29 交わらない平行線 ポップとキルバーン

  

 作品中、ポップという人間に心を動かされた者は、敵味方問わずに多い。
 弱音も吐けば時には逃げるごく普通の人間でありながら、ダイ以上の成長速度で強くなっていくポップの姿は、非常に印象的なものだ。

 ポップの向上心や信念は、強くなりたいと願う者ならば目を惹かれずにはいられない輝きを備えている。 そして、ダイの大冒険に登場するキャラクターの多くは『強くなろうとする人達』だ。

 最終的なボス敵であるハドラーやバーンでさえ、それは例外では無い。
 自分の身体や心を鍛え、より強く、より高みへと目指す精神を持つがゆえに、全メンバー中でその精神を最も強く持っているポップに心を動かされる。

 だが、キルバーンだけはそんなポップに心を動かされることはない。
 なぜなら、キルバーンには強くなろうという意思など、微塵もないからだ。自身を鍛えることや、強い者と戦いたいなんて思考は、彼にはない。

 強くなろうとするよりも、罠を巧みに利用して相手を陥れる方が面白い――そう考える彼には、強くなろうと純粋に努力する者に惹かれる思考はない。
 彼がポップに注目したのは、ポップが他人に与える影響力の大きさゆえだ。

 ポップの精神の保ちように注目したからではなく、ムードメーカーとして大きな役割を持つポップの喪失が、勇者一行にとって大打撃になると読んだからこそ、キルバーンはポップに興味を持った。

 最小限の労力で最大の効果を上げる――それこそが、罠の原理だ。キルバーンにとっては、ポップは罠に嵌める価値の高い極上の獲物だ。なにしろ彼一人を罠に嵌めるだけで、勇者一行のやる気や戦力を大幅に殺げるのだから。

 人間の感情を恐ろしいまでに客観的に理解しているがゆえに、それを弄ぶのを楽しむ残酷さを持つ死神……キルバーンに対して、ポップが恐れや苦手意識を持つのも無理はない。
 たとえ相手が敵であろうとも、ポップは自分の意思をぶつけようとする。

 相手が誰であろうと、自分と対等の存在と見なすからこそそうできるわけだが、キルバーンに対しては無意味としかいいようがない。 キルバーンにとっては、ポップは獲物にしか見えていない。

 『感情』というものを自分とは無縁のものとして切り離し、他人事として見物できる客観性を持ったキルバーンは、ポップの言葉に心を動かされることはない。

 確かに、キルバーンの挑発にも耐えて冷静な判断を見せた頭脳や、なによりも自分の手からすり抜けて逃げ切ったことでポップを特別視する気持ちは生まれただろう。肝心な部分でバーンや自分の邪魔をするポップに、苛立ちを見せてさえいる。

 だが、それでもキルバーンにとってはポップは、獲物だ。
 てこずらされた分執着心が増しているだろうし、他の獲物以上の意味を持っているだろうが、それでもキルバーンがポップに向けているのは純粋なまでの殺意だ。

 それを、ポップもひしひしと感じ取っている。
 キルバーンの一見友好的とさえ見える軽い言動にごまかされることなく、彼の恐ろしさを的確に感じ取り、決して油断出来ない相手として認識している。

 ポップが他の敵以上に強く死神を警戒するのは、キルバーンの冷酷さを理解しているからだろう。

 ポップとキルバーンは分析能力の高さという点では似ていて、互いを高く評価し、互いの思考パターンを読み合うことが出来るくせに、感情的にはひどく遠い。

 強くありたいと思う者と、罠をかけるのを楽しむ者――彼らは決して交わることのない平行線のように、近くにいながらも理解し合えない存在と思える。
 
 

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