31 影であり続ける者と、太陽を欲する者 ミストバーンとバーン

  

 ミストバーンのバーンに対する忠誠心は、抜きんでて高い。
 バーンに絶対服従を誓い、彼のためになら全てを優先させると言う滅私奉公ぶりである。
 バーンに心底心酔するミストバーンは、自分個人の感情や命よりもバーンに対する忠誠心の方を高く掲げている。

 だが、この忠誠心はミストバーンからバーンに捧げたものであり、バーンがミストバーンに対してそれに等しい信頼を寄せているとは言いがたい。
 ミストバーンが主君を必要とする一途さで、バーンがミストバーンを必要不可欠な存在と思っていたとは思えない節がある。

 勿論、バーンはミストバーンを他の部下とは明らかに別格扱いし、優遇しているのは確かだ。ハドラーや他の部下には教えなかった作戦や予定までミストバーンには打ち明けているし、なによりも自分の分身を預けておくほどに信頼をおいていた。

 これは、生半可な信頼では託せるものではないだろう。
 バーンの意思で随時取り戻せるように仕掛けを施してあるとはいえ、ミストバーンが裏切ったのなら自分自身の身体を危険に晒すことになるのだから。

 それに、バーンがミストバーンを必要としていた理由は、肉体の安全保管のためとだけは思えない。

 バーンは最終戦で『瞳』という能力を使っていたが、この能力があれば肉体の保管はより安全に行えることを思うと、わざわざミストバーンを利用する意味はない。

 また、最終的にはバーンは自分の分身体を合わせた完全体で戦ったことを考えれば、分身体を動かす役割としてミストバーンを必要としていたとも考えにくい。

 さらに指摘するのなら、バーンはミストバーンの死については、なんら感情を動かしてはいない。

 バーン自身が死闘の最中でそれ程の余裕がなかったのも事実だろうが、バーンはミストバーンが自分の命令を破る程に勇者一行に追い詰められたのを承知の上で、自分の身体を返すようにと要求した。

 バーンほどの聡明さがあれば、その状況の後で勇者一行が残らず自分の元に来たという事実が、ミストバーンの死を意味していると気がつかないはずもない。
 だが、バーンはそれに対して、なんの感情の揺るぎも見せてはいない。

 つまり、バーンにとってミストバーンは信頼のおける部下ではあっても、能力的、戦略的、感情的な面において、不可欠という存在ではなかった――そう推論できてしまうのだ。
 あれほどの忠誠を捧げたミストバーンには少々酷なようだが……だが、彼は、それを悔いはしなかっただろう。
 そもそも、ミストバーンとバーンは対等な関係ではない。

 バーンは野望を抱いた覇王であり、ミストバーンはそれに跪く部下だ。部下が主君の強さに心酔し、己の全てを賭けて主君の野望を果たすために助力するのはある意味当然だが、その逆は有り得ない。

 主君にとって、部下は必要なものではあっても不可欠なものではない。いや、むしろそうあってはならない。
 特に、戦いを求める者ならば、目的を最優先すべきであって、犠牲を恐れる心を持つべきではない。

 どんな犠牲を払ってでも先に進む強靭さをもたなければ、覇王にはなりえない。
 神を目指し、太陽を欲したバーンが、影に気を配ることは最初から有り得なかったのだ。バーンに常に付き従い、己の感情をも切り捨ててバーンの命令を優先し続けたミストバーンは、いざとなれば自分も切り捨てられるのは承知の上だったと思える。

 その証拠に、ミストバーンは勇者一行に追い詰められた状況でありながら、バーンの命令に対して迷わず従っている。まだ他人の身体を乗っ取れるという切り札を隠していたとはいえ、ミストバーンが自分の保身を優先するのならバーンの肉体があった方が有利だった。

 だが、ミストバーンはためらいも見せずにバーンに肉体を返した。
 どこまでもバーンを優先し、一方的な奉仕を捧げることに、ミストバーンは自分の存在価値を見出だし、満足を覚えていた。

 影であり続けることを望んだミストバーンは、バーンに信頼を受けた段階で充分に報われていただろうし、それ以上を求めはしなかっただろう。

 対等な絆とは呼べないかもしれないが、ある意味では理想的な主従関係と言えるかもしれない。
 
 

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