34 勇気のかけらを持つ者同士 ポップとまぞっほ

 

 ポップとまぞっほは、原作中で顔を合わせた機会はごく短い。作品内時間では1日にも満たないし、一対一で会話を交わしたのも一度っきりである。


 だが、それにも関わらず、この二人の会話は物語上で極めて重要な意味を持っている。
 なにせ、ポップがダイを見捨てて離脱する寸前だったところを、諭してやったのがまぞっほだ。ポップが後に勇者一行でどれほど大きな役割を果たすを考えれば、まぞっほの密かな活躍がなければ、その後の勇者一行の戦いやら世界の運命が大きく変わっていた可能性がある。

 とはいっても、この二人の出会いはそれほど劇的だったわけではない。
 偶然、同じ宿屋に泊まったにせ勇者ご一行と、お子様勇者ご一行。調子のいいでろりん達の馴れ馴れしさのおかげか彼らは互いに顔見知りにはなったものの、それは強い仲間意識を持つ程のものじゃなかった。

 言ってみれば、単なる通りすがりにすぎない。
 旅行先で気の合う他人と出会い、羽目を外して騒ぐ程度のものであり、それ以上のものではない。翌日、何事もなければあっさりと手を振って別れる程度の間柄……そんなものだっただろう。

 だが、クロコダインのロモス城襲撃事件が、彼らの運命を大きく分ける。
 未来の勇者候補であるダイが迷わずにクロコダイン討伐のために城に向かったのに対し、にせ勇者は選んだ道はその場にとどまり、どさくさに紛れての火事場泥棒――はっきりいって、雲泥の差である。

 その中で、一番決心がはっきりしなかったのがポップだ。
 ダイと一緒に行くのは、怖くて出来ない。マァムに叱り飛ばされ、臆病な自分を恥じながらも勇気を持てないポップは、宿屋から逃げ出すこともできなかった。

 ダイやマァムを心配する気持ちはある、だが、戦いへの恐怖はそれ以上にある――。
 自分でもどうしていいのか分からない迷いがあるせいで、その場から動けなかった。

 ここで注目すべきは、にせ勇者一行のポップへの接し方だ。にせ勇者一行は、逃げ出したポップを責めようとはしなかった。彼らは逃げたい時には逃げるという生き方を、恥とは思っていない。

 だから、彼らはマァムのようにポップの選択を責めることもなく、容認するような形で放っておいている。その中で、まぞっほだけがポップの心理と実力を正確に見抜いていた。


 正しい道を自覚しながらも、そこから逃げ出した経験を持っている彼は、知っていたのだろう。
 一度、逃げれば、一生後を引く後悔を背負いかねない選択があることを。その場からは逃げ出せても、心はいつまでもそこから逃れられない。

 やり直せない過去を悔いる気持ちや、その時に勇気を出せなかった自分を恥じる気持ち……それを、まぞっほは持っている。だからこそ、彼は過去の自分と同じ間違いをしようとしている魔法使いの少年を、見捨てることが出来なかった。

 だから、まぞっほはポップに忠告を与えたのだが、これは本人が思う以上に本人のためになっている。 ポップが助けに行ったおかげでダイが勝利し、勇者を認められたのを目の当たりにしたにせ勇者一行もまた、心を入れ替える決意をしたのだから。

 まぞっほ自身もそうだが、にせ勇者一行も向上心や正義の心が全くないわけではない。
 また、ダイの存在だけではなく、ポップの存在も彼らの心変わりに影響を与えたのは想像に難くない。

 一度は逃げ出したのに、ちゃんと勇気を出して戦いの場に駆け出していった魔法使いの少年に出来たことが、自分達にもできないはずはないと思えただろう。
 まぞっほがポップに与えた勇気のかけらは、回りに回って、後にまぞっほ自身に戻ってきている。

 後に、ゴメちゃんにより世界の人々の心が一つになった時、にせ勇者一行……特にまぞっほの魔法が世界の命運を決する重要ポイントを迎える。
 その際、ためらうまぞっほの背を押したのは、彼の兄弟子であり、ポップの師匠であるマトリフだった。

 世捨て人になって久しかったマトリフが、積極的に世界を救うための行動に出たのは、ダイやポップの存在が大きい。つまり、まぞっほが前にポップに忠告を与えなければ、この再会も有り得なかったのだ。

 かつて、まぞっほが一人の魔法使いの少年に勇気を出せと背を押した手は、巡りを巡っていまだに迷いを持つ彼自身の背を、力強く押す手となって戻ってきた。
 まさに『情けは人のためならず』を地で行くような、不思議な縁を感じさせる絆である。


  
  

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