Act.11 新しい仲間 |
「ここが、ダームの塔か……」 ぼくを待ち兼ねていたとでも言うように、扉が開きっぱなしになっている古びた塔は、お世辞にも気持ちのいい場所じゃなかった。 中は、壁も床もくすんだ青黒いタイルで敷き詰められているし、通路は薄暗くって、まるで光のかけらも刺さない深海に潜ったかのような印象を受ける。 「うぷっ……アドルはいいなあ、臭いは感じないんだろ?」 『そうだな。ついでに、耳も聞こえない方がよかったかもな』 「へ?」
さ、さすが、魔物の巣窟。こりゃあ、よっぽど肝を据えてかからないと。 「い、行こうか、アドル」 『おいおい、足が震えてんじゃないの?』 冷やかすように、アドルが笑う。 「こ、これは武者震いさっ!! さっ、行くよ!!」
幾つかの通路を折れ曲がり、昇り階段を1つ2つ上った時、ぼくは塔に入って以来、初めて人影を見かけた。 「わっ?!」 通路の先の大きな扉を守る、二人の兵士。 『まてよ、隠れるこたあないぜ。そのまま、よーく兵士達を見てみな』 「隠れるなって……見つかるとヤバいだろ?!」 『心配いらないぜ。『見つかるとヤバい』って場合なら、もうすでに手遅れだ。普通の兵士なら、もうとっくにおまえに気づいて追っかけてきているよ』 ……まあ、確かにアドルの言う通りだよな。それに、どうせ逃げ出す時期をハズしたんなら、いくら遅れても同じことだし。 「うげっ!」 そいつらが何者かに気づいて、ぼくは背筋が寒くなった。だ、だって、そいつらときたら! 顔だけじゃなく、鎧からはみ出た手足も、半分腐ったような感じだ。気づくと、腐臭がモロに漂ってきている。 『あれはゾンビさ。ゾンビには思考力ってもんがない。侵入者の姿を見ても、与えられた命令を実行するしか脳がないのさ。 「てっ、敵に回せばって……」 ふと、頭をかすめるのは、前に見たことのある三流ホラー。ううっ、あの映画じゃ、ゾンビに噛まれた人間ってゾンビになっちゃうんだよな〜。 『どうやら、あいつらに与えられた命令は、あの扉を守ることらしい。近づかなければ戦う必要もない。が、これ以上近よれば……』 脅すようにアドルの声が低まる。 「ちぇっ、やなこと言うなよ〜、アドル」 とはいえ、アドルの意見もごもっとも。ぼくはゾンビ二匹を見ながら、危険と確率を天秤に乗せて悩みだした。 が、番人を置くってことは、その扉に深い意味があるってわけだし……。 「……ええーい、もう、こーなったら出たとこまかせだっ! アドル、ゾンビの部屋を突破しよう!! いいかい?!」 迷った時は、己の直感に従うべし!! 『いいぜ。健闘を祈るよ』 苦笑気味とはいえアドルの賛成を得てから、ぼくは腰の剣を抜いた。……にしても、二人を相手に戦うなんて、初めてだ。 まずは、数を減らすべし! 「………ッ!!」 声のような、ただの息漏れのような音を残し、ゾンビがぐずぐずの肉塊へと変わる。 『ヒロユキ、後ろっ!!』 とっさに、わずかでも身体をひねったのが幸いしたらしい。 「くっ……!」 手に力を込め直して、ぼくは無意識に間を取った。 そうか、油断した一瞬に、もう一匹のゾンビにやられたのか。 アドルの警告がもう一瞬遅かったら、頭を叩き割られてたに違いない。ゾッとする恐怖に浮き足立ちそうになる……が、ここが落ち着き所だ。 自分にそう言い聞かせ、ぼくはするするとゾンビに摺り足に近づいていった。 ぼくだって、ダテに剣道部の鬼コーチに毎日しごかれてたわけじゃない! 脳のとろけたゾンビなんかの足裁きに、負けてたまるもんか!!
