Act.13 再び、お茶の会の誘い |
電話のベルが鳴った時、ぼくは居間にいたけど電話をとる気はなかった。 木曜日の見舞いの時だってほとんど命懸けな危険に満ちていたのに、結局お茶会に誘うどころか、まともに話もできないまま帰ってしまった。それから一週間……ぼくは、それっきりリュディガーに会っていない。 リュディガーはまだ具合が悪いのか土曜日にも来なかったから話もできないし……ホントに、吸血鬼と付き合うのって大変なんだ。 「ボーンザックです」 お父さんが、はきはきした電話用の声で言った。 「え? アントンとですか? ……ええ、はい、おりますよ。ところで、お嬢さんは息子のクラスメートですか?」 お嬢さん?! 「ちょっ、ちょっと、貸してよ、ぼくに来た電話でしょ! はい、アントンです、お電話変わりましたけど」 受話器の向こうで、くすくす笑う明るい声が聞こえた。 「誰?」 「わたしよ、アンナ!」 「き、きみか」 ……やっぱり。 「アントン、まだ、わたしのこと怒っている? この間のことで……」 「ううん、怒ってないよ、全然」 実際、この前のことはアンナのせいだなんて思ってない。誰が悪いって言えば、ルンピのせいだし。 「ホント? じゃあ、また会いに行ってもいい?」 アンナの声が、明るく弾む。それはいいとしても――ううっ、まずいなあ。 「今晩、また、あなたの所へ行ってもいい?」 「え、きょ、今日はまずいんだ」 「じゃ、明日は? 何時頃が都合がいい?」 さて、困ったぞと、ぼくは考えた。 「そういえば、知ってた? ほら、あのクイズ、そう、アレさ。あの答えって、21個の時計だってさ!」 お父さんとお母さんがきょとんとするのを見ながら、ぼくは密かにほくそ笑む。 「21時……午後9時ね。分かったわ、必ず行くわ」 嬉しそうにアンナが笑う。 「それで、リュディガーはどうしてる?」 「もう、元気になって飛んで行っちゃったわ。おなかがぺこぺこなんですって」 「そ、そう……なの」 いつもそうだけど、吸血鬼の食べ物の話になると、なんか妙な気持ちになる。 「それじゃあ、リュディガーによろしく。またね、アンナ」 ほかに言うことが思いつかなかったので、ぼくはそう言って受話器を切った。 リュディガーにだって言わなかったのに、なんでアンナはぼくの家の番号を知っていたんだろ? 「えっ、もう終わったのかい? もっとゆっくり話してもいいのに」 お父さんがニヤニヤ笑いながら、話しかけてくる。まったく、学校の友達と長電話するとすぐ怒るくせに、こーゆー時だけ! 「今の電話は、誰? アンナって、初めて聞く名前だけど?」 からかうお父さんより、お母さんの方がやっかいだ。 「新しい友達……ぼくのガールフレンドだよ。アンナは、リュディガーの妹なんだ」 「まあ、リュディガーの?」 思った通り、お母さんはアンナにも興味を持ったみたいだった。 「なら、その子もお茶に呼びたいわ。アントン、なんですぐに話さなかったの?」 「だって、会ったのはついこの前なんだもん」 それは、嘘じゃない。 「でも、お茶会にはその子も呼びたいわ」 お母さんは、とんでもないことを言う。リュディガー一人でも苦労してるのに、この上アンナもだなんて、冗談じゃない! 「そうだね。今日、すぐにでもアンナを呼べばよかったのに」 一瞬、どきっとしたけど、お父さんの顔は相変わらずにやついている。からかっているだけなんだと分かって、ぼくはちょっと余裕を取り戻した。 「こんな時間に? それに、ぼく、まだリュディガーからお茶会の返事を聞いてないんだよ」 「どうして、聞かないの?」 うっ、お母さんが余計なことを突っ込んでくる。 「だって……だって、タイミング悪くて、なかなか会えないんだ」 「なら、電話をすればいいじゃない」 そう言われて、ぼくは本気で困った。 「いいよ、もう遅いし。それに明日、必ず話すから。じゃ、おやすみっ」 これ以上話してボロがでちゃ、たまらない。ぼくは逃げるように部屋を出て、ばたんと戸をしめた。 リュディガーがくるかどうかはともかくとして、とにかく、お茶会のことだけは伝えられるわけだ。――問題は、あれだけ気が乗らない風だったリュディガーが、来るわけないってことだけだ! 「はぁあ……」 ぼくは大きな溜め息をついて、自分の部屋に入り込んだ――。
