プロローグ

 

 そこはどうやら、どこかの塔らしかった。
 薄暗くって分かりにくいが、オレ様の目はごまかせないね――この広さといい、さりげない装飾といい並じゃない。ちょいと掃除をして磨き立てれば、大金持ちン家のホールつっても信用されそうな立派さだ。

 なのに、阿呆にもそこで戦いあってる連中がいる!
 なんつー罰当たりだ、回りを傷つけたらどうする気なんだよ、おい!!
 他人事ながら心配になるぐらいだが、戦っている連中は周囲のことや、オレの内心の声なんか気がついてもいない。

 片方は……これが男にしておくのが勿体ないぐらいの美形だ。
 鬘屋に高く売れそうな、見事な金髪を長くのばした美青年だが……頭の両脇から節くれ立った角が二本でているのが、激しくマイナスポイントだ。どうやら、人間じゃあないらしい。

 剣と魔法を折り混ぜて攻撃する、一見魔道士風の美青年と戦ってるのは、せいぜい15、6才……オレよりちょい下ぐらいの戦士の少年だった。
 黒い髪に、青い瞳――はっきりいって、こいつの方もそこそこの美形でかっこいいタイプだった。

 二人は激しく剣を交えて戦ってる。
 もし、オレだったら、この勝負は青年の勝ちに賭けるだろう。なぜって、少年の方は魔法もまるっきし使えないらしく、ちょっとした魔法でオタオタしているのが見てとれる。 たちまち追い詰められ、蒼白になって剣を振り回す少年は、何かを叫んだ。

 音とか声はまったく聞こえないんだ。
 でもよ、その唇の動きでなんて叫んでいるのか、オレには分かる。こう見えてもオレって読唇術が使えるんだ、おかげで彼の叫びはよく分かる。

『アドル――!!』

 少年は、確かにそう叫んでいる。誰かの名前らしいが、そんなことよりオレはそう叫ぶ瞬間のそいつの表情の方が引っかかる。なんか、ひどく必死な、切羽詰まって助けを求める顔――それが、次の瞬間にはすっごく嬉しそうな笑顔に変わるんだ。

 そして、驚いたことに、次の瞬間から少年の動きが急によくなりやがるんだ。はっきし言ってこんなのサギだよなー、さっきまでは青年が圧倒的に有利だったくせに、いきなり変わるんだもんよ。

 しかし、観客のオレの意見はさておいて、そいつはどんどん動きを早め、ついには魔法を操る青年を倒してしまう。こう、肩から斜めにばっさり!!

 うひょーッ、派手な血飛沫!

 ……はっきり言って気持ち悪ィ。オレって性格がデリケートなせいか、血を見るのってダメだ。
 これがナマで見てるんだったら、この場で気絶だぜ。

 ドウッと倒れる青年――そして彼を倒した少年も、気が抜けたようにその場に座り込む。バケモンをぶったおした癖に、そいつは何かにとっつかれでもしたように、ボーッとした顔をしていやがる。

 何か口を動かしているが、今度は何を言ってるのかよく分かんないな、口の動きが小さすぎてさ。
 しばらくして、やっと勝ったって実感が込み上げてきたらしい。そいつはやけに大切そうなしぐさで、自分自身の肩を抱きしめている。

 ……ナルシストなのか、こいつはっ。

 と、普段のオレならそう馬鹿にするところだが、そいつの表情を見ていると、文句も尻つぼみになっちまう。
 だってよ、そいつってばすっげえ嬉しそうな顔しているんだ。

 なにがそんなに嬉しいんだが、まるでこの世の幸運をぜんぶ独り占めしたみたいに、幸せそうな顔をしている。
 羨ましくなるぐらい手放しに嬉しそうな顔をしているそいつ――その顔が、スゥーッと薄れだした……。

 

 

 

「んー……、も、朝か」

 やけに眩しいと思ったら、顔にもろに朝日が当たってやんの。まったく、これだからカーテンもボロい安宿は困るってんだ。こんなに穴が開いてるんなら、カーテンを引いている意味がねーっつーの。

(それにしても……よく見るな、あの夢)

 ぽりぽり頭を掻きながら、オレはさっきの夢を思い返した。なぜだか妙にリアルなあの夢を、一年ぐらい前から見るようになった。
 あの塔も、人間じゃない青年も、あの少年も、まったく記憶にない。

 なのに、なんでこんな夢を繰り返して見るんだが理解に苦しむが、見てしまうものは仕方がない。

「ふわぁあー」

 アクビをしながらノロノロ服を着替えていると、下の方からドタバタと騒ぐ音が聞こえた。なんせここは安普請の宿屋だ、物音なんて丸聞こえ。
 なんとなく嫌な予感を感じて、オレは耳をすませ、ドアに張り付いてみた。だが、そんな真似をするまでもない。

「だからよ、ここにユーロって野郎が泊まってるかって聞いてるんだよっ!」

 耳に飛び込んでくる汚いダミ声に、オレはギクッとした。別に知り合いの声じゃないが……心当たりは売るほどあるっ。
 オレの名はユーロ。

 マジシャン・ユーロの名は、その稼業ではそこそこ有名な方だ。手品レベルの簡単な魔法を使えるから、マジシャンなんて呼ばれてるけど、本業は武器商人。
 ――と言っても、まともな品物を売っている真っ当な連中とはわけが違う。