「……ふぅっー」 あー、なんとかゾンビ二匹、やっつけられたみたい。と、なれば扉を開けるのみっ! 「ありゃ?」 その部屋は、……部屋とは言えないような小部屋だった。何にもないどころか、限りなく垂直に近い急な階段があるだけだ。 「なんだろ、これ」 『隠し階段、って奴だな。うまく行けば、大幅に時間を節約できる。その代わり、罠の危険も大きいが……、確率は五分五分ってとこか』 アドルはそこまで言って、くすっと笑った。 『ま、確率が五分なら、おまえの選択は決まったも同然だな』 「分かっているじゃないか。もちろんだよ」 どんどんと踏んで、階段が傷んでないのを確かめ、ぼくは上に向かって狭い階段を昇りだした。
真っ先に、ぼくは大きく息を吸い込んだ。 ここは、ちょうどバルコニーのような回廊で、塔の外壁をぐるっと取り囲む形になっている。 ミネアの村やゼピック村が、一目で見渡せる。ぼくはしばらく、ぼけっと景色に見とれていた。が、この塔に入ったのは昼頃だったのに、早くも日は傾きかけているじゃないかっ! 「いけね、のんびりもしてられないか」 歩き出そうとして、ふと、ぼくは立ち止まった。――考えてみりゃ、今までぼくがぼーっとすると、すぐにアドルが注意してくれてたのに、なんで今、ぼくは『自分』で気づいたんだろ? 「……アドル?」 『なんだい?』 普段と別に変わりのない、アドルの思念が戻ってくる。それを聞いて、ぼくは少なからず安心した。 「……いや、なんでもないよ。さ、行こうぜ、アドル」 慎重に、ぼくは歩を進めた。なんせ、足を滑らせたら一巻の終りだっ――それだけにできる限り慎重に、ぼくは外壁沿いにぐるりと塔を回った。半回転もすると、景色も一変する。 「なんだ、こっちにも道があるんじゃん」 塔に至るまでは断崖絶壁に覆われた一本道、そして塔に遮られていて反対側の景色はまるっきり見えなかったけど、ダームの塔には二か所の入り口があったんだ。 ま、どっちにしろ、こっち側の道の方が険しいみたいだし、ダームの塔にくるような物好きがそうそういるはずもないか。 そこから中を伺ってみると、この入り口を囲むようにして奇妙な像が三体立っている。 金の台座に、不気味な首が四つ乗った像――それが三つだ。 「なんだぁ、この部屋は?」 一応、用心しながら、ぼくは塔の内部へと入った。 あー、やだやだ、さっさとこんな部屋から出よう。そう思って、無造作に足を進めた時のことだった。 『ヒロユキッ、ヤバ…ッ?!』 「う、ぁあっ?!」 アドルの悲鳴が、そしてぼくの悲鳴も途中でとぎれる。 ドタッ。 重たげな音を立て、ぼくの……アドルの身体が床に落ちる。不自然な格好で倒れたまま、身動きできないでいるぼくの前で、24の赤い眼が、ネオンのようにちらつく。 「う……っ、……くっ……!!」 もはや、どうしても逆らえなかった。 アドルは、許してくれるだろうか――それが、ぼくの意識に最後まで残ったことだった……。
彼女は心の底から嬉しそうに、ぼくに笑いかけていた。それは今まで見たことのない――でも、見たくってたまらない、フィーナの姿だった。 「フィーナ?」 延ばした手は、届かない。あっという間に顔も分からないぐらい遠のいてしまった彼女に、ぼくは悲鳴じみた声を上げていた。 「フィーナ!! ……ぁ?」 自分の声で、ぼくは唐突に目を覚ました。 「え……あ?」 な、なんか、急に変わりすぎて、自分が今、どこでどうしてるのかさえ分からない。 「お気がつかれましたか?」 混乱するぼくを、見たこともない少年が除き込んでいた。 誠実そうな明るい茶色の目が印象的で、人の良さそうな笑顔には一目で好感を持ててしまう。起き上がろうとして、ぼくは身体のあちこちに負ったはずのかすり傷が消えているのに気づいた。 「あ、怪我は治しておきました。もっとも、ぼくは癒しの術は多少しか操れないので、まだ痛みなどが残っているかもしれませんが」 律義にそう説明してくれたりして。 「とんでもない、痛くもなんともないよ。どうもありがとう」 礼を言ってから、ぼくは辺りを見回した。 まるで牢屋のような小部屋だった。……いったい、ここはどこだろう? 「ところで、ここは? ぼく、変な像のある小部屋で気絶したと思ったんだけど……君が助けてくれたのかい?」 「いいえ、残念ながら」 ぶんぶんと首を降って、少年は上を見上げた。