「もう、寝るの?」 「ううん。まだ、本を読んでいるよ」 実際、ぼくは本を読むつもりだった。――アンナがくるまでは。 「でも、八時には明りを消しなさい!」 「うん」 ぼくは素直にうなずいた。普段だったら食い下がってもっと夜更かししたいと言うところだけど、今日はそうするわけにはいかない。 「じゃあ、おやすみなさい」 ぼくは部屋に戻ると、カーテンを半分だけ閉めた。まだ、明るくて明りもいらないくらいだ。 新しい怪談集は、ゾクゾクするような話がいくつも乗っていた。しばらく、それに夢中になっていたけど、廊下から静かな足音が聞こえてきた。 ぼくの様子を見にきたんだ。 よかった、これでもう邪魔が入る心配がなくなった。まったく、土曜日以外に吸血鬼と会うのは、一苦労だよ。 アンナはそろそろ来るだろうか。 「こんばんは、アントン」 外にいたのは、アンナ一人だった。 「気をつけて。お父さん達が、家にいるんだ。ぼくがもう眠っていると思っている」 そう言うとアンナは少し残念そうな顔をしたが、分かったと頷いてくれた。 「本を貸してくれて、ありがとう。とてもおもしろかったわ」 まず、そう言ってアンナは手にした本を返してくれた。前にぼくが貸した、童話の本だ。
うっとりと目を潤ませて、アンナが言った。だけど、言ってからアンナはちょっと眉をしかめてみせた。 「だけど、わたしだったら、百年もおとなしく眠っているのは嫌だわ。わたしだったら、茨を乗り越えて王子様を助けにいくのに」 そう言って、アンナは意味ありげにぼくを見つめる。 「と、ところでさ、アンナはどうしてぼくの家の電話番号を知っていたの?」 「ああ、それ」 アンナはおかしそうにくすくす笑った。 「電話帳で調べたの。名前とだいたいの住所は知っていたし、ボーンザックなんて名前は珍しいもの、調べるのは簡単だったわ」 なるほど。 「電話なんかしちゃ、いけなかった?」 「ううん、それは全然かまわないよ。ただ、おかげでお母さんがお茶会に君も呼べって言い出したから、ちょっと……いや、迷惑だったってわけじゃないんだけどさ」 うっ、言い訳しようとすればするほど、なんか話がメチャクチャになる気はする。 「お茶会? でも、あなたのご両親は吸血鬼を信じていないんじゃないの?」 「全然信じてないよ。でも、君達とは知り合いになりたがっている。はっきり言っちゃうと、君とリュディガーはお茶会に招待されてるよ」 「本当?」 パッと、アンナの顔が輝いた。 「それじゃあ、とうとうあなたのご両親とお知り合いになれるのね、アントン! ご両親とも、あなたみたいにいい人?」 アンナははしゃいで、手を叩いて跳ね回った。……こんなに喜ぶなんて、思わなかった。 「まあね――でも、リュディガーは来るかなあ……全然、乗り気じゃなさそうだったもんなー」 ニセ吸血鬼との対決騒ぎでうやむやになっちゃったし、その後のお見舞いでも言う機会すらなかったから、正直、ぼくは半分あきらめていた。 だいたい吸血鬼をお茶に誘うのからして間違ってたんだ、吸血鬼ってお茶なんか飲めないんだもん。 「あのさ、アンナ。リュディガーはどうしたの?」 言ってから、ぼくは前にも同じタイミングで同じ質問をして、アンナの機嫌を損ねたのを思い出した。 「リュディガーなら大丈夫よ、もうすっかり体調がよくなったから。今日はおなかがすいたから、遠出をするんだって。来週の土曜日にはここに来るって言ってたわ」 それはそれで安心だけど、それじゃあ間に合わないぞ。 「お茶会は、来週の水曜日がいいってお母さんが言ってるんだ。でも……リュディガーが来ないんじゃ、しょうがないよね」 ぼくはもう半分どころかすっかり諦めたけれど、アンナは全然そんな気はないみたいだった。 「あら、そんなこと! いいわ、必ず説得してみせるから!!」 すっごく乗り気になったアンナは、さっそく窓台の上に飛びのって手を振った。 「さようなら、アントン。また、水曜日にね」 そう言って、アンナは早くも腕を広げる。 「ち、ちょっとまって。君達、本当に来るの?」 「ええ! 必ず来るわ」 それを聞くまでもなく、アンナが来るのは確信できた。問題なのは、あの気紛れでわがままなちびっこ吸血鬼の方だ! 「いや、その、……君だけじゃなくって、リュディガーも……」 「大丈夫よ、わたしにまかせておいて!」 自信たっぷり言い切るその強気を、信用していいのかどうか。多少の疑問は残るものの、ぼくは慌てて声をかける。 「あ、あのさ、お茶会に来てくれるのは嬉しいけど、早めに来れるかな?」 普通の子供なら昼間に来るだろうけど、アンナとリュディガーの場合はそうはいかない。彼らがやってくるのは決まって夜だし、それも本来ならぼくが眠るような時間になってからだ。 まあ、本来の吸血鬼が真夜中に活動していることを思えば、まだリュディガー達の訪問は早いと言えるんだろうけど、両親もそろったお茶会のためにはもう少し早くきてくれないと困る。 「そうね、じゃあ8時ぐらいに来るわね。それじゃあ!」 弾むような声でそう言ったかと思うと、次の瞬間にはアンナは遠くまで飛び去っていた。 これで一つ問題は片付いた……と、手放しに喜べない気はするけど、とにかく一歩前進だ。 「8時、ねえ?」 ごく一般的な家庭の子なら、夜の8時にお茶会なんかはやらないだろう。うちの両親だって、決して賛成するとは思えない。 まあ、後は覚悟を決めてなんとかぼくが頑張るしかない。
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