12 急ぎ過ぎて、遠回りな師弟 アバンとヒュンケル |
時は15年前。魔王を見事に打ち倒し、世界を救った大勇者アバンが真っ先に行おうとしたこと――それが、ヒュンケルの救済と養育だ。 ヒュンケルの育ての親、バルトスの末期の頼みだったとは言え、考えればアバンも思い切ったことを引き受けたものである。 飄々として年齢離れした落ち着きを持っていたとはいえ、この時のアバンは親となるにはいささか早すぎる年齢だ。まあ、他に頼む者もいなかったことではあるし、アバンの人格、剣技ともに認めたバルトスがすがりつくのも無理はないのだが、彼はこの際、アバンとヒュンケルに困った置き土産を残していってしまっている。 彼の遺言はこうだ――『なんとかヒュンケルの面倒を見、強く正しい戦士に育てて欲しい…本当の人間の温もりを与えてほしい』 問題はこの願いの、二番目の部分。 実際、この年齢の子供ならば、たとえ養子としてでも手頃な仮親の元で普通に育てられた方が幸せな気がするし、人間的な温もりを体験するためならばその方がよかっただろう。 充分に成長してからヒュンケルに真実を告げ、その上で戦士として身を立てたいと望むのなら、弟子にすればよかったと思わずにはいられない。 だが、強い人間不信を抱え、なおかつ魔物に育てられたヒュンケルは、人間社会にそのまま溶け込むのには無理があった。その上、彼には凄まじいまでの復讐心と、戦士への執着があった。これでは、まず、普通の家庭や施設などには収まりきるまい。 それを危惧したせいか、あるいはバルトスとの約束にこだわったためか、理由は定かではないが、アバンはヒュンケルを自分の手元に置いて教えを授けた。 遺言こそは聞かなかったものの、ヒュンケルにとって父親バルトスはまさに『強く正しい戦士』であり、父の面影を慕うヒュンケルが戦士を目指すのは自然の成り行きと言える。 後に、ダイに対してもやっていたが、どうやらアバンは目覚ましい才能の伸びを見ると、ついつい鍛えたいと思ってしまう性格のようだ。おかげでヒュンケルは心のケアなどそっちのけで、剣の技ばかりを優先した教育を受けるはめになった。しかも、アバンはヒュンケルをしっかりと戦士として鍛える間、優しく接しながらも真相は自分の胸に秘めたままだった。 バルトスの死や遺言についてきちんと語ることもなければ、ヒュンケルの中に秘められた復讐心や、彼の歪んだ正義感を指摘することもなかった。 むしろ、逆だろう。 アバンは技や知識の教えには性急だが、心の成長は本人自身に任せる悠長さを持っている。だからこそ真相を秘めたまま、やんわりとヒュンケルを受け入れた。 ヒュンケルにとってアバンは仇であり、絶対的な敵として憎まなければならない存在だ。それなのに、優しく自分に接してくれるアバンを慕い、彼が正しいと思ってしまう自分が生まれてしまった。 バルトスを大切にしたいヒュンケルにとっては、自己崩壊を起こしかねない致命的な矛盾だ。 アバンに師事するのはその剣技を受け継いで、仇を取る力を身に付けるため、という大義名分が必要だった。 結果、アバンがヒュンケルを返り討ちにしてしまい、剣の鋭さだけが突出したまま心の未成熟な弟子と、まだ若すぎた師は生き別れてしまった。 この結果だけ見れば、アバンは選択肢を間違え、初弟子の養育に失敗しただけのように見える。だが、ヒュンケルはその後もアバンにこだわり続け、己の正義と剣の道を模索した末に、アバンが望んだ通り――いや、それ以上の戦士として成長をはたしている。 しかも、彼はアバンの使徒の長兄としての自覚も持ち、弟弟子達を守ろうとする意思を持った。 確かにアバンとヒュンケルは師弟としてはスムーズにいかず、失敗すらしてしまったかもしれないが、その遠回りは決して無駄になったわけではない。 アバンとヒュンケルが再会した際、アバンは誰に聞くまでもなく、成長したヒュンケルをちゃんと見分けていた。 別れた当時、わずか8、9歳だった子供が見違える程に成長したというのに、別れた時の状況からでは死んだと思っていても不思議はなかったはずなのに、それでも一目で彼だと分かる程、アバンは常にヒュンケルを意識し続けていたのだと思わせるエピソードだ。 |