32 譲らない頑固者同士 ポップとバラン

 

 かつて、ダイがバランに連れて行かれそうになった時、レオナは最初はバランに情や理を説こうとしたが、交渉の余地が全くないと知るや徹底抗戦の構えを見せた。

 そして、ヒュンケルはラーハルトの口からバランの過去を知ったからこそ彼の心情を理解し、同じような過去を持っている自分ならば説得できるかもしれないと思い、説得を持ちかけたが同じく失敗した。

 だが、ポップには、バランを説得しようという考えは微塵もなかった。ポップがやったことは、ただ、ダイを連れて行かれるのは嫌だと主張しただけであり、バランを思っての行動じゃない。

 しかし、皮肉にもバランの心を変えさせたのは、そのポップのわがままとも言える強情さだった。

 本人のために行った説得や受け入れられなかったのに、それと真逆の主張だけがバランの心を動かしたのは一見不思議に思えるが、バランの心理状態を追って見ればそれも頷ける。

 まず、バランは元々、自分への理解など求めていなかった。
 バランは三界の裁断者である竜の騎士――本来なら、彼の思考は中立にとどまるべきであり、一つの種族に強い思い入れを持つべきではない存在だった。

 実際、バランが唯一愛した人間の女性、ソアラが死亡するまではバランは中立であり続けた。自分が人間に迫害を受け殺されそうになっても、それを受け入れようとしたのはソアラへの愛が最大理由だろうが『異端を排除しようとする者=処罰の対象ではない』と、竜の騎士として考えたせいもあるだろう。

 おそらく竜の騎士にとって、使命を果たした上での死は忌避に値しないだろう。自分という存在がなくなったとしても、その直後にまた新たな竜の騎士が生まれて使命を果たすのであれば、自己の存続にこだわる必要はないのだから。

 ヴェルザーという強敵を倒した段階で、バランはその世代の竜の騎士という役割は果たしている。ハドラーが滅し、バーンの存在意義が明確でなかった12年前ならば、バランは自分の命を惜しむ理由などなかった。

 だが、ソアラを失った悲しみが、バランの中の心の天秤を徹底的に破壊してしまった。人間を滅ぼしたいと願ったのは、竜の騎士としての使命感ではなく彼の個人的な感情……言うなれば我欲にすぎない。

 人間の身勝手さを心底憎み、最愛の者を失ってしまった喪失感をどうしても埋められなかったがゆえに人間の滅亡を望んだバランは、自分の行動が竜の騎士として逸脱してしまっていることにおそらくは気がついている。

 道を踏み外したことを迷っている者、もしくは道を踏み外したことに気がついていない者に、それが間違っていると説き、説得するのは可能だろうが、自ら道を間違えていると自覚しながら邁進する者を説得出来る道理はない。

 その上、彼は自分の生き方を変える気などないと明言している。バランにとって、ソアラの存在こそが自分の中の人生観を大きく変えた存在であり、それを失わせた者を正すことが唯一の望みだった。最愛の女性を失った段階で、バランの思考は止められている。

 つまり、バラン戦の段階では、バランはどんな理解も説得も受け入れられるはずがなかったのだ。
 バランが唯一執着を見せたのは、ソアラの子……すなわちダイを取り戻すことだけだ。
 だが、それをどこまでも阻んだポップの存在は、バランにとっては本来邪魔としか呼べない存在のはずだった。
 人間の脆弱さ、感情というものの身勝手さを見せつけられ、その醜さが許せないと思ったバランは、人間そのものを拒絶しようとしていた。

 人間の感情はそもそもどうしようもなく醜いものである、と彼は思いたかったのだろうし、実際にそう考えていた。
 それを突き崩したのが、ポップだった。

 身勝手なまでに感情のままに振る舞い、命を懸けてもダイを守ろうとし、死を越えてでさえダイを助けたポップの行動は、バランにとっては無視しきれないものだった。
 なぜなら、ポップの行動はソアラのとった行動と同種であり、ある意味ではそれ以上なのだから。

 ポップの行動を否定するのは、バランを庇うために命を落としたソアラの行為を否定するに等しい。だからこそ、バランはポップの行動を見直さざるをえなかった。
 人間の我欲は、決して醜いだけのものではないのだと――。

 もっとも頑固者の上に、本人が思っている以上に不器用なバランはすぐには考えを改められなかったが、ポップの存在が考えを動かす第一歩になったのは確かだろう。
 

 

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