、ぼくじゃなくてアドルだった。

   『いいよ。……サラとも約束したことだしな。
 おまえはああだこうだと言っているが、サラは立派だった。最後の最後まで、イースのためにという、自分の信念を貫き通して死んでいった』

「ああ……そうみたいだな。だが……サラはあんた達に本当のことを言わずに逝った」

「本当のこと?」

 深刻なゴーバンとアドルの会話に、ぼくは余計な口出しをせずに黙っていようと思ったのに、つい、口を出してしまった。
 死に際――確かに彼女は妙に思わせぶりなことを言っていた。
 ぼくには意味不明な……でも、アドルにだけは分かっているような言葉を。

「それ……どういう意味なんだよ、アドル?」

 ……返事がないな。

「アドル、聞こえないふりなんかするなよー。……じゃあ、ゴーバンでもいいや、知ってるんだろ? それって、どういうこと?」

   『ゴーバン、教えるなよ! ヒロユキにゃ、関係ないことなんだから!』

「あーっ、アドル、なんだよ?! さっき聞いたら知らん顔した癖に、その言い方は?!」

   『知らない方がいいって言ったら、いいんだよ!!
 言っておくがヒロユキ、どうしても知りたいっていうんならおまえとは絶交だからな!』


「ず、ずるいっ! アドル、その言い方はずっこいぞ!!」

 だいたい、この状況で絶交するなんて、無理があるぞっ!!
 ……とは言うものの、一本筋の通ったトコのあるアドルのことだ、絶交するって言ったら、ホントに口を利かなくなるかもしんない。

 考えてみりゃ、ただでさえアドル、口数が少なくなってきてるしなあ……などと真剣に考え込んでいたら、ゴーバンが苦笑した。

「なにがおかしいんだよ?!」

 人が真剣に悩んでいるのに。

「いや……悪い。だけど、つい、おかしくなってな。おもしろい奴らだな、おまえらは。ずいぶん、仲がいいじゃないか」

 ……そんな、笑われるようなことを言ったんだろうか?

「さすがに異界の剣士は変わっているよ。
 ヒロユキ……って言ったな?
 オレはアドル=クリスティンが隠している事実も知っているし、その理由も見当がついている。

 知りたきゃ、教えてやってもいいぜ。
 多分、理由もそっくり知ってしまえば、おまえもアドルが黙っていたことに納得できるだろうし、アドルの方だって絶交のなんのって意地を張る理由もなくすだろうぜ、な?」


   『フン、勝手なことを言ってくれるぜ』

 けど、アドルの口調はそれほど怒っているようには聞こえない。
 むしろゴーバンの言う通りだと認めているような、諦め半分の感じだ。
 それはひどく魅力的な申出で、心が揺れた。だけど――。

「――やっぱり、やめておくよ」

 迷った末、ぼくはそう言った。

「なぜ? 知りたくはないのか?」

「知りたいけど……アドルに絶交されちゃ、嫌だもんね」

 アドルの忠告は、いつも必ず意味がある。
 感情に流されやすいぼくはついつい忠告を無視しがちだけど、でもいつだってアドルの忠告には助けられているし、感謝だってしている。
 いつか、それを形にしたいと思っていた。

 直接、改まって礼を言うのはなんとなく恥ずかしいから、もっとさりげない形で、さらっと間接的にそれを伝えたられたらいいと、ずっと思っていた。

「アドルが嫌だって言うなら、ぼくは聞かないよ。それに、サラが最後に言い残したのは、ぼくにじゃなくて、アドルへの言葉だった。彼女もそう思ってたんじゃないかな……ぼくは知らなくもいいって。
 だから、ぼくは聞かない」

 ゴーバンはしばらくなんにも言わずに、ぼくをじっと見つめた。……いや、それともぼくの中にいるアドルを見ていたのかもしれない。

「……そうか、それがあんたの結論かい」

「そうだよ。アドルだって、そう思うだろ?」

   『ゴーバン。おまえはサラにわだかまりがあるかもしれないが、オレにはないんだ。 サラは、最後にオレに言った。恨むのなら、自分を恨んでくれと……。
 オレは恨んでない、と答えた。
 今もそう思っているぜ』

 アドルの後押しが、決定打になったみたいだ。

「……分かったよ、もうオレはなんにも言わねえよ、あんたらはあんたらの好きにしな」


 ゴーバンは掴んでいたぼくの肩を放した。

「あ……。どこに行くんだい?」

「村へ帰る。魔物にめちゃくちゃにされたんだろ、こんな時は人手は多い方がいい。……オレでも、役にたつかもしれないしよ。惜しい気もするが、仇討ちはあんたらに任せておくや」

 憑物が落ちたような、さっぱりとした口調。
 ゴーバンは確かにダームの塔に背を向けて、ゼピック村に向かって歩きだした。
 そんな彼に、ぼくは言い忘れていた言葉を投げかけた。

「ゴーバン! ジェバは……最後に、君の名前を呼んでいたよ」

 ゴーバンは立ち止まって、振り返った。

「知っているよ。
 忘れたのか? オレは、人の心が読めるんだぜ」

「あ」

 そ、そうだった。ぼくって、マヌケだ。
 自分のドジさ加減に呆れていると、ゴーバンは初めてぼくに心からの笑顔を向けた。

「でもよ、教えてくれてありがとよ」
                                  《続く》

 

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