18 人間の価値観 ラーハルトとポップ

 

 出会いの時、ポップにとってラーハルトはどうしても倒さなければならない敵だった。
 だが、ラーハルトにとって、ポップは敵と呼ぶにも値しない雑魚に過ぎなかった。

 油断とは程遠い性格をしているラーハルトは、尊敬するバランの忠告を受けて一応はポップに注意を払いはしたものの、それでも本気を出して戦おうとした相手ではなかった。 実際、ラーハルトはポップとは戦ってはいない。

 仲間が人間を弄ぶように殺そうとするのを見ても、彼はそれを止めようとはしなかった。まあ、せめてもの情けとして、楽に殺してやれと慈悲をかけたのが唯一見せた感情か。
 どう考えても、高く評価していたとは言えないだろう。

 その後、ポップの健闘を目の当たりにしても、ラーハルトの評価が変わったとは思えない。ラーハルトが感情をむきだしにしたのはむしろヒュンケルに対してであり、心を動かされたのも彼に対してだろう。言っては悪いが、ポップはそのおまけ程度の存在にすぎなかった。

 ヒュンケルが庇おうとした人間であり、バランの息子であるダイの仲間――それだからこそ、ラーハルトにとってポップは価値があった。

 それが証拠に、ミストバーンとの戦いの最中、ポップがメドローアの反射により死亡したと全員が思った時、周囲と違って彼だけは落胆が薄かった。

 他のメンバーにとってのように、彼の中ではポップの存在がさほど大きなものでなかった何よりの証明だろう。
 ラーハルトの価値観は、バランに対する忠誠心を中心にしている。

 バラン……ひいては、ダイのためになるために自分を手駒と割り切って考える彼は、周囲の者にも同等の目を向けている。大魔王バーンの元に向かう際も、ラーハルトは文字通り自分も他人も盾としか考えていなかっただろう。

 ポップの目的も、ラーハルトと同じだ。ダイのために自分達を盾とするために行くつもりだった。
 だが、ポップは自分自身も、周囲の者もただの手駒と考えてはいない。

 そこが、大きな差となる。
 ラーハルトの言葉に、勇者一行達は反対はしなかっただろうが、それだけだ。
 だが、ポップの言葉は自分達の意思をはっきりと持ち直させ、気持ちを奮い立たせた。


 悲壮感などきれいさっぱりと消し去って、周囲に明るさを与える力。
 ダイのためになりたい――同じことを考え、同じことを言ったにも関わらず、自分以上の説得力と周囲を巻き込む求心力を持つ魔法使い。

 おそらく、この時点で、ラーハルトはポップを見直したのだと解釈できる。
 なぜなら、これまではラーハルトの言葉は単に相手への一方的な宣言にすぎなかった。


 ダイの命令だから一応は協力する体裁を整えてはいたものの、もし周囲がラーハルトの意見と違う行動をとったのなら、そのまま無視して独善に走りかねない雰囲気があった。
 だが、ここで初めて、ラーハルトはポップの意見に賛成の意思を示す。

 さらに、それが尊敬の念に変わるのは、実際に大魔王バーンと戦った時のことだ。
 ラーハルトは、自分がダイの勝利のためには役に立たない駒だと見切った途端、あっさりと自分自身をも見放す。

 ミストバーンとの戦いの際も、勝機がないと分かった途端ダイに望みの全てを託し、自分は抵抗も見せずに敵に殺されようとしていたのがその現れだ。

 だが、ポップは勝ち目がどんなに薄かろうが諦めない。
 ダイ自身ですら漠然とした考えしかもてずに弱気になっているというのに、ダイの望む方向を見極め、そのために身を挺してでも道を切り開こうとした。

 その姿勢に、ラーハルトは尊敬を感じ取っている。
 だからこそ、ポップの無茶にも程のある作戦に乗り、協力する気にもなったのだろう。
 一方、ポップからしてみれば、傲慢で自分を見下しているかのように見えるラーハルトは、ある意味でヒュンケルに似た存在だ。だが、ヒュンケルと違って、ポップにはラーハルトに対して感じるコンプレックスはない。

 何より、どこまでもダイと一緒に戦おうと決めたポップと同様に、同じ志を持っている。 たとえ過去で自分を殺そうとした相手であっても、今は敵ではなく仲間なら、ポップには敵対する意味はない。

 だからこそたいして反感も持たず、自然体のまま接することができる。
 これは、簡単なようでいてとても難しいことだ。

 魔族との混血児だからという理由で差別を受けてきたラーハルトにとって、そのままの自分を受け入れてくれる人間と接するのは初めての経験だっただろう。
 ポップのその態度が、受け入れやすくする下地を作ったのは想像に難くない。

 人間でありながらも魔王軍にいたヒュンケルはある意味で自分の同族であり、だからこそ半ば仲間として親しみも感じるのだが、生粋の人間であるポップがそのままのラーハルトを受け入れたという意味は、大きい。

 ――が、惜しむらくは、迫害された経験を持たず、また迫害することなど考えもつかないポップ自身は、自分のしているのがどんなに大きな意味を持つことなのか、全く理解しちゃいない。

 よって、ポップはクロコダインやハドラーなどが、ポップ自身を重視する意味など気付きもしない。ましてや、自分の感情をまともに口にしようとしないラーハルトが相手ならば、なおさらだろう。

 ポップの存在こそが、ラーハルトの中の人間の価値観を大幅に変えたのは傍目からでも明らかだが――まあ、鈍感な約一名だけはそれに気がつきそうもない(笑)
 
 
 

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