45 口下手な不器用者同士 バランとヒュンケル

  

 バランとヒュンケルは、元々、魔王軍時代から互いに互いのことを知ってはいた。その際、バランはヒュンケルに対して意外なくらい好意的なコメントを送っている。
 人間を憎む、氷の様な心を持つヒュンケルが嫌いではない――この発言の裏には、人間に対する絶望や期待が見え隠れしている。

 そもそも、魔王軍には人間嫌いな者が多い。バーンを筆頭として、大半の者は人間は弱くどうしようもない生き物という認識で捕らえていて、むしろ人間に好意的な者を探す方が大変なぐらいだ。

 にも拘らず、バランは基本的に彼らには好意を抱いていない。
 むしろ、バランが気に入っていると評したヒュンケル、クロコダイン、ラーハルトなどは、後に全員が人間賛美派へと転じている。

 なんのことはない、人間に強い愛着を持っているからこそ愛憎を強く感じる者に、バランは好感を抱いているのだ。それにもかかわらず、無意識か、自覚があってのものかは定かではないが、バランは一貫して人間を憎んだ自分を変えようとは思っていない。

 ダイとの戦いを経て、バランは人間を再び見直した。その上、誠意があるとはとても言えないバーンのやり方に反感を抱き、魔王軍を離反している。
 実際、後にラーハルトへの遺言で明らかにされるが、バランはダイと戦った直後にはすでに人間を見直している上に、ダイを助けたいと考えているのだ。

 しかしバランは人間を滅ぼすためではなくダイのために戦おうと決意しているにも関わらず、その真意をダイに告げようとも、協力し合おうともしようとはしなかった。……つくづく、頑固な上に不器用な男である。

 ストレートで素直なダイから見れば、バランの頑なさは理解できない上に、近寄るのを阻む壁を張られてしまっているようで接し方も分からないかもしれない。
 だが、彼に最も近い過去を持つヒュンケルにとってはバランの心理は理解しやすいものだったようだ。

 ヒュンケルもまた、最愛の者を殺されて人間を憎んでいた一人であり、果たさずにはいられない復讐の思いも理解できる上に、その先の気持ちさえ共感できる。
 道を踏み外した自分をも受け入れ、仲間として接してくれる者達に対して戸惑う気持ちや、どんなに優しくされても払拭できない罪悪感も、ヒュンケルには理解できる。

 そして、ヒュンケルはどうしても勇者一行の仲間になろうとしない、バランの最大の理由も見透かしていた。

 自分の過去を悔いても素直になれない不器用さを持つ戦士が、せめて自分にできることをしようと考えていることを。せめて、守りたいと思う者のために戦いたいと考える思考が、ヒュンケルには手に取る様に分かったのだろう。

 戦うべきバーンが余りに強大で、バランといえども捨て身で露払い役にしかならないと分かっていたせいもあり、バランは心を閉ざして一人で捨て駒になろうとしていた。
 それが分かったからこそ、ヒュンケルは命を張ってでもバランを引き止めようとした。


 ラーハルトのバランへの思いに対する義理という理由も大きいだろうが、ヒュンケルにとってはここでどうしても引くわけにはいかなかっただろう。
 以前、ヒュンケルは一度、バランの説得に失敗している。

 それは彼の責任とは言えないのだが、己の罪を悔い、その贖罪のために弟弟子達を助けようと決意しているヒュンケルにとっては、繰り返したくない失敗となってしまった。
 その結果、ポップはメガンテを唱えて危うく死にかけたし、ダイとバランは互いの信念を譲らずに死闘を繰り広げる有様になったのだから。

 その上、ヒュンケルにはもう一つ、ラーハルトとの約束が加わってしまった。
 ダイとバランを心配して死んでいった友との約束を果たすためにも、ヒュンケルはそれこそ命を賭けてもバランを引き止め、翻意させる必要があったのだ。

 だが、言葉で説得できるほど器用ではない上に、自分とバランとの実力差を承知しているヒュンケルの選んだ道は、我が身を盾とした捨て身の決闘……ある意味でバランと大差がない。

 しかし、そこまでの決意で挑みながら、ヒュンケルは自分の命や勝敗よりも、バランの救命を優先した。決闘の邪魔をしてきたアルビナスを対抗するために、ヒュンケルは再起不能の重傷を負ってまでバランを庇った。

 その行為こそが、バランの心を大きく動かしている。
 残念ながらバランはその後まもなく死亡するため、ヒュンケルと共に戦う機会もないまま終わってしまったが、弱き者を守るために戦い続ける宿命をもつ竜の騎士と、戦いによってしか思いを表現できない不器用な戦士には、通じるものが多かった。

 もし、バランが存命していれば、意外といいコンビになっていただろうと思えただけに、残念だ。
 
 

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