プロローグ |
そこはどうやら、どこかの塔らしかった。 なのに、阿呆にもそこで戦いあってる連中がいる! 片方は……これが男にしておくのが勿体ないぐらいの美形だ。 剣と魔法を折り混ぜて攻撃する、一見魔道士風の美青年と戦ってるのは、せいぜい15、6才……オレよりちょい下ぐらいの戦士の少年だった。 二人は激しく剣を交えて戦ってる。 音とか声はまったく聞こえないんだ。 『アドル――!!』 少年は、確かにそう叫んでいる。誰かの名前らしいが、そんなことよりオレはそう叫ぶ瞬間のそいつの表情の方が引っかかる。なんか、ひどく必死な、切羽詰まって助けを求める顔――それが、次の瞬間にはすっごく嬉しそうな笑顔に変わるんだ。 そして、驚いたことに、次の瞬間から少年の動きが急によくなりやがるんだ。はっきし言ってこんなのサギだよなー、さっきまでは青年が圧倒的に有利だったくせに、いきなり変わるんだもんよ。 しかし、観客のオレの意見はさておいて、そいつはどんどん動きを早め、ついには魔法を操る青年を倒してしまう。こう、肩から斜めにばっさり!! うひょーッ、派手な血飛沫! ……はっきり言って気持ち悪ィ。オレって性格がデリケートなせいか、血を見るのってダメだ。 ドウッと倒れる青年――そして彼を倒した少年も、気が抜けたようにその場に座り込む。バケモンをぶったおした癖に、そいつは何かにとっつかれでもしたように、ボーッとした顔をしていやがる。 何か口を動かしているが、今度は何を言ってるのかよく分かんないな、口の動きが小さすぎてさ。 ……ナルシストなのか、こいつはっ。 と、普段のオレならそう馬鹿にするところだが、そいつの表情を見ていると、文句も尻つぼみになっちまう。 なにがそんなに嬉しいんだが、まるでこの世の幸運をぜんぶ独り占めしたみたいに、幸せそうな顔をしている。
「んー……、も、朝か」 やけに眩しいと思ったら、顔にもろに朝日が当たってやんの。まったく、これだからカーテンもボロい安宿は困るってんだ。こんなに穴が開いてるんなら、カーテンを引いている意味がねーっつーの。 (それにしても……よく見るな、あの夢) ぽりぽり頭を掻きながら、オレはさっきの夢を思い返した。なぜだか妙にリアルなあの夢を、一年ぐらい前から見るようになった。 なのに、なんでこんな夢を繰り返して見るんだが理解に苦しむが、見てしまうものは仕方がない。 「ふわぁあー」 アクビをしながらノロノロ服を着替えていると、下の方からドタバタと騒ぐ音が聞こえた。なんせここは安普請の宿屋だ、物音なんて丸聞こえ。 「だからよ、ここにユーロって野郎が泊まってるかって聞いてるんだよっ!」 耳に飛び込んでくる汚いダミ声に、オレはギクッとした。別に知り合いの声じゃないが……心当たりは売るほどあるっ。 マジシャン・ユーロの名は、その稼業ではそこそこ有名な方だ。手品レベルの簡単な魔法を使えるから、マジシャンなんて呼ばれてるけど、本業は武器商人。 実力もないくせに冒険者とか言って旅に出る無謀な戦士志願に、ちょいとケンカをふっかけては金目のもんをありがたく頂き、闇市場に売り払ってその日暮らしをしている、ケチな闇商人だ。 そんなオレに恨みをもって探すような奴と言えば……こないだインチキポーカーで身ぐるみ剥がせてもらったあの大男だろうか? 「くそっ、こうしちゃいられないや!!」 オレは手早く荷物をまとめ、窓を開けた。ここは二階だ、降りれない高さじゃない。ましてや、オレは身の軽さと口の上手さには自信がある! 「ていっ!!」 上手く衝撃を殺して裏道におりたオレは、後にもみずに逃げ出した!
「あいつ、さんざんここらの縄張りを荒しやがって……生かしちゃおけねえぜ!!」 と、やたら物騒なことを言ってる連中をこそこそ避けながら、オレはなんとか港まで逃げてきた。それにしても、これほど大勢の連中が手を組んで、大々的に探しているとは驚きだ。 自分で言うのもなんだが、オレって予想していたよりも名前が売れていたらしい。念のために変装してよかったと、しみじみと思う。
オレでさえ本人とは思えないくらいだ、一度や二度会っただけの連中に見分けられるはずはない。……とはいえ、長引けばまずいのは目に見えている。 「……この辺が、潮時かな」 あっちで悪さをして都合が悪くなればこっちに逃げ、こっちでいいかげんなことをやって引っ込みがつかなくなったらどっかに逃げ――それが、オレのやり方だ。 ちょうど港にいることだし、ここは思いきって海を渡って、うんと遠くまで行くのもいいかもしれない。
「一番早いのは……ああ、エストリア行きだね、ほら、あのオレンジの煙突の船さ。ははあ、その格好といい、あんたも冒険者志願なのかい」 人の良さそうなおっさんは、オレの格好を見て誤解したらしい。ふん、冗談じゃない、誰が好きこのんでバケモンと戦ってまで名をあげたいもんか。 「うん、そうだよ。オレ、魔物を倒して、英雄って言われるような有名な冒険者になりたいんだ」 「ははっ、若いもんは夢があっていいねえ。それならエストリアはうってつけかもしれないな。魔物が多いと聞くし、魔王の本拠地って噂も……しかし、命は大事にするんだよ」
「くそ、ユーロの奴、どこに行きやがったんだ?!」 「おい、もっと人手を集めて、町の出口を固めようぜ!」 「ああ、絶対に逃がすもんかっ!!」 ――どうやら、後戻りはきかないらしい。 「ところで、あんた名前は? 一応、船帳に記録しなきゃいけないんだよ」 オレの気も知らんで、おっさんはのん気なことを言っとるし。ここでユーロと名乗るわけにもいかないが、偽名なんてとっさに思いつかない! 「な、名前ね、名前は……アドルだよ」 するりと口から出てしまったのは、あの夢の中の少年が叫んだ名だった。なんせ何十回も見てるから、あの叫びが意識のどっかに焼きついちまったらしい。 「ふぅん、アドルさん、ね。じゃあ、これが乗船券。すぐ出港するから、急いで船へ行くといい」 かくして、オレは『アドル』として、エストリアへ赴くことになったのだった。 知っていたら、オレだって違う行動をとったかもしれないが……とにかく、その時のオレは、やっかいごとから上手く逃れたと鼻歌交じりでエストリアに向かったんだ――。
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