43 騙し合い、腹の探り合い キルバーンとバーン

 

 キルバーンとバーンの関係は、キルバーンのいった一言……『大魔王に協力する義理はあっても、義務はない』に集約される。
 バーンやミストバーンと親しげに話すキルバーンは、初期の頃は全く戦いに参加してはいない。

 彼の役割が軍団長を始末する役目を持った暗殺者だと説明されているが、はっきりいって彼はあまり仕事熱心とは言い難い。

 なんせ、魔王軍を寝返ったクロコダインやヒュンケルを殺そうとする素振りはまるで見せないし、ポップを殺そうとした時も本気というよりは遊び半分の気持ちの方が強そうだった。

 そのゆとりのある仕事ぶりは、ハドラーや六団長とは明らかに違う。
 バーンがいかに寛大で失敗を三度まで許す主義とは言え、ハドラーやザボエラが己の失点をバーンに知られるのを恐れて保身に走ったことを考えると、キルバーンの余裕は抜きんでている。

 そのゆとりは、キルバーンの出自にあるのだろう。
 元々キルバーンは、バーンの部下ではない。
 バーンの仇敵、冥竜王ヴェルザーの部下であり、主君の命令でバーンに仕える様に差し向けられた人物だ。

 当然、キルバーンの本来の主君はいまだにヴェルザーであり、主君から命じられた密命を優先して行動する それを知っていながら、バーンはキルバーンを配下に迎え入れている。

 現代人の感覚からすると奇妙に思える関係だが、歴史を振り返ってみればキルバーンとバーンのような、敵とも味方とも言い切れない曖昧な敵対関係の元に馴れ合う者達は、それほど珍しいとは言えない。

 特に中世ヨーロッパなどでは、貴族や騎士には仕える主君を選ぶ権利があった。主君と配下という形は取るとはいえ、彼らの関係は正式な契約として結ばれている。
 もし、主君が仕える資格がないと判断されれば、裏切りや謀殺を行うのは彼らにとってはごく当然と言ってもいいほどの行為だった。

 主君の方もそれを承知した上で、部下を迎え入れて掌握する力量を求められる。
 裏切りを恐れて早めに殺しておかなければ気がすまないほど小心なようでは、乱世の中で王位を守ることはできないのだから。

 もっとも、だからといって信頼しているわけではない。
 仇敵から送られてきた暗殺者を、バーンは奇しくも自分が最初に言った通り『飼って』いる。

 信頼を寄せ、重責を預けているミストバーンと違い、キルバーンの扱いは至って軽い。
 キルバーンは魔王軍の中で配下を持たず、これといった役割をおっているわけではない。
 バーン直属の部下であり、バーンの直接命令以外では動かない。その点ではミストバーンに似ているが、彼と決定的に違う点はキルバーンには絶対的な命令が課せられないという点だ。

 実際キルバーンの行動は、バーンの命令に忠実に従っているようでいて、今一歩のところで確実性に欠けている。作品中、バーンがキルバーンに直接命じたのは、バランの暗殺だけだ。

 しかも、キルバーンはそれに失敗している上に、その後、バラン抹殺のために行動する気配すら見せていない。
 ……というか、キルバーンは実は、作品中は一度も暗殺を成功させていないのだが(笑)

 その癖、個人的感情を優先させてアバン抹殺のためには、それまでとは打って変わった熱意とやる気を見せて勝手に行動していた。
 しかし、バーンはキルバーンのそれらの行動を咎めだてたりせず、むしろ面白がっているように好きなように振る舞わせている。

 バーンには、キルバーンを本気で部下に取り込む気もなければ、敵対者として警戒する気もない。そういう意味では、バーンはキルバーンを自分の対抗者として認識してはいない。

 油断して気を許しもしないが、本気で始末する程でもない相手……自分に絶対の自信を持つがゆえの度量の広さというべきか。
 そしてキルバーンもキルバーンで、目的を性急に求めずにあくまでバーンの配下として、気紛れに行動し続けている。

 互いに相手を全く信頼していないがゆえに、彼らはその点で相手を警戒する必要がない。
 『裏切り』とは、あくまで互いか、もしくはどちらかに信頼があってからこそ発生するものだ。だが、バーンにしろキルバーンにしろ、相手を信頼する気など最初からないのだから、裏切りを案じる必要など微塵もない。

 彼らは、互いに知っている。
 『いつか』その時が来たのなら、互いに敵として本来の立場に戻る関係なのだと。ただ、その時が来るまでは、バーンもキルバーンも無意味に戦う理由も必要もない。

 それまでは主君と配下という役割のままで過ごすことに両者とも納得していることだし、甘んじていればいい。
 信頼がないゆえに、かえって馴れ合う奇妙な関係。
 キルバーンとバーンの間には、そんな不思議な絆が感じられる。


  
  

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