至って真面目に言うから、ふんふん頷いてたけど、よく聞くと、さらっととんでもないセリフを聞いたような? 「ぼくと同じ罠って……」 「ええ、恥ずかしながら、ぼくは3つの像のある小部屋に入り込んで気絶して、気がついたらここにいたんです。ごらんの通り鍵がかかっていて、ここから出れなくって――実は、あなたが落ちてくるまで、途方にくれてたのですよ」 照れくさそうに、少年が笑う。……う、頼りになるかと思えば、全然頼れない奴っ! まあ、ぼくも人のことを言えないんだけど。 「でも、人に出会えて、心強いです。ところで、あなたのお名前は?」 「アドルだよ。アドル=クリスティン」 もはやすっかり口になじんだ名を名乗ると、少年は意外そうに目をぱちくりさせた。 「え? ……あなたが?」 その言い方が、まるでぼくがアドルじゃないと思いこんでいたような口調だっただけに、ぼくはぎくっとした。 「あ、すみません、疑うようなことを言ってしまって。ただ、あなたは寝言で、ずっとフィーナと……アドルと言う名を呼び続けていたので、まさか本人だとは思わなくって」 ……そりゃ、フツーは思わないわよな。どこの世界に、気絶したまま自分の名を連呼するヤローがいるっつうんだ。 「い、いやぁ、ぼく、そんな寝言いってた? あははっ、我ながらワケの分からない寝言を言ってたんだなあ」 どうしようもないので、とりあえず笑ってごまかす。幸いにも、この、見るからに人の良さそうな少年は、ぼくのあやしげな説明で納得してくれたらしい。 「どうかなさいましたか?」 「あ、いや、なんでもないよ」 こっそりアドルに呼びかけようにも、事情も知らないこの人の前でやったら、確実にぼくは『変人』と見なされるだろうし。しょうがない、アドルには悪いけど後回しにさせてもらうとしよう。 「ところで、君は?」 「あ、まだ名乗っていませんでしたっけね。ぼくは、ルタ=ジェンマといいます」 ルタ=ジェンマ 彼は、この世界ではかなり有名な神官の家系の生まれらしい。驚いたことに、ぼくとどっこいかヘタするとぼくよりも幼く見えるルタ=ジェンマは、今年22才だそーだ。 おまけに剣さえ持っていなくて、戦うにはどう見ても不向きな彼が、なんだってこのダームの塔へ来たのかと思えば、神託を受けたからだと言った。 「神託って……神のお告げ?」 ついついあきれた口調になってしまうのは、やっぱし、現代人のぼくには神自体がピンとこないせいだな。
「……なんだって?」 ぼくはバカみたいに、ぽかんと口を開けた。 確かに彼女なら、ぼくのこともぼくの行く先も知ってたけど、でも他人に夢でそれを知らせるなんて……? 「……お疑いですか? 「あ……、いや、そんな意味で疑っちゃいないよ」 とりあえずぼくはそれを否定してから、荷物の中からイースの本のを取りだした。それを見て、今度はルタ=ジェンマが目を見張る番だった。 「じゃ……あなたが……」 ルタ=ジェンマは祈るようなしぐさをした後、身を正した。 「ぼくは――いえ、ジェンマ家の者は、この時を待ち兼ねておりました。どうぞ、これをお受け取り下さい」 丁寧に、ルタ=ジェンマはイースの本をぼくに手渡した。これで、5冊、か。 「ありがとう」 「いえ、お礼を言うのはこちらです。どうか、ぼくにもお手伝いさせて下さい。イースの本を集める者に手助けすることが、ジェンマ家の念願でしたから」 それがこの世で一番嬉しいことだ、とでも言わんばかりに頬を上気させているルタ=ジェンマを見て、ぼくはふと、ゴーバンを思いだした。 トバ家に生まれたゴーバンが、イースの本に振り回されるのは嫌だと言っていたのとは対照的だな。 「そりゃあ、願ってもないけど……でも、危険があるかもよ」 「構いません」 きっぱりと、ルタ=ジェンマが言い返す。だけど、ぼくが聞きたいのは、そんな返事じゃないんだ。 「いいや、『構って』くんない?」 そう言うと、ルタ=ジェンマはきょとんとした顔になった。その、どっか子供っぽい表情を楽しみながら、ぼくはゆっくりと説明した。 「ジェンマ家がどんな家訓や宿命を背負っているにせよ、君が進んでそれをやっているにせよ、自分の命を投げだしてまでやることじゃない――ぼくには、そう思えるんだ」 サラ。ジェバ。 「だから、危険はできるだけ避けて、決して無理をしないと誓ってくれるなら……それなら、喜んで手伝ってもらっちゃうよ」 「………」 ただでさえ丸っこいルタ=ジェンマの目が、一段と丸くなる。 「――ぼくは長い間、イースの本を集める者とは、どんな人かとよく考えていました。でも、アドルさんはぼくが思っていたのとは、全然違うんですね」 うっ、イメージ崩しちゃったかな? 「本当に、ぼくが考えていたよりも、ずっと素晴らしい人です。アドルさん、ぼくはやはりあなたのお手伝いをしたいと思います。その条件を飲みますから、どうか、お供させて下さい」 なんか、激しく買いかぶられたような――でも、悪い気はしないな。
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