 実力もないくせに冒険者とか言って旅に出る無謀な戦士志願に、ちょいとケンカをふっかけては金目のもんをありがたく頂き、闇市場に売り払ってその日暮らしをしている、ケチな闇商人だ。

 そんなオレに恨みをもって探すような奴と言えば……こないだインチキポーカーで身ぐるみ剥がせてもらったあの大男だろうか?
 それとも、鞘から抜けない剣を名刀だといって高く売りつけてやった、あの馬鹿な戦士? ――心当たりが多すぎて、ちっとも見当がつきやしない。

「くそっ、こうしちゃいられないや!!」

 オレは手早く荷物をまとめ、窓を開けた。ここは二階だ、降りれない高さじゃない。ましてや、オレは身の軽さと口の上手さには自信がある!

「ていっ!!」

 上手く衝撃を殺して裏道におりたオレは、後にもみずに逃げ出した!
 ついでに宿代は払いそびれたが、この際だし一生忘れとくことにしといた♪

 

 


「いたか?! あのガキ、一度、痛い目にあわせなきゃ気がすまねえぞっ!」

「あいつ、さんざんここらの縄張りを荒しやがって……生かしちゃおけねえぜ!!」

 と、やたら物騒なことを言ってる連中をこそこそ避けながら、オレはなんとか港まで逃げてきた。それにしても、これほど大勢の連中が手を組んで、大々的に探しているとは驚きだ。

 自分で言うのもなんだが、オレって予想していたよりも名前が売れていたらしい。念のために変装してよかったと、しみじみと思う。


 宿屋を逃げてからすぐ、オレは目立つ赤毛を黒く染め、ついでにバッサリと短くした。
 本当は鬘屋に売るためにせこくもコツコツと伸ばしていた髪なんだが、背に腹は変えられない。
 それに、いつもの身軽な魔道士の格好をやめて剣と鎧を買って着替えたから、今のオレはどっから見ても戦士の少年っ!

 オレでさえ本人とは思えないくらいだ、一度や二度会っただけの連中に見分けられるはずはない。……とはいえ、長引けばまずいのは目に見えている。

「……この辺が、潮時かな」

 あっちで悪さをして都合が悪くなればこっちに逃げ、こっちでいいかげんなことをやって引っ込みがつかなくなったらどっかに逃げ――それが、オレのやり方だ。
 家も家族もない風来坊は、こんな時は気楽なものだ。

 ちょうど港にいることだし、ここは思いきって海を渡って、うんと遠くまで行くのもいいかもしれない。
 と、言うわけでオレは船着き場に行って、一番早く出向する便の切符を買うことにした。

 

 

「一番早いのは……ああ、エストリア行きだね、ほら、あのオレンジの煙突の船さ。ははあ、その格好といい、あんたも冒険者志願なのかい」

 人の良さそうなおっさんは、オレの格好を見て誤解したらしい。ふん、冗談じゃない、誰が好きこのんでバケモンと戦ってまで名をあげたいもんか。
 しかし、ここは調子よく口先だけは相手に合わとく。

「うん、そうだよ。オレ、魔物を倒して、英雄って言われるような有名な冒険者になりたいんだ」

「ははっ、若いもんは夢があっていいねえ。それならエストリアはうってつけかもしれないな。魔物が多いと聞くし、魔王の本拠地って噂も……しかし、命は大事にするんだよ」


 げっ、魔物が多いだって?
 それに、魔王?
 …………やっぱりやめとこうか――そんな風に思った時、オレの後ろを数人の男達がバタバタ走り抜けていった。

「くそ、ユーロの奴、どこに行きやがったんだ?!」

「おい、もっと人手を集めて、町の出口を固めようぜ!」

「ああ、絶対に逃がすもんかっ!!」

 ――どうやら、後戻りはきかないらしい。

「ところで、あんた名前は? 一応、船帳に記録しなきゃいけないんだよ」

 オレの気も知らんで、おっさんはのん気なことを言っとるし。ここでユーロと名乗るわけにもいかないが、偽名なんてとっさに思いつかない!

「な、名前ね、名前は……アドルだよ」

 するりと口から出てしまったのは、あの夢の中の少年が叫んだ名だった。なんせ何十回も見てるから、あの叫びが意識のどっかに焼きついちまったらしい。

「ふぅん、アドルさん、ね。じゃあ、これが乗船券。すぐ出港するから、急いで船へ行くといい」

 かくして、オレは『アドル』として、エストリアへ赴くことになったのだった。
 これが世界そのものを巻き込み兼ねない、とんでもない大騒動の発端になるとは、そん時のオレはぜんぜん知らなかった。

 知っていたら、オレだって違う行動をとったかもしれないが……とにかく、その時のオレは、やっかいごとから上手く逃れたと鼻歌交じりでエストリアに向かったんだ――。
                                       《続く》

 

1に続く→ 
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